いじめ・パワハラがなくならないのはなぜ?見えない暴力に変わる仕組みと対処法
最終更新日:2026.10.19
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職場におけるいじめやパワハラは、以前よりも厳しく問題視されるようになりました。書類を投げる、怒鳴る、人前で立たせるといった、誰が見ても問題だと分かる行為は、かつてより減っています。
たしかにこの20年で、職場から書類を投げる、怒鳴る、人前で立たせるといった、目に見える暴力は減りました。では、いじめやパワハラそのものも減ったのでしょうか。
実は、そうとは言い切れません。表立った暴力が減る一方で、無視や過剰な監視、仲間外れ、仕事を与えないといった、外からは見えにくい形に変わっているからです。
本記事では、なぜいじめやパワハラがなくならないのか、そして目に見える暴力がどのように見えにくい形へ変わってきたのかを、職場の仕組みから考えていきます。
対策をしても、いじめやパワハラがなくならない理由
令和5年度厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、パワハラ対策に取り組んでいる企業は95.2%にのぼります。それでも、過去3年間に被害を受けたと答えた労働者は19.3%、およそ5人に1人です。
なぜ対策と被害の実感が、これほどかけ離れているのでしょうか。ここでは、その理由を研究者の言葉から読み解いていきます。
対策はほぼ完備しているのに、被害は5人に1人いる
この20年で、日本の職場から目に見える暴力はほとんど消えました。怒鳴る、身体に触れる、深夜まで働かせるといった、目に見える形のハラスメントは、以前より少なくなっています。

制度の整備も進みました。令和5年度厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、パワーハラスメント対策に取り組んでいる企業は95.2%に達しています。相談窓口を設けて周知している企業は86.0%、方針の明確化や研修などによって周知・啓発を行っている企業は82.6%にのぼります。
ところが、同じ調査で見えてくる数字があります。過去3年間にパワーハラスメントを受けたと答えた労働者は19.3%、つまりおよそ5人に1人です。さらに、会社がその被害を把握していたケースは37.1%にとどまり、把握したあとで「特に何もしなかった」という回答が53.2%を占めています。
つまり、制度や対策はほぼ整っているのに、被害を受けた人は5人に1人のままで、会社が気づいた場合でも半分以上は具体的な対応がなされていないということです。この食い違いを、どう読み解けばよいのでしょうか。
研究ではすでに「いじめは根絶はできない」と結論づけている
社会学者の森田洋司が1985年に提唱した「いじめの四層構造」では、いじめは加害者と被害者だけで起こるものではありません。いじめを面白がってはやし立てる「観衆」や、見て見ぬふりをする「傍観者」も含めた、四つの立場によって成り立っていると考えます。
つまり、いじめは当事者2人だけの問題ではなく、その場にいる周囲の人や集団全体の影響を受けるということです。この見方は、いじめを「加害者個人の問題」としてだけでなく、「集団や環境の問題」として捉え直すきっかけになりました。
森田はその後の講演で、いじめの基本には「力関係のアンバランス」と、その力の乱用があると説明しています。人が集まれば、立場や影響力の違いは自然に生まれます。そのため、いじめが起こる可能性を完全になくすことは難しい、という考え方です。
そして森田は、「いじめは根絶することはできない。だが止めることはできる」と述べています。
これは、「いじめをなくすことは無理だから、何もしなくていい」という意味ではありません。いじめが起こる可能性をゼロにすることは難しくても、起きたときに止めることはできる、という意味です。
いじめを考えるうえで大切なのは、「どうすれば一切起こらないか」だけではなく、「なぜ起こるのか」「起きたときにどう止めるのか」という視点なのです。
それでもいじめ対策は「なくす」を前提に設計され続けている
ところが、政策も企業の実務も、いまだに「いじめやハラスメントをなくす」ことを前提に設計され続けています。
- ルールを足す
- 窓口を増やす
- 研修を重ねる
この方向に疑いが差し挟まれることは、ほとんどありません。
2026年10月1日には、改正労働施策総合推進法が施行されました。これにより、顧客などからの著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメントへの対策が、従業員を1人でも雇用する事業主の義務になります。対策の網は、また一段細かくなっていきます。
