リスキリングとは?企業人事向けに解説するDX・AI時代に押さえるべき実践ガイド
最終更新日:2026.06.03
目次
リスキリングとは、単なる研修の言い換えではありません。事業戦略の変化に合わせて必要なスキルを再設計し、学習と実践をつなぐ人材戦略です。本記事では、大企業の人事・研修担当者向けに、リカレント教育との違い、導入の4ステップ、社内浸透の進め方、公的支援まで一次情報で整理します。
リスキリングとは
リスキリングとは業務能力の再開発・再教育のことを意味します。企業が新たに取り組む業務・職種にとって、必要なスキルや知識を再習得するという意味で使われることが多いです。いま重要なのは、この説明を抽象論で終わらせず、事業戦略や人材配置と結びつけて考えることです。
厚生労働省の定義に沿って言い換えると、リスキリングは、現在の職務に小さく上乗せする教育ではなく、職務や役割の変化に適応するために、新しい能力を身に付ける取り組みです。人事部門から見れば、研修の実施そのものが目的ではありません。学習後に、配置、役割、業務プロセス、評価のどこかが変わって初めて、リスキリング施策として成立します。
経済産業省のデジタルスキル標準は、全ビジネスパーソン向けのDXリテラシー標準と、DX推進人材向けのスキル標準から構成されています。これは、リスキリングが一部の専門職だけの話ではなく、全社員の基礎素養と特定ロールの専門性の両面で設計されるべきだということを示しています。実際、経済産業省の関連資料でも、リスキリングは「一部のデジタル人材だけの課題」ではなく、フロントラインを含む全人材で考えるべきだと整理されています。
この観点は、大企業ほど重要です。職種数が多く、事業ポートフォリオが広く、制度も複雑な大企業では、「誰に何を学ばせるか」が曖昧なまま施策が走りやすいからです。だからこそ、リスキリングは「いい研修を探すこと」から始めるのではなく、どの事業変化に対して、どのロールを、どのレベルまで変えるのかを定義することから始める必要があります。
- リスキリングは、変化した職務や役割に対応するための学びです。
- 「学んだか」ではなく、「役割と業務が変わったか」で評価する必要があります。
- 大企業では、全社員向けの基礎素養と、重点人材向けの専門学習を分けて設計することが重要です。
リスキリングとリカレント教育・アップスキリングの違い
リスキリングと混同されやすい言葉に、リカレント教育やアップスキリングがあります。
文部科学省関連資料では、リカレント教育は本来、社会人が仕事と学びを行き来しながら、生涯にわたって学び続ける広い概念として説明されています。その議論の中には、現在の職務に必要な能力を追加的に身に付けるアップスキリングや、時代のニーズに応じて新たな能力を獲得するリスキリングも含まれます。つまり、リカレント教育は大きな傘であり、その中にアップスキリングやリスキリングが位置づくと理解すると整理しやすくなります。
アップスキリングは、現在の役割を前提に、その職務で必要な専門性を深める学びです。たとえば、経理担当者が高度な会計知識を身に付ける、営業担当者が提案設計力を磨く、といったケースが近いでしょう。これに対してリスキリングは、役割や職務の変化を伴う学びであり、既存業務の延長だけではない点が異なります。
リカレント教育は、個人の意思や人生設計に基づいた広い学び直しを含みます。一方で、リスキリングは、企業の事業戦略や組織変革と強く結びつく実務的な学びです。人事担当者が社内説明で使うなら、「個人主導の広い学び」がリカレント教育、「戦略変化に対応する職務変換の学び」がリスキリング、「現在の職務を深める学び」がアップスキリングと押さえると、混乱が起こりにくくなります。
リカレント教育:社会人の広い学び直しの仕組みや概念
アップスキリング:現在の職務を前提に専門性を深める学び
リスキリング:役割や職務の変化に対応するための新しい学び
今リスキリングが重要な背景
リスキリングが重要視されるようになった背景には、DX時代の到来だけでなく、AI・データ活用・人的資本経営の進展があります。世界経済フォーラムの2025年レポートでは、2030年までに22%の仕事が変化し、必要な主要スキルの39%が変わると見込まれています。さらに、AIの影響を見据え、77%の雇用主が既存従業員のリスキリング・アップスキリングを戦略として実施予定と回答しています。
