パーパス経営とは?メリット・デメリットから人的資本経営との関係、企業事例まで徹底解説
最終更新日:2026.03.09
目次
近年、ビジネスシーンにおいて「パーパス経営」という言葉が急速に浸透し、経営の最重要トレンドの一つとなっています。VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代において、企業は単なる利益追求だけでなく、社会課題の解決や持続可能な社会への貢献といった「公器」としての役割を強く求められるようになりました。投資家によるESG投資の拡大や、ミレニアル世代・Z世代を中心とした働く人々の価値観の変化も、この潮流を後押ししています。
しかし、多くの企業で「パーパスを策定したものの、現場に浸透していない」「経営理念やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)との違いが曖昧で、屋上屋を架す状態になっている」「きれいごとのスローガンで終わっている(パーパス・ウォッシュ)」といった課題も浮き彫りになっています。経営企画や広報の責任者にとって、パーパスをいかにして組織の駆動力に変えるかは、極めて切実な経営課題と言えるでしょう。
本記事では、パーパス経営の基本的な定義から、類似概念である経営理念との構造的な違い、導入によって得られる具体的なメリット、そして陥りがちな失敗リスクとデメリットについて、体系的に解説します。さらに、昨今の重要テーマである「人的資本経営」との深い相関関係や、弊社ソフィアが実施した最新の「インターナルコミュニケーション実態調査2024」のデータに基づく、組織浸透のための具体的なアプローチについても詳述します。ソニーやパタゴニアといった先進企業の事例も交えながら、これからの企業経営に不可欠な「存在意義」の力を解き明かしていきます。
パーパス経営とは
「パーパス経営」という言葉は、現代の企業経営において中心的な概念となりつつあります。しかし、その定義やニュアンスは文脈によって異なる場合も少なくありません。まずは、パーパス経営の定義と、なぜそれが今、これほどまでに重視されているのか、その本質的な意味を掘り下げていきましょう。
パーパスの意味と定義
「パーパス経営」とは、社会における自社の存在意義を掲げたパーパスを軸に企業経営を行うことです。
パーパス(Purpose)という言葉自体は、直訳すれば「目的」や「意図」を意味します。しかし、近年のビジネス文脈においてこの言葉が使われる場合、単なる業務上の目標や数値目標を指すのではありません。一言でいえば「社会におけるその企業の存在意義」と言い換えることができるでしょう。
つまり、パーパス経営とは、「我が社はなぜこの社会に存在するのか」「事業を通じて、社会や地球環境、人々にどのような価値を提供し、どう貢献するのか」という根本的な問いに対する答え(存在意義)を明文化し、それを経営戦略、事業活動、人事評価、日々の意思決定のすべての中心(軸)に据える経営スタイルを指します。
従来、企業経営の主目的は「株主利益の最大化」にあるとされることが一般的でした。しかし、パーパス経営においては、利益は目的そのものではなく、社会的な存在意義を果たした結果として得られる「未来への投資原資」であると捉え直されます。
パーパス経営による企業活動が重要視されるようになった背景
なぜ今、パーパス経営がこれほどまでに注目され、多くの企業が導入を急いでいるのでしょうか。その背景には、産業構造の変化と、企業を取り巻く社会環境の劇的な変化があります。
産業革命以降、企業のさまざまな活動が社会を大きく変革してきました。しかしその活動のほとんどが企業の功利主義に基づくものだったため、環境問題や労働問題、経済格差などを生み出すことになりました。
企業活動によって社会が変革していくにつれて、さまざまな課題も同時に発生してしまったのです。このような課題にアプローチするために、社会における企業の立ち位置を見直そうというのが、パーパス経営の根底にある考え方です。
かつての高度経済成長期においては、モノ不足の解消や経済的な豊かさの追求が、企業の役割として社会的に合意されていました。しかし、物質的な豊かさが一定程度達成された現代において、企業が単に売上や利益を追求するだけでは、社会からの支持を得ることが難しくなっています。気候変動、資源の枯渇、人権問題といった地球規模の課題に対し、企業が加害者になるのではなく、解決者になることが求められているのです。
端的に言えば、単に金銭的な利益を追い求めるのではなく、社会課題への解決や革新的なイノベーションの創出を意識した企業活動を行おうという目的で、昨今パーパス経営が重要視されています。
経営理念とは?
