組織の目標は全員一致しなくていい?同じ方向を向くことが危うい理由
最終更新日:2026.10.05
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「個人の目標と、会社の目標を一致させよう」。目標管理でもOKRでもパーパス経営でも、私たちはずっとそう信じてきました。みんなで同じ方向を向くことが、良い組織なのだと。
でも、その常識は本当に正しいのでしょうか。
本記事では、目標を完全に一致させることはそもそも不可能であるだけでなく、うまくいったときにこそ組織を危うくするということをお伝えします。
空港には秩序があるのに、なぜ職場にはないのか
「組織のみんなで同じ目標を持とう」。そう言われて、反対する人はまずいません。でも、目的も価値観もバラバラな人たちが、それでもうまく回っている場所があります。空港です。
空港の出発ロビーには、行き先の違う人たちが集まっています。札幌へ向かう人、福岡へ向かう人、搭乗まで二時間ある人。出発時刻も、そこまでの過ごし方もばらばらです。全員が、自分の目的だけを見て動いています。
だから、ぶつかります。キャリーケースの車輪が誰かの足に乗り、急ぐ人の肩が立ち止まった人に当たる。それぞれの目的が、あちこちで衝突します。
それでも、あの空間は破綻しません。誰も隣の人と価値観を共有していないし、他人の目的地も知らない。バラバラのまま、それでも全体としては、きちんと秩序が保たれています。
ところが、職場では話が逆になります。
私たちは職場で、空港とは正反対のことをしようとします。目的を揃えよう、方向を合わせよう、同じビジョンを見ようとします。空港よりもずっと強い一体感を求めているのです。それなのに、空港よりもはるかに簡単に、噛み合わなくなってしまう。
バラバラな空港はうまく回り、揃えようとする職場は回らない。この逆転は、いったいなぜ起きるのでしょうか。
目標はなぜ「一致すべきもの」とされてきたのか
そもそも私たちは、なぜ「個人と組織の目標は一致させるべきだ」と信じているのでしょうか。ここではその出どころを、目標管理(MBO)の成り立ちと、それを受け継ぐ新しい経営手法からたどります。
MBOの本来の姿と、日本での誤読
目標管理とは、上司が部下に数値を割り振る仕組みではありません。本来は、個人が自ら立てた目標によって、自分自身を律していく経営手法です。
ピーター・F・ドラッカーが提唱した目標管理の正式名称は、「Management by Objectives and Self-Control」。訳せば「目標と自己統制によるマネジメント」です。ところが日本で広まる過程で、後半の「and Self-Control(自己統制)」が抜け落ちました。残ったのは前半の「Management by Objectives」、つまり「目標による管理」という部分だけです。
そのため、目標は会社から与えられるものになり、人事評価の計算式になり、ノルマになりました。本来ドラッカーは、組織が社員を操るためではなく、一人ひとりの異なる個性を強みとして活かすために、この手法を構想していたのです。
「会社と社員が同じ目標を持つこと」は、本当に良いことなのか
OKR(Objectives and Key Results)の解説記事を読むと、その効能としてほぼ必ず挙げられるのが、「全社員が同じ方向を向くことで一体感が生まれる」という一節です。全員の目標を社内に公開することで、縦横の連携が生まれ、部門間の摩擦が減るとされます。
パーパス経営もそうです。会社の存在意義を掲げ、それを個人の働く意味とつなげる。「理念浸透」という言葉に至っては、「浸透率」という指標まで用意されています。
MBO復元論、パーパス一致論、そして多様性の相互理解論。この三つは、扱う対象がまるで違うのに、じつは同じ土台の上に立っています。すなわち、「個と全体は、最終的に一致しうる」という前提です。
では、その前提は、いまも成り立っているのでしょうか。
目標は、すでに一致できなくなっている
「個人と組織の目標は一致しうる」。この前提を、二つの側から崩していきます。一つは一致させられる「組織の目標」の側、もう一つは一致させられる「社員」の側。どちらも、かつてないほど激しく動いているのです。
事業目標は、もう一年もたない
まず、一致させるべき「組織の目標」の側から見ます。
OKRの運用ガイドを読むと、「なぜ四半期サイクルなのか」という説明に出会います。年に一度の見直しでは事業環境の変化に対応しきれず、毎月では運用の手間がかかりすぎる。だから四半期がちょうどよい、というものです。
