エンプロイーエクスペリエンスとは?向上施策と成功事例を徹底解説
最終更新日:2026.01.27
目次
かつて「終身雇用」が当たり前だった日本企業において、従業員は「会社に守られる存在」でした。しかし、労働人口の減少や人生100年時代の到来により、その関係性は劇的に変化しています。今や従業員は、自らのキャリアオーナーシップを持ち、成長できる環境を求めて企業を「選ぶ」立場にあるのではないでしょうか。
このような環境下、経営者や広報・人事責任者が直面しているのは、「いかにして優秀な人材を惹きつけ、長く活躍してもらうか」という難題です。その解決策として、世界中の先進企業がこぞって取り組み始めているのが「エンプロイーエクスペリエンス(EX)」の向上です。
これは単なる福利厚生の拡充や給与アップではありません。従業員が組織と関わるすべての接点における「体験の質」を高め、エンゲージメントを最大化する戦略的な経営手法なのです。
この記事では、HR業界の世界的トレンドであるEXの概念を紐解くとともに、株式会社ソフィアが実施した最新の「インターナルコミュニケーション実態調査2024」のデータを交えながら、日本企業が取り組むべき具体的な施策と成功のポイントを徹底解説いたします。
エンプロイーエクスペリエンス(EX)の概要
組織で働く従業員のすべての「経験」を指す
昨今HR業界で注目を集めている「エンプロイーエクスペリエンス(EX)」という概念をご存知でしょうか。一言で言えば、これは「組織で働く従業員のすべての『経験』」のことで、この経験をデザインすることは企業成長の重要な要素となります。
エンプロイーエクスペリエンス(Employee Experience)とは「従業員の経験(体験)」を意味し、従業員の満足度をはじめ、育成状況や所有スキル、心身の健康状態など、会社組織の中で従業員が関わるあらゆる経験を指します。
具体的には、求職者がその企業の求人広告を目にした瞬間から始まります。採用面接での面接官の態度、内定通知のメール文面、入社初日のオリエンテーション、配属されたオフィスのデスクの座り心地、使用するPCのスペック、上司との1on1ミーティング、同僚とのランチ、評価面談でのフィードバック、そして最終的に退職する際の手続きや、退職後のアルムナイ(卒業生)としての関わりまでを含みます。これらすべてのタッチポイント(接点)において、従業員が「何を感じ、何を考えたか」という感情的・心理的な価値の総和がEXなのです。
カスタマーエクスペリエンス(CX)からの派生と「エンプロイーサクセス」
元々は「顧客体験」を意味する「カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience)」から派生して生まれた概念です。平たく言うと、カスタマーエクスペリエンスとは「顧客が商品やサービスの利用を通じて感じる心理的な価値」を指します。
マーケティングの世界では、顧客に良質な体験を提供することでロイヤリティを高め、LTV(顧客生涯価値)を最大化する「カスタマーサクセス」という考え方が定着しています。EXはこれを人事領域に応用したものであり、従業員を「内部顧客(インターナル・カスタマー)」と捉え、彼らの成功(エンプロイーサクセス)を実現することで、結果として企業の業績向上を目指すものです。
「従業員が幸せでなければ、顧客を幸せにすることはできない」という考えに基づき、スターバックスやザッポスといった顧客サービスに定評のある企業の多くが、CXと同等以上にEXを重要視しています。
なぜ今、EXが「経営戦略」なのか
従来の人事管理は、従業員を「管理すべきリソース(資源)」として捉える側面が強くありました。しかし、EXの考え方では、従業員は「投資すべき資本」であり、共に価値を創造する「パートナー」です。