この方向性自体を否定するつもりはありません。後ほど述べるとおり、対策を細かくすること自体には意味があります。問題なのは、「対策を細かくすれば被害は減る」という前提のほうです。
増え続けているのはいじめやパワハラの判断基準
ハラスメント研修では、「これもハラスメントに当たるのか」と驚く管理職も少なくありません。以前は問題とされなかった言動まで、ハラスメントとして捉えられるようになっています。
なぜ、ハラスメントの範囲はこれほど広がっているのでしょうか。ここでは、その背景にある社会や職場の変化から考えていきます。
ハラスメントの名前が次々と増えている理由
ハラスメント研修では、管理職から「これもハラスメントになるんですか?」と聞かれることがあります。
多くの場合、これは反発ではなく、純粋な驚きです。20年前なら問題にされなかった言動まで、今ではハラスメントと呼ばれることがあります。社会の基準が変わり、これまで見過ごされてきた行為にも名前がつくようになったためです。
実際、ハラスメントを表す言葉は増え続けています。ネット上では、以下のような言葉が数十種類紹介されています。
- パワーハラスメント
- セクシュアルハラスメント
- マタニティハラスメント
- カスタマーハラスメント
- モラルハラスメント
- アルコールハラスメント
- スメルハラスメント
- テクノロジーハラスメント
- 就活ハラスメント
なぜ、これほど多くの言葉が生まれたのでしょうか。理由は、これまで問題として認識されていなかった行為が、社会の変化によって「ハラスメント」として認識されるようになったからです。
働き方や人間関係に対する考え方が変わり、以前なら「仕方がない」「個人の問題」とされていた行為についても、問題として声を上げる人が増えました。その結果、それぞれの問題を説明するための言葉も増えていったのです。
いじめの認知件数が増えたのは、行為が増えたからではない
文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、令和6年度のいじめ認知件数は769,022件でした。前年度より5.0%増え、4年連続で過去最多を更新しています。重大事態も1,405件となり、こちらも過去最多でした。
数字だけを見ると、「いじめが年々増えている」と考えてしまいます。
しかし、文部科学省は、件数が増えた理由として、いじめ防止対策推進法の定義が学校現場に広く理解されるようになったことや、いじめを積極的に認知する姿勢が定着したことを挙げています。また、アンケートや教育相談の充実によって、これまで見つけにくかった問題も把握できるようになっています。
つまり、認知件数が増えたからといって、いじめそのものが同じ割合で増えたとは限りません。これまで見過ごされていたものが、いじめとして認識され、数字に表れるようになった面もあるのです。
逸脱はなくならないというデュルケームの視点
社会学者のエミール・デュルケームは、1895年の著書『社会学的方法の規準』で、一見すると奇妙に聞こえる主張をしました。犯罪はあらゆる社会に存在し、社会が犯罪を完全になくすことは不可能である。したがって、犯罪は「正常な現象」である。という主張です。
デュルケームはこれを、「避けがたい不完全性は病ではない」と表現しています。避けられないものを異常だと呼んでしまうのは、完全な人間像を勝手に思い描き、そこからの距離を測っているだけだ、という指摘です。彼はさらに、犯罪がなければ法や道徳も十分に発達しなかったはずだと述べ、逸脱が社会に対して果たしている役割を認めました。
ここで、誤解だけは避けておきたいところです。デュルケーム自身が明言しているとおり、「犯罪が正常である」ということは、「犯罪を容認してよい」という意味ではありません。犯罪が正常な現象であるなら、それが処罰されることもまた正常です。「逸脱は起こるものだ」という事実と、「逸脱には対処すべきだ」という要請は、まったく矛盾しないのです。
この枠組みでハラスメントを見ると、見える景色が変わってきます。私たちが目にしているのは、逸脱そのものの量が増えたということではなく、逸脱を見つける基準が変わったということです。かつては「我慢すべきもの」とされていた言動に、次々と名前がついている。これは組織が悪化したからではなく、私たちの我慢の基準が下がり続けているからです。
見える暴力が減ると、いじめやパワハラは見えにくくなる
書類を投げる、怒鳴る、朝礼で立たせる。こうした分かりやすい行為は、以前より少なくなっています。これは大きな変化です。
ただ、それだけでいじめやパワハラがなくなったとはいえません。表立った行為が減った一方で、別の形で相手を追い詰める行為は残っているからです。
暴力がなくなったのではなく、表に出にくくなった