パーパス経営を理解する上で、避けて通れないのが従来の「経営理念」との関係です。日本企業には古くから、社是や社訓といった形で経営理念が存在してきました。
経営理念とは「何のために企業活動をするのか」といった、企業自身が定める経営の在り方を指します。
一般的に、経営理念には創業者の信念、企業として大切にするべき考え方、価値観などが表現されていると考えてよいでしょう。経営理念の主な機能は、意思決定を下す際の主義であり、原則(プリンシパル)、哲学(フィロソフィー)になります。
経営理念は、創業者がどのような思いで会社を興したか、社員にどのような心構えで働いてほしいかという、内面的な価値観や道徳観を色濃く反映するものです。これは組織のDNAとして、永続的に受け継がれるべき精神的支柱としての役割を果たしてきました。
どのような企業活動を目指すのか、そのためにどう判断するのかを、経営理念を軸にして考えていくのです。そういったことから、経営理念はパーパスとよく似た概念と言えるでしょう。実際に、経営理念とパーパスを分けて掲げている企業はそう多くありません。
パーパスと経営理念の違い
多くの企業で議論になるのが、「パーパスと経営理念(あるいはミッション・ビジョン・バリュー)は何が違うのか?」という点です。両者は非常に近しい概念ですが、その視座(パースペクティブ)に決定的な違いがあります。
経営理念は、その会社が抱える「価値観」や「想い」を指します。一方でパーパスは、その企業の社会における存在意義を指します。つまり、パーパスの方がより社会的な目線を踏まえたものなのです。
経営理念とパーパスを一緒のものとして扱っている企業も多いと紹介しました。実際、パーパスは経営理念に近い用語として存在します。しかし厳密には違いがあるので、意味を整理していきましょう。経営理念は、その会社が抱える「価値観」や「想い」を指します。一方でパーパスは、その企業の社会における存在意義を指します。つまり、パーパスの方がより社会的な目線を踏まえたものなのです。
以下の表に、パーパスと従来のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の違いを整理しました。
| 概念 | 視点(Perspective) | 問いかけ(Question) | 特徴 |
| パーパス(Purpose) | 社会視点(Outside-in) | 「社会において、なぜ当社が存在するのか?」 | 社会課題解決、公益性、ステークホルダー重視 |
| ミッション(Mission) | 自社視点(Inside-out) | 「当社は何を成し遂げたいか?(使命)」 | 競合優位性、事業目標、遂行すべき任務 |
| ビジョン(Vision) | 未来視点(Future) | 「当社は将来どうなりたいか?」 | 中長期的な到達点、理想の姿 |
| バリュー(Value) | 組織視点(Organizational) | 「当社はどう行動すべきか?」 | 行動指針、価値観、カルチャー |
パーパスは、企業が存在する意義や社会的な役割を表し、社会に貢献するための方向性を示します。一方、経営理念は、企業の価値観やビジョンを表し、そのビジョンを達成するための行動指針を示します。経営理念は、経営者が会社のビジョンを実現するための行動指針を示すことが多く、パーパスはより大きな社会的な目的を表すことが多いと言えるでしょう。
従来の経営理念やミッションは、「我々は何をしたいか」「我々はどのような会社でありたいか」という、主語が「我々(We)」である自社視点(Inside-out)で語られることが多くありました。これに対し、パーパスは「社会(Society/Planet)が我々に何を求めているか」「我々は社会に対して何ができるか」という社会視点(Outside-in)が含まれているかどうかが、最大の違いです。
また、現在では企業が社会や環境との関係性から成果を出すという均衡をとることが必要となっています。その点において、パーパスや経営理念は非常に重要な役割を果たしています。企業が持つべきパーパスや経営理念を策定し、それを社員が共有し、行動指針として実践することで、社会的な信頼を得ることができ、企業の長期的な成長につながります。
経営理念とパーパスの関係性
では、これからパーパスを策定しようとする企業は、既存の経営理念を捨て去るべきなのでしょうか。あるいは、経営理念とは別にパーパスを新設すべきなのでしょうか。
実務的な観点から言えば、必ずしも既存の体系を解体する必要はありません。重要なのは、言葉の定義論争ではなく、それらが組織の中でどう機能するかです。
経営理念とパーパスという2つの言葉には、どのような関係性があるのでしょうか。
会社の経営理念は、会社によって異なる構造で組み立てられていますが、「ミッション・ビジョン・バリュー」の3つの階層に分けられる場合、パーパスはミッションとビジョンのどちらにも含まれます。「ビジョン・バリュー」の2つの階層に分けられる企業の場合は、ビジョンにパーパスが含まれます。
多くの日本企業では、既存の「経営理念」や「社是」の中に、すでにパーパス的な要素(社会貢献の精神など)が含まれているケースが多々あります(例えば、近江商人の「三方よし」など)。その場合、あえて「パーパス」という横文字を導入せずとも、既存の理念を現代的な文脈で「パーパス」として再定義・再解釈することも有効な戦略です。
私たちソフィアではこれまで、さまざまな企業のインターナルコミュニケーション・インターナルブランディングを支援してきました。その支援経験から、経営理念とパーパスを明確に分けて運用している会社は上手くいっていないということ、何よりも大切なのはパーパスや経営理念が浸透しているかどうかだということがわかりました。
現場の社員にとっては、「これはミッションなのか、パーパスなのか」という定義の違いよりも、「自分の仕事が誰の役に立っているのか」「会社は何を目指しているのか」が腹落ちすることの方が重要です。定義にこだわりすぎて屋上屋を架し、社員を混乱させてしまっては本末転倒ではないでしょうか。
経営理念という言葉には、辞書的な意味だけではなく、組織やステークホルダーがその内容を理解し支持しているという意味も含まれます。
また、企業が外部に発信する際には理念とパーパスを整理し、わかりやすく伝えることが必要です。しかし、社内においては、理念とパーパスを厳密に分ける必要はなく、行動や実務に合わせて解釈を広げることができます。理念とパーパスは、社内においては実務に沿って柔軟に解釈を行うことが重要です。
経営理念とパーパスを明確に使い分ける必要はない?