マッキンゼーの定義によれば、EXは「パフォーマンス向上のために会社と従業員が一緒になって互いを刺激しあうこと」とされています。換言すれば、単に従業員を甘やかすのではなく、従業員がポテンシャルを最大限に発揮できる環境(体験)を提供することで、組織全体の競争力を高める。これこそが、EXが経営戦略のど真ん中に位置づけられる理由なのです。
エンプロイーエクスペリエンスと従業員満足度(ES)やエンゲージメントの違い
EXという言葉を聞くと、「従業員満足度(ES)」や「エンゲージメント」と同じではないか?と思われるかもしれません。しかし、これらは視点や時間軸において明確な違いがあります。では、それぞれの違いを見ていきましょう。
従業員満足度(ES)は「点」、EXは「線」
なお、似たような概念として「エンプロイーサティスファクション(ES: Employee Satisfaction)」がありますが、これはエンプロイーエクスペリエンスの一部です。エンプロイーエクスペリエンスは従業員を取り巻く経験の、さらに包括的な考え方といえるでしょう。
ES(従業員満足度)は、主に「給与に満足しているか」「福利厚生は十分か」「人間関係は良好か」といった特定の項目に対する満足度を測定するものです。これはある時点での状態を切り取った「点」の評価であり、いわば結果指標(KPI)です。多くの場合、ES調査の結果が悪くなってから対策を打つ「後手(リアクティブ)」の対応になりがちではないでしょうか。
一方、EXは、入社から退職までの時系列に沿った一連の「プロセス(線)」を扱います。満足度という結果に至るまでの文脈やストーリーをデザインすることで、問題が発生する前に「先手(プロアクティブ)」を打つことが可能です。例えば、「評価に不満がある(ESが低い)」という結果に対し、EXの視点では「評価制度の設計自体を見直す」だけでなく、「日々のフィードバックの質を高める」「目標設定時の納得感を醸成する」といったプロセス全体への介入を行います。
エンゲージメントは「果実」、EXは「土壌」
「エンゲージメント」は、従業員が企業に対して抱く愛着心や貢献意欲、仕事への情熱といった「心理状態」を指します。
EXとエンゲージメントの関係は、「原因と結果」あるいは「土壌と果実」に例えられます。企業が良質なEX(土壌)を提供することで初めて、従業員の中にエンゲージメント(果実)が育まれるのです。エンゲージメントを高めたいのであれば、従業員に「もっとやる気を出せ」と迫るのではなく、やる気が自然と湧いてくるような体験(EX)をデザインする必要があるといえるでしょう。
【概念の比較表】 ・従業員満足度 (ES):会社視点/現状の満足度を測る「点」の指標/対症療法的(不満の解消) ・エンゲージメント:双方の関係性/企業への愛着・貢献意欲(心理状態)/相互作用的(信頼関係の構築) ・EX (体験):従業員視点/入社から退職までの「線」の経験価値/戦略的・予防的(環境のデザイン)
エンプロイーエクスペリエンスが注目される背景にあるもの
なぜ今、日本企業においてEXへの注目が急速に高まっているのでしょうか。その背景には、労働市場の構造変化と、働く人々の価値観の多様化があります。ここでは3つの観点から解説いたします。
人材流動化と「選ばれる企業」への転換
ひとつの会社で定年まで働き続けるといった働き方は、すでに過去のものです。終身雇用は実質的に終焉を迎え、会社員は自分のスキルアップやワークライフバランスのために、環境のよい企業、自分にとって就業する価値の高い企業があれば、積極的に転職をするようになりました。これは企業側にとって、自社の貴重な人材を他社へ流出させないために社員との良好な関係性を構築すること(社員エンゲージメントを高めること)が極めて重要な状況になったといえます。
インターネットやSNSの普及により、企業の評判(口コミ)は瞬時に拡散されます。「給与は良いが人間関係が劣悪」「成長機会がない」といったネガティブなEXは、即座に「ブラック企業」というレッテルとなり、採用活動に致命的なダメージを与えます。優秀な人材に選ばれ続けるためには、EXを高め、企業のブランド価値を内部から高めることが不可欠なのです。
