回復とは休息ではなく、越境である理由!ワークライフバランスはなぜ機能しないのか
最終更新日:2026.10.05
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「レジャーも労働も、根本では同じものを求めている」。先日、そんな一文に出会いました。もしこれが本当なら、私たちが20年以上バランスを取ろうとしてきた「仕事」と「生活」は、そもそも対立などしていなかったことになります。
これまでのワークライフバランスは、いつも「時間の配分」で考えられてきました。残業を減らし、休暇を取り、連絡を断つ。けれど、企画のアイデアが浮かぶのは机の前ではなく、通勤電車やお風呂、休日の散歩の途中だったりします。
だとすれば、仕事と生活は時間できっぱり分けられるものではなく、そもそも「休み方」の捉え方が間違っていたのかもしれません。
本記事では、この「時間の配分」という考え方そのものを疑い、「回復とは休息ではなく越境である」という視点から、働き方を問い直します。
残業は減り、有給も取れる。しかし、生産性は伸び悩んだ
働き方改革によって、残業は減り、休みも取りやすくなりました。目標そのものは、きちんと達成できています。それなのに、生産性は伸び悩んでいます。まずは、このちぐはぐな現実をデータで確認します。
掲げた目標については、この20年で達成している
はじめに、成果が出ている部分から見ていきます。この20年ほどで、日本の働き方は確かに変わりました。
厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析(労働経済白書) 」によれば、労働時間は働き方改革の進展を背景に長期的な減少傾向にあり、年次有給休暇の取得率は2023年調査で過去最高を更新しました。残業時間の上限を法律で定め、有給を年5日は必ず取らせる。こうした施策は、統計の上でははっきりと成果を上げています。この20年で、働く人には確かに「自由な時間」が返ってきたのです。
しかし、その返ってきた時間で、私たちは休息でき、仕事ははかどるようになったのか。
日本生産性本部「労働生産性の国際比較2025」によれば、2024年の日本の「1時間あたりに生み出す成果(時間当たり労働生産性)」は60.1ドルで、OECD加盟38カ国中28位。しかも物価変動を除いた実質ベースでは前年よりマイナス0.6%と、順位も33位まで下がっていました。
もし「働いた時間の長さ=成果」なら、時間を減らせば成果も減るはず。逆に「休めば回復して成果が上がる」なら、休みが増えた分だけ成果も伸びるはず。ところが、そのどちらも起きていません。
つまり、「時間」という数字をいくら動かしても、成果にはほとんど反映されなかったのです。
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じつは日本人は、世界でいちばん長く座っている
ここで、大きな手がかりになる調査があります。
シドニー大学のバウマンらが20カ国を比較した研究では、日本人成人が平日に座っている時間は1日420分、つまり7時間で、調査した国の中で最長でした。日本人は、世界でいちばん長く座っている国民なのです。しかも、座っているのは仕事中だけではありません。休日もまた、私たちは座り続けています。
ここで、ひとつ常識を疑ってみてください。私たちは「座る」ことを、身体を休める姿勢だと思い込んでいます。しかし、これは誤りです。腰にかかる負担は、立っているときより、座っているときのほうが大きいことがわかっています。
つまり、時間は返ってきたのに、身体はまったく動いていない。ここに、大きな見落としがあったのです。
仕事を忘れようとしても忘れられない理由
「休みの日はゆっくりして頭を休めよう」。多くの人がそう考えます。ところが、頭は”休む”ことでは仕事から離れてくれません。じつは、身体を”動かす”ことで、はじめて頭が仕事から離れるのです。ここでは、その仕組みを見ていきます。
「休みの日なのに、気づけば仕事のことを考えている」。そんな経験はないでしょうか。
これは、あなただけの悩みではありません。心理学の世界では以前から、「勤務時間の外で、どうやって頭を仕事から切り離すか(心理的離脱)」が大きなテーマになっています。会社を出ても頭が仕事から離れない人は、それだけ多いということです。