実務上の運用においては、パーパスと経営理念の境界線は必ずしも厳密である必要はありません。
「パーパス」と「経営理念」は明確に異なる概念ですが、コミュニケーションにおいて明確に意識して発信していない場合が多くあります。これは、組織の上位概念自体において、完全に整合的であるわけではなく、経営環境や課題によって強調される要素が異なるためです。
パーパスや経営理念は、組織の目的を表した形而上の表示です。そのため、コミュニケーションの中で、解釈の幅や奥行きを深めることが重要です。
重要なのは、その言葉が組織を駆動させる「生きた言葉」になっているかどうかです。形式的な整合性よりも、ナラティブ(物語)としての一貫性と、社員の共感を優先すべきでしょう。
経営理念においてパーパスが注目される背景
ここまでパーパス経営の定義や経営理念との関係性を整理してきました。では、なぜこれほどまでに「パーパス」が注目され、経営の必須要件とされるようになったのでしょうか。その社会的・歴史的背景をさらに詳しく掘り下げていきましょう。単なる流行ではなく、資本主義のあり方そのものが変容していることを理解する必要があります。
企業の社会的意義が重要視される時代
ここまで経営理念とパーパスの関係性を整理してきました。しかし、なぜ経営理念におけるパーパスが注目されるようになっているのでしょうか。主に考えられる2つの理由をご紹介します。
一つ目の理由は、企業の社会的役割の変化です。
企業というものの在り方が大きく変わっていることも、パーパスが注目される大きな理由です。かつては利益を生み出すための組織であった企業が、今では社会的な課題を解決するために有効な存在として認識されるようになったのです。
かつて、ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマンは「企業の社会的責任は利益を増やすことにある」と説きました(フリードマン・ドクトリン)。しかし、この考え方は環境破壊や格差拡大を助長したとの批判を受け、現在では「ステークホルダー資本主義」へと移行しています。
実際、オックスフォード大学の教授であるコリン・メイヤー氏は、「企業のパーパス(存在意義や目的)は、単に利益を生み出すことではない。個人、社会、自然界が直面する問題の解決策を企業戦略に組み込み、人々の信頼を増やす努力を踏まえ、利益が出る形で人々の幸福に貢献することだ」と主張しています。
また、2019年8月、米国の主要企業のCEOが参加する「ビジネス・ラウンドテーブル」が発表した声明は、世界に衝撃を与えました。彼らは「株主至上主義」を見直し、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、そして株主のすべてのステークホルダーに貢献することを企業の目的(パーパス)とすると宣言したのです。
社会課題は国家やそれぞれの地域が解決するものだという認識もありますが、今や企業法人にその役割が期待されるようになっています。企業は軸である主義主張・スタンスからサービスやソリューションを創出して、社会を変えていける影響力を持つため、そのような期待が寄せられるようになったのでしょう。
企業はもはや、政府やNPOだけでは解決しきれない複雑な社会課題(気候変動、貧困、教育格差など)に対し、ビジネスの力を使って解決策を提示できる強力なアクターとして期待されています。
しかし、法人はあくまでも営利集団です。そのため、社会課題をどのように解決していくのかは、明確なイデオロギーを確立した上で、利益の視点も含めた判断がされていきます。このイデオロギーのひとつの軸として、パーパスが必要とされているのです。
ESG投資の拡大とSDGs
金融市場における「ESG投資(環境・社会・ガバナンスへの配慮に基づく投資)」の急拡大も、パーパス経営を後押ししています。世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEO、ラリー・フィンク氏は、投資先企業のCEOに宛てた年次書簡で繰り返し「パーパスの重要性」を説いています。投資家は、社会的な存在意義を持たない企業、あるいは社会に負の外部性を与える企業は、長期的には持続可能(サステナブル)ではなく、投資リスクが高いと判断するようになっています。
また、国連のSDGs(持続可能な開発目標)が世界の共通言語となったことで、自社の事業がSDGsのどのゴールに貢献しているのかを説明する文脈として、パーパスが不可欠になっています。
