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言葉が変われば、社会が動く ― 世界のインターナルコミュニケーション最前線⑩

「言葉は決して静的ではない。社会の変化とともに言葉も進化し、私たちの価値観や行動を方向づけていく。」
ビジネスコミュニケーションの国際団体IABCのWeb誌’Catalyst’は10月13日、Soumik Roy氏の記事”When Words Shape Movements: Communicators at the Forefront of Change” を掲載し、冒頭でこう述べています。

そのことが最も顕著に現れるのが社会運動の領域であり、かつて適切だとされた言葉がより切迫し、包括的で、正確な言葉に置き換えられてきました。たとえば、「climate change(気候変動)」が「climate crisis(気候危機)」に、「diversity(多様性)」が「equity, inclusion, and belonging(公正・包摂・帰属)」へと変化したのは、その象徴です。これらの言葉の変化は単なる言い換えではなく、人間の経験への理解が深まり、より行動を促す表現が求められるようになったことを示しています。

Roy氏は、コミュニケーターの役割を「翻訳者であり、増幅者である」と定義しています。社会的な課題の緊急性をリーダーが理解しやすい言葉に「翻訳」し、それを社会に「増幅」して届けることが使命だと言います。昨日までの言葉では、もはや今日の期待に応えられないこともあります。社会運動の言語に敏感であることは、コミュニケーターが今や信頼される助言者として不可欠な資質になっているのです。

セルフチェック:あなたの組織の言葉は時代に合っていますか?

  • 過去3年間で組織の公式文書の言葉遣いを見直しましたか?
  • 社内外のコミュニケーションで使う用語が最新の社会動向を反映していますか?
  • 多様性・包摂に関する表現を定期的にアップデートしていますか?
  • 従業員や顧客から「言葉遣いが古い」という指摘を受けたことがありますか?
  • 業界や社会の新しい表現について学ぶ機会を設けていますか?

※ 3つ以上「いいえ」がある場合、言葉の見直しが必要かもしれません

言葉が認識を変える力

用語の選び方は、単なる言葉遣いの問題ではありません。「climate crisis(気候危機)」という言葉が登場したことで、気候問題は「遠い未来の課題」から「今まさに直面する緊急事態」へと認識が変わりました。「change(変化)」という語にはゆるやかさが感じられますが、「crisis(危機)」には即時の行動を求める切迫感があります。この一語の違いが、人々の意識や政策、企業の姿勢を変えるのです。

同様に、「diversity」から「equity, inclusion, and belonging」へと進化した背景には、「多様な人がいるだけでは不十分」という認識があります。重要なのは、人々が尊重され、安全に貢献できると感じられる環境をつくることです。Roy氏はこの変化を「人間の尊厳への理解が深まった証」だと捉えています。古い枠組みのままでは、組織は信頼を失い、社会的信用を損なうおそれがあります。反対に、言葉を正しく選び、その背景を理解して発信することで、信頼と共感を生むことができるのです。

言葉の進化マップ

従来の表現 現在の表現 変化の理由
Climate change Climate crisis 緊急性と行動の必要性を強調
Diversity Equity, Inclusion, Belonging 単なる多様性から実質的な公平性と包摂へ
Minorities Underrepresented communities より尊厳を持った表現への転換
Tolerance Acceptance & Celebration 消極的な「寛容」から積極的な受容へ
Work-life balance Work-life integration 分離から統合的な考え方へ

導き手としてのコミュニケーター

言葉は常に変化しています。今日「進歩的」とされる表現が、明日には「時代遅れ」とみなされるかもしれません。だからこそ、コミュニケーターには「警戒心」と「謙虚さ」が求められます。新しい言葉がどこで、どのように生まれているのかを学び続ける姿勢と、意味を定義するのではなく、それを形づくる人々の声に耳を傾ける姿勢が大切です。

また、リーダーに新しい言葉で語ってもらうには、コミュニケーターの勇気と明解さが必要です。多くの経営者は、新しい表現を使うことで一部の聴衆から疎まれたり、「形式的だ」と批判されることを恐れています。

ここでコミュニケーターは教育者の役割を果たします。言葉が信頼を強めるのか、それとも損なうのかを丁寧に説明し、社会的・倫理的な背景をリーダーと共有することが求められます。たとえば、「equality(平等)」ではなく「equity(公正)」という言葉を選ぶことで、社会の構造的な課題に向き合う姿勢を示すことができます。このように背景を理解したリーダーは、新しい言葉をより自然に、自分の言葉として使えるようになり、その言葉に真実味と共感が宿るのです。コミュニケーターは単なる「用語の訂正者」ではなく、「洞察を与える助言者」としてリーダーを導いていくのです。

日本企業での実践課題

日本語特有の配慮事項

  • 敬語と新しい概念の融合: 「多様性の尊重」を「多様性を大切にする」など、日本語として自然な表現に
  • カタカナ語のバランス: インクルージョン→「包摂」、エクイティ→「公正性」など日本語併記を検討
  • 世代間の理解ギャップ: 管理職世代にも伝わりやすい説明を並行して用意
  • 業界特有の慣習: 製造業、金融業など各業界の文脈に合わせた表現の調整
  • 実践のヒント: 新しい用語を導入する際は、まず小グループでの反応を確認してから全社展開する

リーダーへの説明テンプレート
経営層に新しい言葉を提案する際の3ステップ

  1. 現状認識の共有
    「現在使用している『○○』という表現について、社会的な受け止め方が変化しています」
  2. 背景とリスクの説明
    「新しい表現『○○』が主流になった背景は…。従来表現を続けた場合のリスクは…」
  3. 具体的な提案と効果
    「○○の場面で○○と表現することで、ステークホルダーからの信頼向上が期待できます」

