シナリオプランニングとは?経営戦略におけるメリットと進め方、活用ポイント
最終更新日:2025.12.10
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環境が絶えず変化し、あらゆることが複雑化する現代は、不確実性が非常に高く将来予測が困難な時代です。そのような時代を企業が生き抜くためには、長期的に起こりうる未来を複数想定し、それらに備えることが大切です。そのために有効な手法が「シナリオプランニング」です。シナリオプランニングとは何か、なぜ重要なのかを解説し、シナリオプランニングの描き方(進め方)や注意点、さらに企業にとってのメリットや具体的な活用事例についてもご紹介します。
シナリオプランニングとは
シナリオプランニングは、将来をひとつの姿で捉えるのではなく、複数の変化パターンを描きながら不確実性に備えるための思考法です。ここでは、まずシナリオプランニングがどのような手法なのか、その基本的な定義から整理していきます。
シナリオプランニングの定義
シナリオプランニングとは、将来起こるかもしれない複数のシナリオ(未来の展開)を描き、自社の事業戦略や経営方針、それぞれのシナリオで想定される出来事への対処法を導き出す手法です。例えば、今後日本の人口減少は高い確実性で予測できます。しかしその結果、国内企業がグローバル市場へ進出するのが主流になるのか、あるいは少人数国家として国内市場向けに小規模でも高品質な製品提供にシフトするのかは、不確実なシナリオと言えるでしょう。
シナリオプランニングは複数の未来を前提にした戦略思考
シナリオプランニングでは、確定的な未来予測に頼らず「複数の可能性」を考慮し、どの方向に変化しても対応できる戦略を練る点が特徴です。また、望ましい未来から逆算して現在の施策を検討するバックキャスティング思考が用いられており、長期的な視点で自由な発想を取り入れながら未来シナリオを構築します。その結果、短期的な予測では見えない中長期的な選択肢を視野に入れることができ、思いがけない状況にも素早く対応できる準備が可能となります。
最悪の事態を想定する「防衛的悲観主義」
シナリオプランニングでは、単に「こうなったらいいな」と楽観的な未来を夢見るのではなく、最悪の事態も想定して備えることが前提です。言い換えれば、「戦略的楽観主義」ではなく最悪を考えて回避策を講じる「防衛的悲観主義」に基づくアプローチと言えるでしょう。そのため、予想する未来は実際に起こりうるリアリスティックな内容である必要があります。このリアリズムを活用して発想を転換し、イノベーティブなアクションにつなげるフレームワークがシナリオプランニングなのです。
例えば、1970年代の石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェル社は、シナリオプランニングを活用して1973年の第1次オイルショックを予見し乗り越えたことで知られています。シェルは1972年時点で、中東の産油国が経済力をつけて石油の支配権が欧米からシフトする可能性をシナリオとして警鐘を鳴らし、実際に起きた供給危機に備えていたと言われています。このように複数のシナリオを事前に検討しておくことで、想定外の事態にも柔軟に対応できるのです。
なぜシナリオプランニングが重要なのか
現代は「VUCA(ブーカ)の時代」と言われます。VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉で、変化が激しく環境が複雑に絡み合い、将来予測が困難な状態を意味します。
実際、どんなに優れた経営者や専門家でも未来の読み違いは起こり得ます。例えば、アメリカの中央銀行にあたるFRBは2021年4月時点で米国のインフレは「一時的」と発言していましたが、実際には長期化し金融引き締め策が必要になりました。世界トップクラスの専門家でさえ予測を外すことがあるのです。重要なのは、インフレが一時的な場合と長期継続する場合の複数の未来を想定し、それぞれに備えておくことだったのではないでしょうか。
このように100%正確な未来予測は不可能です。しかし、だからといって思考停止に陥ってはいけません。不確実な未来に起こりうるリスクを可能な限り想定し、回避策を準備することが企業存続の鍵となります。長期的な視点で俯瞰し、複数の可能性を検討するシナリオプランニングは、先行き不透明なVUCA時代において有用な手法と言えるでしょう。
攻めのシナリオプランニングも重要