年に一度では、目標が現実に追いつかない。つまり、目標は一年ももたない、ということです。これはもはや先進企業だけの話ではなく、実務の常識になりました。
ところが、ここに奇妙なねじれがあります。目標は「動く」前提で運用されているのに、評価だけは「動かない」前提のまま残っているのです。期のはじめに立てた目標が、途中で前提ごと変わる。それでも期末には、当初の目標で評価される。
国内の中間管理職を対象にした調査では、目標を振り返る頻度は「月に1回程度」が32.8%で最多でした(給与アップ研究所「管理職の目標設定・管理に関する実態調査」2023年。目標管理制度がある50〜300名未満の企業の課長・マネージャー相当609名)。
仕事の目標は、状況に応じて月単位で見直す必要があります。ところが、目標管理制度では、年初に決めた目標を1年間の基準として扱うことがあります。この「変化する仕事」と「固定された目標」のズレは、社員の自己管理だけでは解決できません。
社員も一年後にいるとは限らない
次に、一致させられる側、つまり社員です。
総務省「労働力調査(詳細集計)」によれば、実際に転職した人は330万人。しかし、より重要なのはもう一つの数字です。「転職したい」と考える人(転職等希望者)は1,023万人にのぼり、前年から23万人増えました。
この一千万人という数字が意味するのは、離職そのものではありません。「いまはここにいるが、いつまでいるかは自分でも決めていない」という人が、働く人の中のボリュームゾーンになっている、ということです。
その人に、三年後の会社のビジョンとの一体化を求める。それは、期限の合わない契約を結ばせているようなものではないでしょうか。
しかも日本の場合、話はもっと厄介です。日本型雇用は、「個人のキャリアが会社に根を張る」ことを前提に設計されてきました。だからこそ、根を張らなくなったときの矛盾が、欧米のようなジョブ型社会よりも深く表に出ます。「職務さえ合っていればいい」と割り切れる社会と違い、私たちの制度は、人格の一致まで求めてしまうからです。
目標設定シートの空欄について
目標設定シートの「自己成長目標」の欄。あそこに書かれる文章が、なぜあれほど中身のないものになりがちなのか、考えたことはあるでしょうか。
答えは単純です。個人が本当に抱えている目標は、事業目標(KGI)の言葉に翻訳できないからです。
- 親の介護に耐えられる働き方を確保すること
- 資格を取ること
- 体を壊さないこと
- この業界にあと何年いるかを見極めること
どれも切実な目標ですが、「売上前年比110%」と同じ書式には収まりません。
本音を強いられると、人は当たり障りのないことを書きます。書いた本人も信じていない文章が提出され、上司もそれを承知で承認する。制度が嘘を要求している、と言っても過言ではないでしょう。
その結果は、数字にも表れています。自社の人事評価制度に不満を感じている人は38.3%、評価のプロセスには36.3%、評価結果には33.2%が不満を抱いています(パーソル総合研究所「人事評価制度と目標管理の実態調査」2021年)。同調査は、「目標管理制度の多くが形骸化している様子がうかがえた」と総括しています。
目標は動く。人も動く。そして両者は、同じ言葉で書けない。それでもなお、私たちは一致を目指し続けています。
なぜ、目標は一致しないのか
ここまでは、目標の一致が「うまくいっていない」という話でした。ここからは、一致が「そもそもできない」という話に進みます。運用の上手・下手ではなく、原理の問題として捉え直してみましょう。
相手の心の中は見えない
目標管理を考えるうえで参考になるのが、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマン(1927-1998)の理論です。ルーマンは「社会システム理論」を築いた人物です。
ルーマンが社会について考えるとき、出発点にしたのが「二重の偶有性」と呼ばれる状況です。難しそうな言葉ですが、考え方はそれほど複雑ではありません。
私は、あなたがどう行動するのかを待っている。あなたも、私がどう行動するのかを待っている。お互いに相手の考えや行動を完全には知ることができないまま、相手がどう反応するのかを予測しようとしている。これが「二重の偶有性」です。
では、このようにお互いの考えが分からない状態から、どうやって人と人との関係や社会は成り立つのでしょうか。
ルーマンより前にこの問題を考えた社会学者タルコット・パーソンズは、「共有された価値」がその答えになると考えました。同じ価値観を共有していれば、相手がどう行動するのかを予測しやすくなる、と考えたのです。
