デザイン思考とは?5つのプロセス・メリットとビジネスでの活用

デザイン思考は、デザインのプロセスを応用してさまざまなビジネス課題の解決策を導き出す発想法です。英語では「Design Thinking」と呼ばれ、国内外の大企業で幅広く活用されています。

不確実性が高く変化の激しい現代では、ロジカルシンキング(論理的思考)やラテラルシンキング(水平思考)など従来の思考法だけでは十分でなく、デザイン思考のような柔軟で実践的なアプローチが注目されています。従来の常識にとらわれない創造性や、直感・プロトタイピングを重視した素早い問題解決により、デザイン思考はイノベーション創出やスピード重視のビジネスに不可欠な手法となっています。実際、AppleやGoogle、IBMといった世界的企業も積極的に採用しており、ビジネスパーソンであればぜひ理解しておきたい考え方です。

この記事では、デザイン思考の概要や歴史、基本プロセス(5つのステップ)、メリット・デメリット、さらには企業での活用方法や導入のポイントまで詳しく解説します。ぜひ本記事の内容を参考に、自社のイノベーション推進や組織開発にデザイン思考を役立ててみてください。

デザイン思考とは

デザイン思考(デザインシンキング)とは、デザイナーが創作時に用いるデザインプロセスを他分野の問題解決に応用し、ユーザー視点で解決策を見出す思考法です。商品やサービスの提供者ではなく利用者(ユーザー)中心の視点に立つことで、従来気付けなかった根本的な課題やニーズを発見し、小さな試作品(プロトタイプ)を実践しながら解決策を練り上げ、最終的にビジネス上の目標を達成するアプローチです。

ユーザーへのヒアリングや観察を通じて問題を定義し、試作とテストを繰り返しながらソリューションを磨いていく一連の流れは常にユーザー中心に展開します。極端に言えば、ユーザーに製品を買ってもらえるか・使ってもらえるかを半製品の段階で直接確認しながら進める開発・問題解決手法とも言えるでしょう。ユーザー中心の普遍的な視点を重視するこの考え方は、変化の激しい現代ビジネスにおいて非常に実用的だと認識されています。

デザイン思考の概念は1980年代から徐々に広まりましたが、決してデザイナーなど一部の専門職だけのものではありません。「design(デザイン)」という英単語には本来「設計」「意図」「立案」といった意味があり、見た目の意匠に限らず計画的に物事を構想することを指します。したがってデザイン思考は、美術的なデザインだけでなくあらゆるビジネスパーソンが問題解決に活用できる汎用的なフレームワークなのです。

デザイン思考の定義

デザイン思考の定義を一言で言えば、「デザインの方法論でユーザーの本質的ニーズを探り、解決策を創出する思考法」です。先述のとおりユーザー視点に立つことで、従来は見過ごされていたサービスや製品の根本課題・潜在ニーズを発見できます。そして早期のプロトタイプ(試作品)による検証を繰り返しながらアイデアを具体化し、最終的にビジネス目標を達成していくプロセスを踏みます。

特徴的なのは、ユーザーを中心に据えた非線形で反復的なアプローチであることです。仮説を立てては試作品でユーザーに試しフィードバックを得て改良する、といった迅速なサイクルによって常によりよい解決策を模索していきます。

こうした人間中心設計(ヒューマンセンタードデザイン)の考え方は、製品・サービスのユーザーが抱える「真の問題」を捉え直すのに適しています。そのためデザイン思考は、新規事業やイノベーション創出の場面でも重宝されます。事実、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「DX白書2021」でも、デザイン思考を「課題の発見から企画・デザインまでデザイナー的な思考プロセスを取り入れてプロダクトやサービスの検討に適用する、人間中心のイノベーションへのアプローチ」と定義し、デジタルトランスフォーメーション推進において消費者の抱える問題と解決方法を素早く探索・実現するための有効な手法だと解説しています。

デザイン思考の歴史

デザイン思考という言葉が世に出たのは1980年代後半です。ただし、デザインを科学における「思考方法」として捉える見方は、古くはハーバート・サイモンの1969年の著書『システムの科学』やロバート・マッキムの1973年の業績にも見出すことができます。建築家ピーター・ロウの1987年の著書『デザインの思考過程』は、デザイン研究において「デザイン思考」という言葉が用いられた初期の重要な文献の一つとして位置づけられています。ロウの著書では、建築や都市計画分野の手法を詳細に説明する中でデザイン思考に触れられており、現在のデザイン思考の骨子となる考え方が示されています。このように学術分野で生まれたデザイン思考ですが、その後2000年代に入るとビジネス領域で大きく注目されるようになります。

2004年、シリコンバレーのデザインコンサルティング会社IDEOの共同創業者デイビッド・ケリーが、スタンフォード大学にデザイン思考を教育・研究する「d.school(正式名称:Hasso Plattner Institute of Design)」の創設を主導しました。このスタンフォード大学d.schoolでの取り組みにより、デザイン思考の概念はさらに広く知られるようになります。またIDEO社ではCEOのティム・ブラウン氏が2008年6月号のハーバード・ビジネス・レビュー誌に「Design Thinking」というタイトルでデザイン思考に関する論文を寄稿し、ビジネスパーソンにもその価値を訴えました。この論文は、デザイン思考をビジネス界に広める上で極めて重要な役割を果たしました。

これらの動きによって、デザイン思考は経営やイノベーションの分野で広く受け入れられ、重要なアプローチとして位置づけられていきました。現在ではIT企業からメーカー、教育機関まで、世界中の組織がデザイン思考を取り入れています。日本でもデザイン思考への関心が高まっており、トヨタやパナソニックをはじめとする大手企業34社が「デザイン思考力育成」で連携するなど、組織レベルでの取り組みが進んでいます。また、パナソニックでは2017年以来の「デザイン変革」活動により、デザインの組織体制や方法論の転換を図るなど、ユーザーエクスペリエンスの向上や課題解決に役立つ普遍的な方法論として定着しつつあります。

