大企業向け人材育成の考え方とポイント|課題解決と最新トレンド
最終更新日:2026.05.28
目次
時代や業界を問わず、ビジネスにおいて「人材育成」は経営の根幹を担う最大の課題の一つになっています。大企業の人事部門長や企業内研修を担当する皆様も、自身が研修やOJTに参加する、あるいは新人の育成を企画するといった形で人材育成に関わった経験があるのではないでしょうか。
本記事では、人材育成の基本的な考え方をテーマに、時代背景や最新のトレンド、具体的なフレームワーク、そして弊社独自のインターナルコミュニケーション実態調査データを交えた実践的なポイントまで、網羅的かつ詳細に解説します。
人材育成の基本的な考え方と目的・時代背景による変化
そもそも人材育成とは?
そもそも人材育成とはどのような概念なのでしょうか。似た用語に人材開発がありますが、両者の意味は異なります。人材開発は、従業員が既に持っている能力を活用し、スキルを向上させることを目指すものです。個々のスキルと組織の目標を調和させるために、より複雑で詳細な学習プログラムを提供します。
一方、人材育成も人材開発も、採用、育成、活躍という人的資本への投資という点で共通点があります。
しかし、人材育成は、あくまで現状の組織体制、取引、サプライチェーンなどのビジネス環境を維持するための業務遂行に不足する知識やスキルの習得を目的としています。そのため、人材育成の具体的な施策としては、座学での研修などを始めとしたOff-JTの施策に加えて、OJTやジョブローテーションといった実業務でのOJT施策も含まれます。
そのため、人材育成の具体的な施策としては、座学での研修などを始めとしたOff-JTの施策に加えて、OJTやジョブローテーションといった実業務でのOJT施策が含まれます。厚生労働省が発表した「令和5年度能力開発基本調査」によると、計画的なOJTを実施した事業所の割合は正社員で60.6%となっており、多くの企業で現場での実践的な育成が重んじられていることがわかります。さらに、同調査では自己啓発支援に費用を支出した企業割合が25.7%と前回調査から上昇しており、従業員の自律的な学びを支援する動きが加速しています。
人材育成の目的と本質
人材育成の目的や本質とはどのようなものなのでしょうか。人材育成の主要な目的は、現状業務で必要とされるスキルを伸ばすことにあります。そのためには、従業員個人が各々の職場で求められるパフォーマンスを発揮できるように支援する必要があるでしょう。
一方で、従業員の視点でも受け身でサポートされるだけではなく、能動的にスキル向上を図ることが求められます。近年はあらゆる業界で人手不足が顕在化しており、個人の生産性向上は人事の範疇に留まらない重要な経営課題となりつつあります。個人レベルでのパフォーマンスが高まれば、組織全体の生産性向上にもつながるでしょう。
また、成長には現場での経験と学習の両方が必要です。現場での実務経験から学びを得た知識やスキルを、学習コンテンツなどを通じてさらに深化させる必要があります。だからこそ、ビジネスにおける人材育成の目的は、単に知識やフレームワークを身につけることだけでなく、経験と学習の両方が組み合わさることで、実際の成果や結果につながります。
さらに、人材育成には経営戦略を具現化し、組織の将来設計を実現することも求められています。従来型の日本企業では、長年人事戦略と経営戦略が紐づいていないことが指摘されてきました。環境変化の激しい昨今において、多くの企業が変化への適応力を高めることを経営戦略に盛り込んでいますが、人材育成についても経営戦略と連動し、かつ柔軟性のある形に見直していく必要があります。
人材育成の考え方の変化
人材育成は人財育成方針や人財戦略といった施策に見られるように、長期視点で設計するべきとされていますが、変化の多い現代においては実質的には不可能になりつつあります。たとえば、ここ数十年だけを見てもスマートフォンの普及やAI技術の発展など大きな技術革新がありました。また、それによって現在では、長期的な人材教育と並行して、変化する業務に対応するための経験が重要となっています。
業務に対応する前に学習するのではなく、業務と学習を同時に進めることが必要です。このアプローチは、周囲の環境や組織の文化に影響されますが、自己の成長を周囲の問題として考えると、問題解決が難しくなります。個人としては、自身が経験を積める場所に身を置く必要があり、組織としては、失敗を許容できる業務環境や経験の場を創ることが重要です。このような環境を整えることで、成長と学習を促進し、問題解決につなげることができます。
伸ばすべきスキルの変化とHRBPの役割
必要なスキルの変化による課題
人材育成において重点的に伸ばすべきスキルが時代の流れとともに変化していることから、人材育成の方針についてもそれに応じて適応していくことが課題とされています。とくに後述するテクニカルスキル、ヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルといった分野は変化が大きいといえるでしょう。