さらに、企業にとっては攻めの視点でもシナリオプランニングが重要です。複数の未来シナリオを検討する過程で、リスク回避だけでなく新たなビジネスチャンスを発見できる可能性があります。予測が難しく一見リスクが高い未来像の中にも、新規市場の創造や革新的サービスの種が潜んでいるかもしれません。シナリオプランニングは、守りを固めるだけでなく将来の成長機会を掴むための思考法でもあるのです。
シナリオプランニングのメリット
企業がシナリオプランニングに取り組むことで得られる主なメリットには、次のようなものがあります。
環境変化に柔軟に対応できる計画を立てられる
シナリオプランニングでは将来の複数の可能性を踏まえて戦略を準備するため、状況の変化にも柔軟に対応しやすくなります。まったく予想していなかった事態に直面すると迅速な対応は困難ですが、シナリオプランニングによってあらかじめ未来を予測し複数の選択肢を用意しておけば、実際に起こった状況に応じて適切な手を打ちやすくなるのです。
組織体制の最適化につながる
シナリオプランニングを通じて将来に備える過程では、必要な人材の育成や配置転換、新たな組織体制づくりなどを検討することになります。現在は業務が順調でも、組織内に潜在的な課題があれば将来大きな問題に発展しかねません。シナリオで想定した未来に備えてどんな人材・スキルが必要か、どんな組織体制が望ましいかを明確にできれば、現状とのギャップを埋める形で組織を最適化していけます。その結果、環境が不確実な中でも迅速かつ的確な意思決定がしやすくなるでしょう。
外部パートナーとの共創を促進できる
特に中長期視点の新規事業や社会課題の解決を目指す取り組みでは、自社だけでなく社外のパートナーを巻き込むことが欠かせません。しかし市場ニーズがまだ顕在化していないテーマでは、価値を伝えることが難しく協力を得にくいのが実情です。そこで、シナリオプランニングで描いた未来シナリオを社外と共有することで、想定している未来の世界観を具体的に伝えることができます。共有されたシナリオをもとに前向きな議論が生まれ、外部パートナーとの共創(コ創造)活動が促進される効果が期待できるでしょう。
社内での共通理解と協力姿勢を高める
加えて、シナリオという「未来の物語」を社内で共有することも大きなメリットです。弊社ソフィアの調査では、自分たち(広報部・経営企画部など)が推進している施策の必要性・重要性について「現場から十分理解を得られている」と感じる担当者はわずか10%に留まることが明らかになりました。多くの現場社員は経営側の取り組みを十分に理解・共感できていない可能性があります。
シナリオプランニングで描いた未来像を社内発信し対話することで、社員との共通理解を深め、戦略への納得感や協力姿勢を高める効果も期待できます。将来像を物語として示すことで、社内コミュニケーションが活性化し組織の一体感醸成につながる点も見逃せません。
シナリオプランニングの作成の仕方
シナリオプランニングを実践するには、以下のプロセスを順番に進めていきましょう。なお、シナリオプランニングのプロセスについて詳しくは、新井宏征氏の「実践 シナリオ・プランニング 〜不確実性を「機会」に変える未来創造の技術〜」をご覧ください。 シナリオプランニングの概念を知るためだけではなく、実際に実務に落とすうえで、とても参考になる書籍です。
ステップ1. テーマの設定
最初に、どのテーマについてシナリオを描くのかを明確にします。テーマは企業全体の長期戦略を対象にすることもあれば、特定の事業部門や新規プロジェクトに絞ることもあります。重要なのは、自社にとって不確実性が高く影響が大きい領域を選ぶことです。例えば、「10年後の国内消費市場」「新興技術がもたらす業界構造の変化」「規制環境の変化と自社への影響」などがテーマになり得るでしょう。テーマが明確になれば、次のステップで何を調査すべきかが見えてきます。
ステップ2. 外部環境の要因分析
次に、設定したテーマに関わる外部環境の要因を洗い出し分析します。PEST分析(Political政治、Economic経済、Social社会、Technological技術)などのフレームワークを活用して、自社を取り巻くマクロ環境の変化要因を体系的に整理しましょう。例えば、政治面では規制緩和や政策変更、経済面では為替や景気動向、社会面では人口動態や価値観の変化、技術面では技術革新や新規参入者の動きなどがあります。
この段階では、確実性の高い要因と不確実性の高い要因を分けて考えることが大切です。確実に起こりそうな変化(例:高齢化の進展)は前提条件として扱い、不確実な要因(例:消費者の嗜好変化の方向性)をシナリオ分岐のポイントとして抽出します。