多様性が重要視される時代
二つ目の理由は、組織内における多様性の高まりです。
「多様性が重要視される時代」とは、人の多様性とビジネスの多様性が相まって、複雑化・高度化する現代社会において、企業が生き残るために必要な要素であることを指します。
従来の日本企業は、年功序列や終身雇用といった同質性の高い環境の中で成長してきたため、人々の多様性を反映することができませんでした。しかし昨今、グローバル化により異なる雇用形態や文化を持つ社員が増え、人材の流動化が進む中で、異なるバックグラウンドを持つ人々の協働が求められるようになっています。このような多様性を受け入れ、活かすことが、企業にとっても必要になってきました。
かつての日本企業のような「同質性の高い組織」では、言葉にしなくても通じる「阿吽の呼吸」や「空気を読む」文化で統制が可能でした。しかし、性別、国籍、年齢、働き方、価値観の異なる人々が集まる現代の組織において、暗黙知は機能しません。
人の多様性があるからこそ、スキルや専門性の多様性が生まれますが、それだけでビジネスが成り立つわけではありません。共通する目的や方向性といった足場が必要です。そこで、ビジネスにおいてはパーパスが必要となります。パーパスを共有することで、組織内の方向性が統一され、チームワークやコラボレーションが生まれます。
バラバラな個性を持ち、異なる場所や時間で働く人々を、一つのチームとして束ねるための「求心力」や「旗印」として、パーパスが必要とされているのです。
ビジネスの複雑化と現場への権限移譲
ビジネスの多様性については、大企業が多角化する中で、意思決定権限や責任が現場に移譲され、企業・地域・業界を越えた連携が増えています。また、前例や経験則では判断できない問題や事象が増え、専門領域・業界・社会をまたぐ複雑な問題を解決することが求められるようになっています。
このような状況下で、柔軟性や冗長性が求められ、中心的価値観に基づいたビジネスモデルを構築することが重要とされているのです。
VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代において、トップダウンですべての指示を出すことは不可能です。現場の社員が、瞬時に状況を判断し、自律的に行動することが求められます。その際、「何のためにやるのか(Why)」という判断基準(パーパス)が共有されていれば、マニュアルがなくても正しい判断を下すことができます。
パーパスがあるからこそ、ルールを減らして現場に権限を与えることが可能になります。現場の自由度が高まることで、不確実な状況に対応する柔軟性が生まれます。パーパスは、ビジネスにおける原則であると同時に、現場の自由度や柔軟性を高めることができる重要な要素です。
ミレニアル世代・Z世代の価値観の変化
労働市場の主役となりつつあるミレニアル世代やZ世代の価値観の変化も見逃せません。デジタルネイティブであり、幼少期から環境問題や社会課題に触れてきたこれらの世代は、就職先を選ぶ際に「給与や安定」だけでなく、「その会社が社会にどう貢献しているか」「自分の仕事に意味があるか(Meaningful Work)」を強く重視します。
優秀な若手人材を獲得し、定着させるためにも、企業は明確なパーパスを提示し、それに共感してもらう必要があります。これは「採用ブランディング」の観点からも極めて重要です。
経営理念やパーパスがないと組織は学習も成長もできない
ここまで、パーパス経営の背景や必要性について見てきました。では、視点を変えれば、経営理念やパーパスが確立されていない組織はどうなるのでしょうか。組織が持続的に成長するためには、経験から学び、進化し続ける「学習する組織」である必要があります。ここでもパーパスは重要な役割を果たします。
経営理念やパーパスが確立され、それが浸透していればいるほど、組織はその理念・パーパスを基準に意思決定を繰り返すことができます。組織が学習する際に、理念やパーパスを軸に据えることが重要であり、その基盤が整っていれば、反省や見直しを繰り返して、理想の状態を追求することができます。換言すれば、経営理念やパーパスは、企業が組織的に学習をする際の指針となるものです。
確固たる軸(パーパス)があれば、成功した場合も失敗した場合も、「パーパスに照らしてどうだったか」を振り返り、組織知として蓄積することができます。
