
2025.07.07
忖度は悪? 見えないスキル『ポジソン』で組織変革を成功に導く方法

目次
【この記事のポイント】
・忖度なく率直に意見を主張することが、必ずしも組織にとってプラスに働くとは限らない
・忖度には、「ポジティブな面」と「ネガティブな面」がある
・組織変革には、全社的な視点を持ち、皆が快く前進するために相手のことを推し量る「ポジティブな忖度」が必要である
ちょっと前だろうか、「ダークサイドスキル」(木村尚敬/日本経済新聞出版社)という本が話題になっていた。何気なくオンラインショップをチェックしていたときに、新刊としてレコメンドされたその本を、クリックしないわけがない。
この本では、ビジネスを進めるためにはきれいごとだけでなく、「裏の顔」を持って周囲の人を動かしていくスキル(ダークサイドスキル)が必要であると語られている。読み進めるうちに、私が日々組織変革・風土改革の現場で実感し、戦っていることが言語化されていることに気付き、少しだけ自分を認めてもらったような気がしてうれしくなった。
組織を変えるプロジェクトを推進していると、実に様々な人に出会う。イケイケどんどんで前向きに応援している“風”の人、周囲の声には耳も貸さず自分の正義を押し通そうとする人、過去の成功体験に執着し“変わる”ことを遠ざけてスルーする人、「あの人がこう言っていた」と噂話でかき乱す人、今がチャンスと関係ないことでも「変革だ!」とこじつけて自分だけ果実をとろうとする人、“変わる”という気配を感じただけで誰彼かまわず噛みつく人……そして冷静に状況を俯瞰しながら的確に必要な行動をとる人。
誰と一緒に動くべきかは、言うまでもない。しかし、“変わる”、“変わろうとする”タイミングには、それまで築き上げてきた組織文化の負の部分が増大し、カオス度が増す。おなかが痛くなるくらいの“超”カオスだ。
そんな状況において、ときどき出会う“途中から登場する”タイプがいる。社内にはないスキルを持っていたり、会社が新たに取り組みたいことを異分野で成功させた経験がある中途入社社員など「外から来た人」だ。しかし残念なことに、この人たちの中には、「自分は論理的で、経験もあるので、正しい」という絶対的な自信や輝かしい実績とは裏腹に、プランがうまく進まないケースがある。
彼・彼女の言い分がどんなに正しくても(正しいと本人が認識していても)、周囲からの協力を得ることができないことがある。そして、「この組織は、本当にダメだ、腐っている」(というような)渾身のフレーズを残して去っていくのだ。(もちろん、組織にも排他的なところがあることは、間違いないが)
上記のタイプは、多くの場合、
・会社の直近の歴史・過去を否定し、文化を一刀両断する。(本人は改善点を述べているつもり)
・自分の正義を振りかざし、反対意見を言ってくれる人の意見には耳を貸さない。(プロパー社員の言うことは、悪だと思っている)
・うまくいかないときは「他部門が言うことを聞かないせいだ」と言い張り、なぜうまくいかないかを冷静に分析しない
・自分のセオリーに合致しないことは、一蹴する
…こんな行動をとりがちだ。極端に書いているが、これが彼・彼女らがつまずく要因を表していると思う。組織の中をうまく歩いていないのだ。こんな光景を目にしてきた私には、冒頭の「ダークサイドスキル」にピンとくるものがあった。
忖度とは何か?その本来の意味とネガ・ポジ両面
一方で、組織の中をうまく歩こうとしすぎた結果、自己利益ばかりに目がいってしまうケースがある。少し前に話題になった「忖度」などは、まさにそのいい例だろう。先日、当社で開催しているTGIF(Thank God It’s Friday ソフィアなんでも話す会)において、この「忖度」という言葉がテーマにあがった。
「忖度って、ダメなの?」こんな問いかけから議論が始まった。
まず「忖度」という言葉の意味をおさらいしてみよう。辞書によると「忖度」とは相手の気持ちや考えを推し量ること、推察・推測することを意味する。漢字の由来を見ても、「忖」と「度」はいずれも「はかる(推し量る)」という意味を持ち、要するに「相手の心中を推し量る」というのが本来の定義だ。 例えば「上司に忖度する」といえば「上司の気持ちを推測すること」を意味し、決して悪い意味ではない。
「忖度」は中国古典『詩経』の「他人有心、予忖度之(他人に心あり、予これを忖度す)」が語源とされ、日本でも平安時代の『菅家後集』に使用例が見られる由緒ある言葉で、本来は「相手の気持ちを推し量る」という中立的な意味だった。 かつて多くの日本企業では社員に画一的な教育を行い、上司が細かい指示を出さなくても阿吽の呼吸で部下が察して動く風土があった。そのため、相手の状況を配慮して先回りする忖度は業務効率化にも役立つ美徳とされてきた面がある。
しかし近年では、「忖度」は本来とは異なる使われ方で広まりつつもある。森友・加計学園問題をきっかけに「忖度」が政治ニュースで頻繁に取り上げられ、2017年の流行語大賞にも選出されるなど、一躍有名になった。
この時「忖度」は「上司の顔色をうかがう」「ご機嫌取り」「ごますり」といったネガティブな意味合いで使われ、その印象が強まっている。「自分の保身のために目上の人に従ったり、自分の意思とは別の言動をすること」——これが新しい意味での「忖度」だと言われている。つまり他人に確認せずとも勝手に推測し、相手に合わせて行動することであり、ビジネスシーンでは「忖度」はしばしば否定的な文脈で語られるようになった。
要するに、忖度には「良い忖度」と「悪い忖度」があるということだ。先ほど触れたように、相手を思いやって先回りする行為としての忖度は決して否定されるべきものではない。
しかし、度を越した忖度——自分の意見を押し殺してでも権力者の意向を推し量り迎合する行為——は、組織に弊害を生みかねない。ではネガティブな忖度は具体的にどんな問題を起こすのだろうか?