ステップ3. 重要な不確実要因の特定
外部環境の要因を洗い出したら、その中から特に自社への影響が大きく、かつ不確実性の高い要因を2〜3つ選び出します。
これらの要因は、未来が複数の方向に分岐する分かれ道となります。例えば「技術革新の速度」について、「急速に進む」か「緩やかに進む」かの2つの可能性があるとすれば、それだけで未来は2通りに分岐します。複数の要因を掛け合わせることで、4つ程度のシナリオを描くのが一般的です。
ステップ4. シナリオの作成
特定した重要要因をもとに、複数の未来シナリオを具体的に描きます。通常は4つ程度のシナリオを作成することが多いです。各シナリオには名前をつけ、そのシナリオで実現する世界を物語形式で記述すると分かりやすくなります。例えば、「楽観的成長シナリオ」「悲観的縮小シナリオ」「技術主導シナリオ」「規制重視シナリオ」といった具合です。
シナリオは単なる箇条書きではなく、ストーリーとして語れる内容にすることが重要です。「このシナリオの世界では、社会はどのように変化しており、顧客は何を求め、競合はどう動いているのか」を具体的にイメージできるよう描写しましょう。リアリティのあるシナリオほど、実際の戦略立案に役立ちます。
ステップ5. 各シナリオへの対応策の検討
シナリオができたら、それぞれのシナリオが実現した場合に自社はどう対応すべきかを考えます。各シナリオで成功するための戦略オプションや、リスクを回避するための施策を洗い出しましょう。ここでは「シナリオAが実現したら製品ラインをこう変更する」「シナリオBなら新市場へ進出する」といった具体的なアクションを想定します。
また、複数のシナリオに共通して有効な施策があれば、それは優先的に実行すべき戦略と言えます。逆に、特定のシナリオでしか有効でない施策は、状況を見極めてから判断する「オプション戦略」として位置づけると良いでしょう。
ステップ6. モニタリングと見直し
シナリオプランニングは一度作って終わりではありません。定期的に外部環境の変化をモニタリングし、シナリオや対応策を見直すことが重要です。現実の状況がどのシナリオに近づいているのか、あるいは想定外の方向へ動いているのかを観察し、必要に応じて戦略を調整します。
シナリオは未来の地図のようなものです。地図を持っていても、実際に進む道は状況次第で変わります。継続的に見直すことで、シナリオプランニングは生きた戦略ツールとして機能し続けるのです。
シナリオプランニングを成功させるポイント
シナリオプランニングを実際に活用する際には、いくつかの注意点やコツがあります。ここでは、成功させるためのポイントをご紹介しましょう。
多様な視点を取り入れる
シナリオプランニングは、多様なメンバーが参加して議論することでその効果が高まります。経営層だけでなく、現場の担当者や異なる部門の専門家、さらには外部の有識者を交えることで、偏りのない幅広い視点から未来を考えることができます。視点が偏ると、重要なリスクや機会を見落としてしまう恐れがあります。
例えば、技術部門だけで議論すると技術的可能性に偏り、営業部門の視点が抜け落ちるかもしれません。複数の立場から意見を集めることで、より現実的でバランスの取れたシナリオが描けるでしょう。
楽観と悲観の両方を想定する
シナリオプランニングでは、最良のシナリオだけでなく最悪のシナリオも検討することが大切です。「こうなったら良い」という希望的観測だけでは、リスクへの備えが不十分になります。「最悪の場合、どこまで状況が悪化するか」を真剣に考え、その場合の対処法を用意しておくことで、実際に厳しい状況に直面しても冷静に対応できるでしょう。
一方で、極端に悲観的すぎるシナリオばかりを想定しても、前向きな行動を阻害してしまいます。楽観と悲観のバランスを取り、リアリティのある幅広いシナリオを描くことが重要です。
定量データと定性情報を組み合わせる
シナリオ作成には、客観的な定量データと、専門家や現場の定性的な洞察の両方が必要です。例えば、人口統計や市場規模の予測といった定量データは、シナリオの土台となります。一方で、消費者の価値観の変化や技術トレンドの方向性といった定性的な情報も重要です。
両方を組み合わせることで、数字だけでは見えない未来の姿や、データからは読み取れない微妙な変化の兆しを捉えることができます。バランスよく情報を集めて分析することが、質の高いシナリオにつながるでしょう。
シナリオを社内で共有し対話する