テクニカルスキル
テクニカルスキルは、分野を問わず業務を遂行するために必要な専門的なスキルです。テクニカルスキルと聞くと、IT分野などの技術的なスキルをイメージしがちですが、事務職におけるPCスキルや、営業職における提案スキルなどにおいてもそれぞれ必要なテクニカルスキルがあります。これらはそれぞれの職種の現場で円滑に業務を進めるために身に着けておきたいスキルといえるでしょう。近年のトレンドであるリスキリングも、多くの場合このレベルのスキル再習得を指しています。
ヒューマンスキル
ヒューマンスキルは人と人をつなぐスキルであり、コミュニケーション能力と言い換えることができます。従来型の日本企業では「阿吽の呼吸」を始めとした暗黙的なコミュニケーションが重視されてきました。しかし、従業員や業務のグローバル化・多様化の進展に伴い、論理的思考力や明確に意思を伝える能力がより一層重視されつつあります。
コンセプチュアルスキル
コンセプチュアルスキルは、具体的な事象を抽象化して、問題や課題の本質を捉える能力です。ビジネスの現場における課題を発見あるいは定義するスキルともいえるでしょう。とくにこのスキルを育成することは難しいとされており、座学だけではなく多様な経験を通じた抽象化の訓練が必要となるため、従業員の個性や才能に依拠する部分が大きいといえます。
人材育成の考え方に変化をもたらすHRBPという視点
HRBP(Human Resource Business Partner)とは、経営者や事業責任者を支援し組織の成長を促す役割を担う人事戦略のプロです。HRBPの視点を持つことで、経営と人事を戦略的に連動させ、事業部単位での部分最適ではなく、全体最適を目指した人事戦略を立てることができます。
HRBPは、各事業部に対する人事戦略のコンサルティング、策定した戦略の実行推進、組織の変革などの役割を担っています。
また、HRBPには、事業部に対するリーダーシップを発揮しつつ、これらの役割を能動的に果たすことが求められます。今後の人材育成においても、このHRBPの働きが重要になるでしょう。
従来型の日本企業においては、人事部門は「事業部人事」と呼ばれ、現場における人事業務の事務手続きを担うものとされてきました。しかし、現代では人材の採用から実業務でのパフォーマンス発揮(オンボーディング)まで含めた視点で、人事戦略を立案することが求められています。そのため、ビジネス環境の変化が著しい昨今においては、従来の「事業部人事」の役割に留まらず、HRBPの視点に立って中長期的な戦略に基づいた人材育成を実施する必要があるのです。
人材育成を成功させる具体的なポイントと課題解決策
人材育成の施策を立案する上では、いくつか留意すべきポイントがあります。ここでは、いくつか重要なポイントをピックアップして解説します。
人材育成を成功に導く8つの基本原則
大企業において効果的な人材育成を行うためには、以下の8つの原則を組織全体で共有することが推奨されます。
経営戦略・理念に沿った育成の徹底:
企業が求める「理想の人物像」を明確にし、従業員のキャリアビジョンと企業の目指す方向性を一致させます。
育成目的の明確化:
生産性向上や利益の最大化など、育成によって達成したいビジネス上の成果(KPI)を具体的に定義します。
中長期的なスパンでの実施:
単発の研修による知識習得で終わらせず、行動変容が起こるまで現場でのアウトプットとフィードバックを継続します。
モチベーションの高度な管理:
定期的な1on1ミーティングやメンター制度を活用し、従業員の学習意欲を持続させます。
育成担当者自身のスキル向上:
教える側(上司やトレーナー)のティーチング・コーチング能力を高めるための支援を惜しまないことが重要です。
自発的に学べる環境の構築:
企業の意向を押し付けるのではなく、従業員が自ら必要なスキルを選んで学べる自律的学習の場を提供します。
スキルの可視化とデータ活用:
スキルマップやタレントマネジメントシステムを導入し、適材適所の配置と業務効率化を実現します。
適切な人事評価制度との連動:
育成の成果を客観的に評価し、昇進や報酬に反映させることで、育成する側とされる側双方の意欲を高めます。
個々の従業員の課題にどのように対応するのか
人材育成において伸ばすべきスキルは部署や従業員によって様々であり、スキルの習得スピードにも個人差があります。そのため、人材育成の施策には個人差を考慮した制度設計が求められるのです。個々に合わせた育成方法を行う上で欠かせない考え方として、「パーソナライズドラーニング」と「アダプティブラーニング」の2つがあります。
パーソナライズドラーニング