しかし、経営理念やパーパスが確立されていなかったり、浸透していなかったり、またはまったく共感を獲得できていないような場合には、過去の成功体験や失敗体験を基盤に学習するサイクルが行われます。これらの学習が、企業の向かうべき方向性と一致していない場合、その学習は無駄になるでしょう。
軸がない組織は、環境変化に翻弄され、場当たり的な対応(シングルループ学習)に終始してしまいます。根本的な価値観に立ち返って前提を問い直す学習(ダブルループ学習)を行うためには、その前提となるパーパスが不可欠です。
多様性が重要とされる中で、現場に意思決定を落とし込むためには、原則論が大切です。ただし、古い原則論に囚われることなく、詳細な既存の枠組みを持ちながら現場が学習することも重要です。理念やパーパスを軸に学習を行うことで、組織全体の目標達成に向けた一体感や協調性が生まれます。
パーパス経営により得られるメリット
では、具体的にパーパス経営を導入することで、企業はどのような果実を得ることができるのでしょうか。主なメリットを5つの観点から解説します。
企業が目指す方向性を示せる(アジリティの向上)
ここまでは、パーパス経営の背景や必要性について詳しく見てきました。以下では、パーパス経営を行うことが企業にとってどのようなプラス要素になるのかを整理していきます。
企業はパーパス経営を行うことで、社員全体に目指すべき方向性を示すことができ、方向性は社員の行動指針となります。パーパスを社内全体にうまく浸透させることができていれば、スピード感を持った意思決定が実行できるでしょう。従業員がパーパスをもとに同じ方向を見ているので、選ぶべき道は明らかであり、対立する必要がなくなるからです。
組織内での対立や調整コストの多くは、「判断基準の不一致」から生じます。パーパスという共通の「北極星」があれば、部門間の利害を超えて「それはパーパスの実現に繋がるか?」という一点で合意形成を図ることが容易になります。
また、パーパス経営をしている姿勢そのものが、企業のブランディングに直結することもあります。とくに看過できない課題が乱立する昨今、社会課題の改善のために積極的に関わっていくことで、企業の印象がアップします。
ステークホルダーから信頼される
パーパス経営とは、単なる利潤追求という状態から一歩離れて、社会全体に対して企業として貢献していく経営スタイルであり、環境・経済など、喫緊の課題に向き合っていく姿勢を持っていることの証になります。社会課題に対して積極的に貢献していこうという意思を持っていることで、顧客や投資家などのステークホルダーから、信頼を得ることができるでしょう。
現代の消費者は、「応援消費」や「エシカル消費」といった言葉に代表されるように、商品そのものの機能だけでなく、その背後にある企業の姿勢やストーリーを購入します。
信頼を得ることは、企業にとって直接的なメリットにつながります。具体的には、ブランディングに成功したり、売り上げが向上したりという効果が期待できます。また、投資家からの支援が厚くなるなどのメリットが想定されます。
パーパスがエンゲージメントを産み出す
従業員エンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)の向上は、パーパス経営の最大のメリットの一つです。
経営理念やパーパスによって良い文化や風土が醸成された結果、従業員のエンゲージメントが高まるということがあります。経営理念やパーパスは、社員一人ひとりの能力や集団組織におけるシナジーと基礎として、最重要な位置づけをされることがあるため、組織風土や文化に強く影響します。従業員が組織のパーパスに共感し、自己正当化できる場合、組織に対しての熱意や情熱が生まれ、エンゲージメントが高まるでしょう。
自分の仕事が「誰かの役に立っている」「社会を良くしている」と実感できることは、金銭的報酬以上に強力な内発的動機付け(モチベーション)になります。
また、経営理念は、個人であれば組織に所属し、ビジョンに向けて、事業や業務をすることを自己正当化するための機能があります。それとともに、経営者やマネジメントが組織内外の問題を解釈するための前提としての正当性の担保になります。理念が明確であることは、組織内の方向性を明確にし、従業員に対して組織の目標や方向性を共有することができるため、エンゲージメントの向上につながります。とくに、組織のパーパスやミッションが社会的意義を持ち、社会貢献や社会的使命を果たすことにつながる場合、従業員のモチベーションやエンゲージメントはより高まるでしょう。
