インターナルコミュニケーション

ブルシットジョブとは? 無意味な仕事を生む社内コミュニケーション不足

社内に「なくても困らない仕事」は存在していないでしょうか?もし社員自身が「自分の仕事には意味がない」と感じているとすれば、それは大きな組織課題だと思いませんか?人類学者デヴィッド・グレーバー氏は、そうした無意味な仕事を「ブルシットジョブ」と名付けました。

本記事では、ブルシットジョブの基本的な定義と5つの類型を紐解き、ホワイトカラー業務に潜む「ムダ」の構造をトヨタ生産方式の視点から整理していきます。さらに最新調査データも交えながら、なぜ社内コミュニケーション不足が無駄な仕事を生み出すのかを分析し、組織改革のヒントを一緒に探っていきましょう。

ブルシットジョブとはどんな仕事?

ブルシットジョブとは、一言で言えば「働く本人でさえ無意味・不要だと感じている仕事」のことです。この概念は2013年に人類学者デヴィッド・グレーバー氏が提唱し、著書『ブルシット・ジョブ——クソどうでもいい仕事の理論』で詳しく論じられました。グレーバー氏によれば、ブルシットジョブとは「社会にも組織にも貢献せず、本人ですらその存在意義を正当化できない有償の雇用形態」を指します。換言すれば、周囲から見ても本人から見ても「なくても困らない」、それどころか場合によっては有害ですらある仕事なのです。

日本の職場に目を転じても状況は深刻です。ギャラップ社の調査によると、日本で「仕事に熱意を持って取り組んでいる社員」の割合はわずか6%で、香港やエジプトと並び世界で最も低い水準でした。

この6%という数値は東アジア平均の18%や世界平均の23%を大きく下回っています。裏を返せば、日本では9割以上の社員が自分の仕事に熱意や没頭感を持てていないことになります。

こうした「仕事に身が入らない」状態が続けば、当然ながら組織へのエンゲージメント(愛着心や貢献意欲)は低下し、生産性や創造性の低下、ひいては企業競争力の損失につながりかねません。

このような背景には様々な要因がありますが、特に注目すべきなのは「自分の仕事に意味や手ごたえを感じられない」ことが社員のエンゲージメント低下に直結している点です。一般的な従業員エンゲージメント調査では上司や同僚との人間関係などが重視される一方、肝心の「担当している仕事そのものの意義」について問う設問は含まれないことが多いようです。しかし「どんなに職場の人間関係が良好でも、任されている仕事自体に手応えを感じていなければエンゲージメントが高まるはずがない」という指摘もあり、仕事の意義を感じられない状況そのものが根本的な問題として横たわっているのです。

参考: デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ——クソどうでもいい仕事の理論』

社内コミュニケーション不足が仕事の意味を奪うのはなぜ?「仕事の意味づけ」の重要性

社内でどれだけ「何を・なぜやるのか」が共有されているかは、社員一人ひとりが自分の仕事にどれだけ意味を感じられるかを大きく左右します。どんなに待遇や制度を整えても、仕事の背景にあるビジョンや目的が伝わっていなければ、日々の業務は「こなすだけの作業」になりがちです。ここでは、社内コミュニケーション不足がどのように仕事の意義を奪い、なぜ「仕事の意味づけ」が組織にとって重要なのかを整理していきます。

ビジョン・目的の共有不足による「意義の喪失」

社内コミュニケーションが不足している職場では、経営層から社員へのビジョンや目標の共有が十分に行われていない場合があります。会社全体の方向性や目指すゴールが現場まで浸透していないと、社員は自分の仕事が「何に貢献しているのか」を実感しにくくなります。例えば、「このプロジェクトは会社全体の戦略上どんな意味があるのか」「自分の担当している業務が最終的にどんな価値を生むのか」といったことが見えないままでは、日々のタスクも単なる作業の積み重ねに感じられてしまうのではないでしょうか。

実際に、会社の目標やビジョンを共有する取り組みを行うと、社員が自分の仕事の貢献を実感しエンゲージメントが向上することが分かっています。ある企業では、年初に全社員を集めてキックオフミーティングを開催し、経営層が直接ビジョンを語り年度方針を示す機会を設けています。社員からは「自分たちの仕事が会社にどう貢献しているか実感できた」「全員が同じ方向を向けた」という声が上がり、一体感の醸成につながったと言います。逆に言えば、こうした機会がなく組織の方向性が共有されていない職場では、各人が自分の役割意義を見いだせずに孤立感を深めてしまう恐れがあるのです。

