目次
人材育成の重要性が高まる一方で、現場の管理職には、業務管理に加えて、部下育成、1on1、フィードバックなど、多くの役割が求められています。
しかし、管理職に「もっと部下を育ててほしい」と責任を求めるだけでは、会社として進める部下育成の取り組みは十分な成果につながりません。
管理職自身も、部下の反応への不安や、自分の焦り、いら立ちなどから、望ましい関わり方を選べずに悩んでいます。
そこで注目したいのが、EQ(こころの知能指数)です。EQは、自分と相手の感情を理解し、目的に応じた行動を選ぶ、後天的に学べる実用スキルです。
本記事では、2026年7月24日に株式会社ソフィアが開催したEQ実践セミナーを基に、管理職が抱える育成の悩み、EQを体感するワークショップ、そして気づきを日々の行動や組織の共通言語へつなげる考え方を紹介します。
第1部 管理職個人の頑張りに依存する育成の限界
1.人材育成の課題を、管理職だけに背負わせている現状
厚生労働省の「令和6年度能力開発基本調査」では、能力開発や人材育成について「何らかの問題がある」と回答した事業所は79.9%に上りました。
具体的な問題としては、「指導する人材が不足している」が59.5%、「人材育成しても辞めてしまう」が54.7%、「人材育成を行う時間がない」が47.4%となっています。
人材育成は、一部の企業だけが抱える課題ではなく、多くの職場に共通する経営課題だといえます。
一方、管理職に求められる役割は広がっています。『日本の人事部 人事白書2025』では、管理職に最も身に付けてほしい能力として、「部下の育成スキル」が34.6%で最も多く挙げられました。
一方、管理職に求められる役割は広がっています。『日本の人事部 人事白書2025』では、管理職に最も身に付けてほしい能力として、「部下の育成スキル」が34.6%で最も多く挙げられました。
管理職には、業務の進捗管理だけでなく、部下の状態を見極め、考えを引き出し、経験やフィードバックを通じて成長を支える役割まで期待されています。
しかし、業務や会議、成果責任を抱える管理職に『育成にも力を入れてほしい』と求めるだけでは、負担を増やしかねません。
部下育成を個人の経験や勘に任せず、会社として方法と実践機会を用意することが必要です。
2.管理職の「あり方・関わり方」が育成環境をつくる
上司との「対話の質」が、部下の成長意欲を左右します。
部下は、日々の仕事の中で、上司に相談し、考えを伝え、フィードバックを受けながら成長します。「自分を理解し、成長を支えようとしてくれている」と感じられることが、挑戦や振り返りといった主体的な行動につながります。
- 部下が安心して考えを話せるか。
- 分からないことを相談できるか。
- 失敗を振り返り、次の挑戦につなげられるか。
- 自分の考えを尊重されていると感じられるか。
つまり、管理職は業務を管理する人であるだけでなく、部下が自ら考え、相談し、挑戦し、経験から学ぶための「育成環境そのもの」です。
コーチ・エィのコーチング研究所による調査では、パフォーマンスや成長意欲の自己評価が高い層の3人に1人が、上司との『共創的コミュニケーション』を経験していました。一方、自己評価が低い層では、半数以上が『当たり障りのないコミュニケーション』にとどまっていました。
例えば、部下が相談しても、上司からすぐに正解や助言が返ってくる職場では、部下は次第に「自分で考えるより、上司に聞いた方が早いし、間違いがない」と感じるかもしれません。
反対に、上司が部下の考えを聴き、問いかけながら整理を支援すれば、部下は自分で考え、判断する経験を積むことができます。
ただし、管理職も、常に理想的な対応ができるわけではありません。
- 部下のネガティブな反応が気になり、伝えるべきことを伝えられない。
- 仕事を任せたいのに、失敗への不安から自分で抱え込む。
- 忙しさや焦りから、言い方が強くなる。
- 部下のためを思うあまり、助言や指示が増える。
ALL DIFFERENTの調査で、部下へのフィードバックをためらった管理職に理由を尋ねたところ、『部下の反応に対して不安がある』が54.2%、『適切な伝え方が分からなかった』が34.7%でした。
管理職が部下育成の必要性を理解していないわけではありません。必要性を感じているからこそ、どう伝えるか、関係が悪化しないかと迷っています。
だからこそ、その「対話の質」を管理職個人の経験や勘だけに委ねてはいけません。自分と相手の状態を捉え、目的に応じた関わり方を選ぶ。その手掛かりとなるのがEQです。