日本企業側の事情も深刻です。IPAの「DX動向2025」では、日本企業の85.1%がDX推進人材の不足を感じているとされています。外部採用だけで人材不足を埋めるのが難しい以上、既存人材の再配置と再教育は、もはや選択肢ではなく経営課題です。
経済産業省の「人的資本経営」でも、事業環境の変化に対応しながら企業価値を高めるには、経営戦略と適合的な人材戦略が重要だと整理されています。これは、リスキリングを人事施策単体で扱うのではなく、事業ポートフォリオや組織変革と一緒に考えるべきだという意味です。大企業ほど、事業再編、グループ横断、AI活用、業務標準化の影響が大きいため、リスキリングの必要性はむしろ高くなります。
政策面でも後押しが続いています。経済産業省は「人への投資」施策パッケージを5年間で1兆円へ拡充する方針の中で、リスキリングとキャリア支援を一体で進める制度を整備してきました。厚生労働省も、企業向け・個人向けの双方でガイドラインや支援制度を拡充しており、リスキリングは一時的な流行語ではなく、制度的にも定着したテーマになっています。
ここで重要なのは、リスキリングを「デジタル部門だけの課題」にしないことです。AIやデータ活用の影響は、企画、管理、営業、コーポレート、現場オペレーションまで広がっています。したがって、人事部門は「DX人材育成」と「全社の仕事の変化への対応」を分けて考えず、全社員向けの基礎学習と、重点ロール向けの高度学習を二層で設計することが求められます。
- 世界的に仕事とスキルの変化速度が上がっています。
- 日本企業ではDX人材不足が顕在化しています。
- リスキリングは、人事施策ではなく経営戦略と連動するテーマです。
- 全社共通の基礎学習と重点人材向けの専門学習を分けて考える必要があります。
リスキリング施策が社内で進まない理由
必要性が高いにもかかわらず、リスキリング施策は多くの企業で進みにくいのが実態です。厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」では、能力開発や人材育成に何らかの問題がある事業所は79.9%にのぼりました。教育訓練費用を支出した企業は54.9%ですが、教育訓練休暇制度の導入企業は7.5%にとどまり、学習時間の確保や制度面の整備が十分とは言えません。労働者側でも、OFF-JTまたは自己啓発を実施した人は46.9%で、半数以上は継続的な学びの流れに乗れていません。
大企業では、さらに「情報と連携」の壁が加わります。弊社ソフィアの調査では、部署間コミュニケーションの必要性を感じる人は74.8%でしたが、他部署の情報が十分に入ってくると答えた人は33.2%でした。また、ナレッジ共有の課題として、「情報がいろいろな場所にあり、どこにあるか分からない」27.6%、「他の部署の情報にアクセスしづらい」22.5%、「忙しくてナレッジを共有する時間がとれない」21.3%が上位に並んでいます。これは、学習施策の前に、情報流通の設計そのものがボトルネックになっていることを示しています。
また、弊社ソフィアの調査では、情報共有施策としてチームメンバーとの定期面談・ミーティング54.1%、1on1 50.1%、研修・トレーニング49.6%が上位でした。一方で、「特にない、知らない」も17.2%あり、制度が整っている企業とそうでない企業の差が見えます。ここから読み取れるのは、リスキリングを定着させるためには、「研修を提供すること」だけでなく、上司との対話、チームの学習、日常の情報共有をつなぐ必要があるということです。
なぜリスキリングが進まないのかと問われたとき、原因を「危機感の不足」だけで片づけるのは不十分です。実際には、時間がない、情報が散らばっている、どのスキルが必要かわからない、学んだ後に使う場がない、評価が変わらない、といった複数の要因が重なっています。大企業の人事がまずやるべきなのは、社員の意欲を疑うことではなく、学べない理由、使えない理由、続かない理由を構造的に取り除くことです。
