
個人任せには限界あり!関係性と文化で育む組織レジリエンス向上策

目次
「最近の新人はすぐに心が折れて辞めてしまう…」そのような声を耳にしたことはありませんか?激しい変化と不確実性にさらされる現代ビジネスでは、レジリエンス(困難から素早く立ち直る力)の重要性が高まっています。一人ひとりの社員がストレスに負けず、粘り強く働けることが理想的ですが、果たしてそれだけで十分なのでしょうか?
結論から言えば、社員個人の頑張りに頼る”がんばれ論”では組織全体のレジリエンスを高めるには限界があります。むしろ周囲からの支え合いや企業文化によるバックアップこそが、変化に強いしなやかな組織を作るカギとなるのです。
本記事では、ビジネスにおけるレジリエンスの意味と重要性、そして組織全体でレジリエンスを高める方法について、人事・研修担当者の視点から解説していきます。
なぜ今「レジリエンス」が求められるのか?
現代のビジネス環境は変化のスピードがかつてなく速く、将来を予測することが難しいVUCAの時代と言われています。実際、数年前の新型コロナウイルス禍では、行動制限による業務停滞やサプライチェーン寸断、急速なリモートワーク移行など企業は次々と未知の困難に直面しました。
レジリエンスが高い企業は混乱の中でも柔軟に働き方や戦略を変え、いち早く軌道修正できましたが、対応力の低い企業は業績悪化や経営危機に陥ったケースもあります。さらに日本企業にとっては地震や台風などの予期せぬ自然災害、国際情勢の変化によるサプライチェーン断裂など「何が起きてもおかしくない」時代が現実のものとなっています。
こうした環境下で企業が生き残り成長していくには、想定外の事態に直面しても素早く回復し適応できる力、すなわちレジリエンスを備えておくことが不可欠です。とくに社会人経験の浅い新入社員は業務上のストレス耐性が低く離職につながりやすい傾向があり、企業には早期から従業員のレジリエンス向上に取り組むことが求められています。
このように変化の激しいビジネス環境と人材定着・エンゲージメントの課題が相まって、レジリエンスが企業経営や人材育成の重要テーマとして浮上しているのです。予測不可能な時代を生き抜くために、企業と社員には「変化に負けない回復力」が求められているということです。
レジリエンスとは何か?
改めて、レジリエンス(resilience) という言葉の意味を確認しましょう。
レジリエンスとは、「回復力」「弾性(しなやかさ)」といった意味の英単語であり、心理学用語としては困難な状況やストレスに対する耐性の強さを指します。レジリエンスが高い状態は「レジリエントである」と表現され、レジリエントな人物は逆境に直面しても簡単には諦めず、最後にはそれを克服できる可能性が高いと考えられます。
もともとは物理学で物体が元の形に戻る弾力性を表す言葉でしたが、転じて生態学では生態系がダメージから立ち直る力、心理学や経営学では人や組織が逆境から適応・回復する能力を意味するようになりました。
個人のレジリエンスと組織のレジリエンス
ビジネスの文脈で語られるレジリエンスには、大きく「個人のレジリエンス」と「組織のレジリエンス」の2種類があります。
個人レジリエンスとは、ストレスや失敗に直面してもしなやかに対応し、折れない心で前向きに行動し続けられる力のことです。予想外のトラブル何が起きてもパニックにならず状況を受け入れ、最善策を考えて実行に移せるといった柔軟で前向きなマインドセットや対処力と言えるでしょう。
一方で、組織におけるレジリエンスは、環境変化に柔軟に対応し自らを変革できる企業文化や職場環境のことを指します。つまり人で言う「適応力・回復力」を組織全体が備えている状態です。平たく言えば、組織レジリエンスとは社員一人ではなく組織ぐるみで持つべき「しなやかな回復力」なのです。
レジリエンスは単なる個人の資質ではなく周囲の人々との関係性や職場環境によって大きく影響される力です。実際、2024年のある大規模研究でも「周囲から得られる社会的サポートが充実している人ほど、困難に対してレジリエントな対応を示しやすい」報告されています。このようにレジリエンスは決して一人で完結する能力ではありません。
