研修の成果とは何か?成果を最大化する具体的な方法と測定フレームワーク
最終更新日:2023.07.13
目次
「研修を実施しても現場で活かされていない」「投資対効果(ROI)が見えにくい」——そうした悩みを抱える人事部門長や研修企画担当者は、決して少なくありません。企業成長に欠かせない「研修」ですが、その成果をどう定義し、どのように測定するかは、多くの組織にとって長年の課題です。
本記事では、研修成果の定義と測定フレームワーク、大手企業の成功事例、そして成果を最大化するための具体的な手法までを網羅的に解説します。人材への投資を確実なビジネスリターンへとつなげるための戦略的な視点を提供します。
研修の成果とは何か——研修成果を最大化するための方法
組織の持続的な成長において、上手く機能させると大きな効果・成果を上げてくれるのが「研修」です。しかし、企業によってはただ研修を行っているだけで形骸化しているケースも少なくありません。かつてのように、新入社員を一堂に集めて同じテキストを読み上げるだけのスタイルでは、現代のビジネス要件を満たすことはできないでしょう。また、昨今においてITテクノロジーによるビジネスの複雑化が、研修の難易度をさらに高めています。
複雑化したビジネスの影響により、多くの企業では業務や部署も細分化されているのが実情です。営業部門一つをとっても、フィールドセールスやインサイドセールス、カスタマーサクセスといった役割ごとに求められるスキルセットは全く異なります。そのため、研修においては全社員(あるいは役職別など)共通の講習や学習コンテンツではなく、もっと細かく個別最適化された内容を提供することが求められています。
さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などにより、特定のデジタルツールやデータ分析に長けた人材を育成するニーズも大企業を中心に急増しています。こうした高度な専門スキルは、一朝一夕の講義だけで身につくものではなく、座学とOJTを組み合わせた長期的な育成プロセスが不可欠です。
また、リスキリングや人的資本への投資は、企業にとって成果を出す必要性が高まっています。ビジネスの複雑化により、従業員が最新の知識やスキルを持つことが競争力維持に直結するためです。本記事では、そうした変化の激しい現代ビジネスの現場において、より効果的な研修成果を上げるために必要な要素や方法について詳しく解説します。
研修の目的と重要性の正しい設定
経営や事業、業務において目的は重要ですが、研修でも目的の明確化は欠かせません。「何のために行うのか」を明確にしておかないと、成果も修正のためのフィードバックも得られません。ここでは、研修の目的と重要性について、それぞれの項目に分けて解説します。
研修の目的
研修を計画して行う際には、事前に「研修を修了した後の成果」について明確にしておくことが重要です。研修の成果は基本的に「目標をどの程度達成したかの度合い」が目安になるため、「目標」を明確にしておくことは大前提となります。目標が曖昧なまま実施される研修は、終了後に「楽しかった」「ためになった」という感想だけで終わってしまい、実際の業務改善にはつながりません。
受講者としても、学びの少ない研修を受けることは意義が感じられず、企業がかけた時間・労力・金銭的コストの無駄になりかねません。そのような事態を避けるためにも、研修を計画する際には「目標」を設定することが重要です。
研修の成果を測る指標はさまざまあります。新入社員の研修であれば、ビジネス文書の書き方・ビジネス上のマナー・マインドセット・チームワーク・コミュニケーションなどが挙げられます。研修後にはそれぞれの項目に評価基準を設けて点数化し、研修の管理者が成果への評価を下すことが多いでしょう。
さらに、より高度な研修においては、対象者の現状レベルを可視化する「スキルマップ」を事前に作成し、不足している能力を埋める形で目標を設定する大手企業が増えています。スキルマップを活用することで、育成する側とされる側の双方で課題認識が一致し、受講者本人の納得感や学習意欲の大幅な向上につながります。
また、研修後一定期間が経過した後も、自己評価を基に上司や先輩と一緒に研修の計画の実行度合いを振り返り、効果測定を行うこともできます。しかし現実には、研修体系や研修コースを変更すること自体が困難であり、研修の目的が形骸化しているケースも見受けられます。環境の変化が激しい現代では、企業戦略の変化に合わせて研修も柔軟に設計し直す必要があるのです。
研修の重要性
現代の業務は昔とは異なり、見ただけでは真似できない、再現性の低い業務の方が圧倒的に多いと言えます。そのため、仕事で必要な基礎知識や業務の流れについては実務の中で教えたり、模擬体験をしてもらったりと、仕事に慣れてもらう研修期間を設けることが必須です。