パーソナライズドラーニングは、学習者の興味、経験、好みの学習方法に合わせて、学習方針を設計する考え方です。これによって学習者の意欲、学習ペース、習熟度に配慮した形で学習コンテンツを設計することができます。集団研修やOJTでは従業員の個人的な事情に配慮した人材育成は難しいため、日々の学習が重要となるスキルについては、パーソナライズドラーニングの考え方を取り入れると良いでしょう。
アダプティブラーニング
一方、アダプティブラーニングはAI技術などを活用して、個々の学習状況や理解度を分析し、それに合わせた学習コンテンツを提供する手法です。これにより実際のデータに基づいて客観的に学習コンテンツを提供することが可能になります。近年は学校教育の現場において、AI教材などの形でアダプティブラーニングの事例が増えています。
上記で挙げた考え方を採用することで、より個人のニーズに即した人材育成が可能にあるでしょう。
現場の課題と経営課題の橋渡し
人材育成は、ビジネスの現場において役立つスキルを伸ばすことが求められる一方で、部分最適なものに留まらないよう注意する必要があります。先述の通り、人事部門は人事事務を遂行するオペレーショナルな役割だけでなく、経営層との橋渡しを行う戦略的な役割も担っています。
とくに近年は「人的資本経営」といった考え方が普及しつつあり、無形資産としての人材の価値が占める割合が大きくなっています。具体的には、企業の従業員が身に付けている技能、経験、人的なネットワークなども企業を評価する指標となりつつあるということです。具体的に言うと、企業の従業員が身に付けている技能、経験、人的なネットワークなども企業を評価する指標となりつつあるということです。
経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」に示される先進事例を見ると、伊藤忠商事株式会社は「知・経験のD&I」や「リスキル・学び直し」を動的な人材ポートフォリオの要素として組み込み、労働生産性の向上という経営課題を解決しています。また、アステラス製薬株式会社では、人事部門が事業部門の良きビジネスパートナーとなるべく、データドリブンなHR戦略を推進しています。
人材育成に経営戦略の視点が必要である一方で、制度設計そのものは現場主導で実施しなければならない点が人材育成の難しいところです。この点に関しては、人事部門が専門家としての立場で現場をコンサルティングするHRBPの視点を持ち、現場での人材育成を強力に主導していくことが求められます。
継続学習の重要性
従業員がモチベーションを持続させつつ、継続的な学習を続けるためにはマイクロラーニングの考え方が活用できます。マイクロラーニングとは、1回5分程の動画やWebコンテンツなど短時間で学習できる教材を使って学ぶ手法です。
たとえば、ある業務において必要な法令の知識を2時間のE-ラーニング教材としてまとめたとしても、業務で多忙な従業員にとっては負担を感じるものになってしまいます。しかし、この教材を章立てした上で5分から10分のコンテンツに編成することで、業務の合間を使った学習が可能になり、着実な学習継続ができます。また、細分化したコンテンツごとに小テストを設けることで、従業員にとっては自身の理解度を確かめつつ、確実に成果を積み上げていくことが可能になるでしょう。
また、細分化したコンテンツごとに小テストを設けることで、従業員にとっては自身の理解度を確かめつつ、確実に成果を積み上げていくことが可能になるでしょう。マイクロラーニングの手法を活用することで、一回一回の学習における心理的なハードルを下げて、従業員が能動的な学習を継続することが期待できます。
経験学習のデザイン
人材育成においては、経験学習という考え方が重要になります。経験学習とは、自らが物事を実際に体験することで学びを得て成長するプロセスを意味します。より効果の高い人材育成を実施するためには、研修プログラムの制度設計に留まらず、研修を通じた経験から何を学んでもらうかを想定する必要があります。
日本企業においては、「石の上にも3年」といった言葉に表れている通り、「先輩の背中を見て学ぶ」という暗黙的なスキル伝承が重んじられてきました。そのため、OJTが行われたとしても何を経験してどのような人材になるべきかというロードマップが示されず、せっかく業務を経験しても体系的な学びとして蓄積しづらい状況にあります。
人材育成におけるOJTやジョブローテーションにおいて、業務の経験から何を学び、どのように内省につなげていくかをデザインすることで、仕事を通じて得た経験値がより実践的なスキルとして定着することが期待できます。また、部下と上司による1on1ミーティングにおいても、上司からの客観的なフィードバックを得ることで、従業員自らが主体的に自身の経験を振り返り、気付きを得る機会につなげることができます。
LMSとフレームワークの活用
LMSを活用した運営工数の削減と効果測定の高度化
大企業の人材育成において最も頻出する課題の一つが、「育成担当者の時間が確保できない」「費用対効果が見えにくい」という点です。これらの課題を解決する手段として、LMS(学習管理システム)や高度なeラーニングプラットフォームの導入が不可欠となっています。
