どうして「デジタルトランスフォーメーション(DX)」にワクワクしないんだろう? 


【この記事のポイント】
・DX推進に現場社員の理解や共感を得られない原因は「ユーザー視点」の欠如?
・人を動かすのは「使うといいことがあるか」「身近な人が使っているか」「使うと楽しいのか」といった評判や期待
・「新システムを使って社員の新しい体験をデザインしていく」視点を持とう


「『デジタル化しろ!』と脅されるけど、一体自分の仕事がどう変わるのか?」

世界中のあらゆる企業がいま、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の波に直面している。

「今後の人材不足に備え、できる業務は自動化して、より効率化しなければ」

「今後多くの仕事がAIやロボットに奪われていく。人間にしかできない仕事に注力して、スキルを高めていかなければ」

「シニア層社員のITリテラシーが低すぎる。キャッチアップしなければ切り捨てられるぞ」

「顧客も競合他社もどんどんデジタルシフトしている。最新の技術を取り入れて、より利便性が高く革新的なサービスを提供しなければ、企業は生き残っていけない」

企業の中で働く一人ひとりにとっては、会社の上層部や、外部のコンサルタント、ITベンダーが発するこうしたさまざまな号令に脅されているような気がするのではないだろうか。

私たちがクライアント企業のDX推進プロジェクトを支援する際、現場の社員の方々にヒアリングしてみるとこんな悲痛な叫びが聞こえてくる。

「人材不足なのはわかっている。仕事を自動化して楽になったり、新しいサービスが売り上げにつながるならそれは嬉しい。でも、そこにたどり着くまでに余計な仕事が増え、効率化できたらできたでその分仕事が増え、いざ人を減らせる状況ができたら自分は真っ先に切られるのではないか?」

「業務で使うさまざまなツールやシステムを、やっと使いこなしたと思ったら新たなツールが登場する、システムが入れ替わる。クラウドだなんだとITの担当者やベンダーが持ってきて『こんなことができるようになる!』と得意げに説明するけれど、新しいシステムやツールに合わせて業務のプロセスを変えなければならないなんて本末転倒じゃないか?」

「自分たちはただ『今の業務プロセスを変えずに、使っているツールがちょっと便利になればいい』だけなのに。社内システムを全面刷新して一体自分たちの仕事の何がどう良くなるのか、わかりやすく教えてほしい!」

そして、社内のプロジェクトチームによるシステムやツールの刷新、業務改善といったDX推進の取り組みに対して、現場の反応は往々にして冷ややかだ。自分たちの仕事を進化させる、ワクワクする取り組みであってもいいはずのDXがなぜ楽しくないのか。DXを推進するプロジェクトチームは、どうすれば現場の社員の理解・共感を得て取り組みを前進させることができるのか。私たちの身近にある例を取り上げながら探っていこう。

スマホは満員電車でも必死で見るのに、社内システムは誰も使わない?

ところで、あなたは一日にどれくらいスマートフォンを使い、アプリをいくつ入れているだろうか? 買ったときから入っているけれど一度も使っていないアプリ、面白そうだと思って入れたが少しだけ使って使わなくなったもの、一方で毎日のように使っているものもあるだろう。スマホアプリの市場では、世界中のベンダーがしのぎを削って、ユーザーに選ばれるものだけが残っていく。そしてユーザーはその利便性や楽しさに触れて、満員電車の中やちょっとしたスキマ時間にも、スマホの画面を見つめている。スマホを持つことであなたの生活はさまざまな面で変化した。でもそういった変化を「苦痛だ」とか「面倒臭い」と思ったことはあまりないのではないだろうか?

一方で、社内で使用するシステムやアプリケーションのベンダーはそう多くない。既存のものをカスタマイズしたり、自社専用のシステムを1から構築する場合もあるだろう。そして、全体最適を見越して多額の費用で入れ替えを行うので「ちょっと使いにくいから別の商品に変える」なんてことはできないし、「うちの部署だけこっちの会社の製品を使います」というわけにもいかない。多くの社員にとっては「自分で選んだわけではない」システムを上から押し付けられている状態なので、「仕方なく使う」「できれば使いたくない」という不満を抱えたまま、ほんの一握りの人しか使わなくなってしまうこともあるだろう。

新たなツールが私たちにもたらしてくれるのは「新しい視点や世界観」への理解と共感

ここで、思い出してほしい。初めてソーシャルメディアに参加したときのこと、そして初めてスマートフォンを手に入れたときのことを。友達から招待されて参加したSNSで、ずっと会っていなかった小学校や中学校時代の友達とつながった驚き、ブログや質問サイトで自分と同じ悩みや疑問が紹介されているのを見たときの安心感、同じ趣味を持つ人たちとのオフ会に参加したときのドキドキ。スマートフォンを手に、疑問に思ったことをすぐその場で調べたり、場所を選ばず小さな画面で映画を見たり、自分が見つけた便利なアプリを人に紹介したり…。新しいコミュニケーション接点や新しいツールが、今までとは異なる視点や新たな世界観、そしてさまざまな小さな喜びをもたらしてくれたのではないだろうか。