経営者は、しつこいくらい、あらゆる機会を捕まえて、目標やビジョンを社内に徹底させるように努めるべきです。その手段としては、ミーティングや社内報、チャットという方法があります。中でも、ストーリー仕立てで目標やビジョンの共有を図れば、そのエンターテイメントの属性によって、より浸透しやすくなります。

会社経営も、一つのストーリーです。そこに喜怒哀楽が伴うはずです。それを一つの作品にして、わかりやすく社員に呈示できれば、社員は、そのストーリーに泣いたり笑ったりしながら、見終わった後で、決意を固めていくことでしょう。

その意味では、ストーリーを語れる経営者、面白いコンテンツを創れる経営者は、AIの時代にあっても、仕事を奪われることはありません。

フィードバック不足による「承認されていない」感覚

コミュニケーション不足の職場では、上司や同僚からのフィードバックや称賛が乏しい傾向があります。自分の成果や努力に対して何の反応もないと、社員は「自分の仕事は誰からも認められていないのではないか」と感じてしまいます。特にマネージャーとの定期的な1on1面談や日常的な声かけがない環境では、頑張って成果を出しても何のリアクションも得られず、やりがいを感じにくくなるでしょう。

このような「無言の職場」では、社員は自分の役割や貢献度を実感できずモチベーションが低下します。上司や周囲から建設的なフィードバックがほとんど得られない場合、「自分の仕事は誰の目にも留まらず、続けても意味がないのではないか」という思いが募りがちだと指摘されています。実際、自分の仕事が何の評価もされず誰からも必要とされていないと感じれば、「こんなことを続けて何になるのだろう」という虚無感が大きくなるのは想像に難くありません。

さらに、フィードバック不足は社員の成長機会の欠如にもつながります。適切なコミュニケーションがあれば、上司は部下に業務の目的や期待を伝え、成果に対するフィードバックや改善点の指摘を行うでしょう。しかしそれがない場合、社員は自分の現状のままで良いのか、どう成長すべきかが分からず不安になります。このように承認や対話の欠如した環境では、社員は自身の存在意義を見失いやすくなり、結果としてブルシットジョブ的な仕事に埋没してしまう恐れがあります。

端的に言えば、コミュニケーション不足は社員から仕事の方向性と承認感を奪い、結果として「自分の仕事には意味がない」という虚無感を生み出してしまうのです。

経営者は、社員の良い所は大げさなほど褒め、それを他の社員にも広めていくべきです。えこひいきは良くありません。どんな組織であれ、模範となる社員は要るもので、その社員に対して、賛辞を惜しむべきではありません。

成果が上がっていない社員についても、率直なフィードバックで至らない点を伝え、そして必ず改善点も添えて、次の成長への足掛かりになる手助けをしましょう。否定的なフィードバックは伝えにくいものですが、黙っていると自分の欠点が社員にはわからなくなります。

褒めるときも、欠点を指摘するときも、オープンな態度で臨むことが大事です。このオープンこそが、職場の風通しを良くし、円滑なコミュニケーションをもたらします。

ブルシットジョブを減らそうと思うとき、その責任の多くは社員ではなく経営者にあります。同じ仕事でも、経営者のリードの仕方で、ブルシットジョブにもなれば有意義な仕事にもなります。社員にブルシットジョブを有意義な仕事に変えろと命令することは、無理な相談です。社員の仕事がどうすればブルシットジョブから有意義な仕事へと変わるのか?という作業は、一重に経営者の仕事なのです。

ブルシットジョブ問題への対策:仕事に意味を取り戻すには

ブルシットジョブが蔓延し社内コミュニケーションが不足している状態を放置することは、企業にとって大きなリスクです。では、組織としてどのような対策を講じれば、社員の仕事に意味を取り戻し、ブルシットジョブを減らすことができるのでしょうか。ここでは主な施策とそのポイントをご紹介します。

職務内容の定期見直し・業務の棚卸しと言語化

まず重要なのは、定期的に各社員の職務内容を見直すことです。人事担当者や管理職が主導して、部下や現場の仕事内容が適切か、無駄なタスクに時間を取られていないかをチェックする仕組みを設けましょう。業務フローを棚卸しし、重複している業務や目的の曖昧な業務を洗い出して整理・廃止することが肝心です。グレーバー氏もブルシットジョブへの対策として、定期的な職務内容の見直しや業務の効率化を挙げています。

