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技術は進化するが、人間的関与が勝る – IABC世界大会2025からの10の教訓 世界のインターナルコミュニケーション最前線⑥

ビジネスコミュニケーションのプロフェッショナルが集う国際団体、IABCの世界大会が、6月8日から11日までカナダのバンクーバーで開催されました。IABCのWeb誌’Catalyst’は6月23日、スタッフによる記事“Tech Grows But Human Touch Prevails: 10 Lessons From IABC World Conference 2025”を掲載、世界大会の講演や発表から得られた知見を紹介しています。

世界各地からの参加者たちが交流し、セッションを行き来する中で、はっきり分かったこととしてこの記事は、「コミュニケーターは、人間関係を築き、人間中心の経験を最優先する能力に非常に長けているということです」と指摘。
「コミュニケーターは好奇心旺盛で、データドリブンであり、現状を変える準備ができています。そして今後数年、どんなことが起ころうとも、それに立ち向かう準備が整っています」と概括しました。
そして、以下に専門家たちからの10の重要な学びを掲載しています。

情報過多の時代に必要な“問うべき3つの質問”とは?

Googleのニール・ホイン氏は、「データのためのデータ」という悪循環を断ち切る方法を教えてくれました。
コミュニケーターに必要なのは、より多くのデータではなく、データの示し方と活用方法をより深く考えること です。
データ重視の優れたチームは、「次の3つの重要な質問を自らに問いかけます。」と指摘しました。

仮説は何か?
適切なデータはそろっているか?
そのデータを活用する覚悟が自分たちにあるか?

データドリブンで意思決定する際に、このデータは何を示すのか、それをもってして「どう使うか」という視点 の転換が必要です。
データを追えば追うほどに抜け出せず、気がつけば目的や活用方法などを見失うことがあるのではないでしょうか。
3つの質問にあるように、分析よりも何を知りたいのかどんな意思決定に役立てたいのかを考え、実際の行動につながる問いを立てなければなりません。
完璧なデータは幻想で、まず意思決定基準とリスク許容度を定義し、“十分な”情報でスピーディに動くべきだと述べています。

ニール氏は「すべてのデータが価値を持つわけではない。行動に変えられるデータだけが意味を持つ」と語り、最も価値のある顧客に着目し、そのデータが指し示すことから仮説を立て強い意志をもって行動するべきだと強調しています。
また、この意思決定を社内に浸透させる手段として、ストーリーテリングを用いるとより効果を発揮します。データに意思と目的を持たせることによって組織全体が動きやすくなり、一人ひとりの行動につなげることが重要です。

実践チェックリスト:あなたの組織のデータ活用度診断
以下の質問に答えて、現状を把握しましょう

1.仮説設定:施策を実行する前に「なぜこれが効果的か」の仮説を立てているか
2.データの質:意思決定に必要十分なデータを特定できているか
3.行動への転換:データ分析の後、具体的なアクションプランを作成しているか

リーダーと現地社員をつなぐ、コミュニケーターの使命

IABCフェローのアンジェラ・シニカス氏は、グローバル企業のリーダーが成功するために必要なことを改めて思い出させてくれたと同時に、現地の従業員がいる場所に出向いて彼らと対面し、寄り添う必要があると強調しました。

現地従業員と本物のつながりを築くためには、コミュニケーターは、現地チームと連携して経営幹部のコーチングを支援して、現地の文化の違いや社会的慣習をリーダーが理解することが必要です。
つまりグローバルリーダーには多様な文化に対する理解が必要です。

アンジェラ・シニカス氏は、ビジネスを成功に導くうえで、単に情報を伝達するだけでなく、受け手の行動を変えることこそがコミュニケーションの真価 であり、グローバルリーダーにとっては、文化や地域ごとの価値観や習慣の違いを正しく理解し、それを前提にしたコミュニケーション戦略が求められるとしています。その背景には“人”との信頼構築が行動変容を促す上で不可欠である点を強調しています。

