ロジカルシンキングの鍛え方|人事研修で定着させる思考法とフレームワーク
最終更新日:2026.06.01
目次
ロジカルシンキングは「分けて整理し、矛盾なく伝える」ための思考法です。鍛え方はディベートや文章化だけでなく、言語の具体化、仮説検証、フェルミ推定などの反復練習で加速します。研修受講だけで身につくわけではないため、会議・1on1・資料作成に組み込む”経験学習”が重要です。MECEやロジックツリー等はあくまで手段であり、目的(合意形成・意思決定)に沿って使い分けることが大切です。
ロジカル・シンキングの定義と基本的な考え方
ロジカル・シンキングとは、論理的思考力を意味し、物事を論理的に筋道立てて捉え、矛盾なく考える思考方法と広く言われています。その分類は、思考とコミュニケーションの2つに大別されます。平たく言うと、ロジカル・シンキングは「物事を筋道立てて整理する思考力」と「矛盾なく説明するコミュニケーション力」の2つで成り立っています。
また、ロジカルとは感情や直感とは対比的な位置にあり、物事の間に関連性や繋がりを持たせて考えを組み立てることを指します。感情や直感が物事の関連性よりも自分の感覚を重視するのに対し、論理は感覚よりも理屈を重視する傾向があると言い換えられるでしょう。
人々がお互いの認識を共有するには共通の足場が必要です。つまり、共通の足場こそが論理です。相手に伝える前に、論理を使って「分けて整理」し「伝える」という順番で頭の中で処理されているため、ロジカル・シンキングには思考的側面とコミュニケーション的側面が存在します。
ちなみに、「ロジカル・シンキング」という言葉自体に学術的定義はなく、有識者の説明や書籍を見てもそれぞれ相違があるなど、やや混乱している面もあります。
しかし、定義が曖昧かどうかよりも、ビジネスにおいて有用性や利便性があるかどうかの方が重要です。ここでは道具としての活用に焦点を当ててご紹介していきます。
ここで押さえておきたいのは、「ロジカル=正論で相手をねじ伏せること」でも、「フレームワークを埋める作業」でもない点です。目的は、複雑な状況の中で合意形成・意思決定を進めるために、前提・論点・根拠を揃えることです。大企業ほど利害や文脈が分かれるため、ロジカルに”共通の足場”を作れる人材は、育成投資のリターンが出やすい領域だと言えるでしょう。
ビジネスにおけるロジカル・シンキングの重要性
近年、ビジネスの現場ではグローバル化が進み、国内外のあらゆる関係者と手を取り合って協力関係を結ぶことが増えています。
また、同業種であっても問題解決のアプローチはそれぞれ異なり、過去の成功の方程式や常識はおろか、他社事例も通用しない場面が珍しくありません。そのような現場で必要とされるスキルを整理すると、次のようなものが挙げられます。
- 複雑且つ膨大なデータ/情報量を分析する業務
- 複数の変動要素からなる問題事象を分ける、整理する業務
- キャリア、国籍、宗教的といったバックボーンの多様性の中でのコミュニケーション
- 異業種/多業種など、共通言語の少ない中でのコミュニケーション
- 過去の培われた経験則では通用しない諸問題や事象
上記のような、ビジネスの多様性と人の多様性が絡み合う複雑な問題や事象を分けて整理し、お互いの認識を共有する足場に落とし込んで伝達するスキルが求められています。つまり、ビジネスの現場ではロジカル・シンキングによる思考法が欠かせないと言えるでしょう。
世界経済フォーラムの「The Future of Jobs Report 2025」では、分析的思考(Analytical thinking)が2025年における最重要のコアスキルであり、企業の7割が重要視していると示されています。ロジカルに「要素を分け、筋道を立て、根拠を揃える」力が、国際的にも”必須スキル化”している状況だと言えます。
また、生成AIの普及によって文章生成や要約が容易になった一方で、「何を前提に、何を論点に、どんな根拠で結論を出すのか」が曖昧なままでは、AIの出力もブレてしまいます。ロジカルシンキングは、AI活用以前の”仕事の土台”として重要性が増していると捉えると、研修テーマとしての説明もしやすくなるでしょう。
ロジカルシンキングが社内コミュニケーションにもたらす変化