しかし、ルーマンはこの考え方を退けました。共有された価値は、社会が成り立つための最初の条件ではない。それは、人々のやりとりが積み重なった結果として、あとから形成されるものだと考えたのです。
つまり、私たちは他者の心の中を直接知ることができません。私の意識は私自身のものであり、あなたの意識に直接触れることはできない。どれだけ丁寧に対話しても、この隔たりそのものをなくすことはできません。
この考え方を、目標管理に当てはめてみましょう。
社員と会社が面談を重ねれば、社員の意識と会社の意図は完全に一致するのでしょうか。
そう簡単にはいきません。
社員には社員の考えがあり、会社には会社の目的や事情があります。対話によってお互いの理解を深めることはできます。しかし、それによって両者の考えや目的が完全に一つになるわけではありません。
だから、目標が一致しないことを、単純に「目標設定のやり方が悪い」「面談の質が低い」と考えるだけでは不十分なのです。そもそも、個人と組織の目標が完全に一致することを前提にすること自体に、無理があるのです。
組織とは、人の集まりではなく「コミュニケーションの連鎖」である
では、なぜ社会は成立しているのでしょうか。空港は、なぜ回っているのでしょうか。
ルーマンの答えは明快です。つながっているのは意識ではなく、コミュニケーションのほうだからです。一つのコミュニケーションが次のコミュニケーションを呼び、それがまた次を呼ぶ。この連鎖が途切れないかぎり、意識が融け合っていなくても、社会は続いていきます。
この視点を借りると、組織の定義が書き換わります。
組織とは、目標を共有した人の集まりではありません。目標についてのコミュニケーションが、途切れずに続いている状態のことです。
ここから、マネジメントの仕事も自動的に決まります。意識を一致させることは、できません。できるのは、コミュニケーションを次につなぐことだけ。「目標による管理」ではなく、「目標の変化のコミュニケーション」。これが、理論から導かれる唯一の道筋になります。
目標が変わったこと。前提が崩れたこと。あなたの担当分が、もう会社の優先順位の上位にないこと。それを伝え、返事を受け取り、また伝える。管理ではなく、接続です。
「阿吽の呼吸」の正体は、選択肢を絞り込む装置だった
もう一つ、ルーマンから借りたい考え方があります。「複雑性の縮減」です。これも言葉はいかめしいのですが、意味は「無数の選択肢を、扱える数まで絞り込むこと」と思ってください。
世界には常に、処理しきれないほどの選択肢があります。たとえば「顧客第一」という四文字から導ける行動は、無数にあります。値引きすることも、値引きしないことも、納期を守ることも、納期より品質を優先することも、すべて「顧客第一」で説明できてしまう。
かつて、この無数の選択肢を自動的に絞り込んでくれるものがありました。「阿吽の呼吸」です。
平たく言えば、阿吽の呼吸とは「支払い済みのコミュニケーションコスト」の別名でした。入社から定年までの長い時間と、似た者どうしの人員構成が、いわば「翻訳辞書」を勝手に編んでくれていたのです。「顧客第一」と聞けば、それが自分の来週の仕事で何を意味するか、誰もが自動的に絞り込めた。
その共通認識が、いまの組織では十分に共有されていません。経営課題が変化するスピードも、人が入れ替わるスピードも速くなり、組織の中で共通の考え方や仕事の進め方を時間をかけて共有することが難しくなっています。
理念が浸透しないのは、理念を日々の仕事や具体的な行動に落とし込むための共通認識が、組織の中で十分に形成されていないからです。
特に、抽象的な理念ほど、それを具体的な行動に結びつけるための説明が必要です。「挑戦する」「顧客を大切にする」「主体的に行動する」といった言葉を掲げるだけでは、社員一人ひとりが何をすればいいのかは分かりません。
理念を浸透させるには、理念が意味することを具体的な仕事や行動にまで落とし込み、組織の中で共有していく必要があります。
目標の一致が成功したとき、何が起きるか
ここまでは、目標の一致は不可能だという話でした。ここからが本記事の核心です。目標の一致は、不可能であるだけではありません。成功したときにこそ、危険なのです。
報告が「裏切り」になるとき
目標が組織の隅々まで行き渡り、誰もがそれを本気で達成しようとしている。一見すると、理想的な状態です。
しかしこのとき、一つだけ行き場を失うものがあります。
「その目標は、現実と合っていません」という報告です。
近年、複数の日本企業で公表された第三者委員会の調査報告書には、共通する構造が記されています。目標そのものは、驚くほど正確に共有されていました。共有されていなかったのは、目標と現実のズレを上に伝える経路のほうだったのです。