具体的には長年なんとなく続いている定例会議や定型報告書が本当に必要か問い直し、不要であれば削減します。手作業で行っているルーチンワークは自動化ツールの導入によって代替できないか検討します。こうした業務プロセス改善によって、社員が本来集中すべき価値ある仕事にリソースを振り向けられる環境を整えましょう。

人間は保守的なもので、ある習慣が身につくと、それを捨て去ることには躊躇し、恐怖をしたりします。しかし、組織として利益を上げていくべき企業においては、この変革をして無駄をなくすという事は不可欠です。悪弊なれば取り除かなければなりません。そのためのエネルギーを持っておかないと、いつしか惰性に流され、職場が無意味な仕事だらけになっているでしょう。

自身の携わっている業務の意味がわからなくなる事は、必然的なことです。業務や構造は、大なり小なり必ず変化しています。したがって、業務そのものの価値も、価値を受ける顧客や社内後工程の同僚の期待値も変わっていきます。価値が変わるという事は、自分と業務との間にある「意味」も変わるのです。

重要なことは、効率化のための整理や棚卸と同時に、変化する意味を適宜修正していくことです。

仕事の意義を語り合う場の創出

社員が自分の仕事の意義について考え共有できるよう、対話の場を設けることも有効です。たとえば、部署内ミーティングで「我々のチームのミッションは何か」「自分たちの仕事は会社や社会にどう役立っているか」といったテーマで話し合う時間を持つのも一案です。社員同士が仕事の目的や誇りについて語り合える機会を提供することで、日々の業務と会社全体の目標とのつながりを再確認できます。

実際、前述のキックオフイベントのように全社レベルでビジョン共有を行う取り組みもあれば、現場レベルで互いの仕事の成果を讃え合う発表会を開く会社もあります。自分たちの仕事が与えている社会へのインパクトについてチーム全員で認識を揃えることで、「自分の仕事にもちゃんと意味がある」と再認識でき、モチベーションアップにつながります。

自身のみならず、他者や周囲から自身が作り出した業務の価値をフィードバックしたり、対話することで、意味づけは主観的なモノではなく、周囲に影響する大きな意味を持ちます。重要なことは、意味づけを共有することです。分業が分断にならないために、各人が自分の仕事にして感じている意味を相互に共有することによって認識と感覚をそろえることが大きな動機を産みます。

コミュニケーションの活性化

根本的な対策として、社内コミュニケーションを活性化する施策を推進しましょう。コミュニケーション活性化それ自体が離職防止やエンゲージメント向上に効果があるとされます。具体的な方法として、以下のようなものが考えられます。

定期的な1on1ミーティング:上司と部下が定期的に話す場を設け、仕事の進捗や悩み、キャリア志向について対話します。「安心して何でも話せる環境」を整えることで信頼関係が育まれ、社員は組織に対する安心感・帰属意識を高めます。

表彰制度の導入:月次や四半期ごとに、チームや個人の成果を称える表彰式を開催します。単に数字目標の達成だけでなく、努力のプロセスやチームワークも評価し、社内報や全社メール等で公表することで、社員は「会社が自分たちの働きを見てくれている」と実感できます。このような承認文化を育てることで、社員は自分の仕事に誇りと意味を感じやすくなります。

部門横断の交流機会:異なる部署の社員が気軽に交流できる懇親会やランチミーティング、オンライン上での雑談タイムを設けます。業務外のリラックスした交流を通じて互いの人となりを知ることで、社内の連携がスムーズになり、自分たちの仕事が他部署にどう役立っているかを理解しやすくなります。

イントラネットや社内SNSの活用:社内ポータルサイトや社内SNSに社員の成功事例や顧客の声を共有したり、プロジェクトの進捗を部署の垣根を越えて知らせる仕組みを作ります。組織内の情報共有を円滑にするITツールも積極的に導入しましょう。そうすることで「自分たちが今何を目指しているのか」「自分の仕事がどこに繋がるのか」を全員が把握でき、目的意識を持ちやすくなります。