実際、日本の働く人を対象にした2024年の研究(『Discover Psychology』掲載)でも、在宅勤務の人はオフィス勤務の人より仕事から心を離しにくい、という結果が報告されています。
では、私たちはこれまで、どうやって仕事から頭を切り離していたのでしょうか。

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カギは「通勤」だった
答えのひとつが、意外にも「通勤」です。
ジャキモヴィッチらが学術誌『Organization Science』(2021年)で発表した研究によれば、世界の平均で通勤は片道38分。研究チームは、この通勤を「家の自分」と「仕事の自分」を切り替える”あいだの時間”として位置づけ、合計1,736人を対象とした3つの調査で検証しました。あわせて、マカルパインとピシュチェクが研究した論文「リミナル空間をともに移動する――仕事から家庭への通勤における役割移行と回復の観点」(2023年)では、通勤中に感じるこの”あいだ”の感覚が頭の余裕を生み、役割の切り替えと回復を助けると論じています。
経理から見れば、通勤は「交通費」。コロナ禍以降は「削減できたコスト」でしかありませんでした。しかし本当は、毎日1時間以上かけて、強制的に気持ちを切り替えていた時間だったのです。在宅勤務は、この重要なスイッチを、いつのまにか手放してしまいました。
運動すると、自然に仕事を忘れられる
もっと直接的な研究もあります。
フォイエルハーン、ゾンネンターク、ヴォルによる調査(2014年)では、仕事帰りに運動をした人は、夜の気分が前向きになっていました。しかもその主な理由は、「運動によって、自然と仕事のことを忘れられたから(心理的離脱)」でした。
私たちはつい、「まず気持ちを切り替えて、それから運動しよう」と考えます。しかし、順番は逆です。先に身体を動かすからこそ、頭が仕事から離れていくのです。
じっとしているだけでは、頭は仕事から離れてくれません。仕事を忘れるには、動くことが必要なのです。
歩くと、アイデアが出やすくなる
さらに興味深い研究があります。
スタンフォード大学のオッペッツォとシュワルツが学術誌『Journal of Experimental Psychology』(2014年)で発表した4つの実験では、歩いている人と座っている人で頭の働きを比べました。すると、「アイデアを広げる」課題では参加者の81%に発想力の向上が見られた一方、「答えを一つに絞り込む」課題で向上したのは23%にとどまりました。(なお、この「81%」は「発想力が81%上がった」という意味ではなく、「良くなった人の割合」を指します。)
つまり、歩いて良くなるのは「アイデアを広げる」場面だけ。「答えを一つに絞り込む」場面では、あまり差が出ませんでした。この違いは、あとで出てくる「会議の工夫」につながる重要なポイントです。
なお、うつなど医療の分野でも、ノーテルらの大規模な分析『BMJ』で、ウォーキングやジョギングに一定の抑うつ改善効果が確認されています。
いちばん疲れている日に、人はいちばん動けない
「では歩けばいい、運動すればいい」。そう思うのが自然です。ところが、ここに大きな落とし穴があります。人は、疲れている日ほど動けなくなる。この逆説が、回復を個人まかせにすることの限界を示しています。
コッホらが学術誌『International Journal of Stress Management』(2024年)で発表した研究は、93人から集めた514日分の日記データを分析し、「ストレスの多い日ほど、人は運動しなくなる」という逆説的なパターンを確かめました。そして、その原因が「退勤直後に、すでに仕事から心が離れてしまっていること」にあると報告しています。
疲れている日ほど、動かない。回復がいちばん必要な日にかぎって、動けない。これは「気合が足りない」という精神論ではなく、人間がそういうふうにできている、という話です。そしてこれは、制度の設計そのものに欠陥があることを示しています。回復を「本人のやる気」にまかせると、いちばん必要なときにかぎって機能しないのです。