仕事に慣れていない状態ですぐに業務に就くと、不手際によるクレームや書類の記入ミスなどが多発し、業務のやり直しや他の社員によるカバーが増え、作業効率や生産性に影響が出てしまいます。現場の負担が増加すれば、組織全体のモチベーション低下にも直結しかねません。
上記のような事態が起こるため、「社員を増やしたくない」「教えることに労力を使いたくない」「業務を理解するまでは作業をさせない」といった判断を下す上司や先輩社員も出てきます。これは学習にリソースを割く研修期間を設けていないために起こっている事態です。効率的に早く戦力になってほしいのであれば、研修による教育は重要な投資と言えるでしょう。
実際には、人材流動性や外部の活用によって、企業は人的資源の育成に頼らずに、市場や外部サービスから既に育成された人材を採用するケースが増えています。中途採用によって即戦力を確保することは、スピードが求められる現代において合理的な選択に見えます。しかし、新卒一括採用からの育成が減少している一方で、まだまだ人材不足の状況が続いているのも事実です。
そのため、若年層から退職に近い人財まで、研修を通じてスキルを向上させる取り組みが行われています。若年層には将来必要なスキルを身につけるための研修が提供され、一方で既存の社員にはリスキリングのための研修が行われ、新しいスキルセットを習得する機会が与えられます。企業において自社の人的資源を最大限に活躍させるためには、研修などの取り組みがまだまだ必要なのです。
研修効果の算定に事業課題を出発点とすべき理由
研修は行って終了ではなく、その効果をしっかりと算定する必要があります。その際に重要なのが、「研修の目的の根底にある事業課題を出発点にする」という点です。目先の業務の効率化や成績だけでなく、経営目線に立った抜本的な効果の算定でなければ、本当の意味で意義のある研修を行えたかは分からないのです。
しかし実際には、研修を通じて人材を育成する場合、効果の獲得は中長期ではなく短期的な成果が求められます。企業は迅速かつ効果的に人材のスキルや能力を向上させ、具体的な課題に対して即座に対応する必要があるためです。ここでは、研修の効果を算定するのに事業課題を出発点にしなければならない理由について、企業を取りまくさまざまな状況の変化と、人的資源開示の重要性の観点から解説します。
企業を取りまくさまざまな状況の変化
現代の企業を取りまく状況は、グローバル化・多様性(雇用の柔軟性)・デジタル化・サスティナブルなどの概念によって多角度化しており、2010年代以前では当たり前だった経営や事業計画では通用しない状況に変容しています。
その状況に伴い、研修をはじめとした人材育成の方法についても、変化することが求められています。これまで人材育成はその期間の長さから「人材育成方針」や「人材戦略」と呼ばれ、中長期視点で設計されてきました。しかし現代のビジネスの現場においてはルールや定石の変化が激しく、社員に習得してもらいたい能力・スキルも短期間のうちに変化してしまうのが実情です。
さらに、社員に求められる業務スキルの変化も、人材育成の在り方に関係しています。多くの業務がアナログ仕様であった1980年代〜1990年代とは異なり、現在では通常の業務でもExcelやクラウドツールを使用することが当たり前になりました。また、自社製品やサービスの提供後も、利用したユーザーデータがネット・ツールを通してフィードバックされ、企画設計やマーケティングまで情報が連携されるなど、業務全体の流れとしてもデジタル化されています。
こうした状況を踏まえながら、刻々と変化する社会にも対応し、企業は研修をはじめとした人材育成に注力していかなければなりません。事業課題にはそれらすべての状況が含まれているため、研修効果を算出するための出発点とする必要があるのです。
人的資源開示の重要性
研修によって数値が変化するものに人的資源開示がありますが、事業課題を出発点にすることは人的資源開示においても大切です。昨今「人的資本経営」という言葉が注目されるように、企業の人材力そのものが企業価値を左右する時代となっています。
人的資源開示は、人材を企業にとって利益や価値を生み出す資産と考え、組織の保有スキル・社会的な価値・ダイバーシティといった様々な指標を数値化して開示するものです。これは研修の成果を測る指標としても重要になります。
事業課題を出発点とせず、普遍的なビジネスパーソンに必要な能力・スキルを向上させる研修や学習を行ったとしても、リアルに直面している社員の課題・問題を解決する能力・スキルを提供できなければ、人的資源開示された情報は意味をなしません。実践的な情報でなければ、情報をデータとして参考にする企業や投資家にとって有用ではないためです。
投資家は、企業が直面している事業課題に対してどのような人材戦略を打ち出し、研修を通じていかにスピーディーに解決能力を高めているかを注視しています。人的資産「開示」とあるように、その情報は自社のフィードバックにも活用することができます。