4. 組織風土・評価制度の見直し

最後に、組織文化や評価制度そのものの見直しも欠かせません。ブルシットジョブがはびこってしまう職場には、「とりあえず忙しくしている人が評価される」「長時間働く人が偉い」という暗黙の風土がないか振り返ってみましょう。そうした文化があると、本質的な成果よりも見せかけの努力が重視され、結果的に意味のない仕事が温存されてしまいます。

評価制度についても、単なる業務量や形式的な遵守事項ではなく、業務の質的な成果や創意工夫・効率化の取り組みを正当に評価するよう改めます。例えば、「○○の報告書を期限通り提出した」といった形式的な達成よりも、「その報告内容が事業にどんな貢献をしたか」「業務プロセスを改善し成果を上げたか」といった点を重視するのです。成果そのものにフォーカスする評価に切り替えることで、社員は本当に価値のある業務に注力しやすくなります。

さらに、社員が自発的に業務改善提案を行える心理的安全性を確保しましょう。「この作業は無意味ではないか」と気付いた社員が自由に発言し、業務フローを変革できる文化が根付けば、ブルシットジョブは自然と淘汰されていくはずです。経営陣が率先して「無駄なことはやめよう」というメッセージを発信し、改善の成功事例を称賛することで、組織全体の意識も変わっていきます。要するに、トップ自らがブルシットジョブ撲滅の旗を振り、価値創出に集中する姿勢を示すことが改革の推進力になるのです。

結論から言えば、ブルシットジョブ対策には業務の棚卸し、意義の共有、コミュニケーション活性化、そして価値創出重視の組織風土改革という4つのアプローチが必要です。

モノの流れ vs 情報の流れ:トヨタの「7つのムダ」とブルシットジョブの比較

製造業の効率化思想として知られるトヨタ生産方式では、「7つのムダ」と呼ばれる代表的な非効率項目が定義されています。これは製造現場におけるモノの流れ(物的生産プロセス)上の付加価値を生まない活動を指摘したものです。一方、前述のデヴィッド・グレーバー氏の「ブルシット・ジョブ」は情報経済やオフィス業務といった組織内の情報の流れの中で、社会的に無意味・不必要な仕事の類型を分類した概念です。

視点こそ異なるものの、モノの流れ(フィジカルなプロセス)にも情報の流れ(ホワイトカラーの業務プロセス)にも共通して「ムダ」は存在します。別の角度から言えば、両者の提唱するムダ要素を漏れなく整理し対応付けると、以下のようになります。

過剰生産・過剰な仕事のムダ(需要以上のアウトプット)

モノの流れ:「つくり過ぎのムダ(過剰生産)」を指します。必要以上の量を早く大量生産することで需要を超えた在庫を抱え、他のムダを誘発します。たとえば、実際には注文がないのに製品を作り貯めてしまうようなケースです。

情報の流れ:「タスクマスター(無駄な仕事創出者)」や「脅し屋(グーン)」に相当します。タスクマスターとは他人に不要な仕事を割り当てたり新たな無意味なタスクを作り出す中間管理職のことで、組織に過剰な業務量を生み出します。グーンは他社(競合)を出し抜くためだけに存在する仕事で、たとえば「競合他社がやっているから」という理由だけで行われる過剰な営業キャンペーンや宣伝活動などです。これらはいずれも本来の価値需要以上にアウトプットや業務を膨らませるムダと言えます。

遊休・待機のムダ(リソースの手持ちぶさた)

モノの流れ:「在庫のムダ」および「手待ちのムダ」に該当します。必要以上のモノ(原材料や仕掛品)を抱える在庫のムダや、作業者・設備が次工程を待つ間の遊休(アイドル)状態がこれに当たります。例えば、倉庫に眠る使われない部品、上司の承認待ちで手が止まっている時間などです。

情報の流れ:「取り巻き(フランキー)」がこれに相当します。取り巻きとは偉い人を偉く見せるためだけに存在するような仕事で、典型的には実質的な業務がないのに雇われている補佐役や受付係などです。こうした人員は本質的な価値を生み出さず、仕事がないまま待機状態になりがちです。組織にとっては人的な「在庫」を抱えているようなものとも言え、リソースの遊休というムダになっています。

不要な工程・動作のムダ(非価値業務や過剰プロセス)