デザイン思考の2つのフレームワーク

ここからは、デザイン思考の思考プロセス(フレームワーク)について解説します。デザイン思考の手順としてよく知られるものに、スタンフォード大学d.schoolが提唱する「5つのデザイン思考プロセス」と、イギリスのデザイン・カウンシルが2004年に提唱した「ダブルダイヤモンド(Double Diamond)」の2つがあります。いずれも根底にある考え方は共通していますが、表現やステップの区分が異なります。
以下では、この2つのフレームワークの概要とポイントを見ていきましょう。

5つのデザイン思考プロセス

スタンフォード大学のd.schoolが提唱するデザイン思考のプロセスは、次の5つのステップで進めます。

  1. 共感(Empathize) – ユーザーに深く共感し、ニーズや問題を洞察する
  2. 問題定義(Define) – 共感で得た情報をもとに、本質的な問題を再定義する
  3. 発想(Ideate) – 問題解決のための斬新なアイデアを数多く発散する
  4. プロトタイプ(Prototype) – 有望なアイデアを試作品という形で具体化する
  5. テスト(Test) – プロトタイプをユーザーに試してもらい、フィードバックを得て改善する

各ステップで何を行うのか、順に見ていきましょう。

共感(Empathize)

デザイン思考のスタートは共感のステップです。ここではユーザーへの一次情報の収集と、五感をフル活用した観察が重要になります。アンケートやWeb調査などの二次情報だけでは不十分なので、ユーザーへの直接インタビューや現場でのフィールドリサーチによって生の声や行動を把握する必要があります。ユーザーが自覚していない潜在ニーズや不満を探り当てるには、実際に現場で五感を使って感じ取ることが大切です。

たとえば商品の購入体験に関するインタビューでは、ユーザーがその商品を使う際の触覚や匂い、音といった要素にも話を広げ、できるだけ多角的な情報を集めます。そうすることで、製品に対する肌感覚の印象や、現実的なユーザーの欲求を浮き彫りにできるのです。この最初の「共感」で得られる洞察が、デザイン思考全体の成否を左右すると言っても過言ではありません。

共感フェーズを語る上で、五感情報の重要性を強調するユニークな視点があります。人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、1930年代にブラジルの先住民と生活を共にし、彼らの言語・文化・神話・儀式を詳細に調査しました。その結果、異なる文化にも人間の思考や行動を支配する無意識の構造が存在することを見出しています。レヴィ=ストロースは「人間中心の視点だけでは自分自身のバイアスに気付けない」と指摘し、既存の価値観を一度脇に置いて対象社会に共感する姿勢を貫きました。

このような視点はデザイン思考の共感にも通じます。自分自身の感覚をセンサーとして研ぎ澄まし、ありのままに見る・聞く・感じることで初めて、ユーザーの無意識の所作や感情の動きを捉えることができます。五感を総動員してフィールドワークに臨むことで、ユーザーの文化やストーリーまで含めた文脈が読み取れるのです。

したがって、デザイン思考における共感のフェーズでは「自分自身が五感で感じ取った一次情報」を存分に活用することが肝心です。現場で得たインサイトをもとにユーザーへの共感を深めることで、表面的なデータからは見えてこない隠れた課題を発見できます。

五感を研ぎ澄ますとは、単に感じるだけでなく、そこから背景にある構造(文化・ストーリー)を洞察することでもあります。デザイン分野のプロフェッショナルが常に美術や音楽、文学など様々な表現に触れて感性を養っているのも、五感と直感を磨く訓練と言えるでしょう。五感による情報収集は初期段階ではありのままに感じることを優先しつつ、そこから得た微細な情報を分析して文脈や構造を読み解くことが、共感フェーズの高度なポイントです。

問題定義(Define)

デザイン思考の2つ目のステップは問題定義です。共感フェーズで集めた情報をもとに、プロジェクトメンバー全員でユーザーの抱える真の問題は何かを議論し、解決すべき課題を再定義します。ここでは「何を問題にするのか?」を新たに創造する姿勢が重要です。デザイン思考はイノベーションや変化を前提としているため、既存の問題設定やその解決策の延長では乗り越えられないケースで用いられます。極端に言えば、問題そのものをまず創り出す(問題発見)プロセスだとも言えます。

このプロセスにより、製品・サービスに対する現状の理解をチームで共有しつつ、「そもそも何が問題なのか?」を改めて定義し直すことで、以前は問題だと認識されていなかった点が新たな課題として浮上することもあります。逆に言えば、一度問題を再定義すると、それまで問題視されていたことが実は重要ではなくなったり、原因・要因の見立てが大きく変化することもあります。

デザイン思考は単に既存の問題を解決するだけでなく、メンバーの問題発見・定義力を養う取り組みでもあります。情報収集と問題再定義のプロセスを通じて、より創造的で効果的な問いを生み出す力が身につきます。

この最初の「共感」(発散)と「問題定義」(収束)のプロセスこそ、正解のない時代を生き抜くための「課題形成力」そのものです。共感=発散では感情移入や洞察力が求められますが、問題定義=収束では情報を分類・構造化してストーリーを組み立てる論理的思考も必要になります。感性と思考の両輪を使って、本質的な問題設定を行うのがこの段階です。

発想(Ideate)

3つ目のステップ発想では、定義した問題を解決するためにできるだけ多くのアイデアを創出します。具体的には、ブレインストーミングやラテラルシンキング(水平思考)などを用いて、視点を固定せず多角的に発想を広げていきます。ラテラルとは「横方向の」という意味で、従来とは異なる角度から物事を捉える思考法です。柔軟な発想プロセスによって玉石混交でも構わないので多数のアイデアを出すことが重要です。