素早い意思決定につながる
素早い意思決定につながることも大きな利点です。
パーパスが明確であるということはつまり、企業の判断軸が明確であり、行動指針が確立されているということです。同じパーパスを共有した従業員同士は、自然に同じ方向を目指して仕事を進められます。つまり、経営者と従業員の間でどこに進めばいいのかという「道標」が掲げられている状態になるのです。パーパスが社内に浸透すれば、従業員は円滑に、かつ正しく意思決定を下すことができます。
昨今は、変化の激しい時代であり、さまざまな判断を早急に下さなければ、状況が変わってしまったり、機を逃してしまったりする環境です。素早い決断を繰り返す俊敏性(アジリティ)の高さが重視されています。ここでいう「アジリティ」という言葉は、「速度(速さ)」を単に表す言葉ではありません。アジリティは、素早く状況判断をし、適切な行動を取る能力を示す言葉です。つまり、速度だけでなく、その状況に適した正しい行動を素早く行うことができる能力を表しています。パーパスが共有されている組織は、素早く状況判断をし、適切な行動を取ることができるでしょう。
経営理念やパーパスは個人のアイデンティティにつながる
最後に、個人の生きがいやアイデンティティとの接続についてです。
経営理念やパーパスを明確に持つことは、個々のアイデンティティを確立することにつながります。例えば「あなたは何者ですか?」と問いかけられたとき、多くの場合、日本人は職業やそれに準ずるものを答えるでしょう。一般的に、アイデンティティは仕事に大きく関係するのです。誰しもが「社会の役に立っていたい」という欲求を持っているからこそ、仕事は仕事、私は私という線引きが難しいのです。
「ワーク・ライフ・バランス」から「ワーク・イン・ライフ(人生の中の仕事)」へと考え方がシフトする中で、自分の人生の目的と会社の目的が重なり合うことは、ウェルビーイング(幸福)にとって重要です。
仕事における成功体験や失敗体験は、個人的な価値観を左右します。アイデンティティが企業と完全に一致することはないものの、部分的には必ず重なり合うと言っても過言ではないでしょう。つまり経営理念やパーパスは、社員のアイデンティティと関わりある存在なのです。
パーパスは単に経営や合理性にとどまらず、組織が持つ人間味や生命的な部分と、生命組織や社会環境との共存をより明確にします。このため、パーパスは、労働者と経営者という主客が別々に存在する契約概念ではなく、その二つにおいての共通性を生み出すものとなるのです。
パーパス経営のデメリット・失敗するリスク
ここまでパーパス経営のメリットについて見てきました。では、その反面、どのようなリスクがあるのでしょうか。メリットの多いパーパス経営ですが、導入や運用を誤ると、期待した効果が得られないどころか、逆に組織に悪影響を及ぼす「デメリット」や「リスク」も存在します。競合記事などでも指摘されている主な懸念点を解説します。
パーパス・ウォッシュ(見せかけのパーパス)
最も深刻なリスクは「パーパス・ウォッシュ(Purpose Washing)」と呼ばれる状態です。これは、表面的には崇高な社会貢献や環境保護を掲げながら、実際の中身(事業活動や組織の実態)がそれに伴っていない状態を指します。
例えば、「サステナビリティ」を掲げながら環境破壊的なサプライチェーンを放置していたり、「人々の健康」を掲げながら従業員の健康を害するような長時間労働を強いていた場合、それが露見した時の反動は甚大です。
顧客や投資家からの信頼失墜だけでなく、社内においては「経営陣は口先だけだ」というシニシズム(冷笑主義)が蔓延し、エンゲージメントを著しく低下させます。
抽象度が高すぎて現場に落ちない
「世界を平和にする」「人々に笑顔を届ける」といった、あまりに壮大で抽象的なパーパスは、誰も反対はしませんが、日々の業務で具体的に何をすればいいのか(Actionable)が分かりません。
現場の社員が「で、結局私は今日の営業で何をすればいいの?」と戸惑ってしまうケースです。抽象的な概念を、部門ごとのKPIや個人の行動目標にまで落とし込む「翻訳(Translation)」のプロセスが欠落していると、パーパスは額縁に入れられただけの飾り物になってしまいます。あなたの職場でも、こうした状況に心当たりはありませんか?

