2026年以降のコミュニケーションの未来 ― IABC「Circle of Fellows #123」座談会レポート ―⑭
最終更新日:2026.02.04
目次
結論から言えば、2026年以降のコミュニケーション専門職には、「意味づけ」「傾聴」「信頼構築」「レピュテーション設計」という4つの役割が求められています。生成AIの社会実装が一段落し、テクノロジーが日常に溶け込んだ今、私たちコミュニケーション専門職が向き合うべき課題は、かつてないほど本質的で緊急性を帯びたものとなっているのです。
IABC(国際ビジネスコミュニケーター協会)のフェローによる座談会「Circle of Fellows」第123回は、「The Future of Communication 2026 and Beyond(2026年以降のコミュニケーションの未来)」をテーマに開催されました。
本レポートでは、世界的なコミュニケーションの権威たちが交わした、AIによる単なるトレンド予測を超えた「不可逆な変化」への洞察を、日本の人事・広報・社内コミュニケーターの皆さんが今すぐ実践できるアクションへと繋げられるよう、詳細に解説します。
パネリストの問題意識
冒頭、司会のシェル・ホルツ(Shel Holtz)氏は、パネリストたちに「2026年に向けたコミュニケーション職の未来を一行の見出しで表すと」という、非常に鋭い問いを投げかけました。この問いへの回答は、2026年という時代が、単なる技術革新の延長線上にあるのではなく、コミュニケーションという仕事の「存在意義」そのものを再定義しなければならない時期に来ていることを示唆しています。
ゾラ・アーティス(Zora Artis)氏は、コミュニケーション・リーダーシップがこれまで以上に激しいプレッシャーを受けると述べました。その理由は明快です。「変化のスピードがあまりにも速く、人々がそのすべてを理解し、意味づける能力を超えてしまっている」からです。
2026年の組織において、従業員は情報の洪水の中で溺れかけています。速く動くことが至上命題とされる中で、同時に「誰一人置き去りにしない」という、一見矛盾するミッションを遂行すること。それこそが、コミュニケーション専門職を組織にとっての「不可欠な存在(インフラ)」にすると彼女は強調しました。
エイドリアン・クロープリー(Adrien Cropley)氏は、現在は「変化と移行の時代」であると定義しました。彼は、コミュニケーション職がこの機会を正しく捉え、自らの価値をアップデートできれば、これほどエキサイティングな時代はないと語っています。一方で、過去の成功体験に固執し、単なる「情報の運び屋」に留まる者にとっては、極めて厳しい時代になることも示唆しています。
ボニー・ケイバー(Bonnie Caver)氏は、一語で「変革的(Transformative)」と表現しました。専門職自身が、そして組織全体が、従来の枠組みを壊して変革していかなければならないという主張です。
また、メアリー・ヒルズ(Mary Hills)氏は、多くのことは「実は新しいものではない」とし、これまで積み上げてきた専門性の成熟と進化を強調しました。彼女の視点は、テクノロジーに振り回されるのではなく、普遍的なコミュニケーションの原理原則を現代に合わせてどう進化させるかという、冷静かつ本質的なアプローチを提示しています。
【自己診断】あなたのキャリアは「2026年仕様」でしょうか?
専門職としての立ち位置を再確認するため、IABCのキャリアロードマップに基づいた診断を行ってみてください。
・ビジネスリーダーの視点: 経営陣の対等なパートナーとして、組織の方向性決定に関与できていますか?
・戦略的アドバイザーの視点: 複雑な課題に対し、単なる手法(ツール)の提示ではなく、ビジネス成果に紐づく助言ができていますか?
・ 意味づけの推進: 変化の速さに戸惑う従業員に対し、組織の「今」と「未来」を繋ぐ文脈を提供できていますか?
・トランスフォーメーションの覚悟: 従来の「情報の運び屋」という役割を捨て、自らを変革(Transform)させる準備がありますか?