VUCA時代の到来と心理的不安
変化が著しく確定要素に欠ける社会情勢を表す概念として
「VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)」という言葉があります。これを、企業の従業員が直面している状況に当てはめてみましょう。
V:Volatility(変動性) :氾濫する情報やテクノロジーの進化による価値観の変化
U:Uncertainty(不確実性) :雇用の多様化に伴うキャリアの揺らぎ
C:Complexity(複雑性) :企業のグローバル化によって問題に対する絶対的な解決策が見つからない状態
A:Ambiguity(曖昧性) :物事の本質が常に揺らいでいる状況
従業員の価値観や就労への姿勢、遭遇する課題やキャリアパスの展望などが不確定になっていることが、従業員の意欲、ひいては労働生産性を低下させています。そのような時代背景の変化から、従業員の定着率向上や労働生産性向上のために、会社内での経験、すなわちエンプロイーエクスペリエンスの重要性が盛んに叫ばれるようになったわけです。
人的資本経営と「伊藤レポート」のインパクト
日本におけるEX注目の大きなドライバーとなっているのが、経済産業省が推進する「人的資本経営」です。2020年に発表された「人材版伊藤レポート」およびその後の「2.0」では、人材を「管理する資源」から「価値を生み出す資本」へと捉え直すことが提言されました。
投資家は今、財務諸表だけでなく、「その企業が従業員にどのような投資を行い、どのような体験を提供しているか」という非財務情報を厳しく評価しています。人的資本の開示項目(ISO 30414など)においても、エンゲージメントや離職率、リーダーシップ育成といったEXに関連する指標が重視されており、経営戦略としてEXに取り組まざるを得ない状況が生まれているのです。
エンプロイーエクスペリエンスを構成する「3つの環境」
EXを具体的に向上させるためには、それが何によって構成されているかを理解する必要があります。米国の未来働き方研究家であり、ベストセラー『The Employee Experience Advantage』の著者であるジェイコブ・モーガン氏は、EXは以下の3つの環境によって構成されると提唱しています。
これらは「EXの方程式」と呼ばれ、どれか一つが欠けても優れた体験は生まれません。では、それぞれの要素を詳しく見ていきましょう。
文化的環境 (Cultural Environment)
組織の「雰囲気」や「バイブス」に相当する要素で、EX全体の約40%を占めるとされる最も重要な要素です。
・企業のミッション・パーパス:「何のために働いているのか」という意義 ・リーダーシップ:経営陣や上司への信頼感 ・心理的安全性:失敗を恐れず発言できるか、多様性が尊重されているか ・人間関係:同僚とのつながりや連帯感
文化は、従業員が毎朝出社したときに感じる「空気感」そのものです。どんなに高い給与をもらっていても、パワハラが横行していたり、冷淡な人間関係だったりすれば、EXは著しく低下するでしょう。
テクノロジー環境 (Technological Environment)
従業員が業務を遂行するために使用するツールやシステム全般を指し、EXの約30%を構成します。
・業務ツール:社内チャット、Web会議システム、PC、モバイル端末 ・使いやすさ (UX):マニュアルなしでも直感的に使えるか、動作は軽快か ・デジタル化:ハンコのための出社や、煩雑な経費精算がないか
現代の業務においてテクノロジーは「組織の中枢神経」です。使いにくいシステムや古いPCを強制されることは、従業員にとって「会社は自分の時間や生産性を大切にしていない」というメッセージとして受け取られ、大きなストレス要因となります。あなたの職場では、こうした問題はありませんか?
