進化するコミュニケーターの役割と戦略目標 -IABC「Circle of Fellows #121」座談会レポート- 世界のインターナルコミュニケーション最前線⑪
最終更新日:2025.12.19
目次
第121回となるIABC国際ビジネスコミュニケーター協会のフェローによる座談会「Circle of Fellows」が開催され、AIの急速な普及、労働市場の変化、組織構造の揺らぎを背景に「進化するコミュニケーションの役割」が議論されました。本稿では、発言に沿って主要論点を紹介します。
1. AIは”便利なツール”ではなく、環境を変える要因
進化する役割に最も影響を与えているAI導入について議論が始まると、マーサ・ムジカ氏は、まずツール選定の前提を指摘しました。「単に新しくてキラキラしているからという理由だけで飛びつくべきではありません。導入するならどんな影響があり、組織の価値や目標にどう関係するか、よく考える必要があります。」
また、医療機関でAI導入を進めるローリー・ドーキンス氏は、組織文化や安全性を踏まえた慎重な導入プロセスを強調します。 「最初はガードレール(保護制限)に重点が置かれていました。管理や安全性、そして私たちの世界では患者のプライバシーと機密保持に多くの時間を費やしました。」
AI導入の影響が効率化に過ぎないと考えるのは浅薄で、雇用環境の構造変化まで踏まえる必要があると指摘したのがマイク・クライン氏です。AIがホワイトカラー業務を圧迫してレイオフが加速する一方、インドのような新興国の新卒労働者が増加し、組織の階層構造のフラット化が進行しています。
「管理職は減り、意思決定ははるかに迅速になり、問題に何らかの形で対処する立場の人材は大幅に増えるでしょう。そして、特に私たちの業界では、これら3つのトレンドが融合するところで何が起きているのかが、コミュニケーションという職業の未来を決定づけるでしょう。」
AIは業務を置き換える「ツール」ではなく、職能そのものの再定義を迫る要因として描かれました。
あなたの組織のAI導入準備度チェック
以下の項目をチェックして、組織の現状を把握しましょう:
・AI導入の目的が「効率化」以上の戦略的価値を明確に定義できている
・導入前にガードレール(安全性・プライバシー保護)の検討が完了している
・ AI導入による組織構造の変化(管理職の役割変更等)を想定している
・従業員への影響と必要なスキル転換について計画がある
2. 変革期こそ対面コミュニケーションの価値が上がる
デジタル化が進む中「対面コミュニケーションの重要性」はむしろ高まっているというのが共通認識でした。
医療改革のまっただ中で大規模なレイオフも経験したローリー・ドーキンス氏は、新体制のCEOや役員に尋ねました。「もし規模を縮小しなければならないなら、今、あなたにとって最も重要なことは何ですか?」
するとリーダーの全員が、「対面でのサポートだ」と答えました。「良い印象を与えるように助けてください」というのです。
「リーダーらは、彼ら自身も攻撃されやすいからこそ、サポートを頼んでいるのだと気づきました。勇気を持つために助けが必要なのです。ですから、重要なのはキーメッセージを伝えることだけでなく、どのように自分を表現するか、どのように自分をショーアップするかということです。」
ロビン・マッカスランド氏は、リーダーが社員の前に出ることの心理的ハードルと、そこを支えるコミュニケーション職の役割を強調します。
「リーダーは、不安もあれば、人前に立つのが怖いという人もいます。」だからこそ、私たちコミュニケーションのプロフェッショナルが、ジェスチャーのしかた、言葉の発し方など、人々がどう受け取るかを彼らにコーチし、手助けします。それを受け入れてもらえれば、彼らは効果的に振る舞うことができ、「その”本物らしさ” (オーセンティシティ)は非常に大きな力を持ちます。」
変化が激しい時ほど、リーダーの振る舞いは組織の空気を大きく左右します。AIでは代替できない、人間が放つ対面コミュニケーションが、再び重視されていると言えるでしょう。
リーダーコーチングの実践例
シーン:重要な組織変更を発表する全社員会議の前日
コミュニケーターのサポート:
・「今回のメッセージで最も大切にしたい価値観は何ですか?」
→ 核となる想いを言語化
・「従業員の不安な気持ちに、どう寄り添いますか?」
→ 共感的な表現を準備
・「立ち姿、視線の配り方を練習しましょう」
→ 非言語コミュニケーションの指導
・「予想される質問への誠実な回答を用意しましょう」
→ 信頼性の向上
3. ショート動画とテキストの共存―メディア多様化への対応
ショートフォーム動画は比較的新しいトレンドです。Instagram やTikTok が登場して本格的に広がりました。今では Z 世代やミレニアル世代は、そうした短い動画に注意を向けています。もはや30分の動画をじっと見てくれないのです。
若年層を中心にショート動画が一般化する中、メディア選択は複雑になっています。ローリー・ドーキンス氏は、ショート動画について自分は真っ先にそれをリードしている人間ではないと、明らかにしながらも若いチームの実験と成功事例に頼りながら、組織として対応していると述べました。
一方で マイク・クライン氏は、現代の潮流を見据えつつもこう強調します。