忖度が組織にもたらす悪影響
忖度=悪という風潮が強まっている現在、改めてネガティブな忖度(本記事では「ネガソン」と呼ぶ)が組織に与える弊害を整理してみよう。まず、部下が上司の意図を忖度して行動する職場では、生産性が低下する恐れがある。たとえば上司があいまいに「なるべく早く」と指示した場合、部下はその真意を推測(忖度)しながら動くことになる。
すると、(1)忖度した内容を上司に確認・説明する時間、(2)上司の期待とズレた作業を進めてしまう時間、(3)修正の指示を受けてさらに忖度し直す時間……という具合に、3種類ものムダな「ロスタイム」が発生しかねない。忖度ゆえの遠回りで、本来すぐに前に進めるはずの仕事が停滞してしまうのだ。
また過剰な忖度は、社員の主体性を奪います。部下が常に上司の顔色ばかりうかがうようになると、自ら考えて提案したり挑戦したりする意欲が削がれてしまう。
実際、過度な忖度が蔓延すると「主体性の低下」「情報の隠蔽」「イノベーションの阻害」といったネガティブな影響が生じ、組織の健全な発展を妨げる可能性があると考えられる。 これは容易に想像がつくだろう。上司にとって耳の痛い情報は現場から上がってこなくなり、問題があっても「忖度」によって報告が遅れたり隠されたりすれば、組織は健全な成長機会を失ってしう。
さらに、忖度によって職場の「心理的安全性」が低下することも見逃せない。
心理的安全性とは1999年にハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「チームのメンバーがリスクを冒し、自分の考えや懸念を表明し、疑問を口にし、間違いを認めても、ネガティブな結果を恐れずにできると信じている状態」のことだ。 心理的安全性が低い職場では、社員は上司に疑問や反対意見があっても「こんなことを言ったら叱責されるかも」と萎縮してしまい、質問や進言ができなくなる。その結果、表面的な“Yes”ばかりで実は納得していない状態や、「やらされ仕事」の状態が生まれ、成果につながらない現象が起こる。実際、コミュニケーション不全の組織では互いに相手の顔色をうかがう(過剰な忖度の)行動が蔓延しがちだという。これは組織の活力を大きく損なうだろう。
ネガティブな忖度が蔓延すると、最悪の場合は組織に致命的な失敗を招く危険もある。実際、大企業の不正会計事件や事故の背景には「現場が上層部にもの申せない空気」が指摘される。過去の分析では、慎み深い部下たちの遠慮(忖度しすぎ)が組織の腐敗や大事故の一因になったケースもあるとされている。小さな問題であっても部下が「こんな指摘をしたら悪いかな…」と忖度して声を上げなければ、やがて組織全体に大きな歪みが生じる可能性がある。逆に言えば、どんな小さなことでも率直に言い合える文化がない組織は、重大なリスクを抱えているのだ。
ポジティブな忖度「ポジソン」で組織を動かす
ここまで、忖度のネガティブな側面を見てきたが、「まったく忖度のない組織」が果たしてうまく機能するのか、改めて考えてみる必要がある。全員が好き放題に言いたいことを言うだけでは、現場は混乱し対立ばかりが増えてしまうかもしれない。「心理的安全性」が大事とはいえ、互いに配慮が一切なく自由に言い放つ職場が理想だとは思えないのだ。
実際問題、「まったく忖度のない組織」というのは現実には存在しないだろうし、ゼロ忖度=100%率直が必ずしも最善とも限らない。大切なのは、忖度のポジティブな面に目を向け、それを組織変革に活かすことだ。ソフィアの社内討議(TGIF)でも忖度の利用状況を整理した結果、「忖度にはポジティブな面とネガティブな面がある」ことに着目した。
組織の長期的なビジョンや目標に向かって取り組む際、上司だけでなく周囲が気持ちよく前進できるように動くことも「忖度」と呼べるのではないだろうか。優先順位を下げた施策の担当者に対しても、悪い気を抱かず前向きに進んでもらうために“うまく”説明する——これも立派な「忖度」ではないだろうか。これからますます変化が激しくなる事業環境において、実はポジティブな忖度が効果的に働く「ポジソン型組織」こそ目指すべき状態なのではないかと考える。
変わることは時に鋭利な刃物となって、努力する人を傷つけることもあります。傷つけられた人は、その後、前向きに変化を捉えられるでしょうか。言いたいことをただ言い合うだけでなく、全社的な視点を持って、皆が快く前進するために相手のことを推し量ること——すなわちポジティブな忖度(本記事では「ポジソン」と呼ぶ)が組織変革には必要なのではないだろうか。