実践的な情報だからこそ次の研修や人材育成につなげることができ、適切な情報を基に改善された育成によって社員が成長できます。また、経営や事業の状態が向上するからこそ、投資した費用や労力といったコストを回収することもできるでしょう。
研修効果の明確化とHRBP視点の重要性
企業の経営者や事業の責任者のパートナーとなり、企業や事業の成長をサポートする仕事にHRBP(Human Resource Business Partner)があります。HRBPは「戦略人事のプロフェッショナル」と呼ばれ、経営戦略や事業計画など、巨視的な視点で人材育成を行う存在です。
一般的な事業部人事とは異なり、事務的な人事事務やサポートを行うのではなく、人事を通して経営や事業活動に強い影響を与えることを最終的な目的としています。このHRBPの考え方・視点は、研修の効果を測る際にも有用です。
現代のビジネスの世界は変化が激しく、転職が当たり前となり雇用流動性も高まりつつあります。そのため、日本企業の終身雇用を前提とした研修や人材育成の方法は現実に則していない部分も出てきました。HRBPのような巨視的な物の見方——つまり企業を取りまく状況の変化から社員に必要な能力・スキルを見極め、その時々に合った方法に人材育成をデザインする柔軟性が求められています。
たとえば、経営陣が「全社的なDXの推進」という戦略を打ち出した場合、従来の労務人事であれば「外部のDX研修を手配する」という表面的な対応に留まりがちです。しかしHRBPであれば、「各事業部の現在のITリテラシーはどのレベルか」「どの部門のどの業務プロセスがボトルネックになっているか」を分析し、それに直結する特注の研修プログラムを設計します。
また、HRBPの特徴として注目すべきは、現場と経営の間を取り持つ点にあります。HRBPは現場のニーズや課題を経営側に伝え、逆に経営側の指示や方針を現場に伝えるといった、双方の立場から仕事に介入します。
経営と現場の2つの立場に立つことで、研修などの人材育成で学習する能力・スキルの選定を、抽象度の高い経営視点と具体性のある現場視点の両方から行うことができます。そのため、現在の事業や業務における問題・課題の解決につながる有用な人材育成が実現できるでしょう。
研修成果を測る定番フレームワーク
研修成果を測るための方法はいくつかありますが、ここではとくに有効なフレームワークについてご紹介します。併せて、研修を実施する際の注意点や研修の欠点についても解説していきます。
研修成果の測定によく使われるフレームワーク
研修成果の測定のために使われる主なフレームワークに、カークパトリックの4段階モデルがあります。カークパトリックモデルとは、米国の名誉教授ドナルド・カークパトリック(Donald Kirkpatrick)によって提唱された概念モデルで、分かりやすく4段階の効果にまとめられており、米国では政府・企業・軍・人道支援といった多岐にわたる分野・業界の研修等で活用されています。
以下の表は、各段階の評価対象と、具体的な測定方法を整理したものです。
| レベル | 評価対象の名称 | 測定の目的と内容 | 具体的な測定方法の例 |
| 第1段階 | 受講者反応 (Reaction) | 研修に対する受講者の満足度や有用性の評価 | 研修直後のアンケート調査、ヒアリング |
| 第2段階 | 学習習得度 (Learning) | 研修を通じて得られた知識・スキル・態度の理解度 | 筆記テスト、レポート提出、eラーニングのスコア |
| 第3段階 | 職場行動 (Behavior) | 研修で学んだ内容が実際の業務で実践されているか | 上司による観察、360度評価、行動KPIの推移 |
| 第4段階 | 経営成果 (Results) | 研修が組織の売上や生産性向上にどう貢献したか | 売上高の増加、離職率の低下、クレーム件数の減少 |
カークパトリックの4段階モデルは、以下の4つの段階を用いて効果測定を行います。
「第1段階:受講者反応」では、研修後の受講者の満足度について測定します。研修担当者の評価、次の研修に活かせるフィードバックなどの情報を受講者から収集します。
「第2段階:学習習得度」では、受講者に身に付いた能力・スキル・知識について測定します。この段階での学習到達度は重要で、測定結果によって意味のある研修かどうかが分岐します。最近では、後述するLMS(学習管理システム)を導入し、テスト結果をデータ化して客観的に理解度を測る企業も増えています。
「第3段階:職場行動」では、研修後に就いた実務で、身に付いた能力・スキル・知識をどの程度活かせているかを測定します。業務にプラスに働く行動変容が起きていなければ、研修の価値が低いと判断できます。
「第4段階:経営成果」では、研修が企業にもたらした価値について測定します。研修の投資対効果(ROI)が判断できるのはこの段階です。