「テキストはなくなりません。テキストの重要性は今後も変わらず続くでしょう。AI のクローラーや検索エンジンが頼りにするのはテキストだからです。」
新しい媒体の活用と、普遍的な情報構造としての文章。両立がますます重要になります。
世代別メディア活用のポイント
日本企業でのメディア戦略:
・Z世代・ミレニアル世代 → ショート動画(15-30秒)+ インフォグラフィック
・X世代 → テキスト中心 + 要点を画像で補完
・ベビーブーマー世代 → 詳細な文書 + 対面説明会
実践のコツ: 同じ内容を複数形式で用意し、受け手が選択できるようにする
4. 価値観と一貫性——レピュテーションの本質
レピュテーションマネジメント(評判管理)については、ロビン・マッカスランド氏が次のように明確に述べています。
「私たちには多くの仕事がありますが、本当に責任を持たなければならないことは2つだけです。1つ目は、ブランドを高めること。2つ目は、会社のレピュテーションを守ること。」
役割が何であれ私たちがやることはすべて、「ブランドをよく見せることに貢献しているか?」という観点から見る必要がある、と指摘します。自分が書くすべてのもの、作るすべての動画について、「これはターゲットオーディエンスにとって正しいメッセージか?」だけでなく、「もし別のオーディエンスに届いてしまったとしても、それは私たちのブランドを良く見せるだろうか?」という視点で考える事が重要です。
またローリー・ドーキンス氏は、「私は常に、これは5分後には”リーク”されるかもしれないと思って仕事をしています」と言います。「ですから、評判管理という意味ではすべてを整合するようにしています。」と述べ、カナダ先住民の教えを組織文化に取り入れた事例を紹介し、価値観と行動の整合性が社員の行動を変えると述べました。
「その教えは一種のリトマス試験紙になっています。評判管理の中で大きな役割を果たしています」
“何を発信するか”だけでなく、発信者自身が「どう生きるか」が問われる時代になっています。
評判管理のための3つの自問
すべての発信前に、以下の質問を自分に投げかけましょう
Question 1: 「この内容が5分後にリークされても、組織の価値観と一致しているか?」
Question 2: 「ターゲット以外の人が見ても、ブランドの信頼性を高めるか?」
Question 3: 「私自身の行動と、発信する内容に矛盾はないか?」

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5. 変化の中での”人間性”の守り方
司会のシェル・ホルツ氏は、「AI は、確かに多くの人々の仕事を補完し、支援します。しかし、同時に多くの仕事をなくすことにもなります」と指摘し、「このような変化の中でどうやって組織の「人間性」を保てるのでしょうか」と問題提起しました。
AIによる大量の失業・再編が避けられない中、マイク・クライン氏は、パフォーマティブ(見せかけ)な人間性ではなく、本質的な雇用環境の再構築が必要だと述べます。
「組織には非常に多くの”見せかけの”価値感や原則があり、政治環境や経済環境が変わると簡単に投げ捨てられてしまいます。雇用者と従業員の間の社会契約そのものを再考する必要があると思います。」
「私は希望を持ち続けたいと思います」と言うロビン・マッカスランド氏は対照的に、日常のささやかな人間味が強い信頼につながると語りました。
「仕事とは直接関係ないけれど、子どもの頃に持っていたいたずら心や笑いを職場に持ち戻すこと。それが、人々があなたについてきてくれる理由になります。組織内で何か問題が起きても、いつかは私たちがその問題に立ち向かってくれると人々は信じてくれるのです。」
ローリー・ドーキンス氏は、先住民の教えを引用しながら締めくくります。
「あなたは毎日、良い薬にも悪い薬にもなれる。何をするかだけでなく、どうやってするかが同じくらい重要です。私は、それこそがコミュニケーターとしての自分の出番だと感じています。」
組織の人間性を測る5つの質問
※以下の質問で、あなたの組織の現状を評価してみてください
1. 従業員が個人的な話(家族、趣味など)を安心して共有できる雰囲気がありますか?
2. 組織の価値観が、困難な状況でも実際に守られていますか?
3. リーダーは自分の弱さや不安を適度に開示していますか?
4. 失敗に対して学習機会として扱う文化がありますか?
5. 変化に対する不安や反対意見が、安全に表明できる環境がありますか?
まとめ:AI時代のコミュニケーターへの示唆
今回の座談会では、
1.AI導入の本質的理解
2.リーダーに寄り添う対面支援
3.メディア多様化への適応
4.価値観と一貫性
5.変化の中でも揺るがない人間性
という5つの柱が強調されました。どれもAIでは代替できない、人間のコミュニケーション職に求められる核心的能力です。コミュニケーターが果たすべき役割の重要性はこれから一層高まるでしょう。
今週から始める3つのアクション
Action 1: 組織のAI導入計画について、戦略的視点から経営層との対話の機会を設ける
Action 2: 直近のリーダーコミュニケーションで、対面サポートが必要な場面を特定し、具体的支援プランを立案
Action 3: 現在の発信内容を「評判管理のための3つの自問」で再点検し、改善点をリスト化