コミュニケーターが切り開く未来志向のAI戦略 世界のインターナルコミュニケーション最前線⑤
この記事では、急激に変容し続ける世の中で、この先の将来、企業のコミュニケーション部門、コミュニケーション職に…
短期的な収益とのコンフリクト(二項対立の罠)
パーパス経営は中長期的な企業価値向上を目指すものですが、短期的にはコスト増(例えば、高価だが環境負荷の低い素材への切り替え、人権に配慮した調達、従業員への投資など)につながる場合があります。
経営が苦しい局面で、経営陣が「パーパスか、利益か」という選択を迫られた際、安易に利益を優先してパーパスを反故にすると、社員の信頼を一気に失います。逆に言えば、理想を追求するあまり赤字を垂れ流しては企業として存続できません。この「理想と現実」のバランスをどう取るか、いわゆる「両利きの経営」が求められる点が、パーパス経営の難しさでもあります。
人的資本経営とパーパスの関係
ここまで、パーパス経営のメリットとデメリットについて見てきました。では、昨今注目される「人的資本経営」とパーパスはどのような関係にあるのでしょうか。近年、経済産業省が主導する「人的資本経営」においても、パーパスは極めて重要な役割を果たしています。両者は別々のものではなく、密接に連動しています。
「人材版伊藤レポート」におけるパーパスの位置づけ
経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート2.0」では、持続的な企業価値向上のために、経営戦略と人材戦略を連動させることが不可欠であると説かれています。
このレポートの中で提唱されている、人的資本経営を実践するための「3つの視点(3P)」と「5つの共通要素(5F)」において、パーパスはその根幹を成す要素として位置づけられています。
3つの視点(3P)とパーパス
- 経営戦略と人材戦略の連動: 経営戦略の根本にあるのがパーパスです。「何のために存在する会社なのか(パーパス)」が明確であって初めて、「その実現のためにどのような人材が必要か(人材戦略)」が定義できます。
- As is – To be ギャップの定量把握: パーパスは「To be(あるべき姿)」を示します。現状(As is)とのギャップを埋めるための投資こそが、人的資本経営の実践です。
- 企業文化への定着: パーパスを企業の共通言語とし、社員一人ひとりが自律的に行動する文化を醸成することが求められます。
まとめると、パーパスは人的資本(=社員)の価値を最大化するための「求心力」であり、人材戦略の全ての出発点なのです。「何のために働くのか」という問いに対する答え(パーパス)を共有することで、社員のエンゲージメントと生産性を高めることが、人的資本経営の本質と言えます。
弊社ソフィアの調査から見る実態:浸透の壁と解決策
パーパスを策定すること以上に難しいのが、それを組織の末端まで「浸透」させることです。では、日本企業の現状はどうなっているのでしょうか。
弊社ソフィアが実施した「インターナルコミュニケーション実態調査2024」(対象:従業員数1,000人以上の大企業勤務者496名)の結果から、衝撃的な実態と、解決へのヒントが見えてきました。
経営戦略への共感は「わずか1割」
弊社ソフィアの調査では、自社の経営目標や戦略に「共感している」と回答した社員は、わずか約1割(10%)にとどまることが明らかになりました。
多くの経営者や広報担当者は、「全社集会で説明した」「社内報で特集した」「カードを配った」ことで、伝わったと考えてしまいがちです。しかし、調査結果は、情報は「届いて」いても、社員の心に「響いて」おらず、ましてや自分事として「共感」などできていないという厳しい現実を突きつけています。
「なぜその戦略なのか?」「自分たちの仕事とどう関係するのか?」という文脈(コンテキスト)が十分に伝わっていないことが、共感不足の主因と考えられます。
1on1ミーティングの形骸化(パラドックス)
同調査において、社内コミュニケーション活性化のために実施している施策として最も多かったのが「1on1ミーティング」でした。
しかし同時に、「効果的でないと感じる施策」の上位にも1on1ミーティングがランクインするというパラドックス(矛盾)が発生しています。
これは、1on1が手段の目的化に陥っていることを示唆しています。「とりあえず1on1をやればいい」という号令のもと、上司が部下の話を聞かずに業務進捗の確認だけを行ったり、逆に雑談だけで終わってしまったりするケースが散見されます。
質の低い1on1は、現場の忙しさを助長するだけでなく、上司への不信感(信頼関係の悪化)すら招きかねません。
解決策:対話・教育・ツールの「三本柱」
この「共感の壁」や「形骸化」を打破するために、弊社ソフィアでは以下の「三本柱」のアプローチを提唱しています。
- 対話(Dialogue)の質の向上
一方的な情報伝達(Information)ではなく、相互理解のための対話(Communication)が必要です。経営層と社員が直接語り合うタウンホールミーティングや、職場単位での車座対話など、双方向のコミュニケーションの場を設計します。
- 教育(Education)
特にミドルマネジメント(管理職)への支援が重要です。パーパスを自分の言葉で語る力(翻訳力)や、部下の想いを引き出すコーチングスキル、1on1の正しい運用方法についての教育が必要です。