第2部 EQを「気づく・選ぶ・生かす」体験
3.EQは精神論ではなく、後天的に学べる実用スキル
ソフィアでは、EQを『自分や他者の感情を理解し、目標達成に向けた行動選択に生かす力』と捉えています。
EQは、感情を優先して論理的な判断を避けることではありません。また、生まれつき感情豊かな人だけが持つ資質でもありません。言い換えればEQは、感情に振り回されるのではなく、感情を手掛かりに、よりよい判断や対話を選ぶ力です。
Six Secondsでは、EQを測定し、学び、伸ばすことができるスキルの集合として位置付けています。
今回のセミナーでは、Six Secondsの認定資格を持つソフィアクロスリンクのEQアセッサー及びEQプラクティショナーが、同モデルを基に解説しました。
今回のセミナーでは、このモデルを知識として説明するだけでなく、ワークショップを通じて体験しました。
ここからは、当日のワークに沿って、その内容を紹介します。
4.気づく――SEIリーダーシップレポートで自分を知る
EQを生かす出発点は、自分の感情や反応のパターンに気づくことです。
セミナーでは、実在の事例を基に一部を加工した管理職のケースとSEIリーダーシップレポートを使い、本人の強みと職場でのつまずきの関係を考えました。
問い この情報から、あなたならこの人にどのようなアドバイスをしますか。
ケースの人物は、デジタルマーケティングの先進部門を率いる責任者です。
必要な機能を部門化し、経験者を全社から集め、先進的な取り組みを学ばせるために、社員をシリコンバレーへ派遣するなど、環境整備にも力を入れていました。
一方で、本人は次のような悩みを抱えていました。
- 部下が会議で自分の考えをほとんど話さない
- 新しいことを自ら学び、外部とつながろうとしない
- 課長が部下を十分に支援できているのか疑問を感じる
- 自分の経験や成功体験を押し付けていたのかもしれない
- ただし、部下が考えを出さない以上、自分が方向を示すしかないとも感じる
参加者は、ケースの情報だけを基に、本人へのアドバイスを考えました。
その後、本人が受検したSEIリーダーシップレポートを、氏名など本人を特定できる情報を伏せ、本人の許可を得たうえで読み解きました。
レポートからは、強みとして目指す方向や大切にしたいことが明確であるということが読み取れる一方、弱みとして、他者の背景を汲み取ることが苦手であることが明らかになりました。
ケース情報と合わせて読み解くと、その思いの強さが、部下が納得し、自ら動き出すまで待てずに方向性を示してしまう関わりにつながっていることが見えてきました。
このワークで大切なのは、本人を「押し付け型の上司」と評価することではありません。
自分が何を大切にし、どのような感情や価値観から、その行動を取っているのか。さらに、本来は強みである特徴が、どのような状況でつまずきにつながるのかに気づくことです。
SEIリーダーシップレポートは、こうした自分の感情や反応の傾向を客観的に捉え、次に意識する行動を考える手掛かりになります。
5.相手を理解する――言動の奥にある感情とニーズを見る
セミナーでは、海面上に見えている言動だけでなく、海面下にある感情、ニーズ及びその人が置かれている状況を考える「氷山モデル」を紹介しました。
さらに、NVC(非暴力コミュニケーション)の考え方を使い、言動の背景にある感情とニーズに目を向けました。
例えば、部下が「最近、仕事がつまらない」と話したとき、管理職は「もっと前向きに考えよう」「まずは目の前の仕事を頑張ろう」と助言したくなるかもしれません。
しかし、その言葉の奥には、「もっと成長を感じたい」「新しいことに挑戦したい」といった思いがある可能性があります。
相手の言葉や行動は、外から見えている一部分にすぎません。
その背景には、本人が感じている不安、焦り、物足りなさや、「成長したい」「認められたい」「安心したい」といった思いがあるかもしれません。
そこまで背景がわかると、かける言葉がかわってくるのではないでしょうか。
EQにおける他者理解とは、言葉をそのままに受け取るのではなく、その背景にどのような感情やニーズがあるのかを理解しようとすることです。こうした理解は、無意識に反応するのではなく、目的に応じた関わり方を選ぶための手掛かりになります。
6.選び、生かす――エンパシーサークルで聴き方を変える
セミナーでは、相手の感情やニーズへの理解を手掛かりに、無意識に反応するのではなく、目的に応じた関わり方を選ぶ体験として、「エンパシーサークル」というワークを行いました。
