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コミュニケーションは暴走する ―「もっと伝える」ことは本当に解決策なのか ―世界のインターナルコミュニケーション最前線㉑

最終更新日:2026.09.01

#コミュニケーション

社内で新しい施策が始まるたびに、「もっと発信しましょう」「ニュースレターを作りましょう」「メールを増やしましょう」という声を耳にしたことはないでしょうか。コミュニケーション担当者にとって、このような要望は日常的なものです。

しかし、本当に問題は「発信量が足りないこと」なのでしょうか。問いを立てないまま「発信を増やします」と応じ続けていると、情報はあふれる一方で、社員の理解も行動も変わらないという悪循環に陥りかねません。

IABC国際ビジネスコミュニケーション協会のWeb誌’Catalyst’に6月8日掲載されたMelissa Corns氏の記事「Comms Gone Rogue: Why Communicating More Won’t Fix Your Communication Problem」は、この一見当たり前に思える考え方に疑問を投げかけます。筆者は、組織に必要なのは「より多くのコミュニケーション」ではなく、「人々が安心して頼ることができる明確さを生み出すこと」であると主張しています。

「もっと伝えよう」に潜む、本当の課題

記事は、多くのコミュニケーション担当者が経験する場面から始まります。ある部門の担当者が、「自分たちの取り組みが十分に伝わっていない」と相談に来て、「もっとメールを送りましょう」「もっと記事を書きましょう」「新しいニュースレターを始めましょう」と提案する、そんな光景です。心当たりのある方も少なくないのではないでしょうか。筆者のコーンズ氏自身も、社内ニュースレターや動画シリーズを立ち上げた経験をユーモアを交えて紹介しています。

もちろん、その背景には善意があります。どのチームも、自分たちの仕事を理解してもらい、関心を持ってもらい、成果につなげたいと考えています。しかしコーンズ氏は、「この取り組みをもっと伝える必要があります」という言葉を、そのまま受け入れてはいけないと指摘します。その場しのぎで発信量を増やしても、根本の課題が解決されない限り、同じ要望は形を変えて何度でも戻ってくるからです。

問題は、コミュニケーション不足ではなく、「明確さ」「優先順位」「戦略」の不足であることが多いからです。

情報が増えるほど見えなくなる、大切なこと

今日の従業員は、メール、チャット、イントラネット、会議、タウンホールミーティングなど、膨大な情報の中で仕事をしています。その中で、あらゆる部署が「自分たちの情報こそ重要だ」と発信を続ければ、結果としてすべてが同じように見えてしまいます。本当に見てほしい発表も、日常の連絡事項に埋もれて届かなくなるのです。

コーンズ氏は、かつて誰かから教わったという「堤防のない川」という比喩を用いて、戦略のないコミュニケーションを説明しています。「戦略のないコミュニケーションは、堤防のない川のようなものです。水は意図した一方向へ流れるのではなく、あちこちへ広がってしまいます。」

この比喩は、コミュニケーション担当者の役割を非常に分かりやすく表現しています。私たちが担うべきなのは情報を増やすことではなく、組織全体として情報がどの方向へ流れるべきかを設計することなのです。堤防を作らないまま水量だけを増やし続ければ、いずれ氾濫が起きるのは時間の問題です。


「ニュースレター」ではない、ステークホルダーの本当の要望

コーンズ氏が紹介する実例も興味深いものです。

たとえば、以前勤務していた組織では、従業員ごとに最適化されたニュースレターを配信し、すべての情報をイントラネットへ集約する仕組みを整えていました。それでも各部門からは、「自分たち専用のニュースレターを作りたい」という要望が絶えませんでした。

ところが話を丁寧に聞いていくと、本当に求めていたのはニュースレターではありませんでした。もっと目立ちたい。自分たちの活動をもっと知ってほしい。影響力を高めたい。もっと早く情報を届けたい。そうした思いが背景にあったのです。(そして時には、自分たちのプロジェクトには専用のロゴやバナーがあって当然だと思えるくらい、そのプロジェクトを重要なものに見せたかっただけのこともありました。)

つまり、コミュニケーション担当者が対応すべきなのは、依頼された「手段」ではなく、その背後にある「目的」です。要望をそのまま形にしてしまえば、チャネルがまた一つ増え、社内の情報環境はさらに複雑になるだけです。

そのためコーンズ氏は、まず「何を解決したいのですか」「実際に誰がその情報を必要としていますか」「どのような行動を従業員に期待していますか」「なぜこのチャネルが最適なのですか」の4つを問い掛けることの重要性を説いています。なぜなら、「コミュニケーションの暴走」は、反抗からというよりも、満たされていないニーズから生まれていることが多いからです。


情報発信が「暴走」した先に起こること

各部署が独自にニュースレターや情報発信を始めると、組織には複数の「正しい情報源」が存在することになります。更新内容に違いが生じ、古い情報が残り、従業員はどれが最新情報なのか判断できなくなります。放置すればするほど、後から整理するコストは膨らんでいきます。

さらに、効果測定も難しくなります。部門ごとに異なるチャネルを運営すれば、分析データは分散し、「どれだけ情報を出したか」は分かっても、「コミュニケーションが成果につながったか」は見えなくなってしまいます。次の施策の予算や人員を説明しようにも、根拠となる数字が手元にない――そんな事態にもなりかねません。

コーンズ氏は、「もっとニュースレターを受け取りたいと言う人には会ったことがない」と率直に述べています。実際に従業員が感じているのは、「情報が多すぎる」「重要な情報を見落とした」「どれが最新なのか分からない」という疲労感なのです。この疲労感が積み重なれば、社員は発信そのものに目を向けなくなり、本当に届けたい情報すら届かなくなってしまいます。