一般的には、アンラーニングをし、リスキリングしていくという流れが多いです。しかし実態としては、行動してみてうまくいけばリスキリングを行い、その際に必然的にアンラーニングされることはよくあります。そのため、まずはポジティブな気持ちで取り組んでみましょう。
リスキリングは、完璧な設計図を描いてから始める施策ではありません。特にAIや業務変革の領域では、現場で試しながら学び直すほうが早い場面も多いため、人事は「失敗しない教育」よりも、小さく試し、学び、やり直せる制度設計を優先すべきでしょう。
リスキリングに取り組む企業のメリット
リスキリングに取り組む最大のメリットは、外部採用に依存しすぎずに、事業変化へ対応できることです。DX推進人材が足りない企業が85.1%に達している状況では、必要人材を市場からそのまま獲得し続けるのは現実的ではありません。既存事業や社内ルールを理解している人材が新しいスキルを獲得するほうが、立ち上がりも早く、配置転換の精度も上がります。
もう一つのメリットは、リスキリングが人材確保策であると同時に、組織変革策にもなることです。新しい知識を学ぶだけでなく、部門を超えた取り組みや新しい役割への挑戦が増えることで、組織の視野が広がります。人的資本経営の文脈でも、経営戦略と連動した人材戦略が重視されており、リスキリングはその具体策として位置づけやすい施策です。
従業員側の観点では、キャリア自律を支える意味もあります。厚生労働省のガイドラインは、変化の時代には労働者の自律的・主体的かつ継続的な学びが重要であり、そのために労使の協働が必要だとしています。企業が学習機会、時間、伴走支援、評価を整えれば、社員は「会社に言われて学ぶ」のではなく、「自分の役割を広げるために学ぶ」状態へ近づきます。
さらに、弊社ソフィアの調査では、社員同士の関係性構築に最も役立つものとして「一緒に仕事をする経験」40.1%が最多でした。これは、リスキリングの実務価値を高めるうえで、実践機会が関係性や協働にも効いていることを示唆しています。大企業において、学びを単発の研修で終わらせず、越境プロジェクトや兼務に接続することは、スキル習得と組織連携を同時に前進させる施策になります。
- 外部採用だけに頼らず必要人材を育成できる
- 既存事業を理解した人材を新しい役割に移しやすい
- キャリア自律やエンゲージメントの土台になる
- 越境協働や新規価値創出につながりやすい
リスキリングされた組織のつくり方
リスキリングは、DX・AI時代に企業と個人の双方が生き残るための重要戦略です。リスキリングを導入するためには、その重要性を従業員全員に理解してもらうことが大切です。ここでは、「4つのステップ」を活かしながら、一次情報に基づいて解説します。
厚生労働省のガイドラインが示す13項目を、実務で扱いやすい形にまとめると、戦略共有、スキル明確化、学習機会、支援、実践、評価に整理できます。以下では、各ステップに大企業の運用論を加えながらご紹介します。

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求めるスキルの可視化
リスキリングを導入する際は、最初に求めるスキルを可視化しましょう。新しく発生する職務においてどのようなスキルが必要になるのかを見定めて、そのスキルが必要な人に習得してもらうことが必要です。ここで曖昧さを残すと、後工程の学習プログラムも評価もすべて曖昧になります。
大企業で特に起きやすい失敗は、「DXが必要」「AIを学ぼう」といった抽象的な号令だけが先行することです。しかし実際には、事業戦略に必要なのは、データ活用なのか、業務設計なのか、セキュリティなのか、顧客接点の再設計なのかで、求めるスキルは変わります。まずは事業の変化→必要ロール→必要スキル→現有スキルとのギャップの順に整理し、学ぶべき対象を明確にすることが欠かせません。
このとき使いやすいのが、経済産業省のデジタルスキル標準や、厚生労働省の職業能力評価基準です。共通言語を持つことで、部門ごとに異なる言い方をしていたスキルを一覧化しやすくなります。特にグループ会社や複数事業を抱える企業では、ローカルな人材要件を標準語に翻訳する作業が、リスキリング推進の出発点になります。