せっかく作成したシナリオも、経営層や一部のメンバーだけで留めていては効果が限定的です。組織全体にシナリオを共有し、各部門や現場と対話することで、戦略への理解と共感が深まります。シナリオは未来の物語として語りやすいため、社内プレゼンテーションやワークショップで活用すると効果的でしょう。
共有された未来像をもとに議論することで、社員一人ひとりが「自分たちはこれから何をすべきか」を考えるきっかけになります。組織全体の当事者意識を高めるためにも、シナリオのコミュニケーションを重視しましょう。
柔軟性を持って見直し続ける
前述の通り、シナリオプランニングは一度作って終わりではありません。環境は常に変化するため、定期的に見直しを行うことが成功の鍵です。四半期ごと、あるいは年に一度など、定期的なレビューの機会を設けて、シナリオの妥当性を検証しましょう。
新たな情報や予期せぬ出来事が起きた場合には、シナリオを修正したり新しいシナリオを追加したりする柔軟性も必要です。継続的な改善と適応によって、シナリオプランニングは真に役立つツールとなります。
シナリオプランニングの活用事例
シナリオプランニングは、企業の経営戦略だけでなく、地域や公共分野でも活用されています。ここでは、具体的な事例をいくつかご紹介しましょう。
1. ロイヤル・ダッチ・シェル(エネルギー業界)の事例
シナリオプランニングの最も有名な成功事例が、ロイヤル・ダッチ・シェル社です。同社は1970年代初頭、長期的な石油市場の展望を検討する中で、中東産油国の台頭により石油供給が不安定になる可能性を複数のシナリオとして想定していました。1973年に第1次オイルショックが発生した際、シェルは他社に比べて迅速に対応できたと言われています。
事前に複数のシナリオを検討し、リスクに備えていたことで、想定外の危機に柔軟に対処できたのです。この成功以来、シェル社はシナリオプランニングを経営の中核に据え続けており、他の多くの企業もこの手法を取り入れるきっかけとなりました。
2. 別府市(温泉・エネルギー分野)の事例
大分県別府市では、地域の水資源とエネルギー(地熱発電)に関する課題解決に向けてシナリオプランニングが行われました。行政・専門家だけでなく、地域住民や観光業関係者など多様なステークホルダーが参加し、アンケート調査などを通じて課題と解決策を洗い出した上で3つの未来シナリオを構築しました。
各シナリオについて関係者間で意見共有と議論を重ねることで、共通の理解と方向性を持って地域の未来を考える土台が築かれました。専門家だけでなく地域の様々な関係者が参加したプロセスは、合意形成とビジョン共有の有効な手段として紹介されています。
3. 京都府A町(農村地域)の事例
農村地域でも、外部環境の不確実性に対応するためシナリオプランニングの必要性が高まっています。ただし通常のシナリオプランニングは事前調査や専門家の召集が必要で、人手不足の農村では実施が難しい側面がありました。そこで京都府A町では、専門家を呼ばず少人数の住民だけで実施できるワークショップ手法を考案し試みました。
その結果、参加者へのアンケートから以下の効果が確認されています。
a. 複数の未来を描くことで備えを構築できる(将来への準備がより適切にできた)
b. 参加者の考え方や認識が新たに更新される(従来の思い込みが打破され、新しい視点を得た)
c. 異なる関係者間のつながりが強化される(住民同士の連携が深まり協力関係が強まった)
実際のアンケート結果でも、上記3点において一定の効果が得られたことが報告されています。このように小規模な農村地域でも工夫次第でシナリオプランニングを実践でき、将来への備えと参加者の学習効果を両立できることが示された好例です。
以上の事例から、シナリオプランニングは企業の戦略策定のみならず、環境・地域課題の解決や組織学習など幅広い文脈で有用なアプローチであることが分かります。自社の状況に応じて、他分野の先行事例も参考にしながら取り入れてみると良いでしょう。
まとめ
不確実性が高まるVUCAの時代、どのような未来が来ても対応でき成長し続けられる企業を目指すには、シナリオプランニングの活用が欠かせません。将来起こり得る複数のシナリオを想定して中長期的な経営戦略や事業方針を策定しておくことで、予期せぬ環境変化にも柔軟に対処できます。
また、シナリオプランニングのプロセスを通じて自社を取り巻く様々なデータや情報を分析することは、戦略の精度を高めるうえで非常に有益です。必要に応じて自社データを一元管理できるシステムや専門家の支援を活用し、効率的かつ効果的にシナリオを構築することをおすすめします。