企業の研修担当者にとって「ロジカルシンキング=問題解決」だけでなく、「ロジカルシンキング=社内コミュニケーションの基盤」として語れるかどうかは重要なポイントです。なぜなら、研修は”学ぶ場”であると同時に、組織の対話品質を底上げする施策でもあるためです。
弊社ソフィアの調査では、社内コミュニケーションの問題要因として「諸課題の必要性が共通認識になっていない」「組織の文化や体質」「利害関係の違い」などが上位に挙がっています。これは、論点・前提・判断基準が揃わないまま意思決定が進み、現場で腹落ちしない状態になりやすいことを示唆しています。
また、当事者が感じる課題として「業務に関連する情報が共有されない」「共有が遅い」「欲しい情報がどこにあるかわからない」といった”情報の流通”の問題が上位に来ています。ロジカルシンキングの「分ける」「並べる」は、情報を”探せる形に構造化する”ことと相性がよく、ナレッジ共有や会議体の改善にも転用できます。
促進施策としては「1on1」「研修・トレーニング」「コミュニケーションツール導入」が上位に位置づき、”対話・教育・ツール”が三本柱として整理されています。ロジカルシンキング研修は、このうち「教育」を担うだけでなく、1on1の質(結論・根拠・次アクションの明確化)を上げる基礎スキルとしても機能します。
ロジカル・シンキングの具体的な鍛え方
ロジカル・シンキングは、鍛えることで精度を高めていくことができます。ここからは、ロジカル・シンキングを習得・向上させるための具体的なアプローチについて解説します。
先人の知恵としてフレームワークを頼ることはビジネスのショートカットを生み出してくれます。下記のような手段や枠組みを媒介にして並べて整理することは「分かる」ことにつながります。しかし、万能ではないことも理解しておく必要があります。
ディベートによるトレーニング
ディベートとは、テーマとして掲げた1つの内容に対し、賛成派・反対派のどちらかの立場を取って議論をすることです。さまざまな課題や問題について深く掘り下げ、肯定・否定の両側面から意見を出し合いながら多角度的に物事を見る練習になるため、ロジカル・シンキングの習得には適しています。同時に、クリティカルシンキングも身につきます。
So What?/Why So?「だから何?」「それはなぜ?」という「結論/主張と理由/根拠」を示すコミュニケーションの基礎的な訓練にもなります。
ディベートでは、「結論/主張」に対して「理由/論拠」と「事実/データ」で支える三角ロジック/トゥールミンモデルを活用します。具体的には、「主張」の部分に企業であれば身近な社内制度などを題材に応用することもできます。
たとえば「フリーアドレス制をやめるべきである」と設定して、なぜやめるべきなのかという「データ」「論拠」で整理し、肯定と否定に分かれて論争します。主張部分のテーマは、職場や事業部単位の来年度の施策や計画など、現実のケースを活用するケースが増えています。非常に実利的であり、参加者の情報格差もなく、上下関係など影響力やパワーの問題も平準化されます。これは客観性の育成とリスクの洗い出しにもなります。
しかしディベートはゲームとはいえ、社内の人間関係が気になる方は、第三者のファシリテーターを活用するとスムーズに進められるでしょう。
肯定・否定の2つの視点から物事を観察できるディベートによって、相手に物事を論理的に説明するために事実を解釈し、客観性を育むことでロジカル・シンキングの土台を作ることができます。ロジカル・シンキングに取り組む際に重要となる視点がこの客観性です。どんな人でも思い込みや感情的な主観で物事を見ている一面があるため、意識して俯瞰で見ることがポイントです。
研修での実務上のコツは、ディベートを「勝ち負け」ではなく「論点分解と根拠の可視化」に寄せることです。結論・根拠・前提(何を”事実”として採用するか)を揃える運用にすると、会議や稟議でも再現しやすくなります。
文章を書くトレーニング
文章を書くこともロジカル・シンキングを習得・鍛えるためのトレーニングになります。ここで言う文章とは、どちらかといえば論文に近いものです。文章を書くことは頭の中の考えを可視化することであり、時間をおいて何度か読み直すことによって思考を客観視することができます。