最初のステップで実践しておくべきことは、次の三つです。
- 現在の従業員が保有しているスキルと社内のリソースを明確にして把握する
- 新しく必要になる職種において必要なスキルを可視化する
- 両者のギャップを明確にする
スキル可視化は、一覧表を作ることが目的ではありません。誰を育成対象にし、誰を配置転換候補にし、誰にどの学習負荷を求めるのかを決めるための土台です。人事だけで閉じず、事業部門、DX推進部門、現場管理職が同じ前提で会話できる状態をつくることが重要です。

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学習プログラムの整備
次のステップとして学習プログラムを整備する必要があります。このときに自社で内製できる学習コンテンツと、できない学習コンテンツをしっかり把握しておきましょう。DXのような大きな戦略転換では、必要なスキルを獲得している人材が社内にいないことも少なくありません。
経済産業省の関連資料でも、リスキリングは日本企業が得意とするOJTの延長だけでは対応しにくく、「いま社内にない仕事」「いまできる人がいない仕事」には、OJT以上の取り組みが必要だと整理されています。さらに、デジタル分野では、すべてを内製化しようとせず、外部コンテンツや外部プラットフォームを活用したほうが、費用と時間の節約につながる可能性が高いとも示されています。
そのため、学習プログラムは二層構造で考えると運用しやすくなります。第一層は、全社員向けの共通基礎学習です。DXリテラシー、AIリテラシー、データ活用の基本、情報セキュリティ、業務変革の考え方などを揃えます。第二層は、重点ロール向けの専門学習で、ビジネスアーキテクト、データサイエンス、業務設計、プロダクト企画、法務・リスク対応など、対象を絞って深く学ばせます。
また、弊社ソフィアの調査では、情報共有施策として研修・トレーニングが49.6%に使われている一方、1on1が50.1%、チームの定期面談・ミーティングが54.1%でした。これは、リスキリングが「集合研修だけで完結するものではない」ことを示しています。学習プログラムは、研修、上司面談、チーム共有、社内ポータルやLMSを連動させ、学んだ内容が日常会話に出てくる状態まで設計する必要があります。
専門家の力を借りて自社向けコンテンツを開発したり、外部講座を活用したりすることは、決して逃げではありません。むしろ、自社の戦略に必要な学びへ短く到達するための合理的な判断です。人事の役割は「教材を全部つくること」ではなく、自社に必要な学習導線を設計することにあります。
学習状況の管理
従業員に知識とスキルをスムーズに身につけてもらうためには、学習状況を管理することも大切です。学習管理システムを導入するだけでなく、どのロールに必要な学習がどこまで進んだかを見える化し、上司と本人が会話できる状態をつくる必要があります。
厚生労働省の能力開発基本調査では、正社員に対してキャリアコンサルティングを行う仕組みを導入している事業所は49.4%まで増えました。これは、単に受講履歴を残すだけでなく、学習の方向性を相談し、キャリアと結びつける仕組みが広がっていることを意味します。リスキリングも同じで、LMSの受講状況だけを追うのではなく、「なぜその学習をするのか」「学習後にどんな役割を担うのか」まで面談で確認できると、継続率が高まりやすくなります。
ここで参考になるのが1on1の運用です。弊社ソフィアの調査では、1on1を「義務付け」「任意で推奨」まで含めると62.6%の企業で実施されていますが、その頻度は月1回以上18.9%、3カ月に1回21.1%、半年に1回30.7%とばらつきがあります。制度があるだけでは、学習の伴走として十分とは限りません。リスキリング対象者については、通常の1on1とは別に、学習進捗と実務適用を扱う短いレビューの場を設けるほうが運用しやすいでしょう。
また、KPIの置き方にも注意が必要です。受講率や修了率だけを見ると、学習が「こなすもの」になりやすく、現場で使われなくなります。学習状況の管理では、受講完了だけでなく、スキル評価、実務適用回数、越境プロジェクト参加率、配置転換率、業務改善提案件数など、業務接続の指標を組み合わせることが重要です。