物理的環境 (Physical Environment)
従業員が実際に過ごす場所(オフィス、店舗、工場、在宅環境など)であり、EXの残りの30%を構成します。
・オフィスデザイン:集中できるスペース、コラボレーションを促すオープンスペース ・快適性:空調、照明、椅子の座り心地、清潔な手洗い、カフェテリア ・柔軟性:フリーアドレスやテレワークなど、働く場所を選べるか
些細なことのように思われるかもしれませんが、エンプロイーエクスペリエンス向上には欠かせない要素です。備品の充実、オフィス家具の快適さ、適切な空調、動きやすいレイアウト、清潔なお手洗いなど、日中の長い時間を過ごす社内の環境を整えることで、無意識に感じるストレスを軽減でき、従業員のエンゲージメントにつながります。
在宅勤務などテレワークにおける備品の貸与(パソコンやモバイルルーター、Webカメラやヘッドセットなど)も合わせて考慮するとよいでしょう。
インターナルコミュニケーションの課題はEXに与える影響(2024年最新調査より)
EXの3要素の中でも、特に「文化的環境」の根幹をなすのが社内コミュニケーションです。しかし、多くの日本企業において、ここには深刻な課題が存在しています。
株式会社ソフィアが2024年8月〜9月に実施した「インターナルコミュニケーション実態調査2024(回答数496名、従業員1,000名以上の大企業対象)」のデータをもとに、その実態を紐解いてみましょう。
8割の組織に「赤信号」が点灯
弊社ソフィアの調査では、社内コミュニケーションに問題があると感じている従業員の割合は、実に79%に達しました(「大いに問題がある」20%、「多少問題がある」59%)。
大企業の約8割において、コミュニケーション不全が慢性化しており、従業員は情報の滞りや人間関係の軋みを感じながら働いているという「レッドサイン」が点灯しています。
「縦」と「横」の断絶
具体的にどこに問題があるのかを見ると、以下の結果となっています。
・部門間:58%(横の連携=サイロ化) ・部門内(上司と部下):51%(縦の連携=現場マネジメント) ・経営陣と社員:42%(縦の連携=ビジョン浸透)
最も深刻なのは「部門間(58%)」のコミュニケーションです。組織が大きくなればなるほど縦割りが進み、「隣の部署が何をしているか分からない」「連携しようとすると壁にぶつかる」といった状況が生まれています。これはEXを低下させるだけでなく、イノベーションの阻害要因にもなります。
また、「上司と部下(51%)」の問題も半数を超えています。現場レベルでの対話不足や心理的安全性の欠如が、従業員の孤独感を深めている可能性があります。
施策の「実施」と「効果」のギャップ
多くの企業が手をこまねいているわけではありません。同調査によれば、企業が取り組んでいる施策の上位は以下の通りです。
・1on1面談 (54%) ・研修 (51%) ・デジタルツール(Teams/Slack等)の導入 (32%)
しかし、重要なのは「やっているか」ではなく「効果が出ているか」です。調査結果を詳細に分析すると、コミュニケーション課題を強く感じている層ほど、これらの施策に対して「効果がない」と感じている割合が高いことが判明しました。
形だけの1on1や、現場の実態に即していない研修、導入しただけで活用されていないチャットツール。これらはEXを向上させるどころか、「また会社が何か始めた」という冷笑(シニシズム)を生み出す原因にもなりかねません。
エンプロイーエクスペリエンスの向上がもたらす効果
ここまで、EXの概念や課題について見てきました。では、EXの向上は具体的にどのようなビジネスインパクトをもたらすのでしょうか。大きく3つの効果が期待できます。
社員エンゲージメントの向上
エンプロイーエクスペリエンスは、企業に属する従業員が業務や教育・育成、待遇、日々のコミュニケーションを通じて獲得するすべての経験です。これが従業員にとって充実したものになると、従業員は企業に対して帰属意識を強く感じるようになり、社員エンゲージメントが高まります。
ジェイコブ・モーガンの研究によれば、EXへの投資を行っている企業は、そうでない企業に比べて利益が4倍、収益が3倍高く、株価パフォーマンスも市場平均を大きく上回るというデータがあります。