実際の対話では、つい助言したり、自分の考えを伝えたりしたくなるものですが、エンパシーサークルでは、こうした普段の反応に気づき、すぐに解決するのではなく、相手を理解するための関わり方を意図的に選ぶ練習をします。
参加者は、話し手と聴き手に分かれ、感情カードとニーズカードを使いながら、相手の話を聴きました。
聴き手が意識するのは、次の3点です。
- 相手が安心して話せる場をつくる
- 相手の感じ方や考えを決めつけない
- 解決や助言を急がず、理解しようと聴く
このワークの目的は、相手の感情やニーズを正しく当てることではありません。
「この人は何を感じているのだろう」 「何を大切にしているのだろう」 と仮説を持ちながら聴くことで、相手に対する関心を深めることです。
管理職は、部下から相談を受けると、問題を早く解決しようとして、助言や指示を急ぎがちです。
しかし、相手の感情や背景を理解する前に解決策を示しても、本人の納得や主体的な行動につながらないことがあります。
エンパシーサークルは、単に丁寧に聴くワークではありません。『助言したい』『解決したい』という自分の反応に気づき、いったん立ち止まったうえで、相手を理解する関わり方を選び、部下育成や関係づくりに生かす体験です。
ここまでのワークでは、自分と相手の感情に気づき、いつもの反応とは異なる関わり方を選ぶ流れを体験しました。次に、この気づきを個人で終わらせず、チームや組織へ広げる方法を考えます。
第3部 個人の気づきを、行動変容と組織へ広げる
7. SEIとBBPで、個人からチームの共通言語へ
今回のセミナーでは、個人とチームの傾向を可視化する2つのツールを紹介しました。
1つは、ケースワークでも使用したSEIリーダーシップレポートです。管理職一人ひとりの感情や反応の傾向、強みを発揮しやすい場面及びつまずきやすい場面を深く捉え、自己理解や今後の実践テーマにつなげます。
もう1つが、BBP(Brain Brief Profile)です。BBPは、一人ひとりの思考、感情及び行動の傾向を、「注意の向け方」「意思決定の傾向」「動機づけの傾向」という3つの軸から捉えます。
例えば、慎重にリスクを確認する人と、新しい可能性を素早く試したい人が同じチームにいる場合、互いの特徴を知らなければ、「判断が遅い」「考えが浅い」といった評価につながることがあります。
それぞれの傾向を共通の言葉で理解できれば、「慎重にリスクを確認する視点」「まず行動して可能性を確かめる視点」と、チームに必要な違いとして捉え直すことができます。
表1 SEIリーダーシップレポートとBBPの役割
| ツール | 主な役割 | 活用の方向性 |
| SEIリーダーシップレポート | 個人のEQを深く捉える | 感情や反応の傾向、強み及び開発領域を理解し、実践テーマを考える |
| BBP(Brain Brief Profile) | 一人ひとりの違いを分かりやすく捉える | 思考、感情及び行動の傾向を共通言語にし、チームの相互理解につなげる |
アセスメント結果が本人の手元にとどまるだけでは、日常の対話や育成支援は変わりません。SEIリーダーシップレポートで個人のEQを深く知り、BBPで一人ひとりの違いを組織の共通言語へ広げます。
本人、上司及び人事が同じ視点で育成テーマを捉えることで、個人の自己理解にとどまらず、組織としての育成支援に生かすことができます。
8.EQは、既存研修で学んだスキルを現場で生かす土台
今回のセミナーでは管理職育成を中心に扱いましたが、学んだスキルを感情が動く現場で発揮するという課題は、管理職向けの施策に限らず1on1、フィードバック、コーチング、営業、顧客対応など、幅広い研修に共通します。
こうした研修で学ぶ知識や技法は重要です。
しかし、方法を知っていても、実際の場面では、自分の焦りや不安、いら立ちによって、学んだスキルを使えないことがあります。
スキル研修が『どのように行動するか』を学ぶものだとすれば、EQは、自分や相手の感情を理解し、感情が動く場面でも学んだ行動を選びやすくする土台になります。
表2 既存研修におけるEQの活用例
| 既存の研修 | 学ぶ内容 | 現場で起こりやすいこと | EQを学ぶことで 選びやすくなる行動 |
| 1on1研修 | 質問、傾聴、承認 | 部下が沈黙すると、焦って助言や指示をしてしまう | 自分の焦りに気づき、相手が考える時間を待つ |