本文をいきなり書くのではなく、自分の頭の中にある情報を一旦書き出し、分けて、並べる作業から始めて、文章全体の大枠で「文章構成」をつくります。その構成に沿って文字という最小単位を並べていく作業です。
これはロジカル・シンキングの「分ける」作業と「並べる」作業という基礎的な内容です。これができれば、パワーポイントの資料にするにしても、動画なのか口頭なのかという表現方法の違いにすぎません。まず文章としてのテキストで整理することが初動として適切です。
さらに、わかりやすく構造化された論理的な文章を書くことで、ロジカル・シンキングの要である「矛盾しないように物事を論理的に組み立てる力」を鍛えることができます。文章を書くことで思考を可視化し、落とし込まれた理屈を客観的に観察することで論理性が高められるため、ロジカル・シンキングを習得するための重要な手法となります。研修運用上は「文章=資料(稟議書・提案書・議事録・FAQ)」に寄せると、現場への移転が早くなります。とくに大企業では意思決定が”文書で進む”領域が大きいため、文章化トレーニングはROIが見えやすいのが特徴です。
分け方をつくる(整理学)
頭の中で散らかっている情報や知識を体系的に整理し、因果関係や繋がりを正しく分ける整理学を学ぶことも、ロジカル・シンキングを習得するための土台作りになります。整理学の「乱れたものを整える、不用のものを取り除く」作業は、どこに何があるか誰にでもわかるようにし、利用しやすい状態に整頓する作業です。これはロジカル・シンキングにも通ずる手法だと言えます。
整理学を取り入れ、日頃から頭の中にある情報や知識を体系的に整理する練習をしておくと、ロジカル・シンキングの土台が自然と出来上がっていくでしょう。
「整理学」は個人の思考だけでなく、組織の情報設計(ナレッジ基盤、社内ポータル、FAQ)にも応用できます。まずは”探せる形に分ける”こと、次に”比較できる形に並べる”こと。この順序を研修の演習に組み込むと、社内の情報流通課題にも波及しやすくなります。
言語の具体化(曖昧語を減らす)
効果的な鍛え方のひとつが「曖昧な言葉を具体化する」練習です。たとえば「早めに」「しっかり」「適宜」などは、受け手の解釈が分かれやすい表現です。研修では、次の3点をセットで具体化する練習が有効です。
①期限(いつまでに)
②成果物(何を)
③品質基準(どうなっていればOKか)
これだけで、上司・部下間のすれ違いが減り、会議の往復回数も減らせます。
セルフディベート(賛成・反対を自分で作る)
ディベートは効果が高い一方で、研修時間や心理的負担の観点から導入が難しい場合もあります。その場合、まずは「セルフディベート(自分で賛成・反対の論点を作る)」から始めても構いません。
セルフディベートの狙いは、反証(反論)を想定して根拠の弱い部分を見つけることです。これは、バイアス(思い込み)に気づく訓練にもなります。
フェルミ推定(分解して概算する)
「日本に電柱は何本あるか?」のように、正確に数えられない数量を要素分解して概算するのがフェルミ推定です。大事なのは正解ではなく、分解の筋道と仮定(前提)を説明できることです。
新規事業の市場規模や施策の対象人数見積もりなど、大企業の企画業務でも頻出するため、研修の演習として現場につながりやすいのがメリットです。
情報を選ぶ(一次情報・ファクトベース)
>ロジカルシンキングは「根拠」の質で決まります。研修では、主張→理由→根拠の順に並べるだけでなく、「根拠は一次情報か」「データの定義は揃っているか」を確認する習慣もセットで教えると、社内資料の品質が安定します。
実践なしではロジカル・シンキングが身につかない理由
事業は成熟化し複雑化しており、個別の課題解決に向けて意思決定権限・責任が現場に移譲され、ビジネスユニットや個人は自律分散化しています。企業を超え、地域を超え、業界を超えた連携が増えていく一方です。
人材流動化が進み、転職・出向・外部連携はいつでも起こり得る状態に変化しました。日本独特のコミュニケーションである阿吽の呼吸や以心伝心といったこれまでのコミュニケーションは通じなくなってきています。ビジネスと人財は多様化しており、それは共通前提や共通言語がないとも言えます。多様性を繋げるには、論理という共通の足場でつながりコラボレーションする他ないでしょう。過去の経験則では判断できない内容が増えているため、ビジネス上の課題は実行段階の前にロジカル・シンキングで整理しないと、複雑あるいは難解なままで解決策を導いた場合、結果が出ません。