最初は簡単な学習内容から始め、習熟度に応じて難易度を上げていく考え方も有効です。ただし、単に難易度を上げるだけでなく、基礎→演習→実務適用→振り返りの循環を設計することが求められます。研修を受けて終わりではなく、実務で使い、上司や仲間と振り返ることで、学びが定着します。
実践機会の提供
新しい業務をする際に必要なスキルや知識が定着したら、実践の機会を提供しましょう。また、リスキリングは、実践から始まることもあります。実際の業務の中で足りない知識やスキルに気づき、必要な学びに戻るという循環をつくることが重要です。
厚生労働省のガイドラインでも、身に付けた能力・スキルを発揮することができる実践の場の提供は重要項目として位置づけられています。学びと配置が分断されたままでは、社員は「勉強したが、仕事は変わらない」と感じやすくなります。人事部門は、社内公募、短期兼務、越境プロジェクト、PoC参画、ジョブローテーションなど、学びを使う場そのものを制度として持つことが必要です。
弊社ソフィアの調査では、部署間コミュニケーション促進策として最も多かったのは定例会議・全社集会48.0%で、横断プロジェクト15.4%、ジョブローテーション16.9%、兼務・クロスアサイン8.8%は相対的に低い結果でした。つまり、企業では「会議で共有する仕組み」はある一方で、「一緒にやって学ぶ仕組み」はまだ十分ではありません。リスキリングを成果に変えるには、会議体よりも実務の越境機会を増やすことが重要です。
現行記事が述べているように、「実践がなければ振り返りもできないためスキルは身につかない」という考え方は、今でも中核です。実践の機会は、大きな異動でなくても構いません。週1回のプロジェクト参加、短期の兼務、社内インターン、業務改善テーマへのアサインなど、小さく始められる場を増やすことが、学びの定着を後押しします。
さらに、弊社ソフィアの調査では、業務外の交流や偶発的な雑談も一定の効果を持つものの、社員同士の関係性を最も深めるものは「一緒に仕事をする経験」でした。リスキリングを単独の教育施策として扱うより、「新しい仕事を一緒に経験する設計」にすると、関係性、協働、知識移転まで連動しやすくなります。
- リスキリングの成否は、学習機会よりも実践機会の有無
- 会議体だけではなく、越境プロジェクトや短期兼務を設計すること
- 「一緒に仕事をする経験」が、スキル定着と関係性構築の両方に効きやすい
リスキリングを成功させるための人事の役割
リスキリング施策を成功させる人事の役割は、研修担当に留まりません。厚生労働省のガイドラインに沿って整理すると、少なくとも次の六つを整える必要があります。経営戦略と人材開発方針の接続、役割とスキルの明確化、学習機会の整備、時間と費用の支援、実践機会、評価と配置です。
特に見落とされやすいのが、時間の確保と費用の支援です。教育訓練費用を支出する企業は一定数ありますが、教育訓練休暇制度の導入率は高くありません。学べと言いながら時間を確保しない状態では、忙しい社員ほど参加できず、結果として一部の意欲層にしか施策が届きません。大企業では、受講推奨メールより、勤務計画や上司評価に組み込む設計のほうがはるかに効きます。
KPI設計も重要です。学習施策では、受講率や受講時間のような管理しやすい指標が先に立ちがちですが、それだけでは形骸化します。弊社ソフィアの調査では、エンゲージメントサーベイ実施企業の中で、「数値を上げること自体が目的化していると思う」とする回答が45.5%ありました。リスキリングでも同じ罠が起きます。KPIは、参加数だけでなく、役割変化や事業成果への接続を見るべきです。
たとえば、次のようなKPI設計が考えられます。
- 先行指標:対象者選定率、受講率、学習完了率、上司面談実施率
- 中間指標:スキル評価の向上、実務課題への適用件数、越境施策参加率
- 成果指標:配置転換率、プロジェクト参画率、業務改善効果、内製比率向上、新規事業貢献
- 組織指標:他部署情報の取得感、ナレッジ共有満足度、学習後のキャリア納得感