| フィードバック研修 | 事実の伝え方、改善の促し方 | 相手の反応が不安で伝えることを避ける | 自分の不安と相手の状態を捉え、伝え方を選ぶ |
| コーチング研修 | 問いかけ、考えを引き出す | 自分の正解を早く伝えたくなる | 自分の反応の癖に気づき、相手の考えを尊重する |
| 営業研修 | ヒアリング、提案、折衝 | 売りたい焦りから、顧客の迷いや本音を十分に聴けない | 自分と顧客の感情を捉え、相手の状態に応じて関わり方を変える |
| お客様相談室・カスタマーサポート研修 | 傾聴、事実確認、説明及び苦情対応 | 相手の強い感情に引きずられ、防御的になったり、早く収束させようとしたりする | 自分の焦りや緊張を整え、相手の怒りや不安の背景を捉えながら、状況に応じた対応を選ぶ |
EQは既存の研修に取って代わるものではなく、1on1、フィードバック、コーチング、営業、顧客対応などで学んだスキルを、感情が動く現場でも発揮するための土台になります。
9.「気づき」を行動変容につなげる
EQについて学び、自分の感情や反応の癖に気づくことは、行動変容の出発点です。
しかし、一度気づいただけで、行動が変わり続けるわけではありません。
職場に戻り、時間に追われれば、これまでの「部下の話を聴こうと思っていても、すぐに助言してしまう」、「任せようと思っていても、不安から仕事を引き取ってしまう」「伝えようと思っていても、相手の反応を恐れて先送りする」といった反応に戻りやすくなります。
本セミナーでは、行動変容を止めやすい3つの壁と、プログラム設計上の対応を次のように整理しました。
表3 行動変容を止めやすい壁とプログラム設計上の対応
| 想定される壁 | プログラム設計上の対応 |
| 何を意識すればよいか分からない | 自分の傾向を可視化し、具体的な実践テーマを決める |
| 業務の中で実践できない | 1on1やフィードバックなど、実際の業務で小さく試す |
| 一人では次の行動を決められない | 実践を振り返り、次に試す行動を設定する |
こうした壁を越え、一過性の研修で終わらせないために、プログラムでは「知る・気づく、業務で試す、振り返る、次の行動を決める」という循環を設計します。
重要なのは、最初から大きく変わろうとすることではありません。
「部下の話を最後まで聴く」
「助言する前に、一つ質問する」
「自分の焦りを感じたら、一度間を置く」
といった、小さな行動を実務の中で試し、振り返ることです。
プログラムでは、トレーニングを受けたアセッサーが必ず振り返りに関わります。実践場面での感情、判断、行動を一緒に整理し、次に取り組むテーマを設定します。このサイクルを数か月繰り返すことで、行動変容の定着を支えます。
ソフィアでは、対象者や組織課題に応じて、アセスメント、体験ワーク、業務での実践及び振り返りを組み合わせた導入設計をご提案しています。
10.まとめ 管理職を責めるのではなく、会社として支える
人が育たないという課題を、管理職個人の意欲や能力だけの問題にしても、状況は変わりません。
管理職自身も、相手の反応への不安、自分の焦り、いら立ち、任せることへの迷いなどを抱えています。
EQは、自分と相手の感情に気づき、いつもの反応に流されず、目的に応じた行動を選ぶ、後天的に学べる実用スキルです。
今回のセミナーでは、SEIによる自己理解、感情とニーズを捉える他者理解、エンパシーサークルを通じて、自分と相手の感情に気づき、関わり方を選び、育成や関係づくりに生かす流れを体験しました。
また、SEIリーダーシップレポートとBBPを活用することで、個人の気づきを、チームの相互理解や共通言語へ広げることもできます。
管理職への支援に必要なのは、「もっと部下を育ててほしい」と責任を求めることではありません。EQを通じて、自分と相手の感情を理解し、状況に応じた関わり方を選ぶ力を育て、業務での実践と振り返りまでを会社として支えることです。
EQによる気づきと実践を組織として支えることから、人が育つ職場づくりが始まります。
国際認証資格シックスセカンズ認定EQアセッサー/プラティクショナーの紹介
株式会社ソフィアクロスリンク 原 久美子

キャリアコンサルタント / EQラーニングデザイナー
中央省庁や都道府県庁の事業を中⼼に、⼈材育成・組織開発⽀援を推進。
近年は、社会性と感情の取り扱う力を育む教育アプローチ「SEL(Social Emotional Learning)」の学校現場への導⼊⽀援に取り組み、EI/EQ(感情知能)を基盤としたプログラム開発や実践を進めています。