モノの流れ:「動作のムダ」「運搬のムダ」「加工そのもののムダ」が該当します。動作のムダは付加価値を生まない人の動き(探し物をする、遠回りな手配をするといった無駄な動き)であり、運搬のムダは価値を生まないモノや情報の移動・輸送を指します。例えば、関係ない人に無意味なメールをCCで送り続けるような行為は、情報の運搬のムダと言えるでしょう。加工そのもののムダは要求以上の過剰な作業をすることで、社内資料に必要以上に凝った装飾を施すようなケースが典型例です。これらは本来不要なプロセスや手間によるムダであり、いずれも「やらなくても結果に影響しない」作業と言えます。

情報の流れ:「書類穴埋め人(ボックス・ティッカー)」が代表例です。これは”やっているフリ”のための書類作成や報告業務を指し、誰も読まない報告書を作ったり形式的な会議の資料を作成するような、実質的価値を生まない事務作業が該当します。要は、官僚的な手続きや過剰な書類仕事に時間を費やすムダであり、情報の流れにおける「不要な工程・動作」に相当します。例えば、ハンコをもらうためだけに紙の稟議書を回覧するといった行為もこの類です。こうした過剰プロセスのムダは製造業の作業工程におけるムダと表裏一体であり、オフィス業務では形式主義的な事務処理のムダとして現れます。

不良・問題対応のムダ(欠陥の手直し作業)

モノの流れ:「不良・手直しのムダ」です。品質不良による廃棄や欠陥品の修理・再加工に伴うムダな作業を指します。これは直接コスト増につながる典型的なムダで、例えば、誤字だらけの資料を大量印刷して廃棄する、といったケースでも発生します。本来なら不要であったミス対応にリソースを割く点が特徴です。

情報の流れ:「尻ぬぐい(ダクト・テイパー)」がこれに該当します。尻ぬぐいとは組織の欠陥やミスを一時的に取り繕うだけの仕事で、根本原因を正さず場当たり的に問題対応する役割です。例えば、バグだらけのシステムを絶えず修正し続けるプログラマーや、次々に起こるクレーム処理に追われるカスタマーサポート担当者などが典型例です。これは製造業で不良品の手直し作業に追われるのと構造的に同じであり、本来防げたはずの問題に対処するために余計な手間をかけているムダと言えるでしょう。

以上のように、トヨタ生産方式の7つのムダとグレーバー氏のブルシットジョブ5類型には対応関係があり、物理的プロセスでも情報的プロセスでも「価値を生まない行為」の構造は類似しています。製造現場のムダは目に見えやすいですが、オフィスや組織内のムダも本質的には同様です。したがってホワイトカラー業務においても、上記の一覧を参考に自社のプロセス上に潜むムダを発見し排除することが重要です。不要な作業や非価値業務を削減することが、生産性向上や業務効率化につながるのは言うまでもありません。

噛み砕いて言えば、製造現場の「7つのムダ」とオフィス業務の「5つのブルシットジョブ」は表裏一体の関係にあり、どちらも価値を生まない活動の体系的分類として活用できるのです。

ブルシットジョブはなぜ生まれるのか?その背景と原因

これほど多くの「無意味に思える仕事」が、なぜ企業や組織の中で生まれ、増殖してしまうのでしょうか。その背景には経済・社会的な要因と組織内部の要因の両面があります。ここでは主な原因として考えられるものを順に見ていきましょう。

経済・社会的要因:管理業務の肥大化と官僚主義の弊害

現代社会の制度や価値観の変化がブルシットジョブを生み出している一因として指摘されています。グレーバー氏はその背景に、新自由主義的な経済改革の副作用を挙げています。市場の自由化や規制緩和によって企業間競争が激化する一方で、「説明責任(アカウンタビリティ)」が過度に強調されるようになり、あらゆる成果を数値で管理・報告する風潮が高まりました。

その結果、実質的な価値を生まない管理業務や監査業務が肥大化し、「成果を測るための書類作成や監督の仕事」が増えてしまったのです。例えば、企業内では本来不要なレポート作成や過剰な稟議プロセスが常態化し、行政機関では形式的な帳票作業が増えるといった現象が各所で見られます。こうした「管理のための管理」業務は、本来の生産活動やサービス提供には直接寄与しないにもかかわらず組織内に根付いてしまい、結果としてブルシットジョブの温床となっています。