最終的に「第4段階:経営成果」で良い測定結果が出た場合、その研修は有用な内容であったことが証明されます。また、「第2段階:学習習得度」「第3段階:職場行動」で良い測定結果が得られなかった場合でも、問題・課題を見つけて次につなげられるのも利点です。
研修成果の測定が進まない現実
ここまでカークパトリックの4段階モデルの利点を解説してきました。では、なぜ多くの組織で成果測定が進まないのでしょうか。
実は旧カークパトリックの4段階モデルはあまり機能していませんでした。新モデルと同じく4段階の階層が設けられていましたが、現実には「第3段階:職場行動」「第4段階:経営成果」の測定が困難だったため、ほぼ「第1段階:受講者反応」のみが使用されており、受講者の反応が良さそうな研修結果を出すことに注力するようになっていました。
日本においても一部企業の研修で旧カークパトリックの4段階モデルが採用されており、1970年代後半から「第1段階:受講者反応」を重視した研修成果の測定が行われ、当時の研修の劣化につながっています。その後、旧カークパトリックの4段階モデルについて複数の研究がなされると、「第1段階:受講者反応」と研修結果にはとくに相関が見られないことが判明しています。満足度が高くても、それが必ずしも業績向上につながるわけではないのです。
半世紀の時を経て、2016年に新カークパトリックの4段階モデルを発表し、使いやすいモデルへとブラッシュアップされています。旧モデルが研修自体を評価する方式であるのに対し、新モデルでは行動・学習・反応に着目して評価する方式に変更されました。新モデルでは、学習環境や周囲のサポート体制も含めて統合的に評価することが推奨されています。
研修成果を最大化するための方法と大手企業の成功事例
研修などの人材育成は、1回の研修でより大きな成果を引き出すことも重要です。そのためには研修内容の質と同時に、研修前後の取り組み方が大切になります。ここでは、研修成果を最大化するための7つの方法に加えて、大手企業でも成果を上げている実践的なアプローチをご紹介します。
1. 目標設定の明確化とスキルマップの活用
ビジネス上の研修においては、事業課題の解決・解消につながる具体的な目標を研修のゴールに設定し、研修成果を何でどのようにして測るかを明確にすることが重要です。
たとえば、新入社員に「自社の業務の理解を深める」といった目標をゴールに設定した研修を受けてもらうとします。一見すると適切な目標のように思えますが、このような抽象度の高い目標は成果をはっきりさせることができず、研修の効果を十分に得ることができません。大枠な目標としては有用ですが、さらに複数の観点から分解しなければ有効な研修成果を得られる目標には成り得ないでしょう。
一例として、以下のように目標を分解することができます。
・新入社員が自身の役割と業務の意味を説明できる
・自社の部署やチームの数や役割を把握している、説明できる
・取引先やステークホルダーについて把握している
「自社の業務の理解を深める」といっても、数字として把握したり、具体的な業務内容や業務の意味を説明したりできなければ、理解を深めているとは言えません。抽象度の高い目標を分解・具体化し、研修のゴール設定と測定基準にすることで、はじめて受講者が事業課題の解決・解消につながる良質な研修を受けることができます。
さらに、こうした目標設定を組織全体で標準化するために、大手企業では「スキルマップ」を用いて現状を把握し、課題を明確にする手法が取り入れられています。どの部署の誰が、どの程度のスキルを持っているかをマトリクスで可視化することで、誰にどのような研修が必要かが一目で分かり、無駄のない育成計画が立てられます。
2. 受講者ニーズに合わせたカスタマイズと育成担当者のスキルアップ
研修を設計する際は、受講者のスキルレベルや必要としている能力・スキルのニーズに合わせ、適切にカスタマイズされた研修プログラムを作成することが大切です。受講者がスムーズに研修に取り組み、すぐに内容を実践できるようになるには、研修プログラムの負荷のバランスが重要になります。
現在の実力からかけ離れた研修を行っても効果はなく、研修を行うまでもない能力・スキルを講習に含めても意味がありません。また、能力・スキルを獲得し実践できるようになるためには、受講者自らが考え、気づきを得ることが必要です。そのためには、個人ワーク・グループディスカッション・ケーススタディ・ロールプレイングなど、受講者同士の交流や連携、実務を想定した演習などを取り入れることが有効です。
このカスタマイズを現場で機能させるためには、受講者を直接指導する「育成担当者(上司やメンター)のスキルアップ」が不可欠です。管理職や上司が指導やコーチングのスキルを持っていない、あるいは部下の強みや課題を把握できていない状態では、いかに優れた研修プログラムを用意しても効果は半減します。指導者向けのティーチング・コーチング研修を先行して実施することが、成功の鍵となるでしょう。