ドイツの社会学者ノルベルト・エリアスは、1939年の著書『文明化の過程』(法政大学出版局)で、人々の振る舞いが長い時間をかけて変化してきた過程を分析しました。
エリアスによれば、社会のルールが整うにつれて、人は「これはしてはいけない」と考え、自分の行動を抑えるようになります。
たとえば、人前で殴り合うことは社会的に許されにくくなりました。しかし、人間関係の対立や相手への敵意までなくなったわけではありません。殴る代わりに、無視する、仲間外れにする、悪い噂を流すなど、別の方法で相手を傷つけることがあります。
つまり、社会から暴力がなくなったというより、暴力をそのまま表に出すことが難しくなったと考えることができます。
職場でも同じことが起こります。
「怒鳴る」「殴る」「人前で立たせる」といった行為は、今では問題になることが分かっています。そのため、こうした行為は減っています。
その一方で、仕事を意図的に与えない、必要な情報を共有しない、会議から外す、無視するといった行為は、外からは分かりにくいため、問題として発見しにくいものです。
見える暴力が減ったことは、社会が変わった成果です。ただ、その変化だけを見て「いじめやパワハラも減った」と考えると、見えなくなった問題を見落としてしまいます。
「増えた」のではなく「見え方が変わった」と考える
ここで注意したいのは、「見えない暴力が増えた」と簡単に断定できないことです。
見えない行為は正確に数えることが難しいため、以前と比べて本当に増えたのか、それとも以前からあったものが見つかるようになったのかを判断するのは簡単ではありません。
そこで、ここでは「増えた」のではなく、「見え方が変わった」と考えます。
実際、職場のハラスメント対策が進んでいる一方で、被害を訴える人が一定数いるという事実があります。また、学校でも、いじめの認知件数が増えた背景について、文部科学省は、いじめを積極的に見つけるようになったことや、認知の精度が高まったことを挙げています。
これらを踏まえると、社会が問題を見つけやすくなった一方で、ルールだけでは捉えにくい問題も残っていると考えられます。
重要なのは、「暴力が増えたのか、減ったのか」だけではありません。目に見える暴力が減ったあとに、何が見えにくくなっているのかを見ることです。
対策を整えた組織ほどいじめやパワハラが見えなくなる
ハラスメント研修では、管理職から「何がハラスメントにあたるのか」という質問が出ることがあります。企業の管理職であれば、ハラスメントに関する基本的な知識は、以前より身についています。それでも、被害の数字はなくなっていません。
なぜ、知識が広がっても、ハラスメントはなくならないのでしょうか。ここでは、その理由を見ていきます。
組織は自分たちを良く見ようとする
集団の人間関係を考えるうえで重要な研究があります。1965年にノルベルト・エリアスとジョン・スコットソンと共著で発表した『定着者と部外者』(法政大学出版局)です。
舞台は、イングランドのある町です。そこには三つの地区があり、そのうち二つの地区には、階級や職業、収入などに大きな違いがありませんでした。それでも、昔から住んでいる人たちは、自分たちを「より良い集団」だと考え、後から来た人たちを低く見る傾向がありました。
なぜ、これほど差がなかったのに、上下関係が生まれたのでしょうか。エリアスが注目したのは、集団が自分たちを見るときの「見方」です。
人は、自分たちの集団について考えるとき、悪い部分よりも良い部分に目を向けがちです。集団の中でも特に評判の良い人たちを基準にして、「私たちはきちんとした人たちだ」と考えます。
これを会社に当てはめると、ハラスメント対策にも似たところがあります。
研修を実施した。相談窓口を設けた。会社として方針を示した。こうした取り組みが積み重なると、「うちはハラスメント対策をきちんとしている会社だ」という認識が生まれます。
もちろん、対策を進めること自体は必要です。ただし、「対策をしている会社だから、ハラスメントは起きていないはずだ」と考えてしまうと、実際に起きている問題を見つけにくくなります。
個人でも同じことが起こります。「自分はハラスメントについて勉強した」「何が問題なのか理解している」。そう考えている人ほど、「自分はハラスメントをする側ではない」と思いやすくなることがあります。
すると、無意識のうちに、自分の言動を振り返らなくなる可能性があります。つまり、知識や対策が増えれば、それだけでハラスメントがなくなるわけではありません。
大切なのは、「自分たちは対策している」と確認することだけではなく、実際に職場で何が起きているのかを見続けることです。
海外の研究でも、制度や研修だけでは十分ではないと分かっている
海外でも、ハラスメント対策の効果を調べた研究があります。