「ゆっくり休んでね」は、じつは逆効果になりうる
よくある職場の風景を思い浮かべてください。
疲れきった部下に、上司が「週末はゆっくり休んでね」と声をかける。やさしく、いかにも正しそうな一言です。しかし、この言葉が、じつは部下を家の中に座らせてしまっている。本当に部下を回復させたいなら、かけるべき言葉は「休め」ではなく、「外に出ろ」なのかもしれません。
だから、回復は「仕組み」にする
ここに、大きな教訓があります。
回復を「本人のやる気」に委ねると、いちばん疲れている人にかぎって回復できません。やる気が残っていないからです。
通勤がうまく機能していたのは、それが「気が向いたらやること」ではなく、「毎日、決まってやること」だったからです。だから回復も、本人の気分に頼るのではなく、仕組みとして自動的に起きるようにしておく必要があります。
うつからの復職は、「安静」ではなく「動くこと」から始まる
「疲れをとるには動くこと」
この考え方には、じつは国の制度による裏づけがあります。うつ病から職場へ戻るときの、公式なやり方を見てみましょう。
意外に思われるかもしれませんが、うつ病から職場に戻るとき、「家でずっと安静にしていなさい」という手順は存在しません。もちろん、症状がつらい時期にしっかり休むことは必要です。しかし、その時期を過ぎたあとに医学的に確立している回復のやり方は、生活リズムを整えること、決まった時間に家を出ること、そして「通う」こと、つまり移動そのものです。
厚生労働省がまとめた「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、職場復帰は、まず生活リズムを整えるところから始まり、試し出勤制度なども使いながら、少しずつ段階を踏んで進めるよう求められています。回復とは、少しずつ「外に出て動くこと」を再開していくことなのです。
ここで、おかしなことに気づきます。
心を病んで休んだ人には「動きなさい」と言う。ところが、ただ疲れているだけの元気な人には「休みなさい」と言う。回復の本当のやり方は「動きなさい」の側にあるはずなのに、です。
会社の「異動」には、隠れた効果があった
ここから、話は少し意外な方向へ進みます。日本の会社が昔から続けてきた「異動」や「組織変更」。じつはそこに、これまで見てきた「動いて場所を変える=越境」の効果が、無自覚のうちに組み込まれていたのです。
日本の大企業の経営者と話すと、しばしばこう言われます。「組織をいじると、会社は活性化する」と。
なぜそうなるのか、はっきり説明できる人は多くありません。しかし多くの経営者が、経験から「そういうものだ」と確信しています。だからこそ、毎年のように組織図が書き換えられるのです。
異動には「リセット」の機能があった
働く人にとって、異動は昇進や評価と並ぶ、キャリア上の一大事です。しかし、それとは別に、もうひとつ隠れた意味があります。
それは、「リセットできる」ということです。
- うまくいかなかった案件
- こじれてしまった上司との関係
- すり減った役割
そうしたものから物理的に離れ、別のフロア、別の職場、別の人間関係へと、身体ごと移っていく。
日本の職場では、「人間関係の悩み」がつねに上位に来る問題です。厚生労働省「令和5年雇用動向調査」でも、離職の理由に「職場の人間関係が好ましくなかった」を挙げた人は、男性で9.1%、女性で13.0%にのぼります。
日本の会社では、この人間関係の問題の多くが、話し合いや制度ではなく「異動」によって解決されてきました。当事者を引き離し、時間を置き、新しい環境に移す。それだけで、問題が「なかったこと」になってしまうのです。
4月の異動は、日本企業版の「切り替え儀式」
4月になると、職場の風景が変わります。昨日まで一緒に働いていた人が別の部署へ移り、新しい上司がやってくる。自分自身も、これまでとは違う仕事や立場を任されることがあります。
人事異動は、自分で行き先を選ぶものではありません。会社から辞令が出れば、その内容に従って新しい部署や職場へ移ることになります。そして、その多くが4月という決まった時期に行われます。
本人の希望とは関係なく環境が変わるのだから、「一方的な仕組みだ」と感じる人がいるのも無理はありません。しかし、仕組みとして見ると、ここには別の側面があります。