発想法としては、特殊な手法に頼らなくてもオーソドックスなブレインストーミングで十分な場合もあります。肝心なのは、とにかく既成概念にとらわれず自由奔放な発想をチームで引き出すことです。優れたアイデアは、最初から「よいものを出そう」と意気込んで出てくるとは限りませんし、その場では斬新に思えても翌日見直すと陳腐に感じることもあります。発想には揺らぎや冗談めいた飛躍がつきものです。

発想の場では「笑い」の要素がヒントになります。お笑い芸人でも「面白いことを言ってください」と突然言われると難しいものです。笑いは常識や定説からのズレや違和感から生まれると言われますが、アイデアも同様で、常識を少し逸脱した突拍子もない発想こそイノベーションの芽となり得るのです。むしろ「よいアイデアを出そう」と身構えるほど、既存の常識に沿った無難なものになりがちで面白みがなくなります。

したがって発想の場面では、メンバーが何を言っても否定されない雰囲気をつくり、時には笑えるようなアイデアが飛び出すくらい自由に発言できることが大切です。実際、アイデア発想においては創造的な雰囲気づくりが専門的な技法以上に重要だと言われます。


プロトタイプ(Prototype)

発想段階で有望なアイデアの方向性が見えてきたら、次にプロトタイプ(試作品)を作成します。ここではアイデアを具体的な形にすることで、新たな視点や隠れた課題に気づくことを重視します。完成度は求めず、低コスト・短時間でざっと試作するのがポイントです。

たとえば画用紙やノリ、ハサミなど身近な材料でモックアップを作ったり、簡易なデジタルツールで画面イメージを作成したりします。見える形にすることで、頭の中だけでは気付けなかった問題が浮かび上がったり、「もっとこうした方がよいのでは」という改善点が発見できたりします。

プロトタイプには次のようなメリットもあります。

  • 実現性の評価
    アイデアが現実味を帯び、課題解決までのプロセスがイメージしやすくなります。不足要素も洗い出せ、誰でも安価に扱えるため試行のハードルが下がります。
  • コミュニケーション促進
    考えを共有しやすくなり、チームメンバー間で議論しやすくなります。
  • またユーザーへの説明にも役立ち、周囲の共感を得やすくなります。試作品を囲んで議論することで、チーム内のコミュニケーションが活性化する効果もあります。このようにプロトタイプの作成は、アイデアの視覚化によってチームの理解を深め、具体的な解決策を導く一助となります。試作品そのものがアウトプットであると同時に、問題解決までの道筋を示すプロセスの一部なのです。

    テスト(Test)

    デザイン思考の最後のステップがテストです。試作したプロトタイプを実際のユーザーに触れてもらい、使用感や満足度などのフィードバックを収集して改善に活かします。この段階では、共感フェーズや問題定義フェーズで設定したユーザーのニーズ・課題に対し、プロトタイプがどの程度効果的な解決策となっているかを検証します。そして得られたフィードバックを踏まえて改良を加え、より完成度の高い商品・サービスに近づけていきます。

    テストでは、できるだけ短いサイクルで試作と改善を繰り返すことが重要です。設定した問題・課題が的外れであれば、思い切って前の段階に立ち返って再定義する柔軟さも求められます。決して各ステップを一度ずつ順番に進めれば終わり、というものではなく、必要に応じて前後のステップを行き来したり同時並行したりします。

    1つの手順に固執せず、総合的な問題解決に向けて柔軟にプロセスを往復することが大切です。ユーザーからのフィードバック→改善というループを回し続けることで、最良の解決策に磨きをかけます。

    デザイン思考の5つのステップを進めるうえでは、発散(ダイバージェンス)と収束(コンバージェンス)を繰り返すことが重要です。共感と発想の段階ではできるだけ広く情報やアイデアを集め(発散)、問題定義やテストの段階で選択と集中を図って解決策を絞り込み(収束)ます。この発散・収束のリズムが、デザイン思考を単なる行き当たりばったりの発想法ではなく、論理的かつ創造的な問題解決手法たらしめている特徴です。

    各ステップで常にユーザーの視点に立ち戻りながら、仮説検証を繰り返すことで、最終的にユーザーにとって望ましく実現可能でビジネス的にも有効なソリューションに辿り着くのです。

    ダブルダイヤモンド

    もう一つの代表的フレームワークであるダブルダイヤモンドは、イギリスのデザイン・カウンシルが提唱した方法論です。「発見(Discover)」「定義(Define)」「展開(Develop)」「提供(Deliver)」という4つの工程(頭文字が全てD)を、ダイヤモンド形に2回繰り返すプロセスとして視覚化しています。

    最初のダイヤモンドで課題の発見から定義(Discover→Define)まで行い、次のダイヤモンドで解決策の展開から提供(Develop→Deliver)まで行う流れです。具体的には、最初のDiscoverが5ステップの「共感」に、Defineが「問題定義」にほぼ相当します。

    次にDevelopは「発想(Ideate)」にあたり、最後のDeliverは「プロトタイプ~テスト」に相当します。つまり、ダブルダイヤモンドもスタンフォードの5ステップも、表現こそ違えど本質的には同じ流れを踏むフレームワークなのです。どちらも最初に問題を広く探索し(最初のダイヤモンドの発散→収束)、次に解決策を広く模索して収束させる(2つ目のダイヤモンド)という二段階の発散と収束がある点で共通しています。自社の文化やプロジェクトの性質によって、しっくりくる方を使えばよいでしょう。

    企業によっては、独自にカスタマイズしたデザイン思考フレームワークを運用している場合もあります。たとえばIBMは大企業向けに拡張した「エンタープライズ・デザイン思考」を提唱し、「ヒル(Hill)」「プレイバック(Playback)」「スポンサー・ユーザー」など独自の要素を組み込んでいます。

    これらは組織横断で共通言語を作り、ユーザーとの連携を強化するための工夫です。ただし、根底にあるユーザー起点・反復型という原則は同じであり、基本の5ステップが土台になっています。自社に適した形でフレームワークを柔軟に解釈しつつも、ユーザーに寄り添い試行錯誤を繰り返すというデザイン思考の精神を忘れないことが大切です。