日本で他社に先駆けてソフトバンクがiPhoneの提供を開始した際、孫正義社長(当時)は全社員にiPhoneを配布して「これを使って好きに遊ぶように」と全社メールでメッセージを発したそうだ。そしてソフトバンクの社員は日本で最初のiPhoneユーザーとして、メールやWeb、写真やSNS、地図やゲームなど、仕事にプライベートにiPhoneの便利さや魅力を実感した。その結果として、販売店やユーザーへの説明もスムーズに進んだという。企業におけるDX推進に往々にして欠けているのは、こういった「ユーザー視点」ではないだろうか。

DXに必要なのは先進技術や革新的な機能ではなく、「使いたくなる」魅力の発信

社内のITの担当部署や働き方変革の部署が声高に、DXだIT活用と謳い、やれ仕事がなくなると恐怖を煽ったり「こんな最新技術がすごい」「活用すべきだ」と言ったところで、現場の社員は理解するものの決して腹落ちはしない。納得してないということは行動につながらない、仕方なしに行動したとしても続かない。

しかし、そんな社員もプライベートではいつもスマホを手元に、情報をチェックしたりメッセージをやりとりしたり、写真を撮ったり地図検索をしたり、ネットバンキングやネット通販などさまざまなWEBサービスにスマホ決済にと活用している。シニア層の社員だって、多くの人がLINEで家族と連絡を取り合ったり、趣味や地域の仲間とのグループを作ったりしている。

以前は、LINEがなくても直接会うなり電話なりメールなりで用は足りていたので、私たちはLINEがなければ生きていけないわけではない。「スマホを使え」と指示されたわけでも、「スマホくらい使わないと生き残っていけない」と脅されたわけでもなく、スマホが確実に自分たちの生活を便利に、楽しくし、周囲の人とのコミュニケーションにも役立つから「使いたくて」使っている人が大半ではないだろうか。

そして、サービスは使われる中で用途が生まれていく。サービス開始前にいくら市場調査をしても、日本で高齢者が孫と連絡を取り合うのにLINEを使うようになるとわかっただろうか?

DXを促進するための3つの処方箋

実際にサービスに触れる中で、用途が生まれ、ユーザーの要求事項もあきらかになっていく。そして実際に触れるところまで人を動かすのは「使うといいことがあるか」「身近な人が使っているか」「使うと楽しいのか」といった評判や期待だ。これを踏まえて、社内への新しいテクノロジーの導入といった点でのDXを推進するための3つの処方箋を紹介する。

1.「使うといいことがあるか?」~スモールスタートでユーザーと一緒に作り上げる~

そのシステムやツールを使ったことがない人にいくらヒアリングをしたところで、「今のシステム」「今の業務プロセス」を下敷きにしたニーズしか出てこない。まずはシステムのプロトタイプを作ったり、一部の部署でツールのテスト導入をして、実際にユーザーに使ってもらい、改善を積み重ねながら「これをこんな風に使うと便利だ」という状態を一緒に作り上げていくことだ。

2.「身近な人が使っているか?」~現場のエバンジェリストが広める~

「社長肝いりのシステム」や「IT担当部署が持ってきた新しいツール」を押し付けられても、現場では「やらされ感」しか感じない。スモールスタートで実際のシステムやツールを使い、その良さを実感した現場の社員がエバンジェリスト(伝道師)となり、実際に現場で使って見せたりその良さを伝えたりし、仲間を増やしていけば、より自然なかたちで現場に受け入れられやすい。

3.「使うと『イイね!』」~成功事例からムーブメントを仕掛ける~

いくらIT担当部署が、「最先端の技術を使っている」「こんなに便利で革新的な機能がある」とアピールしても、それを受け取る現場の人間にとっては、その技術や機能が自分の仕事にどう結びつくのか想像しにくい。たとえば営業担当者に説明するなら「ローカルとクラウド上のファイルが常に同期していてどこからでもアクセスできる」というよりも「出先で急遽参照したい資料があるときに、いちいち人に頼んで送ってもらわなくてもいい」「資料作成のために会社に戻らなくてもいい」と話した方が響くだろう。全社に広めていくには、まずテスト導入の結果業務に良い影響が出た「好事例」を集めて、メールマガジンや社内報、社内ポスターなどで発信しよう。他にもトップマネジメントからの「私たちも活用している」という発信や、現場からの活用アイデア募集や表彰、キックオフイベント、ノベルティの配布など複数の施策を組み合わせて全社的なムーブメントを盛り上げていこう。

「このツールを活用すればいいことがあるかもしれない」「業務がもっと楽になるかもしれない」「もっと色々使ってみて活用の可能性を探りたい」というユーザーの動機付けをするために、DXを推進する側が働きかけられることは色々ある。

現場の社員が置かれた状況や、抱いている感情を理解し、「新しいシステムやツールを使って社員の新しい体験をデザインしていく」という視点を持てば、DXをもっとワクワクする取り組みに変えていけるはずだ。

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株式会社ソフィア

オペレーションデザイン事業責任者、シニア コミュニケーションコンサルタント、 IABCジャパンチャプター プレジデント

築地 健

インターナルコミュニケーションの現状把握から戦略策定、ツール導入支援まで幅広く担当しています。昨今では、DX推進のためのチェンジマネジメント支援も行っています。国際団体IABC日本支部の代表を務めています。

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