信頼は「侵食」されている
シェル・ホルツ氏が自身の見出しとして挙げたのは、「信頼構築への集中」でした。2026年、私たちが最も危機感を抱くべき事実は、社会全体の「信頼」が急速に侵食されており、その最大の要因の一つがAIによる情報の氾濫であるという点です。
ホルツ氏は、ワシントン・ポスト紙がAI生成のポッドキャストを作成した際、そこに事実誤認や誤りが含まれていた例を挙げました。これは単なる技術的な「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」の問題ではありません。メディアや企業が利便性やスピードを優先してAIを使い、その結果として「誤った情報」を発信してしまったとき、長年かけて築き上げた信頼は一瞬で崩れ去ってしまいます。
さらに深刻なのは、信頼の欠如が「整合(アラインメント)」や「エンゲージメント」の崩壊に直結することです。ホルツ氏は次のように問いかけています。「信頼できない組織と、自分の人生や目標を整合(アラインメント)させたいと思う人が、果たしてどこにいるでしょうか?」
2026年の日本企業においても、この信頼の危機は無縁ではありません。2025年の調査では、日本企業の「熱意あふれる社員」の割合はわずか6%であり、世界139カ国中132位という衝撃的な低水準にあります。この背景には、経営陣の言葉が現場に届いていない、あるいは言動が一致していないという「信頼の不全」が横たわっているのではないでしょうか。
【AI導入:信頼を守るための4項目チェックリスト】
AIをコミュニケーションに活用する際、信頼を壊さないために以下の4点を点検してみてください。
1.戦略的定義: 導入目的は、単なる「効率化」ではなく、従業員の体験向上や信頼構築などの「戦略的価値」に紐づいていますか?
2.安全策(ガードレール): プライバシー保護、ハルシネーション(誤情報)対策、セキュリティの検討は完了していますか?
3.組織への影響予測: AI導入により、マネジメントの役割や組織構造がどう変わるか(例:中間管理職の役割変化など)を想定できていますか?
4.スキルの移行支援: AIによって業務が代替される従業員に対し、新たなスキル獲得(リスキリング)の支援計画がありますか?
「意味づけ」と「道徳」
ここまで、パネリストの問題意識と信頼の危機について見てきました。では、これからのコミュニケーターに求められる役割とは、具体的にどのようなものでしょうか。
エイドリアン・クロープリー氏が提示した「意味づけを行う存在(sense maker)」という表現は、これからの時代のコミュニケーターが担うべき、最も高次な役割を言い表しています。
現代は、単なる情報の伝達には価値がなくなった時代です。情報はAIによって瞬時に生成・要約され、誰の手元にも届きます。しかし、その膨大な情報を「自分たちにとっての文脈」に落とし込み、「私たちは今どこにいて、どこへ向かおうとしているのか」を納得感のある形で提示することは、人間にしかできません。
クロープリー氏は、この「意味づけ」を行うためには、倫理(Ethics)だけでは不十分だと指摘します。そこには「道徳(Morality)」の役割が問われるというのです。平たく言うと、倫理が「何をすべきか、何をしてはいけないか」というルールの体系であるならば、道徳は「私たちはどのように世界と関わり、どのような善を追求するのか」という、より深い人間としての姿勢を指します。
2026年、AIによって「使わない自由」がなくなり、AI活用が評価の前提条件となる中で、従業員は「自分は機械の一部に過ぎないのではないか」という不安を抱えています。このとき、人事や広報の担当者が、AIを単なる効率化の道具として語るのではなく、「人間がより人間らしく創造性を発揮するための共生」として、その意味を道徳的な観点から語れるかどうか。これが、組織の求心力を左右するのです。
リーダーが「専門家(Expert)」から「オーケストレーター(Orchestrator)」へとシフトし、多様な視点を合成して、不確実な環境の中で意味を作り出していく(Sense-making)。このプロセスを支えるのが、これからの社内コミュニケーターの真骨頂と言えるでしょう。
傾聴――「聴かない言い訳は存在しない」
座談会の中で、パネリストたちが最も強調し、かつ強い口調で語ったのが「傾聴(Listening)」の重要性でした。シェル氏の「私たちはもっと聴く力を高めなければならない」という言葉に対し、エイドリアン氏は「聴かない言い訳は存在しません」とまで言い切りました。
なぜ今、これほどまでに「聴くこと」が求められているのでしょうか。それは、AIが情報の「発信」を極限まで効率化した一方で、「聴くこと」の希少価値がかつてないほど高まっているからです。
2026年の日本企業の実態を見ると、コミュニケーション不足が業務の障害になっていると回答する企業は9割にのぼり、特に管理職のコミュニケーション能力(聴く力)の欠如が深刻なボトルネックとなっています。あなたの職場では、従業員の本音をきちんと拾えていますか?