2023年12月のダイハツ工業 第三者委員会 調査報告書は、現場と管理職の間に「断絶ともいえる深い溝」があり、通常の報告経路が機能不全に陥っていたと指摘しています。
2015年7月の東芝 第三者委員会 調査報告書では、「必達」を求める強い圧力が組織全体に伝わっていった経緯が認定されています。
誤解のないように申し添えますが、これは怠慢や不誠実の問題ではありません。むしろ逆です。目標への忠実さが高いほど、ズレの報告は「裏切り」に見えてきます。規律の高い組織ほど起こりうる、と言っても過言ではないでしょう。
いずれの企業も、報告書の指摘を受けて経営体制と組織風土の改革に取り組み、現在も再発防止を進めています。私たちが学ぶべきは個別の失敗ではなく、そこに現れた「構造」のほうです。そしてこの構造は、どの会社の会議室にも潜んでいます。
問題は、目標が一致していなかったことではありません。一致しすぎていたことです。
経営者の考えだけで動く組織
この問題を考えるうえで参考になるのが、文学理論における「モノローグ」と「ポリフォニー」という考え方です。
ロシアの思想家ミハイル・バフチン(1895-1975)は、ドストエフスキーの小説を論じる中で、この二つの形式を区別しました。
「モノローグ」とは、一つの考えが全体を支配する形式です。登場人物がそれぞれ異なる意見を持っているように見えても、最終的には作者の考えに従う形で物語がまとまります。
一方、「ポリフォニー」は、複数の登場人物がそれぞれ独立した考えを持ち、それらが一つの結論にまとめられないまま共存する形式です。バフチンは、ドストエフスキーの作品にこの特徴を見いだしました。
この考え方を組織に当てはめてみましょう。
経営者が方針を決め、その方針に沿った意見だけが評価される組織では、社員が何人いても、実質的には一つの考え方しか存在しません。
社員が異論を述べることが認められていたとしても、「最終的には経営方針に合わせるもの」という空気があれば、異論を出すこと自体が難しくなります。
つまり、人は多いのに、意見は一つしかない。そんな状態です。
もちろん、経営者が方針を示すこと自体が悪いわけではありません。組織には意思決定が必要です。問題なのは、経営者の方針と異なる意見まで排除してしまうことです。
健全な組織とは、全員が同じ考えを持つ組織ではありません。異なる意見が存在したまま、それを組織の意思決定に生かせる組織です。
全員が同じ方向を向いているように見える組織よりも、互いに異なる考えがあることを認め、その違いを前提に協力できる組織のほうが、変化にも対応しやすいのではないでしょうか。
一致度と組織の健全性は、単純に比例するわけではない
ここまでの話を整理すると、組織の健全性は、社員の考えが一致すればするほど高まるわけではありません。
一致が少なすぎれば、もちろん問題があります。会社の方針が十分に伝わらず、社員がそれぞれ違う方向に動けば、仕事を進めることが難しくなります。
一方で、全員が同じ考えを持つことを求めすぎるのも危険です。
会社の方針に疑問を持つ人や、「この目標は現場の実情と合っていない」と指摘する人がいなくなると、方針の間違いに気づきにくくなります。周囲と違う意見を出しにくい組織では、問題があっても表に出てこないからです。
つまり、組織には「ある程度の一致」が必要ですが、「一致すればするほど良い」というわけではありません。
健全なのは、会社として目指す方向は共有しながらも、その方針について疑問や異なる意見を出せる状態です。
この関係を図にすると、逆U字になります。
一致が少なすぎる段階では、組織の健全性も低い。そこから一致が進むにつれて、組織は機能しやすくなります。しかし、一致を求めすぎると、異なる意見が出にくくなり、再び健全性が低下します。
つまり、目指すべきなのは「全員が同じ考えを持つこと」ではありません。
共通する方向性を持ちながら、異なる意見も認められる状態です。
すでに現場で起きていること
ここまでは理論と事例の話でした。ここからは、私たちが日々の支援のなかで実際に目にしていることを述べます。理論が指し示した変化は、もう現場で起きています。
インターナルコミュニケーションの依頼内容が変わった
筆者が代表を務める会社は、企業のインターナルコミュニケーション(社内広報・社内コミュニケーション)を支援しています。かつて、この領域の主力テーマははっきりしていました。経営方針と、理念・ビジョンです。上位の概念をいかに全社に届けるか。それが仕事の中心でした。