組織文化の要因:権威主義による不要なポスト乱立

組織内部の文化的な要因も見逃せません。特に年功序列的なヒエラルキーが色濃い組織では、「管理職には部下が必要」「役職に見合う部署規模が必要」といった暗黙の前提があります。そのため、実際には必要性が低いのに肩書きやポストを無理に作り出すケースが生じます。権威や地位を維持するためだけに不必要な役職や部署を新設することも、ブルシットジョブが増える理由の一つです。

例えば、上司が自分の部下の人数を増やすことで組織内での影響力を誇示しようとしたり、部署の規模拡大そのものが評価対象になっている場合、本当にその人員や部署が必要か十分に検討されないまま人が割り当てられてしまいます。こうした権威主義的な組織風土では、肩書きや人数を増やすこと自体が目的化し、本来は不要な仕事が生まれやすくなります。

日本特有の風土:「やっている感」重視の文化

日本固有の事情として指摘されるのが、「働いている姿を見せること」に価値を置く文化です。言い換えれば、「やっている感」を重視する風土です。例えば、日本企業では毎年多くの新商品が開発される業界がありますが、実際には売上の大半を占めるのは既存の定番商品だったというケースがあります。欧米企業であれば市場ニーズのない新商品は出さないのに対し、日本企業では「新しいことに取り組んでいる」という事実自体が社内で評価されたり、言い訳として使われたりする傾向があります。その結果、本来は不要な業務プロジェクトが乱立し、現場の負担が増えてしまうのです。

このように「何かしているように見せるだけの行為」に人手と時間を割いてしまう例では、「そうしないと評価されない」「何もしないと批判される」という意識が背景にあるとも言われます。つまり、形だけでも忙しく働いていないと落ち着かない、日本独特の勤勉神話・長時間労働文化も、ブルシットジョブを生み出し増殖させる温床になっていると言えるでしょう。

部署間のサイロ化・情報共有不足による重複業務

組織内部の要因で特に大きいのが、コミュニケーションや情報共有の不足による弊害です。部署間・チーム間の連携が悪く組織がサイロ化(縦割り化)してしまうと、会社全体で情報や目的が共有されません。その結果、各所で重複業務が発生したり、本来不要な仕事が生まれたりします。

例えば、A部門とB部門でほぼ同じような報告資料をそれぞれ作成していたり、他部署で既に解決済みの課題に気付かず再度人手を割いて対応していたりする、といった状況です。実際、情報や前提の非共有による非効率は多くの大企業で指摘されており、ソフィア社が2024年に実施したインターナルコミュニケーション実態調査でも、「自社の社内コミュニケーションに問題がある」と感じる社員が79%に達しました。上位の具体的問題として「業務に関連する情報が共有されない」(46%)、「情報共有が遅い」(39%)、「欲しい情報がどこにあるかわからない」(33%)といった情報の流通に関する”三重苦”が挙げられています。また「フィードバックが十分に貰えない」(33%)「合意形成が遅い/できない」(38%)といった相互コミュニケーション不足も多くの社員に指摘されています。つまり、社内で必要な情報が行き渡らず意志疎通が図れない状態が、業務上の大きな障害になっているのです。

コミュニケーション不足によって生じる問題は、単なる業務効率の低下に留まりません。組織全体の目的やビジョンが現場レベルまで共有されていない場合、各社員は自分の担当業務の位置付けを理解できず、仕事の意味を見失いやすくなるのです。現代の業務は高度に分業・専門化されており、一人で完結する仕事は減っています。そのため「自分の仕事が全体のどの部分に当たり、最終的にどんな価値を生んでいるのか」が見えにくい状況が生まれがちです。

実際、業務の細分化が進んだ結果、プロジェクトの全体像が把握できないほど関係者が増え、「タスク完結性(仕事を最初から最後まで見通せる度合い)」が損なわれているという研究報告もあります。全体像が見えなければ、自分の仕事の成果についてのフィードバックも届きにくくなり、「自分は何のためにこの作業をしているのだろう」という感覚に陥りやすくなってしまいます。このように社内コミュニケーションの欠如は、社員から仕事の意味を奪う大きな要因となり得るのです。