    《フレームワークのポイントまとめ》

    モデル名 ステップ/工程 特徴
    Stanford式(5ステップ) 共感 → 問題定義 → 発想 → プロトタイプ → テスト ユーザー理解から出発し、発散と収束を繰り返して問題解決策を導く。
    英国式ダブルダイヤモンド 発見 → 定義(課題発見フェーズ)/展開 → 提供(解決策開発フェーズ) 2つのフェーズでそれぞれ発散と収束を行う。4工程で構成されたデザイン思考プロセス。
    共通する本質 ユーザー中心/反復的なプロセス/発散・収束サイクル 組織に応じたアレンジが可能だが、「ユーザー視点」と「迅速な試行」が核として共通している。

    デザイン思考のステップで重要なこと

    デザイン思考の各ステップを実践するうえで、押さえておくべき重要ポイントがあります。デザイン思考はヒューマンセンタードデザイン(人間中心設計)とも呼ばれるように、人間(ユーザー)の五感や感情に重きを置いたアプローチを取ります。一方で、現代ビジネスではビッグデータや過去の成功例(ロールモデル)なども意思決定に用いられます。デザイン思考ではこれらの定量データや事例も、人間の五感を使って再評価することが目指されます。

    たとえばビッグデータで顕在化した傾向に対して、現場観察で得た肌感覚の情報を突き合わせ、新規事業の方向性を探るといった具合です。ユーザーのニーズを定義し、小さなプロトタイプを作って素早く検証・改善を繰り返す過程では、人間の直感とデータ分析の融合がカギとなります。挑戦的なアイデアにもユーザー視点の検証を通じて妥当性を確かめ、最終的なソリューションに仕上げていけるのがデザイン思考の強みです。つまり、大胆さと実証のバランスを取りながら前に進むことが各ステップで共通して重要なのです。

    また、デザイン思考はイノベーション創出や新規事業開発との親和性が非常に高い思考法です。これまで当たり前だと思われていた既成概念を疑い、ユーザー検証を通じて多様なアイデアを創造するプロセスは、急速な変化に晒される現代ビジネスにおいて不可欠です。「常によりよい解決策がある」という前提で反復的に試行錯誤するデザイン思考の姿勢は、まさに現代のイノベーション推進に求められるものと言えるでしょう。

    自分の五感を使って一次情報を取得する視点

    デザイン思考の根幹にあるのが、ユーザーのニーズや課題を深く理解することです。そのため、業務でデザイン思考を用いる際には自分自身の五感を駆使して一次情報を収集することが重要になります。一次情報とは、直接の対話や現場観察によって得られる生の情報のことです。現地に行かなければ得られない経験や、当人しか知り得ないエピソードなど、独自性の高い情報が含まれます。

    一次情報には、二次情報(文献やWeb上の既存情報)からは伝わらない微妙なニュアンスや、本質的な事実が含まれていることが多いです。実際に見聞き・体験した人にしか分からない機微もあり、そうした話に耳を傾けることで紙や画面上の情報とは異なる臨場感が得られ、こちらの感性も刺激されます。

    ビジネスリサーチではデータや二次情報も重要ですが、一次情報の方が解像度が高く、課題解決のための材料として価値があります。自分だけが得た独自の情報ほど貴重で、競争優位につながると言えるでしょう。デザイン思考でユーザー視点の問題解決をする際も、一次情報の重要性は極めて高いため、情報収集では必ず意識しなければなりません。

    既存の問題に対する解釈や視点を変える姿勢

    デザイン思考では、既存の問題の見方を変えることで新たな解決策が生まれることも重視します。ここでは一例として「五感の再構築」という視点を紹介します。

    たとえば、ある製品について「味が苦すぎる」という課題があったとします。普通なら苦味成分を減らしたり取り除いたりする方向で解決を図るでしょう。しかしデザイン思考的発想では、逆に甘味を追加して苦味を和らげるとか、苦味という特徴を活かしてユーザー体験を向上させることはできないか?と考えてみます。ただ苦味を除去するだけでなく、他の味覚要素との組み合わせで問題を捉え直すわけです。これは味覚の例ですが、同様に視覚・聴覚・触覚など他の感覚にも応用できます。

    このようにデザイン思考では、五感の再評価によって従来とは異なる切り口でアイデアを出すことが可能です。各感覚に注目してユーザー体験を再設計することで、独自性と競争力のあるソリューションが生まれることがあります。既存の問題を一方向から見るだけでなく、「別の感覚ではどう捉えられるか?」と視点を変える姿勢が、新たな発想につながります。結果として、ユーザーの感覚器官に訴えかける魅力的な体験を提供できれば、それ自体が付加価値となり得ます。

    半製品状態でテストしながら改善していく解決プロセス

    デザイン思考では、未完成のプロトタイプを使ってテストと改善を繰り返すプロセスも重視されます。完璧に作り込んでからテストするのではなく、半製品の段階からユーザーに触れてもらい、得られた気づきを反映して少しずつよくしていくやり方です。このようなアプローチには、労力や時間が一部無駄になるリスクや非効率さが伴います。実際、「そんな試行錯誤は無駄では?」という声が上がると、プロセス全体が止まってしまう可能性もあります。

    そこで重要なのが、テスト過程で見過ごされがちな小さな発見や成功体験をチームで収集・観察する意識です。それらを積み重ねて小さな変化の道筋を辿ることで、イノベーションの実現に向けて進んでいけます。派手さはなく地道で手間のかかる作業ですが、低いハードルを一段ずつ登るように小さな変化を感じ取り、それらをモチベーションの源泉にすることが大切です。

