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AI時代の信頼構築とコミュニケーションの未来 世界のインターナルコミュニケーション最前線⑨

2025年6月、IABC(国際ビジネスコミュニケーター協会)の世界大会にあわせて開催された「Circle of Fellows」第117回セッションが公開収録形式で行われました。今年新たに選出されたフェローを含むパネリストたちが、AI時代のコミュニケーションや偽情報への対応、教育における批判的思考の重要性、そしてIABC自身の未来について活発に議論しました。

AIは脅威か、それとも可能性か

議論の冒頭は、生成AIの影響に集中しました。AIはコンテンツ制作を効率化する強力なツールである一方、正確性や倫理面での課題も突きつけます。

フェローのボニー・ケイバー氏は「AIの活用には”人間中心のリーダーシップ”と”社会善”の視点が不可欠」と強調。AI活用がどのような姿であるべきか。私たちコミュニケーターが、「リーダーとしてどう意思決定を行い、これが長期的にどんな影響を持つのか、深く考える絶好機だ」と述べました。

メアリー・ヒルズ氏は、信頼性の低下が大きな問題だと指摘しました。特に、AIの台頭により何が本物で何が偽物かが見分けにくくなっており、ビジネスリーダーの信頼性をどう高めるかが課題だと語りました。シェル・ホルツ氏も、誤情報や虚偽情報が深刻な問題であり、AIによる高度な偽造コンテンツが信頼の問題を一層重くすると付け加えました。

自己診断チェック:あなたの組織のAI活用度

  • AI導入の意思決定プロセスは明確に定義されていますか?
  • 社会善の視点が組織のAI戦略に根付いていますか?
  • AIガバナンス体制(責任者・ルール・監視)はありますか?
  • 従業員にAI倫理研修を実施していますか?
  • AI活用による長期的影響を評価する仕組みがありますか?

3つ以下の場合:AI活用の基盤整備が急務です。経営層への提案を検討しましょう。

偽情報とどう戦うか

会場から「信頼できる情報源をどう見つけ、偽情報にどう対抗すべきか」という質問が寄せられました。
マイク・クライン氏は、偽情報を完全に止めることはできないと認めました。重要なのは「ブランドの信頼ではなく、人の信頼」であり、信頼できる人物を”つなぎ手”として前面に出すことだと述べました。

マーサ・ムジカ氏は、「下流(訂正)」ではなく「上流(予防)」のアプローチが重要だと述べました。これはつまり、人々が「批判的思考力」を身につけるよう促すことだということです。情報源や権威を疑い、多角的に情報を確認する姿勢が必要だと強調しました。

実践例:信頼構築の3ステップ

ステップ1: 信頼できる社内インフルエンサーをマッピング

  • 各部署で影響力のある人物を5名ずつリストアップ
  • その人たちの専門分野と信頼度を評価
  • 緊急時に連絡できる体制を構築

ステップ2: 「つなぎ手」となる人物を前面に

  • 顔が見え、人柄が分かる専門家を広報窓口に
  • SNSでの個人発信を奨励(ガイドライン付き)
  • 社内外のネットワーク構築支援

ステップ3: 批判的思考を促すFAQ作成

  • 「この情報の出典は何ですか?」
  • 「他の視点からはどう見えますか?」
  • 「確認すべき第三者はいますか?」

教育と批判的思考の強化

教育分野における批判的思考の重要性が強調されました。AIの普及が教育やリテラシーに直結していることを確認し、コミュニケーション専門職が果たす教育的役割に注目しました。

ローリー・ドーキンス氏は、自身の組織で州選挙前に実施した取り組みを紹介。「チーム全員に候補者の情報を調べさせることで、情報の偏りを意識しない人にも気づきが生まれた」と語り、コミュニケーターが教育現場や社会で果たせる役割の大きさを示しました。

日本企業での実践ポイント

選挙前の情報リテラシー研修の実施方法:

