
2025.06.20
VUCA時代に求められるクリティカル・シンキングの必要性と育成法

目次
予測困難なVUCA時代、企業が生き残るには「クリティカル・シンキング」が欠かせないと言われています。
先の見えない状況で、これまでの常識や経験に頼るだけでは問題解決が難しくなっているのではないでしょうか。
そこで、クリティカル・シンキングとは何か、なぜ今必要なのか、皆さんと一緒に考えてみましょう。
クリティカル・シンキングとは何か
「クリティカル・シンキング」は日本語では「批判的思考」と翻訳されますが、「批判」という言葉から「他人の意見を否定すること」だけを意味するように誤解されることもあります。
しかし、本記事で述べるクリティカル・シンキングとは、正確な情報や証拠に基づいて感情や偏見を実際の行動につなげないよう論理的に物事を分析・評価し、指針を形成する考え方を指します。
文部科学省の資料ではクリティカル・シンキングは「証拠に基づく論理的で偏りのない思考」であり、「多面的で客観的にとらえる」思考であると定義されています。
また、他人を非難するのではなく自分の思考の過程を意識的に向き合う「内省的思考」でもあり、これがクリティカル・シンキングの核心なのです。
たとえば、米国のクリティカルシンキング研究機関は、この思考法を「観察や経験などから得られた情報を、信念や行動の指針とするために能動的でかつ練達された手段で概念化・適用・分析・統合・評価する知的プロセス」と定義しています。
つまり、クリティカル・シンキングとは、物事や情報を多角的に分析し、正しいかどうかを読み解いていくことを通じて、最適な解決策を見つけるための思考法と言えるでしょう。
一言でいえば、クリティカル・シンキングは証拠に基づいて論理的に考える力であり、偏見を意識的にコントロールした客観的な判断を可能にする思考法なのです。
なぜ今、企業にクリティカル・シンキングが必要なのか
現在は、デジタル化やグローバル化が進む中で、世界はVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)と呼ばれる変化の激しい時代です。
この日進月歩に変化する環境に対応するためには、これまでの仕事のやり方に囚われず、自ら思考を書き換える能力を持った人材が必要ではないでしょうか。
世界経済フォーラムのレポートによると、技術革新などで今後2025年までに就業者の50%がスキルアップを必要とし、その中でも批判的思考や問題解決力は特に重要性が高まるスキルとして上位に挙げられています。
また、人事の視点から見ても、クリティカル・シンキングを備えた人材は誤謬(ごびゅう)を減らし、経営の計画性を向上させるとされています。
小規模企業の人事に関する調査によると、「感情や先入観に左右されず、データや事実に基づいて論理的に考える力」は、ミスの削減はもちろん長期的な組織発展に不可欠と言われています。
さらに、現代は価値観が多様化し、正解が1つだけとは限りません。専門家の見解だけに頼らずに問題の本質を見極めるためにも、専横的ではなく多角的な視点での考察が必要です。
これまでのビジネスパターンや前例の踏襲だけでは通用しない場面が増えており、一体何が問題でどう解決すべきかを論理的に考える能力が求められているのです。
実際、社会の複雑化やICT化が急速に進む今、日本では以前の前例に固執しているだけでは対応できなくなっています。
そのため、日本の企業でも現状に疑問を持ち、証拠やデータに基づいて実践的に問題解決を図る能力を養う人材育成が急務となっているのです。
これらのことから言えることは、変化の激しいVUCA時代において企業が競争力を維持するためには、従来の思考に依存せず論理的に判断できる人材が不可欠だということです。
ビジネス現場でのクリティカル・シンキング活用例
クリティカル・シンキングで養われた思考力は、会社の構成員一人ひとりがそれぞれの業務や職責で発揮することができます。
一例として、次のようなビジネスシーンで役立つ場面を見てみましょう。
会議での意思決定
業務会議やプロジェクト会議などで意見を話し合う際に、取り上げられた案を安易に信じ込まず、まずは自分なりにデータや証拠に基づいて論理的に考察するという姿勢でのぞみます。
たとえば、経験則だけで案を否定せず、データ分析を通じて判断基準の正確性を検証します。
ともすれば遠回りしているようにも見えますが、参加者一人ひとりが思考することで上司の意見に無言で従って承認するような誤った意思決定を避け、エビデンスに基づく確実な方針を立てることができるでしょう。
問題解決・分析
企業には日々、負の事象や予想外の問題が発生します。そんな場面でも、クリティカル・シンキングが有効です。
たとえば、不安要因を闇雲に憶測で捉えてしまうと問題の根本的な解決を見失いがちですが、クリティカルな思考で状況を分析すると、原因を過度に推測せずに事実を探り当てることができます。
また、問題を解決するために多様な案を考え出しますが、きちんとエビデンスを集めて検証することで、優先順位を決めて説得力の高い改善策を提示することができるでしょう。
このように、証拠に基づく論理的考察を常に習慣づけることで、これまで気付かなかったトラブルやリスクを予防する可能性が高まります。
企画・新戦略の立案