    言い換えれば、「失敗から学ぶ文化」を醸成することがこのプロセスの鍵です。日本企業では何度もやり直すことにネガティブなイメージがつきまとい、「何度やっても失敗する人」という評価になりがちです。しかしデザイン思考では、結果的な成功に至るまでに何度もやり直すこと自体がプロセスの基本です。試作した製品・サービスのプロトタイプに対し、改善すべき箇所を見つけるたび適切な段階に立ち戻り、何度でもブラッシュアップを繰り返すことが重要だと認識しましょう。
    小規模な失敗を恐れず早めに検証を重ねることで、大きな失敗を防ぎ、最終的には質の高い成果に近づけるのです。


    デザイン思考のメリット

    ビジネスの現場で幅広く活用できるデザイン思考には、多くのメリットがあります。ここでは代表的なメリットを解説します。

    アイデア提案を習慣化できる

    デザイン思考のプロセスを踏む際には、意外性のあるアイデアや斬新な視点が歓迎されます。「少しナンセンスなくらいの発想も試してみよう」という遊び心が重要です。これは従来の慣習や常識から一歩飛び出し、デザイン思考の真髄である創造性あふれるアイデアを生み出すために欠かせない姿勢です。

    しかし、奇抜なアイデアや斬新な視点をチームで共有し議論するには、各自が安心して自由に発言できる空間と、メンバー間の信頼関係が必要です。つまり、部署やチーム内に適度に砕けた雰囲気があり、なおかつ礼儀と常識をわきまえつつ何を言っても互いに受け入れ合える信頼感が欠かせません。そうした心理的安全性のある場が整うと、自然とメンバーはアイデア提案を習慣化できるようになります。

    日常的に「こんなこと思いついた」と意見を出し合う文化が根付けば、常識にとらわれないアウトプットを恐れない状態になります。その結果、デザイン思考本来の力である創造性が最大限に発揮されるのです。

    たとえば、ある企業では定例会議の一部を「バカげたアイデア出しタイム」に充て、どんなに突飛でも否定しないルールでアイデア交換する試みをしたところ、メンバー同士がお互いのユニークな発想を受け入れやすくなり、その後の正式なブレストでも意見が活発になったそうです。デザイン思考を現場に根付かせるには、このようにアイデアを自由に出せる土壌づくりが効果的であり、ひいては「創造的な提案が当たり前に飛び交う」企業文化につながります。

    イノベーションの創出がしやすくなる

    デザイン思考は論理の枠を超え、慣習・常識から踏み出したアイデア発想を促すため、その柔軟な姿勢がイノベーションを生み出すきっかけになります。IT技術の進歩と普及によって変化が激しい現代ビジネスでは、既存セオリーを疑いつつ、実践とテストを通じて多様なアイデアを創出することが求められています。まさにそうした時代背景の中で、デザイン思考はイノベーション創出の文脈でとくに注目されています。

    また、デザイン思考のプロセスを経ることによって、最初に思いついたアイデアが仮に却下された場合でも、そのテーマ自体や根底にある課題が完全に行き止まりになることは少なくなります。代わりに、プロセスを再びサイクルさせて新たな解決策を模索できるため、試行錯誤を継続しやすいのです。

    つまり一度の失敗で「やっぱりダメだった」と諦めるのではなく、得られた学びをもとに軌道修正して再挑戦することで、最終的にブレークスルーに至る可能性が高まります。これは失敗を糧にするイノベーション文化にも通じる考え方です。実際、「デザイン思考を導入したら新規事業の試行錯誤が活発になり、結果としてヒット商品が生まれた」という企業もあります。デザイン思考の柔軟さと反復前提のアプローチは、社内にイノベーションの芽をたくさん生み出す下地になるのです。

    デザイン思考のデメリット

    一方で、デザイン思考にも使い方次第でデメリットが生じるほか、特有の難しさが存在します。ここでは、デザイン思考を実践・導入する上で注意すべき点や直面しがちな課題について解説します。

    大規模な問題にはスモールスタートが必要

    デザイン思考は、問題のスコープ(範囲)が明確な課題に対してとくに有効なアプローチです。解決したい問題がある程度特定され、「どこからどこまで」がターゲットか見極められる場合、小さなプロトタイプを試し改善を重ねながら創造的な解決策を見つけ出すことができます。

    しかし、問題自体の規模や範囲が曖昧な場合には注意が必要です。とりわけ経営課題のように責任重大で影響範囲が広いテーマでは、デザイン思考の効果がすぐに見られないどころか、かえって問題を拡大させてしまうリスクもあります。そのため、全体像がつかめないような大問題に対しては、まず課題を細分化し、小課題ごとにデザイン思考の手法で解決策を試みる必要があります。一度に巨大な問題すべてを解決しようとせず、スモールスタートで実験できる単位に落とし込むことが重要です。

    たとえば「自社の経営改革」といった壮大なテーマなら、「特定部署の業務フロー改善」や「新人研修の体験向上」など部分的な課題に分割して取り組むイメージです。こうすることで、デザイン思考の短いサイクルを活かせる粒度で実践でき、成果と学びを積み上げていけます。

    五感で得た主観的情報を言語化・共有する難しさ

    デザイン思考の最初のステップ「共感」では、五感を使った一次情報の収集が鍵となると述べました。しかし、この一次情報(自身の感覚をベースに得た気づき)は主観的な要素が強く、そのままではビジネス上の共通言語になりにくいという問題があります。

    自分が五感で感じ取った微妙な感覚や印象を、社内の他メンバーと共有する際には、適切な表現に置き換えて伝える必要があります。たとえば「なんとなく使いにくいと感じた」という感覚を、そのままではなく「〇〇の操作に△秒かかり、作業時間のロスにつながっている」等、客観的な言葉に翻訳する作業が求められます。

    また、五感で掴んだ情報をビジネスの文脈で言語化するには、自身の思いや感情を論理に乗せてプレゼンテーションする能力が必要です。ただ感覚的な表現だけでなく、論理的な説明や場合によっては視覚資料を交えるなど、複数の表現方法を組み合わせて共有する力が求められます。他のメンバーに一次情報の価値を理解してもらい、議論の土台に乗せるのは決して簡単ではありません。

