2022.07.28
シナリオ・プランニング完了! でもこれ、実務でどう使うの…?を避けるために〜後編〜
目次
不確実性の高い未来を予測し、今からできる戦略を準備する「シナリオ・プランニング」に取り組む企業が増えています。しかし実際には、想像する未来の可能性が過去の経験の範囲から抜け出せない、シナリオを作成しただけで終わってしまう、社内での理解が得られず浸透しないなど、さまざまな壁が立ちはだかることは少なくありません。
企業のシナリオ・プランニングの取り組みを多数コンサルティングしてきた株式会社スタイリッシュ・アイデアの新井宏征さんに、ソフィアのラーニングデザイナーの古川が、シナリオプランニングの実務での活用におけるポイントや、失敗例、社内に浸透させるために欠かせないことなどを聞いてみました。後編は、シナリオの具体的な活用事例を交えてお伝えします。
前編はこちら
シナリオ・プランニングに対する組織内の対話が新たな気づきを生む
10年後、墓石が売れない社会でも人気の石材屋さんって?
古川:新井さんがコンサルティングした中で、印象的だったシナリオ・プランニングの成功事例を教えてください。
新井さん:以前、コンサルティングをさせていただいた日本石材産業協会さんの例です。石材業界の未来を考えるため、2017年に10年後、つまり2027年の世の中がどうなるかを考えるためのシナリオを作成し、その結果を元に「今から自分たちはどのようなことに取り組んでいくべきか」を検討しました。そして総会の場などでさまざまなメンバーの方に、作成したシナリオを通して自分たちの将来を考えてもらったのです。
参加者は、若い頃から石材を扱う仕事一筋の職人さんが多く、自分が売っている石材が与える影響について長期的な視点で考える機会がなかった方がほとんどでした。事前のヒアリングやコンサルティングを進めるうちにその点に気づき、最終的なシナリオには、そういった人にとって気づきがあるシナリオになることを心がけました。
- 予測した未来:
10年後は景気が悪くなってお墓が売れない社会になっているかもしれない - 対話したこと:
1 お墓が売れない社会になったとしても“街の石屋さん”としてできることがあるのでは?
2 地域のコミュニティが失われつつある街を再度盛り上げるために、街の石屋さんとして何ができるか?
3 人が集まるようなきっかけづくりを店頭でできないか?
「今までお墓を売ることだけで、使う人のことを考えたことなかった」という気づきを得たことが、今後「この石はどのような人がどのように使うのだろうか」などを考えてつくるようになるなど、今の仕事に影響を与えるきっかけに
自分たちの慣れ親しんだ考え方からの脱却が、気づきやアイデアの鍵
古川:ヒアリングやリサーチなどから作成したシナリオを元に対話をし、新たな気づきやアイデアが生まれていく。新井さんはそのような「シナリオを読み、対話する」ことを重視していますが、建設的な対話をするために心がけるべきことはありますか?
新井さん:自分たちのパラダイム(慣れ親しんだ考え方)から抜け出せないままで対話をすると、設定した幅広いテーマとのギャップが生じてしまうことは、ひとつ注意点ですね。例えば、小売業で「10年後の日本における人々の暮らし」というシナリオテーマを設けたとします。自分のパラダイムの中で考えると、結局は全国展開している店舗を10年後にも残す前提で、そのために何をやるべきかを考えてしまうんです。そうではなくて、「そもそも本当に今の規模の店舗が必要なのか」という視点で見直すところからスタートします。そのためには、これまでどういう社会背景があってここまで店舗を増やしてきたのかなど過去にも目を向けながら、シナリオで10年後の日本の社会背景や人々の暮らしを想像し、その世界における必要なことやものをゼロから考えることが重要です。そうしないと、現在の経営資源や経営スタイルを変えないために何をするのかという範囲でしか対話が生まれません。
古川:とりわけ若い人のほうが前提を壊すことに抵抗がない印象ですね。既存の前提を壊して、新しい前提で作成したシナリオと、そのシナリオを元に考えた対応策を経験豊富な上司などに話すと「でも、それを崩すとうちの会社じゃないよね」「自分たちのアイデンティティはどうするの?」「きみはこの業界をわかってない」「そんなことは不可能だ」なんていう話になりがちです。
上の人に言われると、若い人は「いや、それは…モゴモゴ」となってしまう。しかも、そういうことを言われそうな気がすると、前提を壊したうえでの発想や新しい価値観自体をブロックしてしまう人も多いですよね。
新井さん:そうですね。シナリオ・プランニングを活用して対話をすることの本来の利点は、みんなが公平に意見やアイデアを出し合えるということです。いくら現在までに豊富な経験があっても、まだ見ぬ遠い未来では優位に立ちようがないし、みんな意見がバラバラで当たり前。正しいとか間違っているという話にはなりにくいはずですからね。
古川:私が担当してきた企業さんの研修などでも、自分たちが変えたくない、否定したくないところが出てくると、議論の対象から外してしまうということがよく起こります。そもそもその前提が正しいのかどうかを考えること自体がワークなんですけどね。
シナリオ・プランニングを実務に結びつけてイノベーションを起こすには
シナリオ・プランニングはアウトプットではなくインプット
古川:ただシナリオを作成しておしまいとなり、社内になかなか浸透しない、実務に落とすことができないという悩みは多くの担当者が頭を悩ませているところですね。新井さんはこの辺をどのように支援されていますか?