  • 政治的中立性を保ちながら「情報の見極め方」に焦点
  • ファクトチェックサイトの使い方を実習形式で
  • SNSでの情報拡散リスクと対策を具体例で説明

社内勉強会の企画例:

  • 「メディアリテラシー入門」(月1回・30分)
  • 「偽情報を見抜く5つのポイント」ワークショップ
  • 「情報源の信頼性評価」ケーススタディ

経営層への提案テンプレート:

  • 偽情報によるレピュテーションリスクの定量化
  • 競合他社の情報リテラシー取り組み事例
  • 研修投資対効果の試算(危機対応コスト削減)

「コンテンツ増」の潮流は転換点を迎えるか?

昨今、多くのコンテンツ制作に焦点が当てられていますが、会場からコンテンツを増やす以外の手法で、エンゲージメントやコミュニケーションを向上させる方向にシフトする可能性はあるのかと質問がありました。

ボニー・ケイバー氏は、「AIがコンテンツを必要としているため、コンテンツが増加しているが、コンテンツはもはや”ノイズ”になっている」と述べました。今後は「高度にパーソナライズされたコンテンツ」が重要になり、受け手にとって意味のあるコンテンツを届ける必要があると語りました。

一方、ローリー・ドーキンス氏は、彼女の組織では、むしろ「コンテンツを減らす」方向にシフトしており、代わりに組織の「価値観」に焦点を当てていると述べました。

マイク・クライン氏は、コンテンツ量よりも「フィルタリング」が重要になると指摘しました。AIフィルターが情報を要約する中で、そのフィルターを「誰の優先順位に合わせてプログラムするか」が大きな課題になると述べました。

さらにシェル・ホルツ氏は、いま消費者の行動は、”Google検索”から”AI検索”へと移行しつつあるとし、そのAIの答えの多くがRedditからだと指摘しました。

これからは「社員や専門家がRedditに投稿し、そこでコンテンツを共有することが、AI検索結果に現れるために非常に重要になる」と述べました。

コンテンツ戦略の見直し質問

量より質へのシフトチェックリスト:

  • 今月制作したコンテンツのうち、本当に必要だったのは何割?
  • 受け手のアクション(問い合わせ・購入・応募)につながったコンテンツは?
  • 組織の価値観が明確に伝わるコンテンツはどれ?

Reddit/SNSでの専門家発信戦略:

  • 業界関連のSubredditやコミュニティを特定
  • 社内専門家の発信ガイドライン作成
  • 質問回答形式での価値提供を奨励

価値観ベースのメッセージング例:

  • 「私たちは○○を大切にします。だからこの取り組みを行います」
  • 「業界の課題に対する私たちの考えと行動」
  • 「なぜこの判断をしたのか」の背景説明

インターナルコミュニケーションの課題

この他、フェローたちはインターナルコミュニケーションの課題を共有しました。

ローリー・ドーキンス氏は、「従業員は、組織内のコミュニケーションが “人間としての自分” に語りかけ、自分たちの価値観に直接沿ったものであってほしいと考えている」と指摘しました。

マイク・クライン氏は、「私たちのコントロールを超えた政治的、経済的、社会的、そして技術的出来事が非常に多く起きている」と指摘し、その一方で、特にインターナル・コミュニケーションの観点から見ると、「人々は自分の組織やリーダーに対して、ある種の”安定”や”継続性”を求めています。できる範囲での安定や、少なくとも不確実さの中でのある程度の確実性を期待しているのです。」と述べ、私たちコミュニケーターがその声を代弁しなければならないと強調しました。

ジェニファー・ワー氏は、「よく耳にするのは”倫理と誠実さ”についてです。それを自分の仕事とどう整合させるのか。人を怒らせたり喜ばせたりすることは避けられません。だからこそ、結局は”心の底からからリードし、語る”ことに尽きるのです。陳腐に聞こえるかもしれませんが、私たちが“本当の自分”として曝け出さなければ、リーダーや組織、地域社会に対してそのモデルを示すことはできません」と述べました。