    このように、共感ステップで得た微細な情報を共有言語化するハードルが、デザイン思考ならではの難しさの一つと言えます。たとえばユーザーインタビューで得た印象的なエピソードを社内検討に持ち帰る際、「ユーザーがこんな感情になっていた」と感覚的に語るだけでは説得力に欠けるでしょう。そのエピソードから本質的な問題を抽出し、定量的な情報や具体例と結びつけて伝える工夫が必要です。

    五感での気づきを他者と共有可能な知識に昇華させるスキルは、デザイン思考をビジネスで活かす上で習得すべき重要な能力となります。

    人間中心設計の限界とより広い視点の必要性

    近年の最先端の議論ではデザイン思考の限界についても考察されています。デザイン思考は人間(ユーザー)中心のアプローチですが、時間軸(将来世代)や倫理性、さらには環境・社会全体まで視野を広げる必要性が指摘されているのです。

    背景には、「人間中心のアプローチを追求した結果、現在私たちが直面している地球規模の課題(環境破壊や社会問題)を招いてしまったのではないか」という懸念があります。要するに、「目の前の人間のニーズだけ見ていて本当に良いのか?」という問いです。たとえばプラスチック製品をユーザーにとって便利だからと作りまくった結果、環境汚染が深刻化するようなケースです。

    この反省から、デザイン思考においても環境や文化、歴史といった広い視野で問題解決に当たる必要が出てきています。最近では「地球中心のデザイン(Planet-Centric Design)」や「エコシステム思考」といった概念も提唱され、持続可能性を考慮したデザインの重要性が叫ばれています。つまり、デザイン思考を実践する際も、ユーザー一人ひとりの満足だけでなく、その解決策が長期的・広域的に見て倫理的か、環境に負荷を与えないか、他のコミュニティにも価値をもたらすか、といった大局的視点を組み込む必要があるのです。

    これはデザイン思考の枠組みを超えた次世代の課題とも言えますが、企業がデザイン思考を導入する際にはCSR(企業の社会的責任)やSDGsの観点も踏まえ、人間中心をさらに超えるバランス感覚を意識すると良いでしょう。

    ビジネスにおけるデザイン思考の役割

    注目を集めるデザイン思考ですが、具体的にビジネスのどんな場面で活用されているのでしょうか。ここでは製品開発・イノベーション、チームマネジメント(社内協働)、組織文化変革・従業員エンゲージメント向上の3つの側面から、デザイン思考が果たす役割を解説します。

    ユーザー中心のアプローチによる製品開発

    デザイン思考は、ユーザーのニーズに焦点を当てた問題解決アプローチです。従来の製品・サービス開発では、企業側の都合(たとえば市場での利益や技術トレンド)が優先されがちでした。しかしデザイン思考では「ユーザーにとっての価値」を第一に考えます。顧客満足度が重要視される近年、デザイン思考による開発手法はその有力な手段となっています。ユーザーの潜在ニーズを満たす商品・サービスを提供できれば、顧客満足度が向上するだけでなく、企業としての競争力や独自性も高まり差別化につながります。

    実際、前述のAppleのiPodのようにユーザー視点で根本課題を捉え直したことで市場を席巻するプロダクトが生まれた例もあります。こうしたユーザー中心発想は、新商品のコンセプト立案や既存サービス改善において強力な武器となります。さらにデザイン思考を製品開発に取り入れることで、開発プロセス自体も効率化できます。早期からユーザーを巻き込んだテストを行うため、最後になって「ニーズとズレていた」と手戻りするリスクが減り、結果的にムダの少ない開発が可能になります。

    加えて、デザイン思考の導入は新規事業創出(イノベーション)の加速にも寄与します。ユーザーに深く共感し抜本的な課題を発見するプロセスは、まだ誰も気づいていない需要に応える革新的なビジネスアイデアを生む契機となります。「ユーザーが本当に欲しいものは何か?」を突き詰めていく中で、既存の延長ではない新規事業の種が見つかることも多々あります。事実、IPAの調査でも、DX推進の手段としてデザイン思考を活用することが日米企業で成果を上げていると報告されています。このように、デザイン思考は単なる商品開発手法に留まらず、企業のイノベーション戦略の一環として重要な役割を果たし始めています。

    チームの共感と共同作業の促進

    デザイン思考は、組織内外の共同作業を促す効果もあります。デザイン思考のプロセスでは、社内の部署やチームを構成するメンバー同士がユーザーへの共感を共有し、アイデアを共創することになります。その過程でメンバー間の協力関係が強化され、部門の垣根を越えた共同作業が進みやすくなります。

    さらに、デザイン思考は外部のステークホルダーとの協働にも役立ちます。幅広いユーザーや顧客を巻き込んでアイデアを出したり、他企業とのパートナーシップでワークショップを行ったりと、共創(コクリエーション)の場面で力を発揮します。他社や顧客と協力することで、自社だけでは得られない洞察やニーズを把握でき、問題抽出も精度が増します。その結果、生み出された商品・サービスの価値が高まり、ビジネス成果の最大化につながります。

    また、デザイン思考の考え方はプロジェクト単位を超えて、経営や事業戦略レベルにも波及し得ます。たとえば、新規事業開発チームだけでなく経営企画部門などがデザイン思考を取り入れると、全社でユーザー視点に立った意思決定をするカルチャーが醸成されます。実際、IBMなどは全社的にデザイン思考研修を実施し、社員の共通言語にする取り組みを行っています。その結果、エンジニアから営業までがユーザー中心のマインドセットを共有し、縦割り組織を超えた連携が進んだと報告されています。

    このように、デザイン思考は現場の問題解決だけでなくマクロな視点での組織横断の協働にも寄与しうる手法なのです。

    学習型の組織文化の変革と従業員のエンゲージメント向上

    デザイン思考は、組織文化の変革にも良い影響を及ぼします。社員が自由にアイデアを出し合い、小さなプロトタイプの試作とテスト、フィードバックからの改善を繰り返す文化が根付けば、企業内に創造性とイノベーションの芽が生まれます。失敗を恐れず試行錯誤する学習型組織へと変貌するきっかけにもなるでしょう。