ビジネスの要件が日々変わる今、新製品や新サービスの設計、成長戦略を策定する場面でもクリティカル・シンキングが役立ちます。
たとえば、中長期計画や新規事業案を提案する際には、実現可能性や課題を多角的に評価したり、新しいアイデアを戦略化する際にも、他部門や事実に基づいて進め、情報不足や前提の脆弱性を一つひとつ検証するときに非常に有効だと考えます。いずれの場合も設計案を積み上げることが重要です。
これらの過程でも、クリティカルな思考でアイデアを読み解き、きちんと論理で構築することが信頼性の高い計画編成に繋がっていくのです。
グローバル対応・外部交流
国際的なビジネスを進める上では、文化やバックグラウンドが異なる人とも対話する場面が増えます。その際、互いの前提を理解し、想定外の文脈をも読み取る必要が出てきます。
クリティカル・シンキングの思考法が身についていれば、そうした相互的な有益情報のやり取りや意思決定が行えるでしょう。
また、世界経済の動向に目をむけ、数字やデータに基づいた分析を行うのも、グローバル時代に必要なクリティカル・シンキングのスキルといえます。
たとえば、会議で提案された新規事業案について感情的な判断ではなくデータと事実に基づいて評価することで、より確実な投資判断ができるということです。
組織内での育成・定着の方法
クリティカル・シンキングを組織に根付かせるためには、計画的な人材開発の取り組みが成功の鍵です。ここでは、組織内でクリティカル・シンキングを育成するための3つの方法をご紹介します。
研修プログラムの実施
外部または社内で、包括的なクリティカル・シンキング研修を開催します。
クリティカル思考に関する基礎知識を学び、日頃の思考に何が偏りを作り出しているかを理解します。
そして、ビジネス場面を想定したケーススタディや組織内事例を使った講義やグループ演習などの実践的な訓練を行い、実践力を身につけます。
ある調査によると、企業の45.9%がOff-JT(社外や社内研修)に費用を投入していることも分かっており、多くの企業では研修により人材のスキルを高める取り組みが普及しています。
日常業務での実践とフィードバック
研修で学んだ知識や新しい思考方法を、日常の仕事の中で繰り返し試すことが大切です。
たとえば、案件のレビューでは、気付いた問題を提起し、根拠やデータを提示して意見を言う習慣を付けるといいでしょう。
「感覚ではなく客観的なデータに基づいて考えよう」「異なる視点や意見も参考にしよう」といったメッセージを日々のチーム内で共有していくことで、批判的に考える文化を醸成させることができるでしょう。
また、組織内では他者からのフィードバックも積極的に受け入れ、改善を続ける習慣を作るのも重要です。
このように実際に会社でクリティカル・シンキングを試し、成功や失敗から学ぶPDCAサイクルを回すことで、実務そのものがトレーニングの場となり、クリティカル・シンキング能力が向上します。

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評価制度や環境作り
とりわけ日本企業では、障壁となるのが社内の文化や風通しです。
上下関係が強く意見を言いにくい環境では、いかに人材のクリティカル・シンキング能力を高めても活かせません。
そのため、既存の組織カルチャーを見直し、問題提起を気軽に話せる環境を作ることが大事です。
たとえば、上司が部かにに「ありがとう」「良い指摘だね」と反応したり、萎縮を解消することで、小さな疑問も出しやすい組織に変わっていくでしょう。
またクリティカル・シンキングを発揮した社員を評価できるように評価項目に総合的な解決力や創造性を組み込むのも有効です。
日常から社内で批判的な意見を出せる習慣を作り、それを前向きに評価することで、クリティカル・シンキング能力が仕事のあらゆる場面で発揮される環境づくりが進むでしょう。
実際、”人材育成や能力開発になんらかの課題を抱えている”とする企業は76.4%に達することが明らかになっています。
これは多くの企業が、OJTのみではなく人材の思考力やスキルの学び直しに取り組む必要性を感じていることを示しています。
一言でいえば、クリティカル・シンキングの組織定着には、研修による基礎習得、日常実践、そして評価制度の三段階アプローチが必要だということです。
海外と日本の教育・企業文化の違い
学校教育や企業文化に直接関係するクリティカル・シンキングの受容には国際間で大きな違いが見られます。
米国などでは、既に学校や家庭で積極的に意見を交わすディベート文化が根付いています。
人々は「他人の意見を鵜呑みにせず、正しいか自ら考える習慣」を身につけているのです。
一方、日本の教育現場ではディベートのようなシーンにおいて何かしらの思考法を用いて議論する機会が多くありませんでした。
結果的に社会にでて初めてその必要性に迫られ、同時に大多数の教育者や経営者が長らく「批判的思考」の重要性に気付かずに過ごしてきました。
TALIS2018調査でも、日本では「生徒の批判的思考を促している」と答えた教員が24.5%に過ぎませんでしたが、国際平均は82.2%に上り最も低い値でした。
また、論理型の授業やアクティブ・ラーニングも少しずつ増えているとはいえ、まだまだ海外に比べると多くの教室では一方通行型の教育が行われているのが現状です。