【セルフチェック】自社のコミュニケーション「暴走」診断

ここまでの内容を踏まえ、自社の状況を振り返ってみましょう。以下の項目のうち、いくつ当てはまるでしょうか。

  • 複数の情報源:部門ごとに独自のニュースレターやメール配信が乱立し、全社共通の「正しい情報源」がどこにあるのか誰も把握できていない。
  • 理由なき増殖:新しい発信依頼が来るたびに、「なぜ必要か」を確認しないまま、とりあえずチャネルを増やして対応してしまっている。
  • 測れない成果:発信した本数や回数は集計できても、それが従業員の理解や行動につながったかを説明できない。
  • 従業員の疲労感:「情報が多すぎる」「どれが最新か分からない」という従業員の声が出ている、あるいは出ていても実態を把握できていない。
  • 窓口の不在:各部門からの発信依頼を一元的に受け止め、対話する窓口や担当者が明確になっていない。

3つ以上当てはまった場合、その組織のコミュニケーションはすでに「暴走」し始めているサインかもしれません。発信を増やす前に、まず立ち止まって点検することが必要です。

コミュニケーション担当者に求められるのは「警察」ではなく「パートナー」

では、コミュニケーション担当者はそうした要望を厳しく統制すればよいのでしょうか。コーンズ氏は、その考え方にも否定的です。ルールで縛ろうとするほど、現場は正面から相談してくれなくなり、水面下でチャネルが増えていくだけだからです。

重要なのは管理を強めることではなく、各部門とのパートナーシップを築くことだとコーンズ氏は強調します。実際には、すべての依頼を一元的に受け付け、ニーズを確認する対話を行うことで、「ニュースレターを作るか」という議論ではなく、「どのような成果を目指すのか」という議論へと変えていったといいます。

ポリシーやガバナンスは必要ですが、それだけでは問題は解決しません。支援されていないと感じている組織は、必ず別の方法を見つけようとするからです。既存のプロセスを踏むよりも、新しいチャネルを作る方が簡単に思えるため、単にガバナンスを回避しようとしているだけのこともあります。いずれにしても、コミュニケーション担当者は、すぐにポリシーを適用しようとする前に、好奇心を持ってそうした状況に向き合う必要があります。

「明確さ」を取り戻す3つの実践ステップ

コーンズ氏の実践から、どの組織でも明日から始められるアクションを3つに整理しました。

  • ステップ1:依頼の「一元窓口」をつくる
    各部門からの発信依頼を、まずは一つの窓口で受け止める体制を整えましょう。バラバラに対応するのではなく、対話を通じてニーズを確認するプロセスを設けることで、「ニュースレターを作るか」ではなく「どのような成果を目指すのか」という議論に変えていくことができます。
  • ステップ2:「手段」ではなく「目的」を問う
    新しい発信依頼が来たら、すぐに実行に移す前に、 「何を解決したいのか」「実際に誰がその情報を必要としているのか」「どのような行動を従業員に期待しているのか」「なぜこのチャネルが適切なのか」の4つを必ず確認してください。この問いに即答できない依頼は、要望の背後にある本当のニーズが、まだ言語化されていない可能性があります。
  • ステップ3:成果指標を「発信量」から「明確さ」へ切り替える
    配信数やニュースレターの本数を成果指標にするのをやめ、従業員が優先順位を理解できたか、期待する行動につながったかを測る指標へと切り替えましょう。次回の効果測定では、「何回発信したか」ではなく「何が伝わったか」を報告する項目を一つ加えることから始められます。

あなたの組織では、発信の依頼が来たとき、この3つの問いを誰が、どの場面で確認していますか。まずはその「窓口」を決めることから始めてみてください。

「量」から「意図」への転換

今日のコミュニケーション担当者は、自らの組織の中に存在する「アテンション・エコノミー(注意の経済)」の中で仕事をしています。あらゆる取り組みが注目を集めたいと考えています。あらゆるプロジェクトが、自分たちこそ優先されるべきだと信じています。あらゆるリーダーが、従業員に自分たちの仕事へもっと深く関わってほしいと望んでいます。

私たちの価値は、閲覧数やクリック数、あるいは私たちが作成したニュースレターの数で測られるものではありません。評価されるべきなのは、コミュニケーションが人々の理解を促し、優先順位を明確にし、行動を変えることにつながったかどうかです。発信した「量」を成果として報告し続けている限り、この物差しは変わりません。

「コミュニケーション担当者の役割は、より多くの雑音を生み出すことではありません。人々が安心して頼ることのできる『明確さ』を生み出すことなのです。」

情報があふれる時代だからこそ、コミュニケーション担当者に求められる役割は、発信量を増やすことではなく、組織全体の情報の流れを設計し、社員が何を理解し、何を優先すべきかを明確にすることへと変わりつつあります。この変化にいち早く気づいた組織から、社員に本当に「伝わる」コミュニケーションを手にしていくはずです。

結論から言えば、本稿は、コミュニケーションの成果を「どれだけ発信したか」ではなく、「組織にどのような明確さをもたらしたか」という視点から捉え直す重要性を教えてくれる内容となっています。もし今、社内から「ニュースレターを増やしてほしい」という声が届いているなら、それは発信を増やすサインではなく、対話を始めるサインなのかもしれません。

株式会社ソフィア

ビデオ・プロデューサー、コミュニケーション・コンサルタント

池田 勝彦

主にビデオ制作で撮影から編集までを担当しています。記事原稿も書いていますが、英語による取材・編集もやりますし、翻訳もできます。