組織風土の醸成
企業のビジョンやミッションは社長や経営層が決定するものですが、最終的に組織風土を形成するのは組織の構成員である社員です。企業の発展と個々の成長とのマッチング、キャリアパス、社内コミュニケーション、人間関係といったエンプロイーエクスペリエンスが充実することで、健全な組織風土が醸成されます。
心理的安全性が確保された風土では、従業員は失敗を恐れずに新しいアイデアを提案し、自律的に行動するようになります。これが変化に強い「レジリエンス(回復力)」のある組織を作るのです。
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従業員の定着や離職率の改善
昭和生まれの社員はミドル・シニア世代となり、平成初期に生まれたミレニアル世代が企業の中心を占めるようになりました。ミレニアル世代は転職に抵抗がなく、むしろよりよい環境を求めて会社を移りやすい傾向があります。企業にとっては従業員定着、離職率改善の取り組みが以前よりも重要になってきているわけです。
社員エンゲージメントが向上すると、社員は所属部門や会社に対して愛着を持つようになります。すると、自社に所属していたいという意識から、別の会社に移る選択肢がなくなり、定着率や離職率の改善につながります。さらに人事の採用コスト低減にもつながるでしょう。
特に「オンボーディング(入社直後の定着支援)」の体験を改善することは、早期離職を防ぐ上で最も投資対効果の高い施策の一つです。
エンプロイーエクスペリエンスを向上させる方法
企業にとって、人材中心の経営手法であるエンプロイーエクスペリエンスが重要であることは十分にご理解いただけたのではないでしょうか。ここからは、エンプロイーエクスペリエンスを最大限に高めるための具体的な施策とポイントについて解説いたします。
エンプロイージャーニーマップの作成・活用
EX向上を体系的に進めるための強力なフレームワークが「エンプロイージャーニーマップ」です。
エンプロイージャーニーマップは、人材の募集、採用、入社したのちの研修、現場での実務、日々のコミュニケーション、業務形態の変容(働き方改革やテレワークの導入など)、育成やキャリアアップ、人事評価、そして退職までを一連の「フロー」として可視化し、それをベースに従業員の経験をデザインしていくものです。
マーケティング分野では「カスタマージャーニーマップ」という手法を利用することがあります。これは「顧客が購入に至るフロー」を可視化したものです。たとえば海外旅行で友人とホテルを探す顧客のカスタマージャーニーマップであれば、宿泊候補を探し、宿泊先を決め、宿泊地へ行き、宿泊地を評価するまでのフローがあります。これらのフロー(=タッチポイント)において、顧客がどんな思考でどんな感情を持ち、どんな行動をするかを切り分けてタッチポイントごとにマーケティング施策を打っていきます。このカスタマージャーニーマップを企業内部、社員向けに活用するものがエンプロイージャーニーマップです。
エンプロイージャーニーマップにおいては、従業員視点の経験をデザインしながらも自社の事業を維持発展していくための「目指すべき人物像」を明確にしておくことが重要です。
具体的には下記の観点でまとめていくとよいでしょう。
2. ステージ区分:応募、入社、配属、評価、異動、退職などのフェーズを定義します。
3. 従業員の希望・期待:各ステージで彼らが何を求めているか。
4. 起こりうる問題(ペインポイント):つまずきやすいポイントや不安要素(例:入社初日にPCが届いていない、誰に質問していいかわからない)。
5. 感情の起伏:モチベーションが下がりやすい時期を予測します。
6. (上記を踏まえた)エンプロイーエクスペリエンス向上施策:具体的な解決策。
7. 施策により従業員にもたらされる心理状態、行動変容:施策の結果、どうなってほしいか。
8. エンプロイーエクスペリエンス施策の評価基準:効果測定のためのKPI。
「三本柱戦略」:対話・教育・ツールの統合
弊社ソフィアの調査では、社内コミュニケーションを活性化しEXを向上させるためには、以下の「三本柱」を統合的に推進することが有効であると示唆されています。