さらに、日本の教育現場には強い同調圧力が残り「批判=人格否定」という言葉の含意が拡張しているため、「批判的思考」という言葉に抵抗感があると指摘されています。
同様に、日本企業の世界でもやはり最近まで「相手の意見を否定せずに真意を探る」ような態度が評価されてきたとは言えず、むしろ「いいアイデアですね」「何も問題ないです」と言いがちです。
常に相手を慮っていることがかえって、課題が掴めないのかもしれません。
特に、年下から年上へという一方的な敬語の文化により、チームメンバー同士が同等な立場で会話できない不均衡な関係が残っています。
上下関係を無視するのは難しく、立場の弱い人ほど意見を言いづらくなり、建設的な議論が妨げられる可能性があります。
このように、日本ではクリティカル・シンキングの定着に課題がありますが、その必要性は明白になってきています。
文部科学省が新たに展開した学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を改革のキーワードに掲げ、実はこれが生徒のクリティカル・シンキングを鍛えることを意図したものだとも言われています。
企業でも、日本企業が国際的なビジネスで勝ち抜くためには、全社的に批判的思考を標準化したり、それを育成するための取り組みが必要だと認識されてきています。
関連URL: TALIS2018調査結果
言い換えれば、海外では既にクリティカル・シンキングが教育・企業文化に根付いているのに対し、日本はこれから本格的な導入段階にあるということです。

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クリティカル・シンキング研修・ワークショップの内容
最後に、例示として「クリティカル・シンキング研修」のプログラム内容をご紹介します。
クリティカル・シンキング研修とは、名の通りクリティカルに考える力を高めるための訓練です。 たとえば、研修では、クリティカル思考の概念や基本の考え方を学んだ上で、「問題の原因探求」「新規事業案の策定検討」などケーススタディを使った課題解決ワークや、参加者同士でのディスカッションが組み込まれます。
これにより、何がクリティカル・シンキングかを理解し、会社でどのように役立つかを体感できます。実際、クリティカル・シンキングは世界的にも重要な人材スキルとされており、クリティカル・シンキング研修を実施する企業も常に増えています。
そんなクリティカル・シンキング研修では、段階的に次のようなプロセスを踏んでいきます。
クリティカルシンキングの概念を学ぶ
まず初めに、参加者はクリティカル・シンキングとは何かを概要と背景も含めて学びます。
ここでは、ビジネス環境の変化がなぜクリティカル・シンキング能力を必要としているかを意識づけるため、過去の成功例が通用しなくなってきた等の具体的な話も交えて解説されます。
問題の原因を探る
続いて、自分の思い込みや思考パターンに気付く方法、誤った前提や論理の脆弱性をどう克服するかといった、クリティカル・シンキングを実践するための方法を具体的に教えます。この段階で「人は誰でも認知バイアスを持ち得る」ことや「自分の思考を一旦止めてチェックする習慣」などが強調されます。
ケーススタディを使って課題解決を考える
そして、学んだ理論を忘れないうちに、ケーススタディを使った課題解決をグループで行います。
例えば、「飲食業の売上低迷を改善せよ」という問題を想定し、解決案を話し合う課題を実施します。意見の対立点のない問題を議論し合うという経験を経ることで、参加者たちは自分たちの思考の変化を体感できるでしょう。
最後に、それらの議論から学んだことをまとめ、習慣となったプロセスや慣行を再評価します。
さらに、議論での気付きの時系列を記録しておき、後日の実際の仕事でクリティカル・シンキングを導入する際に参照できるフォローアップシートを配布する会社もあります。
このように、研修の中でいくつもの次元からクリティカルな思考を体験することで、参加者はその必要性をどっぷりと実体験で理解することができます。長期的に見ても、不確定な時代を生き抜く人材の育成にクリティカル・シンキング研修は有益です。これまで見てきた通り、今こそ組織的にクリティカル・シンキングを育てる活動を始めてみてはいかがでしょうか。
まとめ
VUCA時代の企業にとって、クリティカル・シンキングは必要不可欠なスキルとなっています。証拠に基づく論理的思考により、変化の激しい環境下でも的確な判断を下すことができるからです。
組織にクリティカル・シンキングを定着させるには、研修による基礎習得、日常業務での実践、そして評価制度の見直しという三段階のアプローチが効果的です。
日本企業特有の課題もありますが、グローバル競争を勝ち抜くためには避けて通れない道でもあります。
つまり、クリティカル・シンキングの導入は、単なるスキルアップではなく、組織の思考文化を変革する重要な取り組みと言えるでしょう。皆さんの組織でも、まずは小さな一歩から始めてみませんか?
参考文献・情報源
· 文部科学省資料
· 世界経済フォーラムレポート
· TALIS2018調査
· 米国クリティカルシンキング研究機関 各種企業調査レポート