さらに、上司からの評価やフィードバックが乏しい環境も無意味な仕事の温存に拍車をかけます。上司が部下の業務内容を正しく把握・評価しておらず、成果に関する対話が不足していると、社員は「とりあえず言われたことだけこなしておこう」という発想に陥りがちです。その結果、必要性の疑わしい作業でも惰性的に続けられ、本当にやるべき仕事へのリソースが割かれないままになる恐れがあります。管理者側も、自分のマネジメント能力が問われるのを避けるためにあえて細かなタスクを与え続け、「忙しくさせておく」ことで体裁を保とうとするケースがあります。グレーバー氏は、成果が可視化しにくい環境下で管理者が過小評価を避けるために無意味なタスクを次々と部下に与えてしまう構造があると指摘しています。このように、内部コミュニケーションの不足や不健全な評価体制が絡み合って、ブルシットジョブは生まれやすくなってしまうのです。

結論から言えば、ブルシットジョブは過度な管理主義、権威主義、「やっている感」重視の文化、そして社内コミュニケーション不足という複合的要因から生まれる現代組織の病理なのです。

まとめ

社員一人ひとりが「自分の仕事は意味がある」「組織に貢献できている」と実感できる職場は、生産性が高いだけでなく働きがいも大きく向上します。ブルシットジョブを減らし、社内コミュニケーションを活性化することは、社員の幸福と企業の持続的成長の双方につながるのです。大企業の経営企画や組織変革を担う皆様には、ぜひ自社の現状を点検し、仕事の意味を取り戻すための改革に着手していただきたいと思います。社員が胸を張って「自分の仕事には価値がある」と言える組織こそが、これからの時代に強い組織と言えるでしょう。

つまり、働く本人ですら無意味と感じている仕事こそが問題であり、その背景にはインターナルコミュニケーション不足があるのです。改革次第で社員が働く意味を実感できる職場環境を構築することは十分可能であり、まずは第一歩を踏み出すことが肝心です。

要するに、ブルシットジョブは現代組織の深刻な病理ですが、コミュニケーション改革と価値重視の組織運営によって解決可能な課題でもあります。

よくある質問(FAQ)
  • ブルシットジョブとはどんな仕事のことですか?
  • ブルシットジョブとは、働く本人ですら「自分の仕事は社会や組織に意味のある貢献をしていない」と感じている有償労働のことです。周囲から見ても「なくても大きな支障は出ない」仕事であり、ときには有害ですらある業務を指します。

  • なぜブルシットジョブは企業にとって問題なのでしょうか?
  • ブルシットジョブが増えると、社員は仕事の意義を感じられずエンゲージメントが低下し、生産性・創造性・離職率に悪影響が出ます。「意味のない仕事」にリソースを奪われることで、本来取り組むべき価値ある仕事に時間と人材を回せなくなる点も大きな損失です。

  • 日本企業でブルシットジョブが生まれやすい背景には何がありますか?
  • 年功序列や権威主義による不要ポストの乱立、「やっている感」を重視する文化、長時間労働を美徳とする風土などが背景にあります。加えて、社内コミュニケーション不足や情報共有の不備により、重複業務や意味の不明なタスクが温存されやすい構造があります。

  • ブルシットジョブと社内コミュニケーション不足にはどんな関係がありますか?
  • ビジョンや目的が十分に共有されていないと、社員は「自分の仕事が何に貢献しているのか」が見えず、仕事の意味を感じにくくなります。さらにフィードバックや承認が少ない環境では、「自分の仕事は誰にも必要とされていない」という感覚が強まり、ブルシットジョブ的な虚無感を加速させます。

  • トヨタ生産方式の「7つのムダ」はホワイトカラー業務にも役立ちますか?
  • 役立ちます。7つのムダは本来、製造現場の「モノの流れ」における非効率を分類したものですが、情報の流れにも同じようなムダが存在します。グレーバーの5類型と対応付けることで、ホワイトカラーの過剰生産・過剰な手続き・重複作業・尻ぬぐい業務など、オフィス業務のムダを体系的に洗い出すことができます。

  • ブルシットジョブを減らすために、まずやるべきことは何ですか?
  • 最初の一歩は「職務内容の棚卸し」と「業務フローの可視化」です。各社員のタスクを洗い出し、目的が曖昧な業務・惰性で続いている会議や報告・手作業で繰り返しているルーチンなどを整理・削減します。同時に、その業務が誰にどんな価値を生んでいるのか言語化することが重要です。

株式会社ソフィア

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ソフィアさん

人と組織にかかわる「問題」「要因」「課題」「解決策」「バズワード」「経営テーマ」など多岐にわたる「事象」をインターナルコミュニケーションの視点から解釈し伝えてます。