2. 教育(Education):研修やワークショップを通じて、共通言語を作り、組織のビジョンへの理解を深めます。
3. ツール(Tool):チャットやWeb社内報などのデジタル技術を活用し、情報の透明性を高め、「横のつながり」を加速させます。
これらは単独で行うのではなく、たとえば「ツールで発信された経営メッセージについて(ツール)、1on1で上司と部下が対話し(対話)、その背景にある考え方を研修で学ぶ(教育)」といったように、相互に連携させることで最大の効果を発揮します。
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戦略的な配置と連携
エンプロイージャーニーマップを作成したら、それぞれのタッチポイントにおいてエンプロイーエクスペリエンスが向上するよう、戦略的な人材配置と部門間の密な連携を行います。なぜなら、エンプロイーエクスペリエンスは所属部署やチームの経験だけでなく社内におけるすべての経験を包括的に考慮するべきものであり、適材適所の人材配置と部門をまたいだ全社的な取り組みが不可欠なためです。
この取り組みは、現場責任者や人事担当者だけでは実現できません。各部門の主要な人間をまとめて横断的な施策を行いましょう。従業員が、会社が目指すビジョンと自身の業務内容に結びつきを感じることで、「この会社で仕事をしていてよかった」と思える機会を意図的に作ることが大切です。
健康経営の推進
エンプロイーエクスペリエンスに影響を与える要素として、企業の健康状態が挙げられます。コミュニケーション不全、長時間労働、ハラスメントなど、企業に横行する悪習は企業に対する従業員の信用失墜を招くほか、心身の健康に大きな不調をきたす危険性もはらんでいます。経営者も含め、自社にそのような状態が起きていないかヘルスチェックを定期的に行いつつ(コーポレート部門から現場への積極的な情報収集も忘れずに)、社内からもヘルプの声をあげられるよう、しかるべき問い合わせ窓口を設置することも重要です。
エンプロイーエクスペリエンス(EX)向上に取り組む企業事例
すでにエンプロイーエクスペリエンスの重要性を把握し、EX向上に取り組む企業も多く存在します。今回は企業事例として5社をご紹介いたします。
freee株式会社:メンバーサクセスチーム
freee株式会社では、総務人事部門を「メンバーサクセスチーム(MST)」と命名しています。企業の成功(サクセス)は社員の成功であることをよく理解している証といえるでしょう。同社は自社の価値基準を社員に「押し付ける」ことをせず、むしろ変わっていくことを是としています。社員一人ひとりの価値観が異なる中でいかに協業すべきかをそれぞれが考えられるような環境づくりを行っているのがこのMSTです。
ウィークリーの1on1や表彰制度、同僚からのフィードバックによる人事評価、成長をサポートする役割のもとマネージャーを「ジャーマネ」と呼称する制度、社内SNS制度、子育て中の親を支援する制度、ダイバーシティ推進室の設置など、MST主導で推し進められている特徴的な社内制度が満載です。
Airbnb:EX部門のパイオニア
Airbnbは、アメリカの口コミサイト「glassdoor」の「社員が選ぶ企業ランキング」で2015年に世界1位になったことで話題になった企業です。Airbnbは人事部を「エンプロイーエクスペリエンス部」と称し、社員が働いていて最高の経験ができる環境の整備に取り組んでいます。
社食の献立を考えたり、最新のテクノロジーを導入したり、オフィスを快適にしたり…。同部門のスタッフは「社員の健康と幸せの向上のために働いている」と述べています。彼らは「Clevel(経営層)」に「Global Head of Employee Experience」という役職を設け、EXを経営の中核に据えています。
株式会社OKAN:理念体現としての福利厚生
日本マーケティングリサーチ機構の調査で2019年に「従業員が喜ぶ福利厚生No.1」を獲得した「置くだけ社食」サービス、「オフィスおかん」を展開する株式会社OKAN。Airbnbもそうでしたが、企業は社員の健康面をサポートすることが当たり前の時代になっています。なにをそこまでと思われるかもしれませんが、実はこの潮流は昔から存在し、健康診断の費用を会社が負担するのはその一環です。社員が健康で元気に働ければ企業も元気な健康経営ができる、その理念の体現としての福利厚生サービスであるといえます。