解決策を見つけやすくするためには、課題を細分化したり要約したりする必要があります。この物事を細分化・要約する作業をロジカル・シンキングを使って行います。実際の課題や普段の業務を「分ける」「わかる」から始めることが非常に重要です。
日々続けている定型業務などは、深く思考しながら取り組んでいる方は少ないでしょう。一連の業務を見直し分ける、もしくはフレームワークを活用して「分ける」ことができる人が実は少ないのです。
また、研修やeラーニングは受講すればできるような錯覚を起こしがちです。それは、実際に活用させるための動機付けを意図したものでもあります。
実務的な活用価値の高いロジカル・シンキングは、リアルな経験学習を織り込まない限り、本当の意味で身につきません。ロジカル・シンキングは大企業の社員であれば、ほぼ全員が受講しているか知っているものです。しかし、受講した社員が自部門の業務や情報をMECE(ミッシー)を活用して「相互に重複せず、全体として漏れない状態」に可視化できるかというと、途端に外部パートナーを活用しようかという話になるはずです。理解している人が多い割には実際にできる人が少ないというのがロジカル・シンキングの特徴であり、知ることと行動・経験することの相互作用から生まれる「知行合一」が必要な領域なのです。
研修で”知っている”を”できる”に変えるには、学習した型を現場のアウトプット(会議、稟議、1on1、ナレッジ共有)に結びつける必要があります。経験学習の考え方では、経験→内省→概念化→実践を回すことで学びが定着します。研修はこのサイクルの「概念化」を支えますが、現場での「実践」がなければ伸びません。
定着する研修設計のポイント
ここからは、企業の人事部門長・研修担当者がロジカルシンキングを”研修として実装する”ための要点をご紹介します。
研修ゴールを「会議」「資料」「1on1」に紐づける
ロジカルシンキングは汎用的すぎるため、「何ができるようになるのか」を特定業務に落とし込むと現場移転が進みやすくなります。おすすめは次の3本柱です。
・会議:論点設定、議論の整理、合意形成
・資料:結論→根拠→データの構造化(読み手の負荷を下げる)
・1on1:判断基準・評価理由・次アクションの明確化
演習は「自社のリアルケース」を使う
汎用例題だけだと、受講後に現場で再現できません。自社の制度・施策・業務課題など、参加者の情報格差が少ない題材を使うと、上下関係や影響力の偏りも抑えられます(ディベートの活用例とも整合します)。
研修後の”行動課題”を1〜2週間で回す
研修直後に、次のような小さな課題を設定してみてください。
・自分の業務をロジックツリーで分解して、上司に3分で説明する
・会議の議事メモを「結論/根拠/決定事項/未決事項」に整理して配布する
・曖昧語(早めに、しっかり)を、期限・成果物・基準に分解して言い換える
こうした取り組みにより、研修が”イベント”ではなく”習慣形成”に近づいていきます。
評価は「テスト」より「行動の観察」に寄せる
ロジカルシンキングは知識テストよりも、アウトプットの質(会議の進み方、説明の筋、資料の読みやすさ)に出てきます。可能であれば、研修前後で「同じ題材の説明」を録音・文章化し、構造(結論→根拠→根拠)と曖昧語の減少を比較すると、現場への説明もしやすくなります。
弊社ソフィアの調査では、社内コミュニケーション促進施策として1on1や研修・トレーニングが上位に位置づくことが示されています。つまり、研修は”単発ではなく運用の一部”として設計するほど成果が出やすい領域だと言えます。
ロジカル・シンキングで活用すべきフレームワークと思考法
ロジカル・シンキングにはどのようなフレームワークや思考法があるのでしょうか。ビジネスの場で特に活用していきたい、代表的な5つの思考法をご紹介します。
演繹法と帰納法の違い
ロジックの最も基本的な考え方は演繹法と帰納法に分かれます。この言葉を聞いただけで難しそうと感じた方もいるかもしれませんが、この2つは誰でも日常的に使っています。つまり当たり前にやっていることであり、呼び名だけが聞き慣れないというだけです。