マーサ・ムジカ氏は、「”価値観”や”倫理規範”が私たちの”“道徳的な羅針盤”になる」と指摘しました。

社内対話を促進する具体策

不確実性の中で安定を提供するメッセージング:

  • 「変わらないもの」(企業理念・価値観)を繰り返し伝達
  • 「変化への対応方針」を明確に説明
  • 「いま分からないこと」も正直に共有

社員の声を経営層に届ける仕組み:

  • 匿名アンケートの定期実施
  • 部署横断的な対話セッション開催
  • 「社員の声」を経営会議の定例議題に

倫理的な対話の場づくり:

  • 「倫理的ジレンマ」を題材にした勉強会
  • 価値観に関するオープンディスカッション
  • リーダーの「本音」を伝える機会創出

IABCの未来に向けた提言

終盤では「IABCは今後どう変わるべきか」という根源的な問いが提示されました。

プリア・ベイツ氏は、「これまでも危機を乗り越えられたのは、オープンで率直な対話があったから。今後も“合意”ではなく”整合性”を大切にすべき」と述べました。

マイク・クライン氏は、「以前から出ている指摘ですが、IABCは内向きすぎる。真に国際的な組織になる必要がある」と強調しました。

また、観客からは「AIの環境負荷」への懸念も提起されました。これに対し「再生可能エネルギーを活用したデータセンター」や「新しいAIモデルによる省エネ化」といったアイデアが紹介され、未来志向の議論が広がりました。

最初の30日アクションプラン

Week 1: AI活用の現状調査と偽情報リスク評価

  • 社内のAI活用状況調査(ツール・用途・課題)
  • 偽情報対策の現状チェック(監視・対応・体制)
  • 情報リテラシー研修ニーズの把握

Week 2: 社内インフルエンサーの特定と関係構築

  • 部署別インフルエンサーマップ作成
  • キーパーソンとの1on1ミーティング
  • 緊急時連絡網の構築

Week 3: 批判的思考研修の企画書作成

  • 研修内容・形式・対象者の決定
  • 外部講師候補の選定
  • 予算・スケジュール案の作成

Week 4: 経営層へのAI信頼構築戦略提案

  • 現状課題とリスクの整理
  • 競合他社ベンチマーク
  • 投資対効果を含む提案資料作成

まとめ

第117回Circle of Fellowsは、AI時代におけるコミュニケーションの核心課題を浮き彫りにしました。偽情報対策、教育における批判的思考の普及、そして組織の国際性や社会的責任――いずれも簡単な解決策はありません。

しかし、フェローたちが繰り返し強調したのは「信頼」「整合性」「迅速さ」「教育」。これらは、未来に向けてコミュニケーション専門職が果たすべき役割を示すキーワードとなりました。

今日から始める3つのアクション

  1. 社内の信頼できる「つなぎ手」5名をリストアップ
    各部署で影響力があり、緊急時に協力してくれる人物を特定
  2. 偽情報対策の現状をチェック
    モニタリング体制・対応フロー・責任者を確認し、改善点を洗い出す
  3. 次回の社内研修テーマに「情報リテラシー」を提案
    人事部門と連携し、全社員対象の研修企画を提案

さらに学ぶためのリソース

  • IABC Circle of Fellows 過去セッション: IABCウェブサイトでアーカイブを確認
  • 批判的思考トレーニング教材: ファクトチェック・イニシアティブ・ジャパンの教材
  • AI倫理ガイドライン: 内閣府「AI戦略2019」、総務省「AI利活用ガイドライン」
  • 情報リテラシー: 文部科学省「メディアリテラシー教育の推進」
  • 組織内コミュニケーション: IABC「Communication Management Standard」

株式会社ソフィア

ビデオ・プロデューサー、コミュニケーション・コンサルタント

池田 勝彦

主にビデオ制作で撮影から編集までを担当しています。記事原稿も書いていますが、英語による取材・編集もやりますし、翻訳もできます。