エターナルホスピタリティグループ(鳥貴族):離職率の大幅改善
「鳥貴族」を展開する同社では、新入社員の定着が課題となっていました。そこで人事部門が、配属後の新入社員に対して手厚いフォローアップを実施。「離職の兆候」を早期に察知し、現場の店長だけに任せず人事部門が直接ケアする体制を構築しました。
この取り組みにより、かつて25%だった離職率を11.1%まで劇的に改善することに成功しました。これは、エンプロイージャーニーにおける「入社〜定着」のフェーズで、人事部門がプロアクティブ(先手)に介入することでEXを向上させた好例です。
株式会社カプコン:学習コミュニティによる「バフ」
ゲーム開発大手のカプコンでは、組織開発の一環として「学習コミュニティ」の形成に力を入れています。開発プロジェクトが大規模化・長期化する中で希薄になりがちな人間関係を、部署を超えた「学び合いの場」によって再構築しようとしています。
特徴的なのは、この関係性をゲーム用語である「バフ(Buff:能力強化効果)」になぞらえている点です。「同僚との関係性が、自分にバフをかけてくれる」というコンセプトのもと、人事主導の教育だけでなく、社員が自律的に学び合う民主的な組織開発を進めています。
中堅企業(社員1,000人以上:社名非公開):研修の再設計
2020年初頭からの感染症拡大の影響により、社員向けの研修プログラムを実施できなくなり、実施方法の再設計が課題となりました。ここで単純に研修をオンライン化するのではなく、会社での学びとは本来どういうものかということをあらためて捉え直し、研修プログラム自体を再設計することになりました。
さらに高い研修効果を得るために、社員の研修受講時におけるエンプロイージャーニーマップを設計し、研修前にどのような情報提供とインタラクションが必要か、研修中に受講者同士でどのようなコミュニケーションが行われるか、研修後にどのようなアウトプットを行うべきで、それを誰とどのようにして共有することが学習の定着につながるのかなどを、ラーニングマネジメントシステム上に反映しました。
A社(オンボーディングの事例:社名非公開)
オンボーディングにおいてもエンプロイーエクスペリエンスの考え方が役立ちます。ここでもエンプロイージャーニーマップを用いてフローをそれぞれデザインすることが効果的です。入社前、入社日、入社直後、研修A、インターバル、研修B、研修後、本配属日、OJTとオンボーディングのフローは細かく分けられますが、それぞれにおいて新入社員がどんなことを感じ、考え、こういう行動をとりやすいからこういうフォローや教育を行おうという設計と実施を具体的に行っている企業では、新入社員が安心して現場へと入っていくことができています。研修を行う講師とは別に、受講者のやる気を引き出す「伴走者」の役割を担う人の存在が必要となるわけです。
まとめ
ここまで、エンプロイーエクスペリエンス(EX)について、その定義から具体的な向上施策、そして企業事例まで幅広く解説してまいりました。
結論から言えば、エンプロイーエクスペリエンス向上は従業員を中心に据えた組織変革の手法です。最近では、企業内研修の際に「Learner Experience(学習者体験)」、入社(新卒・中途)の際には「Onboarding Experience(入社時体験)」というように、入社から退社までだけでなく、フェーズを分けてエンプロイーエクスペリエンス向上に取り組んでいる企業が増えています。
まずはエンプロイージャーニーマップを作成し、どういったターゲットに対してどんな経験をデザインしたいかを考えてみましょう。そして、弊社ソフィアの調査で明らかになったように、多くの企業が抱える「部門間の壁」や「対話不足」といった課題に対し、ツール導入だけでなく、対話と教育を組み合わせた「三本柱」のアプローチで取り組むことが、成功への近道となります。
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