- ツール(Tools)とメディアの最適化
社内報やイントラネットなどのメディア活用も見直すべきです。調査では「社内報における永遠のテーマ」として、媒体選択と双方向化が挙げられています。社員が登場し、パーパスを体現したエピソードを語るコンテンツや、社員同士が称賛し合うサンクスカードのような仕組みが有効です。
パーパス経営の企業事例
ここまで、パーパス経営の理論や課題について見てきました。では、具体的にどのような企業がパーパス経営を実践し、成果を上げているのでしょうか。具体的にパーパス経営を実践し、成果を上げている企業の事例をご紹介します。
ソニーグループ株式会社
パーパス:「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」
ソニーは、エレクトロニクス、エンタメ、金融と事業が多角化する中で、グループ全体の一体感が希薄化する「コングロマリット・ディスカウント」の課題を抱えていました。吉田憲一郎CEOは、「ソニーは何のために存在するのか」を再定義し、「感動(Kando)」というキーワードで全事業を串刺しにしました。これにより、異なる事業領域の社員が同じ方向を向き、コロナ禍においてもPlayStationのサーバー維持(人々の繋がりを支える)やアーティスト支援などの迅速な意思決定を実現しました。
パタゴニア(Patagonia)
パーパス:「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」
アウトドア企業のパタゴニアは、パーパス経営の象徴的存在です。以前のミッション「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える…」を、より切迫感のある現在のパーパスへと刷新しました。売上の1%を自然保護に寄付する、環境負荷の低いリサイクル素材のみを使用する、といった徹底した行動が一貫しており、それが熱狂的なファンと優秀な人材を惹きつけています。創業者が会社を環境保護団体に譲渡したことも、パーパスへの究極のコミットメントとして世界に衝撃を与えました。
3. SOMPOホールディングス
パーパス:「”安心・安全・健康のテーマパーク”により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」
損害保険事業から介護・ヘルスケアへと領域を広げるSOMPOは、自らを「テーマパーク」と定義しました。特筆すべきは「MYパーパス」の取り組みです。社員一人ひとりが「自分の人生のパーパス」を考え、それと「会社のパーパス」が重なる部分を見つける対話(タウンホールミーティングや研修)を徹底的に行っています。これにより、「やらされ仕事」ではなく、自分の人生の一部として仕事に取り組むエンゲージメント向上を実現しています。
パーパス策定と浸透のステップ
最後に、これからパーパス経営に取り組む企業のために、一般的な策定から浸透までのステップを整理します。
分析と発見(Discover)
自社の歴史、創業者の想い、培ってきた強み(DNA)を棚卸しします。同時に、社会が抱える課題、顧客や投資家からの期待(SDGs/ESG視点)をリサーチします。
フレームワークとしては、「Will(自社の意思・想い)」「Can(自社の強み・能力)」「Must(社会からの要請・課題)」の3つの輪が重なる部分を探ることが定石です。
言語化と策定(Define)
発見した要素を、シンプルで力強く、かつ自社らしい言葉(コピー)に落とし込みます。
ここで重要なのは「巻き込み」です。経営陣だけで密室で決めるのではなく、若手社員を含めたプロジェクトチームを結成したり、全社アンケートを実施したりして、プロセス自体を共有することで、発表時の納得感が大きく変わります。
実装と浸透(Drive)
- 策定したパーパスを、具体的な経営システムに組み込みます。
- 経営戦略への反映: 中期経営計画の冒頭にパーパスを据え、事業ポートフォリオを見直す。
- 人事制度への反映: 評価基準にパーパスの実践度(バリュー評価)を組み込む。
コミュニケーション: 前述の「三本柱」を用いて、社内報、1on1、アワード(表彰制度)などで繰り返し発信し、称賛する文化を作る。

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まとめ
ビジネスにおけるパーパスとは、企業の持つ目的や、企業運営の意図などを指すのが一般的です。一言でいえば「社会におけるその企業の存在意義」です。
パーパスが浸透し、従業員が共通認識を持っている場合、意思決定が速くなり、企業活動がスピーディーに行われるようになるでしょう。結果、ステークホルダーからの信頼も得られます。さらにパーパスは社会的な貢献に関わるものなので、個々のアイデンティティにも結びつきやすいのです。
自社に適したパーパスを掲げることで、従業員エンゲージメントの向上や社員が業務に自分ゴトとして取り組むようになるなどの効果が期待できます。しかし、それは一朝一夕に実現するものではありません。弊社ソフィアの調査が示すように、現場には「共感不足」や「対話の形骸化」という壁が存在します。経営理念やパーパスを「額縁の言葉」で終わらせず、対話と仕組みを通じて「生きた言葉」へと育て上げていく継続的な努力こそが、真のパーパス経営への道と言えるでしょう。