ところが昨今、ご依頼の中身が明らかに変わってきています。人事制度の改定内容をどう伝えるか。1on1の進め方をどう浸透させるか。DX推進にあたって、特定のシステムの使い方(オンボーディング)をどう設計するか。テーマが、驚くほど細かくなっているのです。
ここで注目していただきたいのは、これらは以前なら、わざわざ外部に委託する必要のなかった内容だということです。人事制度の説明も、新しいツールの使い方も、社内の人間で十分にできました。なぜなら、大枠さえ伝えれば、あとは阿吽の呼吸が補ってくれたからです。
その補完が、起きなくなりました。大枠の経営戦略やビジョンだけを唱えても、理解されず、まして腹落ちしない。だから、枝葉にあたる人事制度やデジタル戦略のレベルまで降りて、一つひとつコミュニケーションを設計する必要が生じています。冊子やポータルと並行して、ワークショップや研修を組み合わせる。そうしてはじめて、現場に実装されます。
インターナルコミュニケーションの予算の増加は「施策の高度化」ではない
この変化は、一般には「インターナルコミュニケーション施策が高度化した」と説明されるでしょう。社員に対して、経営の考えや会社の方向性を、より丁寧かつ具体的に伝えるようになったという見方です。
しかし、別の見方もできます。
これまで日本企業では、長期雇用や組織の同質性によって、社員同士がある程度共通した前提を持って働くことができました。会社の考え方や仕事の進め方も、日々の経験を通じて自然に共有されやすい環境でした。
ところが、雇用の流動化や人材の多様化が進むと、こうした共通の前提を持つことが難しくなります。会社の方針を伝えるだけでなく、「その方針を仕事でどう実践するのか」「自分の仕事とどう関係するのか」まで説明し、認識を合わせる必要が出てきます。
インターナルコミュニケーションにかかる予算が増えているのは、単に施策が高度になったからではありません。組織の多様化によって、これまで自然に共有されていた認識を、意図的に合わせるためのコストが増えているからです。
英語圏の組織論では、こうしたコストを「Coordination Tax(調整コスト)」と表現することがあります。考え方や専門性が異なる人が集まるほど、互いの認識を合わせるために時間や労力が必要になります。
たとえば、抽象的な方向性を重視する人と、具体的な手順を重視する人では、同じ話をしていても受け取り方が異なることがあります。こうした違いを埋めるには、説明や対話が必要です。異なる知識や専門分野を持つ人が協働する場合にも、情報共有や調整により多くのコミュニケーションが必要になることが指摘されています。
日本のダイバーシティ論では、こうした違いを「乗り越えるべき課題」として扱うことが多くありました。しかし、組織が多様化すれば、一定の調整コストが発生するのは自然なことです。重要なのは、そのコストを無視せず、組織運営に必要なものとして考えることです。
そのことを示すデータもあります。パーソル総合研究所の2026年調査(https://rc.persol-group.co.jp/news/release-20260304-1000-1/)では、ダイバーシティの理念には賛同しながらも、現場での協働にストレスや抵抗感を抱える「ダイバーシティ葛藤派」が39.4%を占め、組織内で最も大きな層となっていました。
理念には賛成していても、実際の仕事では負担を感じる。これは、社員の意識が低いからというだけではありません。異なる考え方や価値観を持つ人たちが一緒に働くためには、認識を合わせるための時間やコミュニケーションが必要だということです。
羽田空港がやっていることと、同じである
ここで、冒頭の出発ロビーに戻ります。
空港は、乗客全員の目的や考えを同じにしようとはしていません。旅行に行く人もいれば、仕事で移動する人もいる。行き先も目的もそれぞれ違います。
それでも空港が混乱しないのは、乗客全員を一つの考えにまとめようとするのではなく、その場面で必要な情報やルールを提供しているからです。
チェックインでは搭乗手続きを案内し、保安検査では検査に必要なことを伝え、搭乗ゲートでは搭乗に必要な情報を伝える。それぞれの場面で、必要なことを必要な人に伝えることで、全体として空港が機能しています。
インターナルコミュニケーションにも、同じ考え方が使えます。
社員全員の考え方や価値観を完全に一致させようとするのではなく、それぞれの仕事や立場に応じて、必要な情報を伝える。全体を一つにまとめることよりも、仕事を進めるために必要な認識を、その都度共有することが重要です。
ただし、空港と職場には大きな違いがあります。