また、実務でこの言葉を使う場面はほぼありません。上司から「これは演繹的にやって」と指示されることもないでしょうし、演繹と帰納は組み合わせて使うものですので、実務上で分ける必要もありません。
では何のために覚えるのかというと、演繹的と帰納的では有効な場面が違い、使いこなすコツも異なるためです。そのスキルを磨こうと思ったら、やはり何が演繹で何が帰納かをわかっていた方が学びやすいでしょう。定義の説明は省略して、実例をご紹介します。
<学習における演繹法と帰納法>
・英語学習で、文法と単語から教えるのは演繹法的です。
・英語学習で、とりあえず会話からやるのは帰納法的です。
<新製品開発における演繹法と帰納法 >
・米国ではやっているものを真似して日本でつくるのは演繹法
・テストマーケティングを繰り返して最終製品をつくるのは帰納法
<コロナパンデミック対策における演繹法と帰納法>
・マスク、手洗い、3密を避けることは演繹法的(スペイン風邪以来の対策)
・PCR・抗原検査による隔離策は帰納法的
上記の3つはどちらか片方ということではなく、両方を組み合わせて行っています。どちらにウェイトを置くかはその時の状況によりますし、それぞれの勘所やメリット・デメリットも異なります。
演繹法
演繹法とは、一般的に知られているルールや法則といった前提から論理を組み立て、結論を導き出す思考法です。前提となる原理が正しいことが根本にあるため、原理が正しければ結論も正しくなるという考え方です。
例として、「野菜はビタミンを含む」という一般論に対して「ニンジンは野菜である」という事実を当てはめて考えることにより「ニンジンにはビタミンが含まれる」という結論が導かれます。この場合、「野菜はビタミンを含む」が前提の原理となり、「ニンジンは野菜である」という揺るぎない事実を提示することで、「ニンジンはビタミンを含む」と結論付けているわけです。
ただし、前提となる原理が間違っている場合は、結論を含めた全ての論理が誤りになるという事態も起こり得ます。演繹法はロジカル・シンキングの中でも有効な思考法ですが、前提となる原理の正誤についてはしっかりと見極めておく必要があるでしょう。
ビジネス界では正確かつ速やかな対応が求められ、手順を省略することも重視されます。「○○神話」や「○○の法則」「金科玉条」といった言葉に表されるように、組織内でも演繹法に頼った意思決定が多く見られます。ただし、不確実な状況下での大前提の抽象化は、問題を深刻化させる結果にもなり得ます。こうした背景から、ビジネス現場では仮説を立てる演繹法が適切だと言えます。
☆成功例
アップル社が2007年に発売したiPhoneは演繹的推論による成功例です。まだそのようなコンセプトの製品が世の中にない(帰納的検証はできない)段階で、これまでのトレンドや売れる法則から「人々がこういうものを求めているのではないか」という仮説を立てて開発しました。
★失敗例
ブロックバスターは演繹的推論による失敗例です。DVDレンタル店で圧倒的な地位を築いたために、「顧客はDVDレンタルを望んでいる」という演繹的推論に固執しました。その結果、オンラインストリーミングに投資せずNetflixに対抗する機会を逸してしまいました。これは多くの衰退企業に当てはまる演繹的推論の典型的な失敗パターンです。
ある事業が成功すれば、そのやり方が成功するというデータは社内に山ほどあるため、類似した取り組みは説明しやすいし承認もされやすいという構造ができます。重要なのは出口戦略であり、その事業が衰退期に入ったときにいかに方向転換し損失を抑えられるかを考えなければなりません。
帰納法
帰納法とは、複数の実例から共通する項目をまとめることによって事実を導き出し、一般化するように「推論=結論」を導き出す思考法です。統計分析などにも使用されている思考法で、膨大なデータから傾向やパターンをあぶり出し、統計的な説得力の高い推論を導き出すことで相手を納得させる根拠として提示します。
帰納法の例を挙げると、「今日、東京は気温が高い」「今日、宮城は気温が高い」「今日、島根は気温が高い」という3つの事実があるとします。この場合に共通する事実は「気温が高い」ということであり、ここから帰納法として導き出す推論(結論)は「今日、日本は気温が高いかもしれない」となります。太平洋側と日本海側の都道府県3つとも気温が高ければ、日本全体の気温が高いと推測してもおかしくはありません。