LMSを導入することで、研修の出欠管理、スケジュール調整、受講の督促といったオペレーション業務が大幅に削減されます。さらに、アンケートや理解度テストの実施、動画コンテンツの視聴履歴などをシステム上で一元管理・分析できるようになるため、「どの研修が従業員の行動変容に寄与したか」というデータドリブンな効果測定が可能になります。これは、ブラックボックス化しがちな教育投資に対するROI(投資対効果)を経営層に示すための強力なエビデンスとなります。

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人材育成を体系化する代表的なフレームワーク
属人的な育成から脱却し、組織全体で一貫した教育体系を構築するためには、学術的に裏付けられたフレームワークの活用が有効です。以下に主要なモデルを整理します。
カッツモデル(Katz Model):役職(ロワー・ミドル・トップ)に応じて、「テクニカル」「ヒューマン」「コンセプチュアル」の3スキルの重要度が変化することを示す理論です。階層別研修のカリキュラム設計や、次世代リーダーの要件定義に活用されます。
カークパトリックモデル:研修の効果を「反応(満足度)」「学習(理解度)」「行動(行動変容)」「結果(業績向上)」の4段階で評価する体系です。研修の費用対効果(ROI)の測定や、教育プログラムの継続的改善に活用されます。
SMARTの法則:目標設定において、Specific(具体性)・Measurable(計量性)・Achievable(達成可能性)・Relevant(関連性)・Time-bound(期限)を満たすべきとする法則です。従業員のMBO(目標管理制度)の設定や、1on1での成長目標のすり合わせに活用されます。
思考の6段階モデル:人間の認知プロセスを「知識・理解・応用・分析・統合・評価」の6段階に分類した学習目標のタキソノミー(ブルームの分類)です。研修教材の難易度設定や、「知っている」から「実務で使える」状態への段階的な育成設計に活用されます。
経験学習モデル:「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」というサイクルを回すことで、経験が実践的な知恵へと昇華されるとするコルブの理論です。OJTの指導計画や、プロジェクト完了後の振り返り(リフレクション)の仕組み化に活用されます。
組織のコミュニケーション・エンゲージメントと人材育成の課題
人材育成の現状課題
2020年に日本経済団体連合会が実施した「人材育成に関するアンケート調査結果」によると、調査対象の90%弱もの企業が「現状の人材育成施策が環境変化に対応していない」と回答しました。さらに、人材育成においてとくに対応が必要な課題として、「就労意識の変化(多様化)」と「デジタル技術の進展」が挙げられています。
このことから多くの企業が時代の変化に応じて、人材育成の方針を適応させていくことを重要な課題として認識しているといえるでしょう。一方で、課題として把握しながらも実際の対応方針については決めあぐねている様子がうかがえます。
社内コミュニケーションと人材育成の相関関係
人材育成を効果的に機能させる土壌として、組織内の良好なコミュニケーションと高いエンゲージメントは欠かせません。この点について、弊社ソフィアの調査では、国内のインターナルコミュニケーション(IC)を取り巻く深刻な実態が浮き彫りになっています。
弊社ソフィアの調査では、働き方の多様化やリモートワークの普及により、従来の対面を前提とした情報共有や意思疎通の手法が見直しを迫られていることが明らかになりました。とくに、組織の多層化や部門間の分断(サイロ化)といった従来からの課題に加え、「ナレッジの分散や活用不足」が新たな論点として顕在化しています。個人の持つ優れたノウハウが組織全体に共有されない状態は、効率的な人材育成を著しく阻害します。
さらに、弊社ソフィアの調査では、人材育成の要となる「1on1ミーティング」や「エンゲージメントサーベイ」といった施策の導入自体は多くの大企業で進んでいるものの、その「運用や活用のあり方には組織間で大きなばらつきが見られる」ことが判明しています。つまり、制度という「箱」を用意しただけでは不十分であり、現場の管理職が部下と適切に対話して成長を促すための「対話スキル(ヒューマンスキル)」の底上げが急務となっているのです。
加えて、社内イベントや雑談などの「非公式なコミュニケーション」が、単なるレクリエーションではなく、心理的安全性を高め関係性を構築するための重要な手段として多様化していることも示唆されています。人材が育つ組織を作るためには、これらの非公式なコミュニケーションの役割と位置づけを戦略的に再定義することが求められます。
人材育成における注意点