空港の乗客は、基本的に互いに協働する必要がありません。隣の席の人と一緒に仕事をするわけではないからです。そのため、場面ごとに必要な情報を提供すれば、全体を動かすことができます。
一方、職場では社員同士が協働します。自分の仕事が終われば終わりではなく、その結果を別の部署や同僚が引き継ぎ、次の仕事につなげていく必要があります。
だから職場には、社員それぞれの考え方が違っていても、仕事を進めるために最低限共有しておくべき考え方やルールが必要になります。
それが、組織として共有する「文脈」です。
ここで重要なのは、文脈を共有する目的は、全員の考え方を同じにすることではないということです。
理念やビジョンも、社員全員の考え方を一つにするためだけにあるのではありません。会社が何を目指しているのか、何を大切にしているのかをあらかじめ共有しておけば、個々の場面で毎回ゼロから説明する必要がなくなります。
つまり、目指す方向は共有しながら、個々の仕事や判断については、それぞれの立場や状況に応じて考える。これが、多様な人が協働する組織に必要なコミュニケーションのあり方ではないでしょうか。

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では、明日から何を変えるか
理屈は分かった。では、具体的に何をすればいいのか。ここでは、費用のかからない「目的の書き換え」から、内製と外注の線引き、そして多様性の位置づけまで、実務の手順を示します。
1on1と目標設定面談の「目的」を書き換える
最も費用のかからない変更から始めましょう。制度そのものを変えなくても、「目的の定義」を書き換えるだけで、景色が変わります。
| これまで | これから | |
|---|---|---|
| 1on1の目的 | 進捗確認と軌道修正 | 「いま、あなたの目標と会社の目標はどこがズレているか」の棚卸し |
| 評価の対象 | 目標の達成度 | ズレへの対処の質 |
| 会議の機能 | 合意形成 | 差分の報告 |
| 心理的安全性 | 発言のしやすさ | 「私の目標はそれではありません」と言える状態 |
| 良い組織の兆候 | 全員が同じ方向を向いている | 同じ方向を向いていないことを全員が知っている |
多くの現場で、1on1は進捗確認の場として使われています。しかし、目標や優先順位が短期間で変わる環境では、単に「予定どおり進んでいるか」を確認するだけでは不十分です。重要なのは、会社の方針と現場の状況、上司と部下の認識にズレが生じていないかを確認することです。
たとえば、上司が「先月伝えた優先順位が変わりました」と伝え、部下も「その目標は、いまの状況では難しくなっています」と言える。こうしたやり取りがあれば、状況の変化を互いに把握できます。
1on1の役割は、部下が目標どおりに仕事を進めているかを管理することだけではありません。会社の方針と現場の実情をすり合わせ、必要に応じて目標や優先順位を見直すことにもあります。
同じことは、方針発表の場にも言えます。
方針を発表したあと、誰からも質問が出ない。その沈黙を「全員が理解し、納得した」と受け取ることもできます。しかし、本当にそうでしょうか。
質問が出ないのは、内容が十分に伝わったからかもしれません。一方で、何を質問すればいいのか分からない、疑問があっても言い出しにくい、といった理由も考えられます。
重要なのは、質問がないことを「全員が同じ考えになった」と決めつけないことです。むしろ、社員が疑問や違和感を表明できる環境があるかを確認する必要があります。
何を内製し、何を外に出すか
もう一つ、実務上重要なのが、インターナルコミュニケーションのどこまでを自社で行い、どこから外部の支援を受けるかという判断です。大きく三つに分けると整理しやすくなります。
一つ目は、「個別の施策を実行すること」です。
制度の説明、1on1の運用、システムのオンボーディングなどがこれに当たります。これらは基本的に内製できます。むしろ、自社で行ったほうがよいでしょう。具体的な業務や制度については、現場の状況を理解している社員のほうが、実際の仕事に即した言葉で説明できるからです。
二つ目は、「コミュニケーション全体を設計すること」です。
どの情報を、誰に、どのタイミングで、どの方法で伝えるのかを決める仕事です。ここは、自社だけで行う方法と外部の支援を受ける方法の両方が考えられます。
自社の事情を理解していなければ適切な設計はできません。一方で、社内にいる人だけでは、当たり前になっている問題や、部署をまたいだコミュニケーションの問題に気づきにくいこともあります。そのため、社内の知識と外部の客観的な視点を組み合わせるのが有効です。