「行動変化を軸にしたコミュニケーション」が、つながりを通じた成果につながるとし、コミュニケータが企業の“戦略パートナー”になる視点、行動につながるコミュニケーション設計が必要と提唱しています。
グローバルリーダーは、定量的分析と人間関係のバランスを取りながら、文化を超えた信頼構築を目指す必要があります。シニカス氏の提言は、まさにそのための具体的な道筋を示しており、現代のビジネス環境において非常に実践的かつ示唆に富んでいます。

説明責任あるAI開発へ。信頼を築くための4つフェーズ戦略

次に紹介するAIは、あらゆるところで使用されており倫理的に管理する必要があります。
Microsoftのショーン・アレクサンダー氏は、「NIST AIリスク管理フレームワーク」を含む、最高水準のリソースを紹介してくれました。
このフレームワークは、AIを責任をもって統治するための体系的なアプローチを示しており、次の4つのフェーズで構成されています。

統治(Govern)
マッピング(Map)
測定(Measure)
管理(Manage)

組織のAIシステムへの信頼を構築し、リスクを評価し、説明責任を果たすことを目指すなら、このフレームワークは非常に有用なツールになると指摘しました。

ハイブリッド職場のコミュニケーターが果たすべき役割とは?

働き方はハイブリッドが当たり前になりました。
それは、デジタル空間での職場と物理的職場とのギャップを埋める責任をコミュニケーターが負う ことを意味する、と記事は指摘します。

Icologyのチャック・ゴーズ氏とScreenCloudのマーク・マクダーモット氏は、サイネージ、モバイルツール、パーソナライズ化を活用し、シームレスな従業員体験を生み出す現実的な事例を紹介してくれました。
注意(Attention)、記憶(Retention)、認知(Cognition)を通じた「ARCフレームワーク」を活用することで、インパクトのあるスクリーン上のコミュニケーションが可能になると説明しています。

ツール活用例:デジタル・物理空間のギャップを埋める3つの方法

ARCフレームワークの実践応用:

1. 注意(Attention)を引く施策

デジタルサイネージ:オフィスの主要動線に設置、リアルタイム情報更新
モバイル通知:重要情報は複数チャネル(Slack, Teams, メール)で同時配信
ビジュアル統一:在宅・出社問わず同じデザイン・メッセージで一貫性確保

2. 記憶(Retention)に残る工夫

マルチタッチポイント:同じ情報を異なる形式(動画・テキスト・インフォグラフィック)で展開
ストーリー化:数字や事実を具体的なストーリーに変換
定期的反復:重要メッセージは2週間で3回異なる形で配信

3. 認知(Cognition)を促進

インタラクティブ要素:Q&Aセッション、アンケート、フィードバック機能を統合
パーソナライゼーション:部門・役職・勤務形態に応じてカスタマイズされた情報提供
アクション誘導:具体的な次のステップを明確に示す

世代ごとの視点がぶつかる時、コミュニケーションはどうあるべきか?

どの世代が物事を一番よく理解しているのでしょうか。
USC南カリフォルニア大学パブリックリレーションズセンターの調査によると、それは誰にも分かりません。

それぞれの世代が「自分たちこそが最も情報通だ」と信じているからです。パネルディスカッションでは、USCのフレッド・クック氏が、IABC運営理事会会長のカミヤール・ナフィシ氏、Zeno Groupのバービー・シーガル氏、USCのインディア・スター氏、DeVries Globalのジェシカ・オキャラハン氏と共に、IABCとZeno Groupがスポンサーであるこの調査の詳細を掘り下げました。
世代を超えた真の協働には、心を開き、最も必要なときに自分自身の思い込みを脇に置く覚悟が必要だと指摘しています。