実際、先に挙げた心理的安全性と忖度の関係も、ポジティブな忖度によって好転させることができる。心理的安全性の高い組織では、メンバー同士が互いに信頼し合い率直に話し合える一方で、相手へのリスペクトや配慮も忘れない。自由にものを言えるからといって相手を傷つける言動が許されるわけではなく、言うべきことは伝えつつも思いやりを持つ——これこそが健全な組織文化である。お互いに敬意を払いながら本音で語り合える組織は強い。その下地として、メンバー同士が「相手がどう感じるか」を考えながら行動するポジティブな忖度(ポジソン)が根付いていることが重要だ。
ずいぶん端折ったが、当社のTGIFではそのような議論が交わされた。しばらく「ポジソン」「ネガソン」というキーワードが社内で流行したことは言うまでもない。冒頭で触れた「ダークサイドスキル」にも、“うまくやる”こと、戦い方が書かれていた。これから組織を変えようと思っている人には、ぜひあの本をお勧めしたい。そして、ポジティブな忖度=ポジソンをする組織を目指してもらいたいと思う。
ネガティブ忖度を減らし「ポジソン型組織」を実現するには
では、組織からネガティブな忖度(ネガソン)を減らし、ポジティブな忖度(ポジソン)が行き渡る職場にするためには何が必要だろうか。最後に、健全な組織文化を築くためのポイントを整理する。
トップが「忖度させない」姿勢を示す
忖度やゴマすりは、実はリーダー側の資質に起因する現象。上に立つ者が理路整然と振る舞い、辛口の指摘や忠告を受け止める度量を示せば、部下は忖度する必要を感じなくなる。逆に言えば、「NOと言えない空気」を作ってしまうリーダーの下では忖度がはびこるため、率直な意見を歓迎するトップの姿勢が、組織全体の空気を決める。
心理的安全性の醸成
社員が忖度せずとも安心して発言できる職場にするには、心理的安全性を高める取り組みが不可欠である。具体的には上司自らミスを認める、意見を否定ではなくまず受け止める、というように「罰しない文化」を醸成すること。Google社の大規模調査「プロジェクト・アリストテレス」でも、心理的安全性こそがチームの生産性を左右する最重要因子だと報告されており、心理的安全性が高まれば、メンバーは安心して互いにフィードバックを送り合えるようになるため創造性や主体性が発揮される。その結果、忖度で生じるムダも減り、チームのパフォーマンスが向上する。
フィードバックと透明性の向上
社員が率直に意見できる機会(例えば定期的な振り返りミーティング等)を設け、現場の本音や課題を吸い上げることが大切。仮に現状、部下から意見が出てこないなら「なぜ言えないのか?」を探り、必要であれば評価制度や会議のルールを見直す必要がある。
忖度を助長するような慣習(たとえば根回しが評価される風土や、建前だけの「なるべく早く」指示の横行など)を改め、誰もが建設的に議論できる透明性の高い職場を目指す。社員は「忖度した方が得だ」と感じる時に忖度に走るため、忖度しなくても提案や異論を述べた方が組織も本人もメリットが大きい——そのような環境を用意することが、長い目で見て組織の力を高める。
最後に、私自身が現場で痛感しているメッセージを共有したいと思う。「自分の会社は忖度ばかりでダメだ…」——そんな嘆きばかりではなく、「この取り組みを前進させるには、あの部署にもポジソンが必要だよね」「いいね、ポジソンだね!」という言葉が飛び交う組織が一つでも増えたら、きっと社会はもっと楽しくなるはずだ。
※本記事では、ポジティブな忖度を「ポジソン」、ネガティブな忖度を「ネガソン」と呼んでいますが、これらは組織変革の文脈での理解を深めるために当社で使用している用語です。
関連サービス
- 調査・コンサルティング ―さまざまなデータから、課題解決につながるインサイトを抽出―
- メディア・コンテンツ ―読者と発信者、双方の視点に立った企画、設計―
- イベント企画運営 ―企画力と事務局サポートで記憶に残るイベントを実現―
よくある質問
- ポジティブな忖度とはどういうことですか?
組織の長期的なビジョンや目標に向かって取り組む際、上司だけでなく、周囲が気持ちよく前進できるように動くことも「忖度」であると考えます。全社的な視点を持ち、皆が快く前進するために、相手のことを推し量ることが必要です。