本記事では「組織におけるレジリエンス」に焦点を当て、個人任せにしないレジリエンス向上のポイントを考えていきましょう。
個人頼みの「折れない心」には限界がある
企業の人材育成においてレジリエンス研修が注目され始めていますが、その多くは個人の内面的な強化に焦点が当てられがちです。認知の捉え方を変えて柔軟にすることや、自己効力感(自信)を高めること、先の目標を設定して計画を立てることなど、心理学に基づいたセルフマネジメント手法がよく紹介されています。
確かに各人のストレス対処力を向上させ、短期的なパフォーマンス維持には役立つでしょう。しかし、個々人に「折れない心」を求めるだけのアプローチでは、行き詰まりを感じることはないでしょうか。
実際のところ、個人の努力だけで組織全体のレジリエンスを底上げするには限界があります。 あるプレスリリースでは「不確実性が高くストレスフルな現代において、個人でのレジリエンスには限界がある」と指摘されています。人間は強いストレス下に置かれると、我慢する・逃げる・人のせいにするといった”逃避行動”に走りがちであり、一人で状況を打開することはは困難です。
加えて、たとえ組織内に非常にレジリエンスの高い人がいたとしても、その人頼みでは急激な環境変化に組織全体で十分対応することはできません。Harvard Business Reviewも「個々の社員のレジリエンスだけでは組織全体の改善や支援の代わりにはならない」と指摘しています。つまり“社員のメンタルさえ強くしておけば会社は安泰”あという考えは誤りなのです。
個人任せなレジリエンス対策では不十分な理由
では、個人任せの対策ではなぜ不十分なのでしょうか。その理由の一つは、そうしたアプローチが社員個人の問題としてレジリエンスを捉えすぎていることにあります。
確かにストレス耐性の強化や認知の修正は重要ですが、それだけでは各人に過度な自己責任を負わせ、「折れたのは本人の弱さのせいだ」という雰囲気になりかねません。極端な場合、レジリエンス研修で「心が折れない社員を作る」ことばかりに注力され、本来の支援や職場改善が後回しになる危険さえあります。実際、日本のレジリエンス研究の第一人者である枝廣淳子氏も「折れない心ばかりが独り歩きしてはいけない」と警鐘を鳴らしています。
また、個人任せの「頑張れ」アプローチは社員の心理的安全を損ないかねません。上司が「もっと頑張れ」「負けるな」と発破をかけてしまっては、社員にとっては本音が言いにくい状況となり、無理をして心が摩耗してしまう恐れがあります。
解決策は「心が折れにくい職場」を作ること
本質的な解決策は、社員一人ひとりの心の強さだけに頼らず、組織として支え合える体制を整えることではないでしょうか。実際、グロービス経営大学院のサイトでも「何より、一人でできることには限界があります。周囲と協力することでより複雑で困難な問題にもチャレンジできるようになる。それは個人のレジリエンスを高めるだけでなく、組織としてのレジリエンス向上にもつながる」と述べられています。「レジリエンスは独りで鍛えられない」という現実を踏まえ、企業は発想を転換する必要があります。
関係性と企業文化でレジリエンスを育む方法
では、組織全体のレジリエンスを高めるには具体的に何が必要かを考えてみましょう。
ポイントは、先述したように人と人との「関係性」と組織の「文化」です。個人のメンタル強化だけでなく、社員同士が支え合い力を発揮できる環境づくりに注力することが重要となります。以下に、企業が取り組むべき主な施策をご紹介します。
心理的安全性の高い職場づくり
社員が失敗や困難を正直に打ち明けられる雰囲気を醸成します。ミスを報告しても即座に非難されたり評価を下げられたりしない環境であれば、社員は問題を早期に共有し、周囲と協力して解決策を考えることができます。たとえストレスフルな課題に直面しても、「助け合えば大丈夫」という安心感があれば踏ん張りが効くものです。
たとえばグロービスの提唱する方法では、「失敗を隠さず素直に共有でき、それが許容され次の打開策を一緒に考えられる組織」であれば個人のレジリエンスが促進するとされています。一人ひとりが萎縮せずに発言でき、互いにサポートし合える心理的安全性の高い職場は、結果的に組織全体の回復力を飛躍的に高めてくれるでしょう。