帰納法はいくつかの事実から推論(結論)を導き出すものであるため、可能性として考えられる推論は他にもあることに注意が必要です。上記の例で言うなら、気象条件的にたまたま東京・宮城・島根の気温が高かっただけと推論する人もいるでしょうし、物事を見る角度や切り口によって推論(結論)が変わるのも帰納法の特徴です。
データ分析において、収集・整理・分析・統合のプロセスは帰納法的だと言えます。しかしながら、収集段階でバイアスがかかってしまう場合があるため、取得されたデータや事象は演繹法的な前提に基づいていることも意識しておく必要があります。また、データや事象を収集してビジネスの成功仮説を構築するには相当な時間と労力が必要です。帰納法に深入りしすぎると、ビジネスチャンスを逃すリスクもあるため注意が必要です。ビジネスにおいては、帰納法的な実験を実施しながら仮説を迅速に切り替え、行動するスピードが重要視されます。
☆成功例
Amazonは、顧客体験を徹底的に分析し、オンラインでの購入体験を改善することに焦点を当て、顧客満足度の高いオンライン書店を作り上げ、今日の成功の礎を築きました。
★失敗例
1985年にコカ・コーラが20万人という膨大な人数の味覚テストの結果をもとに売り出した「ニュー・コーク」の失敗が最も有名です(コーラの味を変えて大々的キャンペーンを行った79日後に「コカ・コーラ・クラシック」として旧製品を復活させました)。
弁証法
弁証法は、19世紀の哲学者ヘーゲルが提唱した、相反する要素が対立しながらも新しいものを生み出す力を持つという哲学概念です。
一見相矛盾する2つの目的を二者択一でも折衷案でもなく、同時に達成するための構想力が求められています。弁証法とは、対立する物事から新しい見識を見いだす思考法で、ビジネスの現場でもよく用いられています。「正」「反」「合」の要素を追って考えていくことで結論を導き出します。
たとえば、飛行機を運航したい(正)と考えたとして、飛行機の運航は環境に悪い(反)という対立する意見が出たとします。相反する正と反の意見を考えることで、環境に優しい燃料を使った飛行機を運航したい(合)といった落としどころとしての「合」の意見を導き出すことにより、新しい見識を結論づけるのが弁証法です。
現実社会では0か100かのような極端な結論を出すことが難しい場面が多く、「正」「反」両意見のバランスを取った「合」を用意する必要があります。そうした状況に柔軟に対応するための思考法として弁証法を活用することができます。
ビジネスにおける確率論には、高い失敗率が指摘される論説が多くあります。ただ、ロジカル・シンキングに基づくと、失敗を前提条件として考えた方が妥当性が高いとも言われています。
しかし、失敗する可能性の高いビジネスプランやデータを提示する起業家は見受けられません。要するに、演繹法か帰納法かにかかわらず、成功につながるプランと資料が本質です。アンチテーゼとして失敗する可能性のあるデータや事象に着目し、演繹法と帰納法を用いて思考することが非常に重要だと考えられます。
自己のバイアスがあると感じるのであれば、他者に自分の案を反証してもらうことも適切かもしれません。その際、耳障りな情報や批判的な視点からも学ぶことができ、優れたアイデアや革新的な発想が生まれることもあります。現代のビジネスにおいては、矛盾する要素を統合して新たなビジネスチャンスを生み出すためのフレームワークとして弁証法の役割は大きいと言えます。
たとえば、環境保護と利益追求は本質的に相反するものと考えられてきましたが、現在では環境汚染に関するコストが経済的・社会的に膨大なものとなっており、これら2つを同時に達成する方法を模索しなければ企業が生き残ることは難しくなっています。
MECE(ミッシー)
MECEとは、「ミーシー」もしくは「ミッシー」と呼ばれ、
・Mutually(互いに)
・Exclusive(重複せず)
・Collectively(全体的に)
・Exhaustive(漏れがない)
の頭文字を取った言葉です。
物事の全体像を把握しつつ必要な要素を抜け漏れなく集め、集めた要素同士が重複しないように分類し、誰もが課題や問題を把握できる状態にする考え方です。