ハーバード大学のフランク・ドビン教授とテルアビブ大学のアレクサンドラ・カレフ教授は、米国の805社について、1971年から2002年までの32年間のデータを分析しました。セクシュアルハラスメントの研修や相談窓口を導入した企業で、女性管理職の比率がどう変化したのかを調べた研究です。「セクシュアルハラスメント対策プログラムの可能性と危険性」では、対策の種類によって結果が異なることが示されています。
管理職向けの研修を導入した企業では女性管理職の比率が上昇した一方、従業員向けの研修では低下する傾向が見られました。つまり、「研修をする」「相談窓口を作る」といった対策を導入するだけで、職場の問題が解決するわけではありません。どのような仕組みで対策するのかが重要です。
また、米国人事制度保護委員会(MSPB)が連邦政府職員を対象に実施した「連邦政府職場におけるセクシュアルハラスメント:傾向、進展、残された課題」では、1980年、1987年、1994年の調査結果が比較されています。
女性職員のうち、過去2年間にセクシュアルハラスメントにあたる行為を経験したと回答した割合は、1980年42%、1987年42%、1994年44%でした。研修や相談の仕組みが広がった時期にも、経験率は大きく下がっていませんでした。
ただし、この結果だけで「対策をしてもハラスメントは減らない」と断定することはできません。調査対象や調査方法が異なるためです。
それでも、これらの研究から、制度や研修を用意するだけでは十分ではなく、実際の行動や職場環境を変える仕組みまで考える必要があることが分かります。
関係の問題がいつの間にか「人」の問題にすり替わる
ある部署でハラスメントの申し立てがあったとします。人事部門が動き、事情を聴取します。そして多くの場合、組織は問題を「解明」するのではなく「処理」するという道を選びます。ここでは、その処理が何をもたらすのかを見ていきます。
申し立てのあとに起きる「異動」という処理
事実関係のすべてを解明するには、時間がかかります。関係者の記憶は食い違い、決定的な証拠もなかなか出てきません。その一方で、現場は動き続けています。問題を放置すれば、申し立てた側が消耗していきますし、組織として何もしなかったことも問われてしまいます。
そこで組織は、解明ではなく処理を選びます。誰か一人を「問題のある人」として確定し、その人を異動させるのです。しかし、これでは関係そのものは修復されません。異動した人には、ただレッテルだけが残ってしまいます。
申し立てた側のほうが職場から消えていく
この「処理」という対応が、実際には誰に向かいやすいのか。この点について、アメリカには大規模なデータがあります。
マサチューセッツ大学アマースト校の雇用公正センターは、2012年から2016年にかけて、米国雇用機会均等委員会(EEOC)と州の機関に提出された46,210件のセクシュアルハラスメントに関する申し立てを分析しました。「セクシュアルハラスメントに対する雇用主の対応」という調査です。
その結果、申し立てを行った従業員の65%が1年以内に職を失い、68%が何らかの報復を受けたと報告されています。
また、米国雇用機会均等委員会(EEOC)のデータを見ると、2018年度から2021年度に提出されたセクシュアルハラスメントの申し立て27,291件のうち、43.5%が報復に関する申し立ても同時に提出されていました。
さらに、米国雇用機会均等委員会が紹介する調査では、職場でハラスメントを経験した人の約90%が、正式な申し立てなどの行動を取っていないとされています。つまり、実際に声を上げる人はごく一部です。
日本では、別の問題が見えてきます。会社が被害を認識したあとに「特に何もしなかった」という回答が53.2%。被害を受けたあとに「何もしなかった」という労働者も36.9%いました。
アメリカでは、申し立てた人が報復や解雇などの不利益を受けるケースが問題になっています。一方、日本では、会社が十分に対応しないケースが目立ちます。
対応の形は違っても、共通しているのは、被害を受けた人が問題を訴えたあとも、職場で問題が解決されていないことです。
異動は「関係の問題」を「人の問題」に変えてしまう
ここまで見てきたように、職場で起きている問題を、異動によって解決したことにする場合があります。
本来は、上司と部下の関係や、職場の人間関係に問題があったはずです。しかし、一方の社員を別の部署に異動させると、その関係そのものを見直さなくても済みます。
すると、「なぜこの問題が起きたのか」ではなく、「この人を別の場所に移せばいい」という話に変わってしまいます。

しかも、異動するのが被害を訴えた側であれば、「問題を起こした人」ではなく「問題を訴えた人」が職場から離れることになります。逆に、加害行為をした側を異動させる場合もあります。
異動する人がどちらであっても、職場の人間関係や組織の問題そのものが解決されたとは限りません。