三つ目は、「組織全体で共有する考え方や前提を整理すること」です。
会社の理念やビジョン、仕事に対する基本的な考え方など、個々のコミュニケーションを支える共通の前提を整理する仕事です。
ここは、三つの中でも特に外部の視点が役立つ領域です。社内にいると、「何が伝わっていないのか」「どこで認識が食い違っているのか」に気づきにくいからです。社内では当たり前になっていることほど、外から見ることで問題が見つかる場合があります。
つまり、個々の施策を実行することは内製しやすい。一方で、コミュニケーション全体を設計したり、組織内で共有されている考え方や前提を見直したりする場合には、外部の視点が役立ちます。
自社のインターナルコミュニケーション施策を見直すときは、この三つに分けて考えてみるとよいでしょう。
「何を自社で行うべきか」「どこに外部の視点が必要なのか」を整理することで、外注すべき仕事と内製すべき仕事が見えやすくなります。
多様性の位置づけが変わる
最後に、この考え方が多様性の捉え方にどのような変化をもたらすのかを考えてみます。
これまでの組織では、社員が同じ方向を向くことが重視されてきました。そのため、考え方や価値観が異なる人が増えるほど、認識を合わせるための時間やコミュニケーションが必要になります。多様性には、一定の調整コストがあるということです。
しかし、そもそも「全員の考え方を一つにする必要はない」と考えるなら、多様性の意味は変わります。
異なる価値観や経験を持つ人がいることで、組織の中で見落とされていた問題に気づけることがあります。経営陣が正しいと思っている方針に対して、別の立場から疑問を投げかける人がいれば、判断を見直すきっかけにもなります。
特に、新しい事業やサービスを考えるときには、全員が同じ考えを持っていることよりも、異なる視点から意見が出てくることが重要です。リスク管理においても、異なる立場から批判的に検討する人がいることで、問題を早い段階で見つけられる可能性があります。
もちろん、多様性があれば自動的に良い結果が生まれるわけではありません。考え方が違えば、意見の調整に時間がかかります。だからこそ重要なのは、違いをなくすことではなく、違いがある状態でも協働できる仕組みをつくることです。
多様性には、確かに調整のためのコストがあります。
しかし、その違いをすべてなくして全員を同じ考えに揃えてしまえば、組織の中に異なる視点がなくなります。
多様性の価値は、全員を同じ考えにすることではありません。違う考え方を持つ人がいても、一緒に仕事を進められることにあります。
まとめ
目標を完全に一致させることは、運用の上手さや制度設計の問題だけではありません。そもそも、個人と組織の考えを完全に一つにすることには限界があります。人は他者の意識そのものを知ることはできず、コミュニケーションを通じて相手の考えを理解していくしかないからです。
だから、本当に問題なのは「目標が一致していないこと」ではありません。むしろ、組織が全員の考えを同じにしようとしすぎることにあります。
全員が同じ方向を向くことが強く求められると、異なる意見を出しにくくなります。たとえば、「この目標は、いまの現場の状況とは合っていません」と指摘した人が、「会社の方針に反対している」と受け取られることもあります。
重要なのは、全員が同じ考えを持つことではありません。会社として目指す方向は共有しながら、その方向について異なる意見や疑問を出せる状態をつくることです。
これまで、社員の認識を揃えるために必要なコミュニケーションは、長期雇用や組織の同質性によってある程度自然に行われてきました。しかし、働き方や人材の多様化が進むにつれて、それだけでは認識を共有しにくくなっています。
そのため、いまの企業には、会社の方針や目標を繰り返し説明し、変化があれば伝え、社員との認識をすり合わせるためのコミュニケーションが必要になっています。社内コミュニケーションの予算が増えている背景には、こうした変化があります。
これからのマネジメントに求められるのは、目標を一度決めて全員に守らせることではありません。状況が変われば目標や優先順位も変わることを前提に、その変化を伝え続けることです。
そして、組織として共有する理念やビジョンも、全員の考えを一つにするためだけにあるのではありません。会社が何を目指しているのかを共有しておくことで、個々の場面で毎回ゼロから説明する必要がなくなります。
つまり、組織に必要なのは「全員を同じ考えにすること」ではなく、「共通する方向性を持ちながら、異なる意見を出せること」です。