新井さん:将来の不確実性を踏まえた戦略的対話が積極的に行われる組織(会社、あるいは部や課など)を目指すためには、当然ながら作成したシナリオを組織内の全メンバーが理解する必要があります。ここでつまずいてしまうと、なかなか実務に落とし込むことはできません。
以下のようなポイントを押さえて理解浸透に努めるのがおすすめです。
- 報告される側にも一緒に考えてもらう場を設ける
プロジェクトチームの担当者がシナリオを経営層や上長などにプレゼンする場合、担当者は一方的に報告をするのではなく、経営層や上長などにも一緒に考えてもらう場をしっかり設けること - シナリオ作成のプロセスで得た経験や知見も伝える
プロジェクトメンバーは、シナリオだけではなくプロジェクトで得たさまざまな経験や知見を組織内に広めること - 若手社員の意見や考えも積極的に取り入れる
経営層や上長など上の立場の人が担当者の場合は、自分たちの視点で考えたことを伝えるだけではなく、同じシナリオを見て部下や若手社員が考えたことも積極的に取り入れること - ピンポイントで伝えない
いずれの立場であっても、こういうシナリオが見えたのでこういう対策が必要ですとピンポイントでいきなり投げても、相手には伝わらない - ビジョンから話し始める
「当社としてはこういうことが必要だ」というビジョンレベルの話から始め、「ビジョンを実現するためには、階層的に何が必要で何をしていくべきなのか」という話をすると、相手もイメージがしやすい
このような取り組みを通して、組織内のさまざまな場面で「もし、未来があのシナリオどおりになったら…」というような話が出てるようになり、ひいてはシナリオで描いた世界が組織内の共通言語になることが理想です。
古川:新井さんの著書『実践シナリオ・プランニング』に記されていた「シナリオ・プランニングはアウトプットではなくインプット」という一節は忘れてはいけないポイントだと思いました。シナリオという成果物をアウトプットして終了してしまうのではなく、自分たちの前提や枠組みを見直して未来を予測し、戦略を考える…そのプロセスそのものが学びであり、シナリオ・プランニングの役割はまさにインプットを得るという点なんですね。
新井さん:「成果物」をアウトプットするだけでシナリオ・プランニングの取り組みが終わると、途端にこれまで慣れ親しんだパラダイムに従って日々の業務に戻ってしまうというケースが少なくありません。うまくいかなかった取り組みのほとんどが、シナリオ・プランニングの「成果物」にしか目が向けられていないので、「成果」につながらないのです。
古川:シナリオ・プランニングは一度でおしまいではなく、1年あるいは数年ごとに取り組んでみて、そこでわかったことを踏まえてどうするか、1年前につくったシナリオと今の前提が変わったのかということを定期的に話していくと、不確実な世の中においてより柔軟性の高い組織になっていくのでしょうね。
新井さん:そうですね、シナリオを作成するプロセスを通して社会を見る力が養えることが、シナリオ・プランニングの本質的な価値だと思います。
私が普段お客様と接する中でも感じていることですが、組織の課題に対する解決方法を求めている人は「どうやって解決するか?」という点、どのような施策をどう実施するかに気を取られてしまいがちです。しかし、本当に大事なのは、その施策を使う意味、目的に立ち返ること。立ち返る過程において、きちんと自分たちの取り組みや考えをもう一度眺めてみることなのだと、新井さんとのお話を通してあらためて感じました。そして、シナリオをつくる際に新しい観点で組織内の対話を深めていくことが、個々人だけでなく、組織にとっての学びにもつながるのだと、再認識できました。新井さん、ありがとうございました!
前編では、シナリオ・プランニングの必要性と未来に備えたシナリオを作成するうえでのポイントをご紹介しています。
(文・写真:飯島 愛)
関連事例
株式会社ソフィア
ラーニングデザイナー
古川 貴啓
組織の風土、行動を変えていく取り組みを企画設計から、実行継続まで支援しています。ワークショップなどの対話を通して新たな気づきを組織に生みだし、新たな取り組みを始めるための支援を得意としています。
株式会社ソフィア
ラーニングデザイナー
古川 貴啓
組織の風土、行動を変えていく取り組みを企画設計から、実行継続まで支援しています。ワークショップなどの対話を通して新たな気づきを組織に生みだし、新たな取り組みを始めるための支援を得意としています。