さらに、一度異動すると、「あの人は問題があったから異動した」という見方だけが残ることがあります。本人に原因があったのか、職場の関係に問題があったのかが曖昧なまま、本人の問題として扱われてしまうのです。
役職や組織図を変えても、一度できた上下関係はなくならない
役職が変われば、会社の組織図も変わります。しかし、それだけで人間関係の上下まで変わるとは限りません。
たとえば、役職定年で部長から担当者になった人が、同じ部署に残るケースです。肩書きは変わっても、長年その人が上司だったという関係は残ります。会議でその人の意見が先に聞かれたり、周囲が無意識にその人の判断を優先したりすることもあります。
つまり、会社が変えられるのは「役職」ですが、人の中に残った「順番」までは簡単に変えられません。
この問題は、パワハラやいじめとも関係しています。
職場では、一度「この人は上」「この人は下」という見方ができると、その人の発言や行動まで、そのイメージを通して見られるようになります。
すると、「あの人は面倒な人だから」「あの人は能力がないから」といったレッテルが生まれ、会議に呼ばない、情報を共有しない、意見を聞かないといった行動につながることがあります。
ここには、前に見てきた「見えにくいハラスメント」と同じ問題があります。
怒鳴る、脅すといった行為なら、何が起きたのかを確認できます。しかし、誰かを少しずつ人間関係の外側に追いやる行為は、一つひとつを見ると問題だと判断しにくいものです。
だからこそ、役職や組織図を変えるだけでは十分ではありません。表面的な立場だけでなく、職場の中で誰が誰をどう見ているのかまで変えていく必要があります。
いじめやパワハラをなくす唯一の現実的な対策は「固定しない配置」
必要なのは、「レッテルを貼らないようにしましょう」と意識を変えることだけではありません。
人間関係の上下や固定された役割が、排除につながっているのであれば、そこを変える必要があります。
- 誰が誰に意見を求めるのか
- 誰が意思決定に参加するのか
- 情報を誰に共有するのか
こうした日々の関わり方を変えなければ、人間関係の上下は残り続けます。人の意識を変えるだけではなく、上下関係が固定されにくい組織のつくり方まで考えることが重要です。
人間関係を固定しない仕組みをつくる
人間関係の上下をなくそうとして、「お互いを尊重しましょう」と呼びかけるだけでは、なかなか変わりません。必要なのは、仕事の進め方そのものを変えることです。

たとえば、以下のような方法があります。
- プロジェクトごとにリーダーを交代する
- 職位に関係なく、特定の仕事では担当者が判断できるようにする
- 若手が管理職に知識や技術を教える機会を定期的につくる
こうした仕組みがあれば、「いつもこの人が上」という関係を固定しにくくなります。
一人に評価を集めない
「役職が上だから、この人のほうが上」という見方だけで人を評価すると、上下関係が固定されます。そこで、仕事の成果だけでなく、専門性、部下の育成、周囲との協力など、複数の面から評価するようにします。
そうすれば、役職や年齢だけで人の価値が決まる状態を避けやすくなります。
逃げられる場所をつくる
人間関係の問題を解決するには、その関係から離れられることも重要です。今の人間関係から離れられる選択肢として、以下のようなものが必要です。
- 異動を申し出られる
- 別の部署に移れる
- 相談先を選べる
逃げる選択肢があれば、「この人間関係から離れられない」という状況を減らせます。
研修だけでなく、介入できる仕組みをつくる
ハラスメント研修では、「何をしてはいけないか」を教えるだけでは十分ではありません。
実際に問題が起きたときに、周囲の人がどう対応すればいいのかまで決めておく必要があります。
たとえば、以下のようなことを決めておきます。
- 管理職が被害を受けた人から相談を受けたときの対応手順を決める
- 相談した人が不利益を受けないようにする
- 問題を放置した場合の責任も明確にする
大切なのは、一人ひとりの意識を変えることだけではありません。問題が起きたときに、周囲が実際に動ける仕組みをつくることです。
まとめ
いじめやパワハラがなくならないのは、問題が単純に「減っている・増えている」だけでは説明できません。怒鳴る、脅す、身体に触れるといった目に見える行為が減る一方で、無視する、情報を共有しない、会議に呼ばないなど、外からは分かりにくい形の排除が残っています。
また、相談窓口や研修を整えても、それだけで問題が解決するわけではありません。大切なのは、被害を受けた人が声を上げやすく、問題が起きたときに周囲が介入できる環境をつくることです。
人の意識だけを変えようとするのではなく、上下関係や人間関係が固定されにくい仕組みまで見直す必要があります。