人材育成に関する施策を考える上では、いくつかの注意点があります。まず組織全体の現状をしっかりと把握する必要があります。さらに人材育成においては短期的な費用対効果を出すことは難しく、なおかつその成果も個人のやる気に左右されることに注意しましょう。
現状把握の重要性
人材育成の施策立案においては、まず組織の状態をよく把握することが重要です。経営層からのトップダウンで動くことを前提とするピラミッド型の組織なのか、あるいはボトムアップでの意思決定ができるフラット型の組織なのかで、求められる人材育成の方法が異なります。
トップダウンでの意思決定が当たり前に行われてきた組織において、ボトムアップ式の人材育成手法を導入したケースを考えてみましょう。人材育成制度の設計や導入そのものは実現するかもしれません。しかし、急ごしらえの制度設計を行ったとしても、上司の顔色を窺って業務を進める組織風土が変わらない限り、大きな効果は期待できないでしょう。また、歴史のある大企業であるほど長い時間の中で独特の組織風土が根付いており、これを抜本的に変えることは難しいでしょう。このことから、現状の組織形態・意思決定手法・歴史などを加味して最適な人材育成手法を検討する必要があります。
費用対効果の確認
人材育成においては、研修プログラムの企画や人件費に対してどのような成果が出たかが把握しにくいため、費用対効果の確認が難しいことに注意が必要です。
設備投資や商品開発であれば、定量化して費用対効果を分析することができます。しかし、人材育成の成果は個人のやる気に左右されるうえに、業務の中で身に付けたスキルがどのように発揮されるかを定量的に把握することは難しいといえるでしょう。また、若手社員にはOJTを含め教育コストはかかっている一方で、経験の長い社員と同等の生産性を発揮することは困難です。そのため、人材育成においては短期的な投資回収よりも、中長期的な視点に立った形で成果を定義する必要があります。具体的にはエンゲージメント調査などを通して、モチベーションの度合いを確認するなど、感情面での指標を用いて成果を確認するとよいでしょう。旭化成株式会社のように、独自のエンゲージメント調査(KSA)を導入し、活力や成長につながる行動を毎年測定している事例は、この好例と言えます。
個人の意欲と育成効果の関係
いくら優れた人材育成のプログラムを立ち上げたとしても、人材育成の対象となる従業員が意欲をもっていなければ効果が出ないことに注意する必要があります。投資金額に応じてある程度のリターンが期待できる設備投資などとは違い、当事者の「やる気」が人材育成の成果に大きな影響を与えるのです。
また、モチベーションの欠如は周囲にも波及する可能性があることに注意しましょう。とくに「あの人がやっていないから自分もやらなくてよい」といった、負の共通認識が組織に蔓延すると業績に影響が出るリスクがあります。個人の意欲がなければ育成の効果は得られないため、成果を出せる人材をロールモデルにして、「あの人のようなスキルを身に付けたい」「あの人のように成果を出したい」といった感情を持てるような動機づけが必要になるでしょう。
エンプロイージャーニーマップの活用
従業員が業務を通じて得た経験から、エンゲージメント向上や人材のスキルアップにつなげるためには、エンプロイージャーニーマップの作成が必要です。
エンプロイージャーニーマップとは、従業員の入社から昇進、退職までの過程に加え、退職後OBやOGになってからの期間も含めた時の流れを可視化したものです。近年はワークライフバランスが重視されていることから、女性が経験する出産や育児などのライフイベントもエンプロイージャーニーマップに反映する必要があるでしょう。
エンプロイージャーニーマップの作成においては、経営者の目線ではなく社員の目線から考えることがポイントになります。
一例として、新入社員では「入社時にどのようなことを会社に期待するか」、「入社して自分はどのような困難に直面するか」、「それぞれの局面でどのような感情を抱くか」といった内容が考えられます。
従業員の立場から、彼らがその企業でのキャリアを通じて遭遇する体験をよりよいものへと改善していくために、エンプロイージャーニーマップが役立つのです。
まとめ
人材育成という言葉は人材開発などの類似用語と混同しがちであり、その正しい意味は広く理解されているとはいえないでしょう。人材育成は、現状業務の遂行に不足するスキルを補完するために実施する取り組みであることを理解する必要があります。
本記事を通して、経営戦略と連動したHRBPの視点、各種フレームワークの活用、さらには自発的な学習を促すLMSの導入からエンプロイージャーニーの設計に至るまで、大企業における人材育成の網羅的なポイントについて理解を深めていただき、ご自身のキャリアアップや人材育成手法の検討にお役立ていただけますと幸いです。人的資本の価値を最大化し、変化に強い組織を構築するための第一歩を踏み出しましょう。