    加えて、デザイン思考のステップを通して社員がプロダクトやサービス開発に積極的に関与すると、「自分もその成果に貢献した」という実感(心理的所有感)を得やすくなります。これは従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や愛着)の向上につながります。創造的なプロジェクトに関わることで社員のモチベーションや主体性が高まり、生産性向上や離職率低下といった組織全体の成果にも波及します。

    さらに、デザイン思考のような外向き志向のアプローチは、社員の意識を社内から顧客や社会の方へ向けさせる効果もあります。自社だけを見て仕事をしていた人たちが、ユーザー視点やオープンイノベーションに触れることで、視野が広がり成長機会を得られるのです。その結果として、社員個々人のキャリア開発にもプラスに働きます。

    たとえばある企業ではデザイン思考プロジェクトに参加した若手社員が、従来になかった発想で業務改善を提案するようになり、社内評価が高まったというケースも報告されています。デザイン思考の体験は、社員の成長マインドセットを刺激し、「自ら課題を設定し解決に挑む」人材を育成する土壌ともなるのです。

    デザイン思考をチームに取り入れるためのポイント

    デザイン思考は企業経営や組織運営にも活用できる考え方ですが、現場の業務で活かすにはコツがあります。単に知識として知っているだけでは、社内に定着させることはできません。
    ここでは、デザイン思考をチームに導入し業務で活用するためのポイントを解説します。

    多様性があり少しふざけた雰囲気のチームを作る

    デザイン思考で重要なのは、情報やアイデアのオープンな共有です。先述したように、一人のメンバーが五感を通じて集めた一次情報だけでは偏りがあります。他のメンバーも各自の視点や感覚で得た情報を持ち寄り、共有することが肝心です。そのためには、チームがユニークさと多様性に富み、多少はふざけているくらいのノリのよさが必要だとされています。

    なぜなら、自分の感じたことや考えを率直に表現するには、一定の礼節と信頼関係はもちろん、発言しやすい和やかな雰囲気が不可欠だからです。真面目一辺倒で上下関係が厳しい場では、奇抜な意見は出てきにくいでしょう。デザイン思考を活かすには、メンバー全員が気兼ねなく本音で取り組める文化を育むことが重要です。五感を使った一次情報を各自が持ち寄り、創造的アイデアを生むためには、オープンマインドでちょっとふざけたくらいのコミュニケーションが必須と言えます。

    現実問題として、組織全体の業務が固定化され、仕事の流れが前後工程で分断されている場合、デザイン思考を推進しようとする人は周囲との摩擦を起こすことがあります。たとえば他部署のプロセスやアウトプットに対して意見を言わざるを得なくなり、相手に嫌がられたり「自分のやり方を否定された」と受け止められたりして、結果的に新しいアイデアが押し込められてしまうこともあるでしょう。

    このような状況に陥ると、いくらデザイン思考の知識を持つ人が社内に増えても実践は広がりません。実際、「デザイン思考を知っている社員は多いのに会社で活用されない」最大の要因は、こうした文化・風土面の障壁だと言われます。デザイン思考をチームに根付かせるには、まずチーム編成の段階から多様なバックグラウンドを持つメンバーを揃え、かつリラックスして意見交換できる場作りを意識しましょう。アイスブレイクや雑談を取り入れてもよいですし、ファシリテーター役を置いて誰かの発言が否定されないよう促すのも有効です。メンバーに心理的安全性が確保されたとき、初めてデザイン思考が威力を発揮し始めます。

    仮説を立てて素早く実験する姿勢

    デザイン思考では、PDCAサイクルにも似たテスト・検証・改善のアプローチが重視されます。ユーザーや状況を分析して計画を立て、実行し、結果を評価してまた改善策を講じる、といった一連のサイクルを何度も回す点は、まさにPDCAやアジャイル開発に通じる考え方です。ただし、従来のビジネスでは市場ニーズの事前調査を入念に行い、仮説検証型のアプローチで商品・サービスの開発を進めるのが主流でした。デザイン思考はこの仮説検証をさらにユーザー共創型にシフトさせ、より不確実性の高い問題・課題に対処しようというものです。

    変化が激しい現代では、たとえ市場リサーチをしても問題の本質をすぐに掴むのは困難になってきています。その状況で、ユーザー中心に問題解決を模索するデザイン思考がイノベーション手法として注目されているわけですが、一方で成果やKPIといった即時的な化の中では実行が難しい場面もあります。つまり、仮説検証を繰り返すプロセス自体が「無駄な遠回り」と見做され、上層部から中止させられてしまうケースです。

    そのため、業務でデザイン思考を活用するには、従来の評価指標を見直すことも必要になるかもしれません。極端に言えば、「短期的な数値目標達成だけが評価軸」という会社であれば、デザイン思考のような試行錯誤重視の手法は根付きづらいでしょう。仮説を立てては小さく実験し、失敗したら学びに変えて次に活かす、といったラーニングサイクルに価値を見出すマインドセットを組織に浸透させることが大切です。その際、経営陣も巻き込んで指標(KPI/KGI)の再設定を行うことも検討しましょう。

    「新規アイデア数」「プロトタイプ検証回数」「ユーザーからの定性フィードバック件数」といった指標を評価に組み入れることで、社員もデザイン思考的アプローチを取りやすくなります。デザイン思考を成功させるには、現場だけでなく会社の仕組み自体を実験を許容する方向に変えていくことが求められるのです。

    プロセスを何度も繰り返す柔軟性

    デザイン思考の実践で常に強調されるのは、必要に応じてプロセスを繰り返す(反復する)ということです。ユーザーのニーズを満たし問題を解決するには、一度で完璧な答えを出そうとせず、試行錯誤を何度も行うことが基本だと理解しましょう。