成功のコツ: データと事例を交えて客観性を保ち、感情論ではなくビジネスインパクトで説明する

言葉の進化に遅れるリスク

言葉の進化についていけないということは、表現力の問題だけではなく、組織が変化にどう向き合っているかを映し出します。「tolerance(寛容)」ではなく「inclusion(包摂)」、「minorities(少数派)」ではなく「racialized communities(人種的マイノリティ)」といった言葉が主流になっているにもかかわらず、古い言葉を使い続けることで、現実から目を背けているという印象を世間に与えてしまいます。従業員にとっては、「無視」や「排除」として受け止められてしまうかもしれません。

さらにデジタル時代では、その影響が急速に拡大します。ソーシャルメディアでは、組織の発信が「無神経」「形式的」「時代錯誤」と感じられたとき、瞬時に批判が広がります。たった一つの言葉が、長年築いた組織の信頼を失わせる可能性もあるのです。

このリスクを回避するには、コミュニケーターが「主体的であること」が必要です。主流メディアだけでなく、新しい言葉が生まれる草の根レベルの声にも耳を傾け、早い段階で自然に取り入れる姿勢が大切です。

言葉の健康診断シート

月次チェック項目:

  • 公式文書で使用している表現が3年以上変更されていないものはないか?
  • SNSや社内文書での用語に統一性があるか?
  • 業界団体や関連学会の最新用語ガイドラインを確認したか?
  • 従業員アンケートで「言葉に関する違和感」を調査したか?
  • 競合他社や先進企業の表現を分析・比較したか?
  • メディア掲載時に用語の指摘や修正依頼があったか?

年次チェック項目:

  • 企業理念や行動指針の表現を見直したか?
  • 採用関連の文書・サイトの言葉遣いを更新したか?
  • 多様性関連のポリシー文書を最新化したか?

言語的先見性 ― 言葉を未来への羅針盤に

Roy氏が最後に提唱しているのが、「言語的先見性(linguistic foresight)」という考え方です。それは、言葉の変化に対して一時的な調整に終始するのではなく、長期的な視野を持って観察し、組織文化に取り入れていく姿勢です。

ニュースの見出しだけでなく、学術研究や市民の議論にも目を向け、言葉がどのように社会を形づくっていくのかを理解することが求められます。また、言葉の変化に適応することを「弱さ」ではなく「強さ」として受け入れる組織の柔軟性を育てることも重要です。コミュニケーターは、新しい言葉についてオープンに話し合う文化を築き、プレッシャーのない環境で試行できる場をつくるべきだとしています。

そして何より、私たちコミュニケーター自身が言葉の進化を体現することが大切です。言葉の変化を「社会の学びの証」として受け入れ、負担ではなくチャンスと捉えることで、他者への手本となり、思いやりをもって変化を導くリーダーシップを示すことができます。

30日間言語アップデートプラン

Week 1: 現状把握

  • 既存文書・サイトの言葉遣いを総点検
  • 業界の最新用語ガイドラインを収集
  • 社内キーパーソンへのヒアリング実施

Week 2: 分析・比較

  • 競合他社の表現方法を分析
  • 変更候補リストの作成
  • 影響範囲とリスク評価

Week 3: 提案・承認

  • 経営層への提案資料作成
  • 部門間での合意形成
  • 段階的導入計画の策定

Week 4: 実行・検証

  • 優先度の高い文書から更新開始
  • 社内外の反応をモニタリング
  • 継続的改善の仕組み構築

言葉を「ケア」と「変革」の道具に

社会運動における言葉の進化は、人間が「尊厳・正義・真実」を追求し続ける営みの表れです。コミュニケーターにとって、それは複雑な課題ではなく、むしろ使命といえます。言葉を通じて社会を理解し、言葉そのもので社会を変えること。Roy氏は「精度と思いやりをもって導くことこそ、コミュニケーターの本質です」と結んでいます。

言葉は時代を映す鏡であると同時に、希望に満ちた未来を形づくる道具でもあります。その言葉を磨き、社会に響かせる力を持つこと――それこそが、現代のコミュニケーターの責任であり、誇りなのです。

今日からできる3つのアクション

  1. 言葉の感度を上げる
    今日から1週間、業界ニュースや学術記事で「新しい表現」を3つ見つけてメモする
  2. 小さな実験を始める
    次回の社内文書で1つだけ新しい表現を試してみて、周囲の反応を観察する
  3. 対話の場を作る
    同僚やチームメンバーと「最近気になる言葉の変化」について15分間話し合う時間を設ける

重要な心構え: 完璧を求めず、学び続ける姿勢を大切にする。言葉は生き物であり、私たちも一緒に成長していく。

参考リソース

  • IABC Catalyst Web誌– 最新のコミュニケーション動向
  • 元記事: “When Words Shape Movements: Communicators at the Forefront of Change” by Soumik Roy
  • IABC (International Association of Business Communicators)公式サイト
  • 言語学習・更新のための推奨リソース:
    ・各業界団体の用語ガイドライン
    ・多様性・包摂関連の専門機関の資料
    ・学術機関の最新研究報告

この記事は、企業のコミュニケーション担当者が実際の業務で活用できるよう、元記事の内容に実践的な要素を追加して構成されています。

株式会社ソフィア

ビデオ・プロデューサー、コミュニケーション・コンサルタント

池田 勝彦

主にビデオ制作で撮影から編集までを担当しています。記事原稿も書いていますが、英語による取材・編集もやりますし、翻訳もできます。