社員同士のソーシャルサポート(社会的支援)を充実させる
困難に打ち勝つには周囲からの支援が不可欠です。先述のように、学術研究でも社会的サポートの充実がレジリエンス向上に寄与することが示されています。会社としては、メンター制度やピアサポート制度の導入、相談しやすいフラットな人間関係の構築などによって社員同士が助け合える仕組みを整えましょう。
上司・先輩からの声かけひとつにしても、「大丈夫?困ってない?」と気にかける姿勢があるだけで部下の心理的負担は大きく和らぎます。定期的な1on1ミーティングや従業員のエンゲージメントサーベイを活用し、メンタル面で孤立する人を出さないようにすることも重要です。
柔軟な組織構造と業務プロセスの整備
レジリエンスは「予期せぬ変化に対応し回復する力」でした。これを組織で発揮するには、社内の仕組み自体が柔軟であることが前提です。
具体的には、現場レベルではマニュアルや手順に余白を持たせ、例外事態にも臨機応変に動けるようにします。細かい手続きに縛られ過ぎると非常時にがんじがらめになってしまうため、ある程度の裁量権を現場に委ねることが肝心です。
たとえば平時から複数の想定シナリオを準備させ、判断を仰がなくても現場判断で進められる範囲を広げる取り組みが考えられます。実際、ある大手企業ではシナリオプランニングを全社員に浸透させ、市場や環境の変化がさまざまなシナリオに与える影響を常に考える習慣を根付かせています。さらに従来のPDCAを進化させたOODAループを導入し、各社員が自主的に「今何をすべきか」判断して行動できる組織を目指しています。このように組織構造や業務プロセスをアジャイル(俊敏)かつしなやかに整えることで、組織のレジリエンスは土台から強化されるのです。
ビジョン共有と学習する企業文化
組織レジリエンスを文化面から支えるのが企業ビジョンの共有と学習文化です。企業が何のために存在しどんな価値を提供するのか、そのミッションやビジョンを明確にし、全社員に浸透させておくことは、非常時に組織のブレない軸となります。全員が同じ方向を向いていれば、多少の混乱が生じてもチームとして対応できるからです。
また、「失敗から学び次に活かす」文化を醸成することも大切です。社員が挑戦を恐れず試行錯誤を繰り返せる環境は、逆境に直面した際にも創意工夫で乗り越える力を育みます。社内でナレッジ共有会を開いて、失敗事例と学びをオープンに語り合い、改善提案がしやすい提案制度を設けるといったものも有効でしょう。トップが率先して「チャレンジを称賛し、失敗を咎めない」姿勢を示すことで、社員は心理的安全感を持って変化に挑めるようになります。

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部門横断の協力体制と情報共有
組織ぐるみでレジリエンスを発揮するには、社内の連携も不可欠です。普段から部門間の壁を越えた協力体制を築き、情報共有をスムーズにしておきましょう。いざというときに「持てるリソースを総動員できる組織」が理想です。そのために、人事部門でできることとしてはジョブローテーションや社内交流の推進があります。異なる部署の人々が顔見知りになり、お互いの業務内容を理解していれば、緊急時にも柔軟に応援し合うことができます。社内SNSやナレッジ共有ツールを活用して、部署を超えた情報共有基盤を整備するのもよいでしょう。
また人材配置の面でも、特定のキーパーソンに頼りきりにならないよう人材のポートフォリオを分散させ、誰かが倒れても他でカバーできる態勢を意識することが大切です。
レジリエンスを高める組織づくりの実践例
理論だけでなく、実際にレジリエンス経営に取り組んだ企業の事例から学んでみましょう。ここでは組織の関係性や文化を変革することで困難を乗り越えた例をご紹介します。
事例① サイボウズ:心理的安全性で離職率改善
グループウェア開発大手のサイボウズ株式会社は、かつて社員の離職率が高まった際に「言いにくいことを言える環境」をつくる改革を断行しました。