ゾラ・アーティス氏は、CCO(最高コミュニケーション責任者)の実例を引き、組織外の会話(Fishbowlやクチコミサイトなど)を継続的に聴き、それを経営の意思決定に持ち帰ることの重要性を説きました。従業員の本音は、もはや社内の公式アンケートには表れません。外部のプラットフォームに漏れ出している声を拾い、それと真摯に向き合うことが、組織の健全性を保つ鍵となります。
ボニー・ケイバー氏は、傾聴プロセスを「効率化」という名の下にスキップしがちな組織の問題を指摘しました。AIボットや形式的な調査が氾濫する中で、ステークホルダーに「実際に尋ねていない」こと自体が、巨大なレピュテーションリスクになります。また、メアリー・ヒルズ氏は、無意味な質問を繰り返す「調査疲れ(Research Fatigue)」を警告し、再びオープンエンドな対話に立ち返る必要性を訴えました。
【実践ステップ】「会話」を「対話(ダイアローグ)」に変える手順
単なる情報のやり取り(会話)を、互いの価値観を共有する「対話」へと昇華させるためのステップをご紹介します。
1.「外在化(Externalization)」の実践: 自分の感情や価値観を客観的に言葉にし、相手の言葉と並べて眺めます。これにより、個人を責めるのではなく「課題」を共に見る姿勢を作ることができます。
2.相互尊重のルール化: 相手の個人的な価値観を否定せず、まずはそのまま受け止める場を作ります。
3.2:8の法則: 自分の発言を2割に抑え、8割を「聴く」ことに徹するアクティブ・リスニングを徹底します。
4.デイリー・リスニングの導入: 年1回の調査に頼らず、日常の短いサイクル(例:3分間の定期対話など)で従業員の声を拾い、即座にフィードバックします。
価値――「作ること」ではなく「文脈」を提供すること
ここまで傾聴の重要性について見てきました。では、コミュニケーション職が提供すべき「価値」とは何でしょうか。
コミュニケーション職の「価値」についても、パラダイムシフトが起きています。エイドリアン・クロープリー氏は、リーダーが「価値」だと勘違いしているものが、しばしばコミュニケーターの誤った行動(資料作成やコンテンツ量産の悪循環)を駆動していると厳しく指摘しました。
2026年、誰でも、そしてAIでも作れるもの(PowerPointの資料、定型的なニュース、社内報の記事)の価値はゼロに近づいています。AIが生成を加速させればさせるほど、それらのコンテンツはコモディティ化し、消費者の目には「ノイズ」として映るようになります。
私たちが提供すべき本当の価値は、コンテンツそのものではなく、その「文脈(コンテキスト)」における洞察です。組織の進むべき方向性を明確にし、なぜその変化が必要なのかを戦略的な観点から語ること。これこそが、AIに代替できない専門職の領域です。
ゾラ・アーティス氏はさらに踏み込み、コミュニケーションを「ビジネスの言語」で語る必要性を訴えました。
•収益(Revenue)への貢献
•生産性(Productivity)の向上
•信頼資本(Trust Capital)の蓄積
•レジリエンス(Resilience)の強化
•リスクエクスポージャー(Risk Exposure)の低減
これらの指標(ビジネス指標)でコミュニケーションの成果を語れていないことが、専門職が「補助的な機能」として低く見られる原因です。人事や広報の皆様は、自らの活動を「NPV(正味現在価値)」や「リスク管理」の文脈で説明できるよう、ビジネス側の理解を深めることが求められています。
【アクション:メディア戦略の再構築】
•新媒体への実験(Experimentation): ショート動画(TikTok/Instagram等)など、若い世代に届く新しい形式を積極的に試し、従来型の長文メディアとの役割分担を再定義してみてください。
•テキスト情報の高度化: AIのクローラーが情報を解釈する上でも、構造化された「質の高いテキスト」は不可欠です。AI時代だからこそ、論理的で文脈の深いテキスト作成に注力することをお勧めします。
レピュテーション――ボニーの「デザイン」宣言
レピュテーション(評判)についての議論において、ボニー・ケイバー氏が放った「レピュテーション・デザイン」という概念は、2026年以降の広報戦略を劇的に変えるものです。
彼女は、「CEOはレピュテーションが重要だと言いながら、どうすればよいか分かっていない」という現状を鋭く突き、これまでの「レピュテーション・マネジメント(管理)」という受動的な姿勢を捨て、能動的な「デザイン(設計)」に移行すべきだと宣言しました。
その背景には、AIがナラティブをコントロールし始めたという現実があります。AIは今や「ステークホルダー」の一員であり、検索エンジンや対話型AIを通じて、組織について勝手に語り、その評価を形成しています。これに対応するためには、組織の「Do・Say・Are(行動・発言・実態)」を極限まで一致させ、それを意図的に設計しなければなりません。
【診断】組織の「レピュテーション・アラインメント」
自社の「誠実さ」を測るため、以下の3つの要素が一致しているか診断してみてください。
•Do(行動): 実際の事業活動や働き方制度、意思決定のプロセスは、掲げた理想通りでしょうか?