    五感を用いた一次情報による洞察からアイデアを生み、プロトタイプを作ってテストでフィードバックを得て改善する、このループを納得がいくまで回すことで、より優れた商品・サービスが創出できます。デザイン思考においては、この反復そのものが良質な解決策を導くための鍵です。

    ただ現実には、「何度もやり直すなんて時間の無駄だ」と捉えられる場合もあります。とくに失敗を忌避する文化では、トライ&エラーを繰り返す人は「成長しない人」と見なされがちです。しかしここで大事なのは、結果が出るまで段階にこだわらず繰り返すことです。

    デザイン思考の5ステップすべてを順番通り律儀にやる必要はありません。たとえばテストの結果プロトタイプに課題が見つかったなら、その場でまた発想段階に戻ってもよいのです。重要なのは、商品・サービスの完成度を上げるために適したステップを何度でもやり直す柔軟さです。企業によっては、プロトタイプ→テストのフェーズを何十回と回しながら少しずつ改良して最終製品に仕上げるところもあります。そうした過程を学習プロセスとして捉え、「反復こそ成功への道」とチーム全員が理解していることが成功のポイントです。

    また、マネジメント層も現場の繰り返しプロセスを支援する姿勢が求められます。たとえば途中経過で成果が出ていなくても、「学びの蓄積があるからOK」と評価し、次の実験への後押しをすることです。これは従来型の管理手法からすると勇気がいるかもしれませんが、デザイン思考を組織に根付かせるにはリーダー自身が反復の価値を信じ、許容することが不可欠です。

    そうすることで現場も安心して試行錯誤でき、最終的には会社全体のイノベーション耐性が高まるでしょう。要するに、デザイン思考導入の肝は「粘り強く回す」ことにあります。一度や二度で結果が出なくても、諦めずにプロセスを回し続けることで質の高い解決策に辿り着ける——この姿勢をチーム全員で共有してください。

    まとめ

    変化の激しい現代ビジネスにおいて、デザイン思考は必要不可欠な思考法と言えます。企業や組織の成長、事業やプロジェクトの成功はもちろん、個々のビジネスパーソンの発想力や成長にも寄与してくれるでしょう。実際、日本でも2022年度から施行された高等学校の新学習指導要領で探究学習が重視されていますが、その探究プロセスはデザイン思考と非常に類似しています。

    正解のない課題を自ら設定し、解決策を考えていく手法であり、まさに次世代を担う若者が学んでいるアプローチなのです。大人である社会人がデザイン思考を理解し実践しなければ、次世代の力を正しく評価・活用できず、自社の将来を切り拓くことも難しくなるでしょう。

    デザイン思考の特徴である慣習・常識を打ち破る自由な発想法は、創造性の発揮という点で全てのビジネスパーソンが取り入れる価値があります。もちろん最初は戸惑うかもしれませんが、まずは考え方のアウトラインだけでも部分的にステップに沿って試してみるとよいでしょう。小さなプロジェクトや日々の業務改善にデザイン思考を適用し、ユーザーの声に耳を傾けてプロトタイピングしてみる。そんな経験を積むうちに、その効果を実感できるはずです。

    大企業の人事部門などでも、従業員エクスペリエンスの向上策立案にデザイン思考を応用する例が出てきています。HR領域でも従業員をユーザーと見立て、研修プログラムの改善や働き方改革の施策検討に活かしているのです。ぜひ本記事の内容を参考に、自社の経営や運営、あるいは皆さんの部署・チームの業務にデザイン思考を取り入れてみてください。小さく始めて繰り返し実践することで、組織にイノベーションの風土が芽生え、大きな成果につながる可能性が高まるでしょう。

デザインシンキングとは?意味や定義についてよくある質問
  • デザイン思考の5つの要素は?
  • デザイン思考の5つの要素は
    1共感(Empathize):ユーザー顧客の視点に立ち、彼らのニーズや課題を深く理解する
    2定義(Define): 共感段階で得られた情報を基に問題を明確に定義する。ユーザーのニーズを具体的な言葉で表現し解決すべき課題を特定する。
    3アイデア出し(Ideate): 問題解決のために様々なアイデアを自由に発想する。ブレインストーミングアイデアマップなどの手法を用いて多様な視点からアイデアを出し創造性を刺激する
    4プロトタイプ作成(Prototype): アイデアを具体化するためにプロトタイプを作成する。スケッチ、モデル、デジタルプロトタイプなど様々な形式のプロトタイプを作成しアイデアを視覚化する。
    5テスト(Test): 作成したプロトタイプをユーザーに試してもらってフィードバックを得る。ユーザーの反応を観察しアイデアの有効性を検証する。

  • デザインシンキングの考え方は?
  • ビジネスにおけるデザインシンキングとはユーザー(顧客)の視点に立ってニーズや課題を深く検討し革新的な製品やサービスを生み出すための思考プロセスのことです。
    従来のビジネスでは、自社の製品やサービスをいかに効率的に製造・販売するかという視点が中心でしたが 、デザインキングではユーザーが本当に求めているものは何かという問いを起点に新しい価値を生み出すことを目指します。

  • デザイン思考とロジカルシンキングの違いは何ですか?
  • デザインシンキングとロジカルシンキングはどちらも問題解決に向けた思考法ですがアプローチが違います。
    デザインシンキングはユーザーの視点で問題を捉え、創造的なアイデアを生み出すことを重視します。ロジカルシンキングは論理的な思考で基礎的な問題を分析し、最適な解決策を考えることを重視します。まとめると
    デザインシンキング:ユーザー中心、創造性、新しい価値
    ロジカルシンキング:理論的、立体性、最適解
    たとえば、新しい製品開発にはデザインシンキングが、業務改善にはロジカルシンキングが有効です。

株式会社ソフィア

先生

ソフィアさん

人と組織にかかわる「問題」「要因」「課題」「解決策」「バズワード」「経営テーマ」など多岐にわたる「事象」をインターナルコミュニケーションの視点から解釈し伝えてます。

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