それまでの日本企業にありがちな「上司に本音を言えない」「失敗は隠す」風土を改め、社内掲示板などを通じて誰もが率直に意見や課題を共有できるようにしたのです。その結果、議論や思考の質が向上し、組織として継続的に成果を出せるようになりました。
サイボウズでは「100人いれば100通りの働き方があっていい」という考えのもと、徹底した情報オープンと個人の自立性尊重を推進しています。嘘をつかない・情報を隠さないことを社内ルールとして徹底し、社員が安心して自分らしく働ける環境を整備しました。そのため、組織全体が心理的安全性に支えられた強靭さを身につけ、困難が訪れてもチームで粘り強く乗り越えられる体質へと変わっています。
事例② ユニ・チャーム:全社で未来シナリオを描き変化に備える
日用品メーカー大手のユニ・チャーム株式会社は、レジリエンス経営を推進する柱として「シナリオプランニング」と「OODAループ」の導入を掲げています。
気候変動など将来起こり得るリスクと機会を想定し、重要な外部要因を二軸に取った複数のシナリオを作成することで、市場の変化に備える習慣を社員全員に根付かせました。さらに環境変化に俊敏に対応するマネジメント手法として、従来のPDCAサイクルを独自に進化させたOODAループを全社展開しています。
これにより、各社員が自主的に判断し行動する風土を醸成し、非常時でも現場発の迅速な対応が可能な組織を目指しています。その基盤にあるのは「社員全員を巻き込む」姿勢であり、組織の隅々までレジリエンス意識を共有する徹底ぶりです。
ユニ・チャームの事例が示すように、全社で将来の変化を見据え常に学習・適応する文化を築けば、未知の危機にも慌てずに対処できるレジリエントな企業体質を作り上げることができるのです。
その他の事例
以上の他にも、多様性を推進して変化への耐性をつけたケース(キリンホールディングスが多様性&未来シナリオ戦略で対応力を強化)、従業員参加型で企業文化を変革し危機を乗り越えたケース(ある地方企業が社員の自律性発揮で倒産の危機を回避)など、レジリエンス向上の実践例は数多く報告されています。
共通して言えるのは、いずれの企業も従業員一人ひとりを「主体」として巻き込み、全員参加で組織を強くしている点です。トップダウンで「頑張れ」と命じるのではなく、現場の声を生かしながら支え合うチームを作ることが困難を乗り越える真の力になっているのです。
まとめ:レジリエンスは組織ぐるみで高めるもの
最後に、本記事のポイントをまとめます。
- レジリエンス(回復力)は、困難に直面しても折れずに適応・回復できる力のことです。個人にも組織にも当てはまり、変化の激しいビジネス環境で不可欠な能力です。しかしレジリエンスは独りで鍛えられるものではありません。
- 社員個人の努力だけでは限界があります。個々人のメンタルタフネス強化に頼るだけでは、組織全体としての持続的成長は望めません。「折れない社員を作る」ことよりも「折れにくい職場を作る」ことに目を向ける必要があります。
- 周囲からの支え合いや心理的安全性のある企業文化があってこそ、社員は本来のレジリエンスを発揮できます。社会的サポートが充実した環境では人はより強く立ち直れるため、上司・同僚同士のサポート体制を築きましょう。
- 組織レジリエンス向上の施策として、現場への裁量委譲や柔軟な業務プロセス、ビジョン共有による一体感醸成、異部署連携の強化などが有効です。社員全員を巻き込んだ構造改革と文化づくりによって、組織は不測の事態にも揺るがない強さを手に入れます。
- 人事・研修担当者の役割は、単なる個人スキル研修に留まらず、社員が安心して挑戦と成長ができる「場」を提供することです。言い換えれば、レジリエンスとは個人の性質ではなく組織が一緒に育むものだという視点に立つことが重要でしょう。
真のレジリエンスを高める近道は「個人任せにしない」ことです。社員一人ひとりに「頑張れ!」と発破をかける前に、組織として何ができるかを問い直してみてください。お互いに支え合い安心して挑める環境が整えば、社員は自ずと困難に負けない強さを発揮してくれるはずです。そのようにして培われた関係性と文化の後ろ盾こそが、激動の時代に企業を支える本物のレジリエンスなのです。