•Say(発言): 企業のメッセージや広告、広報発信は、実態と乖離していないでしょうか?
•Are(実態): 従業員の本音(クチコミ等)や組織文化は、社外への見せ方と一致しているでしょうか?
※これらの要素がズレている「不整合(Misalignment)」こそが、AI時代における最大のレピュテーションリスクです。
専門職基準と倫理――「コントロール」ではなく影響力
シェル・ホルツ氏は、専門職としての基準と倫理をどう保つべきかを問いかけました。2026年、情報は誰でも発信でき、情報の統制(コントロール)はもはや不可能です。これに対し、ゾラ・アーティス氏は「私たちがコントロールを持っていたことは一度もない。それは幻想であり、私たちが持っていたのは影響力(Influence)だ」と述べました。
広報や人事の担当者は、情報を「管理」しようとするのではなく、組織の行動や発言がいかに「あるべき姿(Do・Say・Areの一致)」に沿っているか、その「倫理的な影響力」を行使する存在にならなければなりません。
ここで重要な指針となるのが、エイドリアン氏が提唱する「グローバル・スタンダード」です。また、2025年に更新された「ヴェネツィアの誓い(Venice Pledge)」は、AI時代のコミュニケーターが守るべき7つの原則を定めています。
ヴェネツィアの誓い:AI時代の7つの行動原則
1.倫理第一(Ethics First): すべての専門的実践において倫理基準を遵守する。
2.人間による統治(Human-Led Governance): AIの利用は常に人間の監視下に置き、公の利益に合致させる。
3.個人と組織の責任(Personal and Organizational Responsibility): AI生成物に対して、個人と組織が全責任を負う。
4.公開と透明性(Awareness, Openness, and Transparency): AIが関与している場合は、必ずステークホルダーに明示する。
5.教育と専門開発(Education and Professional Development): AIリテラシーを「核心的専門能力」と捉え、学び続ける。
6.能動的なグローバルの声(Active Global Voice): 公平で包摂的なAIのあり方について、社会的に声を上げる。
7.人間中心のAI(Human-Centered AI for the Common Good): AIを人間の尊厳を高め、社会のウェルビーイングに寄与するために用いる。
これらの原則を「単なる理想論」として片付けないでください。2026年、AIの不適切な使用によって一晩でブランドが崩壊するリスクは、あらゆる企業に存在します。この基準を組織内に浸透させ、経営陣のAI活用を導くことこそが、皆様の新たな使命ではないでしょうか。
【AIガバナンス:実装への3つの問い】
組織内に「ヴェネツィアの誓い(AI時代の行動原則)」を浸透させるため、担当者は経営陣に以下の問いを投げかけてみてください。
1.「そのAI活用は、人間の尊厳とウェルビーイングを高めるものでしょうか?」(人間中心の原則)
2.「AIが生成したコンテンツに対して、私たちが責任を負える透明性はありますか?」(責任と透明性の原則)
3.「AIリテラシーを、全社員の『核心的専門能力』として定義できていますか?」(教育の原則)
まとめ:専門職として、何を選び取るのか
2026年、そしてその先の未来に向けて、私たちは岐路に立たされています。今回の座談会は、私たちに「何もしなければ、確実に周縁化される」という厳しい現実を突きつけました。しかし同時に、人間だからこそできる「意味づけ」「傾聴」「信頼構築」「レピュテーション設計」という役割の重要性が、かつてないほど高まっていることも示されました。読者の皆様、今日から行動を変えてみませんか?
•AIによる効率化に酔いしれるのではなく、その情報の「意味」と「倫理」を厳しく問い直してください。
•「聴く」ことを最優先し、従業員の本音を経営のテーブルに乗せてください。
•自社の「Do・Say・Are」が一致しているかを点検し、レピュテーションを意図的にデザインしてください。
2026年。コミュニケーション専門職は、自らが「どう変わるか」を選ばなければなりません。Circle of Fellows No.123が迫ったその選択は、今、あなたの手の中にあります。このレポートを「素晴らしい議論だった」で終わらせるのか、それとも自社の変革の「設計図」とするのか。その決断が、御社の未来を左右するのではないでしょうか。