異動先を自分で決めなくてもいい。いつ異動するのかも、ある程度決まっている。辞令が出れば、そこで区切りをつけて新しい場所へ進むことができます。
しかも、そこには歓送迎会があり、引き継ぎがあり、新しい席への案内があります。みんなで送り出し、迎え入れる。そうした温かい区切りが、きちんとついているのです。
つまり日本企業は、「異動」という形で、社員に回復のチャンスを与えていた。世界でも珍しい仕組みを、無自覚のうちに持っていたのかもしれません。もちろん、異動には人材育成や組織の柔軟性の確保など、公式にはいくつもの目的があります。それでも、経営者の言う「活性化」と、働く人の感じる「リセット」を、「越境と回復」という枠組みに置いてみると、これまで説明されてこなかった部分に、すっと説明がつくのです。
その「異動という仕組み」は、もう限界を迎えている
長年うまく機能してきた「異動」という仕組みですが、時代の変化によって、うまく回らなくなってきました。理由は二つあります。「仕事が複雑になりすぎたこと」と「AIの登場」です。
理由その1:専門家が育たなくなる
いまの仕事は、昔よりずっと複雑です。ひとつの分野で一人前になるには、長い時間がかかるようになりました。
ところが、異動の周期は昔のまま。多くの会社では、2〜3年で人が動きます。すると、専門性が身につく前に、また異動。これが繰り返されると、「広く浅く」の人ばかりが増え、「その分野を本当にわかっている人が社内にいない」という状態が広がっていきます。
会社を活性化させるつもりが、いつのまにか「専門性」を犠牲にしていた。しかもその代償は、仕事が複雑になるほど大きくなります。
理由その2:繰り返しの仕事は、AIに置き換わる
もうひとつの理由が、AIです。
会社の仕事には、「毎回ちがう一回きりの仕事」と、「同じことを繰り返す仕事」があります。そして、繰り返しの仕事ほど、AIに任せたほうが効率がよいです。手順が決まっていて、判断の基準を言葉にでき、何度も繰り返す作業は、AIがもっとも得意とする領域だからです。
つまり、会社が合理的に動くほど、人間の手元には「毎回ちがう一回きりの仕事」ばかりが残っていきます。
ここで、先ほどの話を思い出してください。歩いて良くなるのは「アイデアを広げる」場面でした。そして、AIが得意なのは「答えを絞り込む」作業です。AIが絞り込みを引き受けるほど、人間には「アイデアを広げる仕事」が残る。それなのに、座ってAIに向かう時間が増えれば、その大事な「広げる力」が落ちていく。なんとも皮肉な構図です。
こうして仕事の中身が速く変わる時代には、「年に一度の異動」では、とても追いつきません。日本企業が無自覚に持っていた越境の仕組みは、「周期が長すぎる」という理由で、これから急速に機能しなくなっていくのです。
これからは、「越境」の機会を毎日つくる
では、どうすればよいのか。原理はシンプルです。「年に一度の異動」に頼るのをやめ、小さな越境の機会を、四半期に、週に、そして毎日つくっていくのです。ここからは、すぐに使える具体策を紹介します。
1. 在宅勤務に「自分の通勤」をつくる
多くの会社のルールには、「始業」と「終業」はあっても、その”あいだ”の切り替えがありません。オンとオフはあるのに、つなぎ目がないのです。まずは、ここに項目をつくることから始めましょう。
そこで、在宅勤務の日は、仕事を始める前と終えたあとに、15分だけ散歩をする。これを「健康のため」ではなく、「失われた通勤の埋め合わせ」として、業務の一部に組み込みます。予算の扱いも、福利厚生費ではなく「生産性への投資」と位置づけるべきでしょう。
2. 「おすすめ」ではなく「仕組み」にする
ここが最大のポイントです。「歩くことをおすすめします」という呼びかけは、うまくいきません。歩ける日に歩ける人を少し増やすだけで、肝心の疲れきった日には機能しないからです。
だから、本人が「やろうかな」と考えなくても、自動的にそうなる形にします。
たとえば、会議の開始を5分遅らせ、その5分を全員の「移動時間」に割り当てる、特定の定例会議は座らずに行う、といった仕組みにしたらどうでしょう。
ばかばかしく聞こえるかもしれません。しかし、通勤がうまく機能していたのは、それが「ばかばかしいほど自動的だった」からなのです。