たとえば、日本国民をMECEで分類するのであれば、年齢と性別ごとに分けることで漏れなく重複せずに網羅することができます。事象やデータ・情報を分けて並べる際に、1つ1つの事柄が相互に重複せず、全体として漏れない状態、つまりMECE(ミッシー)で整理するという考え方でありスタンスです。
結論から言えば、ビジネスにおいてMECE(ミッシー)で完全に整理できる状態はほぼ存在しません。新人研修などで「MECE(ミッシー)」の考え方を理解するために穴埋めのような演習が用いられることがありますが、理解には役立つものの、思考訓練としては限界があります。
完全にMECEになるような例題で説明することが誤解(完全にMECEでなければならないという思い込み)を与えている場合もあります。この誤解から、目的とは関係なくただMECEにしやすい方法で分けるといった本末転倒の理解をしてしまう方もいますので注意が必要です。
では、MECE(ミッシー)は無意味でしょうか? 相互に重複し抜け漏れがある状態は、事象や問題が整理されていない状態であり、誰かに伝えることが難しくなります。多くの事象や問題を相互に重複しないよう分けきること、そして並べた要素が全体を網羅し漏れない状態で並べきれるかという思考活動にこそ、MECE(ミッシー)の価値があります。つまり、MECE(ミッシー)はスタンスであり、考え方です。
ロジックツリー
事象や問題を分類し小分けにして、階層で並べる手法です。例えば「売上高」を「客単価」と「客数」の2つに分けて、「売上高」を上に書き「客単価」と「客数」をその下に置くことで、全体のつながりをわかりやすく可視化できます。
ツリー(木)という名称は、枝分かれしていく姿が木に似ているからです。問題の構造を可視化する手法として最も多用される図解のひとつです。ツリーには縦と横のルールがあります。
横のルールは2つあり、ひとつは同じ抽象レベルのものを並べること、もう一つはMECEに挙げることです。抽象レベルとは、たとえば「動物」と「桜」では異なります。「動物」には「植物」が同じレベルになりますし、「桜」には「馬」などが同じレベルになります。普段意識していないと少し迷う場合があるかもしれませんが、常に意識すればすぐ判断できるようになります。
ロジックツリーは大きく3つの手法に分かれています。
| ロジックツリー | ||
|---|---|---|
| 要素分解ツリー (WHATツリー) 物事の要素を分解することで全体像を浮き彫りにし、問題点を特定して解決や改善をするために使用するツリーです。会社の売上先の割合を把握し、マーケティング戦略で選択肢をあぶり出すなど幅広く使われます。 |
原因究明ツリー (WHYツリー) 個別の問題自体をテーマとし、問題が発生した原因や理由を掘り下げるために使われるツリーです。会社の売り上げが下がったといったテーマに対し、改善策を出す前段階の根本的な原因を可視化するために使われます。 |
問題解決ツリー (HOWツリー) 問題解決の方法を導き出すためのツリーで、考えられるアクションと優先順位を把握することに役立ちます。顧客を増やすための方法といった戦略の選定から、プランの優先順位を決定する際などに使われています。 |
MECE(ミッシー)を前提に考えると、ツリー上の1次階層・2次階層と深く分解していく思考は、最終的には事象やデータとの関係性の中から重要な要素を炙り出すことが可能になります。ロジックツリーで陥りがちなのは、事象や問題を分けきれなかったり、分けすぎて抽象度の違う要素を同じ階層に並べてしまったりすることです。ツリーが4段・5段となってくると難しくなりますが、少なくとも上から3段はフレームに基づいて分類しましょう。3段目の数が膨大になる場合は、2段目と3段目の間にもう一段入れられるはずです。これは慣れの問題ですので、ご自身の業務を分けて並べてみることを繰り返せば、自然と身につきます。
マトリクス
マトリクスとは、事象や問題などを軸を決めて「列(縦軸)」と「行(横軸)」に並べて整理する枠組みです。
たとえば自動車を購入する場合、横軸に対象となる製品名を並べ、縦軸に評価項目を並べると比較しやすい表ができます。同様に外部委託先選定における比較表から成績表まで、「列(縦軸)」と「行(横軸)」に並べて整理すると複数の要素が一覧で比較でき、わかりやすくなります。この場合重要なのは比較項目がMECE(ミッシー)に基づいているかどうかです。もちろん比較する必要のない項目まで挙げる必要はありませんが、重要な観点を落としていないか注意が必要です。