危機における“最善策”は1つじゃない──現場からのリアルな教訓

クリスタル・オースティン氏は、バルバドス政府広報局での経験を基に、危機対応には全てに適用できる一律の正解がないことを思い出させてくれました。
防御的な戦略は、法的立場を守るかもしれませんが、信頼を損なうリスクがあります。一方、受容的な戦略は信頼性を高めますが、コストが高くつくこともあると指摘しました。
ここで言えることは、状況に応じて最適な戦略を柔軟に選択することが重要だということです。

ストーリーテリングの力で誤解を打ち破る

本当の人々の本当の物語が語られるとき、意味のある変化が起こります。William Osler Health Systemのエマ・ジョンストン氏とカタリナ・グラン氏は、地域コミュニティーを中心に据えた、医師主導のストーリーテリングキャンペーンにより、同組織に対する「質の低い医療」という認識を2年で37%から2%に劇的に減少させた事例を共有しました。

William Osler事例から学ぶ5つの成功要因(37%→2%という劇的改善を実現した要因)

1.当事者の声を中心に据えた

医師自身が語り手となり、現場の実情を直接発信
患者の実体験を(プライバシーに配慮し)具体的に紹介
広報部門は黒子役に徹し、当事者の声を増幅

2.地域コミュニティとの直接対話

地域イベント・集会での積極的な参加・説明
地元メディアとの継続的な関係構築
コミュニティリーダーとの個別対話セッション

3.データと感情のバランス

客観的な医療品質指標の改善を数値で示す
患者満足度・治療成果の具体的事例を感情的に訴求
第三者機関による認証・評価を活用

4.継続性と透明性

2年間という長期スパンでの一貫したメッセージ発信
改善プロセス・課題も含めて透明性を保持
定期的な進捗報告・フィードバック収集

5.多面的なコミュニケーション戦略

伝統的メディア・デジタル・対面の組み合わせ
異なる世代・関心層に応じたカスタマイズ
従業員のプライドと外部評価の相乗効果創出

すべての誤情報に反応すべきか?──“介入”と“静観”の見極め力

誤情報が増加する中で、The 519のディーン・ロボ氏とイーライ・カルモナ氏は、自分たちのチームへの配慮を怠らないようと強調しました。

誤情報を巡るすべての事象に防御的対応策が必要でしょうか。時には、いつ介入し、いつ距離を置くべきかを見極めることで、チームのエネルギーやリソースを守ることが最善かもしれないと指摘しました。

理想の信頼関係から逆算する、コミュニケーション戦略の新常識

解決策を逆算して考えられますか。Tulo Centre of Indigenous Economicsのジュリ・ホロウェイ氏は、Elizabeth Bunney Communicationsのエリザベス・バニー氏、Symmetry PRのベン・ボーン氏と共に、信頼関係を築く方法を教えてくれました。時には、人間関係における信頼のレベルを評価し、理想的な状態を特定し、そこから効果的な戦略を逆算することが必要だと強調しました。

Z世代とどう向き合う?テクノロジーより“人間らしさ”が求められている

クロージング基調講演では、マージ・グプタ‐スンダージ氏が再び世代間協働の重要性に立ち返らせてくれました。
彼女の講演は、Z世代とミレニアル世代にまつわる誤解を払拭する助けとなりました。ミレニアル世代は多様性を受け入れますが、Z世代はそれを当然のものと考えています。

では彼らを巻き込む最良の方法とは。

それはアプリでもアルゴリズムでもありません。彼らと「話す」こと、一方的に「話しかける」のではなく、対話することだと強調しました。

なお最後に、来年の世界大会は、2026年6月14日〜16日、カナダ・トロントで開催と発表されました。通常、アメリカとカナダで1年おきに交互で開催するのが慣習となっていたところ、2年連続でカナダ開催は異例のこととなります。アメリカで開催したくない無言の抵抗、何らかの力学が働いているのかもしれません。

株式会社ソフィア

ビデオ・プロデューサー、コミュニケーション・コンサルタント

池田 勝彦

主にビデオ制作で撮影から編集までを担当しています。記事原稿も書いていますが、英語による取材・編集もやりますし、翻訳もできます。