3. 会議は、目的で使い分ける
先ほどの「歩くとアイデアが出やすい」という話を思い出してください。
アイデアを広げたい会議は、歩きながら。じっくり決める会議は、座って。こう使い分けるだけで、会議の質は変わります。
新しいことを決める会議なのに、全員が椅子に座ったまま2時間、話がかみ合わない。そんな経験があるなら、変えるべきは資料ではなく「姿勢」かもしれません。
じつは、こうした取り組みを始めている企業もあります。HPCシステムズは歩きながら会議をする「ウォーキングミーティング」を導入しています。また日本トリムは、2018年の社内調査で運動習慣のある社員が約3割にとどまったことを受けて、年6回ほどのウォーキングイベントを続けており、イベント期間中は歩数が1日あたり約3,000歩増えたといいます。
ただし、こうした取り組みは、いまはほぼ「健康経営」の文脈で語られています。運動を、生活習慣病の予防としてではなく、「発想と回復のための設計」として位置づけ直すこと。これが本記事の提案です。
歴史をさかのぼれば、これは新しい発見ではありません。古代ギリシャの哲学者アリストテレスの弟子たちは、歩きながら議論したことから「逍遙(しょうよう)学派」(散歩する学派)と呼ばれていました。歩いて考えるのは、2千年以上前からの知恵なのです。
4. プロジェクトの節目を、切り替えの区切りにする
複数のプロジェクトを掛け持ちする働き方では、その始まりと終わりが、格好の「区切り」になります。
プロジェクトの節目に、場所を変えて全員が集まり、前の役割をいったん降りて、新しい役割を引き受ける。それだけで、気持ちがリセットされます。「4月の異動」を、もっと短い周期で回すイメージです。
じつはここは、「越境学習(社外や別の環境に出て学ぶこと)」と回復の設計が重なる地点でもあります。私たちは越境を「学び」としてはすすめてきましたが、「回復」としては設計してきませんでした。学びと回復は、同じ仕組みの別の呼び名だったのかもしれません。
ただし、越境はタダではない。個人に判断させてはいけない
最後に、重要な注意点を述べます。
本記事の主張は、「動けば疲れないから、もっと働け」という話ではまったくありません。
場所を変えたり、役割を切り替えたりするのにも、それなりのエネルギーを使います。先ほどのジャキモヴィッチらの研究でも、長い通勤は、自己コントロールが苦手な人や、仕事と家庭の板挟みが大きい人にとっては、かえって大きな負担となり、仕事の満足度の低下や離職につながっていました。
だからこそ、「がんばって切り替えよう」と本人に丸投げしてはいけません。考えなくても自然に切り替わる仕組みを、組織の側が用意すべきなのです。
また、育児や介護のように「その場に身体があること」が欠かせない役割もあります。そうした場合は、これまで通り「労働時間を減らす」ことが必要です。本記事の話は、時間を減らす取り組みを”置き換える”ものではなく、その上に”積み重ねる”ものだと理解してください。
まとめ
回復とは、休息ではなく、越境です。じっと休むのではなく、身体を動かし、いつもと違う場所へ移る。それが本当の回復です。「仕事から頭を離すこと」はゴールであって手段ではなく、それを生み出すのは、移動であり、運動であり、姿勢の変化なのです。
そして、疲れている日ほど人は動けないからこそ、回復を「本人のやる気」まかせにしてはいけません。組織の仕組みとして、自動的に起きるようにする必要があります。
かつての日本企業は、「異動」という形で、それを無自覚のうちに実現していました。しかし今は、その周期が長すぎます。これからは、越境の機会を、年に一度ではなく、四半期に、週に、そして毎日へと近づけていくこと。それが、これからの組織づくりの課題です。
考えてみれば、私たちが休日に求めていたのは、「何もしないこと」ではなかったのかもしれません。いったん役割を降りて、別の場所へ移ること。ただ、それだけだったのではないでしょうか。
そうだとすれば、「ワークライフバランス」という言葉は、最初から間違った二つを対立させていたことになります。本当にバランスを取るべきなのは、「仕事」と「生活」ではありません。「とどまること」と「越えること」なのです。