また、企業戦略論の大家イゴール・アンゾフのマトリクスは、縦軸を市場と置き「既存市場」と「新規市場」に分けて、横軸を製品サービスと置き「既存製品サービス」と「新製品サービス」に分けてマトリクスをつくりました。
・ 「既存市場」×「既存製品サービス」は「市場浸透」
・ 「既存市場」×「新製品サービス」は「製品開発」
・ 「新規市場」×「既存製品サービス」は「市場開拓」
・ 「新規市場」×「新製品サービス」は「多角化」
「列(縦軸)」と「行(横軸)」で並べることで、「新規と既存」「市場と製品」という軸から4つの象限が生み出されます。よく失敗するのは、縦横の軸が完全に独立していない場合です。たとえば市場と製品は独立していますが、市場と店舗のような2軸にするとかなり重複してしまう場合があります。
4象限にこだわる方もいますが、実務においては軸の分け方は無数にあり、何が最適かは目的にもよりますし、作業に投入できるリソースによって制限される場合もあります。「分ける」「並べる」ことによって「意味を生み出す」という手法であり、比較表もマトリクスであり、戦略論もマトリクスです。
ベン図
ベン図は、情報やデータの「全体」と「部分」に分けて部分を並べ、「部分の重複」「部分の大きさ」など関係性を四角と丸で図解する手法です。
一般的には全体集合を四角で表現し、部分集合を円や楕円で表現します。部分集合の円が2つあり、部分集合同士が重複している部分がある場合は、部分集合A・部分集合B・ABの重複部分・それ以外の4つの事象があることが表現できます。
全体の中に集合がいくつあるのか、相対的な規模はどのくらいか、関係はどうなっているかなど、全体と部分を相対的に明示できます。
実務においては大局を整理・説明する上で役立ちます。一方で、部分集合が4つ以上あるような場合は意味が乗数的に増え、解像度が上がりすぎて大局的に整理できず説明が難しくなります。
フレームワークの基本要素は「分ける」と「並べる」
これまで説明してきた通り、「MECE(ミッシー)」は考え方やスタンスであって手法ではありませんが、「ロジックツリー」「マトリクス」「ベン図」などの図解は常にMECEを意識して作成することが大切です。逆に言えば、これらの手法はMECE(ミッシー)の考え方になっているか確認するための手段にもなっています。
また、ロジカル・シンキングの思考においても、コミュニケーションにおいても、「分けて」「並べて」みることが基本です。それをもとに比較したり、取捨選択したり、組み合わせたりして意味を見出していきます。
従って、今回ご紹介したもの以外のフレームワークも「分けて」「並べて」整理するのに便利であれば、ロジカル・シンキングの道具箱に入れておくべきフレームワークだと言えます。
ただし、フレームワークはあくまで手段にすぎないことは常に意識しておいてください。 慣れてくると目的を忘れ、フレームワークさえ埋めればロジカル・シンキングができているような錯覚に陥ることがあります。
個人で作業する場合もチームで取り組む場合も、「この作業は何の目的でやっているのか?」「これで目的が達成できるのか?」と問い直すことは非常に大切です。
まとめ
今回は、ロジカル・シンキングを鍛えるための方法についてご紹介しました。ロジカル・シンキングを鍛えることで、ビジネスシーンにおける問題解決に役立てることができます。ご紹介した鍛え方を意識的に実践することで、物事を論理的に捉えて伝える能力の習得・向上に期待できるでしょう。
また、ロジカル・シンキングは論理的思考の総合的なフレームワークの名称であり、その中にはさまざまな思考法があります。必要とされる場面に適切なフレームワークを使うことで、問題点や課題を解決に導くことができます。ロジカル・シンキングを鍛えることで、変化の速い現代のビジネス社会に対応できる思考力を身につけていきましょう。
ロジカルシンキングは「研修で学ぶ」だけでなく、「会議・資料・1on1」に組み込んで初めて成果が出ます。自社のリアルケースを題材にした実践型研修や、現場定着まで含めた設計をご検討中の方は、お気軽にご相談ください。