また、リスキリングはインターナルコミュニケーションと切り離せません。弊社ソフィアの調査では、他部署情報の流通経路として、定例会議40.1%、メール配信30.3%、同僚・知人の口コミ28.9%、上司からの共有27.3%、社内ポータル24.2%、チャット23.3%が並びました。これは、学びに関する情報もまた、単一チャネルでは浸透しないことを示しています。施策告知、受講導線、職場会話、上司面談、実践発表まで、複数チャネルを束ねる設計が必要です。
大企業人事にとっての現実解は、研修部門だけで回そうとしないことです。経営企画、事業部門、情報システム、DX推進、広報・社内コミュニケーション、現場管理職を巻き込み、役割分担を明確にしたほうが施策は長続きします。リスキリングは、誰か一部署の業務ではなく、会社の変化を社員に実装する横断プロジェクトだからです。
リスキリングに活用できる公的支援
リスキリングを推進するうえで、企業がゼロから全部を整える必要はありません。国はすでに、指針、講座、助成制度を複数整備しています。人事担当者は、これらを自社施策の「外部インフラ」として使うほうが、設計スピードを上げやすくなります。
まず押さえたいのが、経済産業省・IPAのデジタルスキル標準とマナビDXです。デジタルスキル標準は、全社員のDXリテラシーと、DX推進人材に必要なロール・スキルの両方を整理した指針です。マナビDXは、それらのスキル標準に対応した講座を検索できるポータルサイトで、初学者向けから実践講座まで幅広く掲載されています。人事部門が「まず何を学ばせればよいか」を整理する起点として使いやすい仕組みです。
費用面では、厚生労働省の人材開発支援助成金が代表的です。職務に関連した専門知識・技能の訓練に対して経費や賃金の一部を助成する制度で、人への投資促進コースや事業展開等リスキリング支援コースなど、目的別のコースが用意されています。特に事業展開等リスキリング支援コースは、新規事業の立ち上げなど、事業変化に伴って新しい分野の知識・技能を習得させる訓練に対応しているため、リスキリングとの相性がよい制度です。
さらに、経済産業省の第四次産業革命スキル習得講座認定制度は、IT・データ分野を中心とした実践的な教育訓練講座を認定しています。高度な専門性が必要な学習を外部講座で担保したい場合には、有力な選択肢になります。まずは、ガイドラインで設計指針を確認し、デジタルスキル標準で人材要件を整理し、マナビDXや認定講座で学習手段を選び、助成金で費用を補うという流れで考えると取り組みやすいでしょう。
活用しやすい公的支援:
- 職場における学び・学び直し促進ガイドライン
- デジタルスキル標準
- 人材開発支援助成金
- 第四次産業革命スキル習得講座認定制度
まとめ
ここまで、リスキリングの定義から導入ステップ、公的支援の活用までをご紹介してきました。要するに、リスキリングは企業にとって、単なる教育ではなく投資です。ただし、ここで言う投資は、研修費用を増やすことだけを意味しません。求めるスキルを定義し、学習機会を設計し、進捗を伴走し、実践の場を提供し、評価や配置とつなぐことまでを含めて、はじめて投資になります。
大企業の人事部門長や研修企画担当者にとって重要なのは、「どの講座を導入するか」より先に、「どの事業変化に対して、どの人材を、どの役割へ転換するのか」を決めることです。そのうえで、経営メッセージ、上司との対話、チームの学び、ナレッジ共有、越境プロジェクトまでをつなげれば、リスキリングは「イベント」ではなく「仕組み」になります。
弊社ソフィアの調査では、大企業ほど、部署間情報の不足、ナレッジの分散、実践機会の不足が見えました。だからこそ、これからのリスキリングは、研修施策単体ではなく、インターナルコミュニケーションと実務設計を含む組織施策として設計することが重要です。調査資料や支援事例も活用しながら、自社に合う推進体制を整えていきましょう。
本記事を読んで、自社のリスキリングを進めていきたいとお考えの方は、まずは現状のスキル可視化と社内コミュニケーションの棚卸しから始めることをおすすめします。学習の設計だけでなく、社員が「学べる」「使える」「続けられる」状態を、組織としてどうつくるかが成功の分かれ目です。