3. 実践的な演習の提供とeラーニング(LMS)の導入
質や精度の高い研修にするためには、受講者の状況や事業課題に必要な要素を考慮しながら、研修を行う期間・実施時期・場所・研修テーマを最適な状態になるよう計画することが求められます。ZoomなどのWeb会議ツールを用いてオンライン研修を行う場合、端末のスペックやインターネット環境を整える必要があり、対面の研修を行う場合においても、講師や管理者同士の入念な打ち合わせが必要になります。
OJT・OFF-JT・オンライン研修など、研修のスタイルによって必要なツールや仕組みは異なります。参加者同士でコミュニケーションを取りながら進める講習や、繰り返し再生できる動画を活用した学習など、講習自体の方法も大きく変わってくるため、目的と予算などコスト面に照らし合わせて最適な研修スタイルを選択することが大切です。
この実践的な演習の時間を最大化するために、多くの成功企業が導入しているのが「eラーニングシステム(LMS)」です。基礎知識のインプットはeラーニングを通じて各々が隙間時間に行い、集合研修や対面の場では、インプットした知識を使ったディスカッションやハンズオンセミナーに集中する「反転学習」を取り入れます。これにより、研修に充てる限られた時間を確保しつつ、管理の手間を大幅に削減することが可能です。
4. フィードバックと振り返り、そして「4:2:4の法則」
社内研修後は、カークパトリックの4段階モデルを活用したフィードバックはもちろん、受講者のフォローアップの方法について考えることも重要です。当然ですが、研修は行ったらそれで終了というものではなく、実務の中で学習した能力・スキルを活用するまでがセットです。
研修を修了したからといって、全ての受講者が均質の成果を得られているわけではないため、研修内容を実務遂行に活用できるレベルで習得しきれていない部分は、研修の管理者や受講者の上司がフォローアップする必要があります。研修はしっかりとしたフォローアップを行うことにより、さらに効果を高めるものだと認識し、研修後のサポート体制を用意しておくことが重要です。
ここで意識すべきなのが、ロバート・ブリンカーホフ教授が提唱した人材育成における「4:2:4の法則」です。これは、研修の成果を決める要因の割合が「研修前の準備・動機付けが4割、研修そのものが2割、研修後の職場での実践・フォローアップが4割」であるとする法則です。多くの企業は「2割」にあたる研修そのものに予算と労力を集中させがちですが、実際にはその前後の環境整備こそが、成果を左右する決定的な要素となります。
5. 研修後のフォローアップと「研修転移」
研修後のフォローアップが必要な理由の1つに、研修を行ったにも関わらず「なかったこと」になってしまう現象があります。研修を終えて通常の業務に戻った際、いつもの手順・流れで業務が行われるため、研修で学んだ能力・スキルを業務に活用しようという働きが起こらず、研修前の方法で業務を行う状態に安住してしまうのです。
このような状態にならないためには「研修転移」の概念が重要です。「研修転移」の考え方は、『研修開発入門 「研修転移」の理論と実践』(中原淳 著/島村公俊 著/鈴木英智佳 著/関根雅泰 著・ダイヤモンド社)で広まりました。「研修転移」しなければ研修の効果は見込めず、思うような成果につなげることができないとされています。
著者の1人である中原淳氏は、「研修転移」の要素を以下の3つにまとめています。
・「研修の中で学ばれた知識やスキル」が実際に「仕事の現場」で実践される
・参加者の「行動」が変わり、現場や経営に「成果」を残すことができる
・その効果が持続すること
「研修転移」が適切に機能するためには、研修内容に受講者の行動を変える実践的な内容が織り込まれていること、そして実務の現場が「研修転移」について理解していることがポイントになります。現場を仕切る上司が「研修転移」を理解していない場合、せっかく部下が研修で実務に活かせる能力・スキルを学んだにも関わらず、能力・スキルを活かした新たな采配が行われません。部下は従来の業務を従来の方法でこなすといった事態になってしまいます。
研修後のフォローアップは、研修で学びきれていない部分を補助する意味だけではなく、研修成果を実務に活かせるよう、業務の方法や業務フローを再設計することも含まれています。
6. プロジェクトベースドラーニングの活用
研修成果を最大化するためには、研修自体の在り方・考え方そのものを、これまでにないアプローチで設計する必要があります。そんな中で活用できる視点が、「プロジェクトベースドラーニング(PBL)」です。
「プロジェクトベースドラーニング」は、日本語に訳すと「問題解決型学習」「課題解決型学習」と訳される学習方法で、学習者自身が問題・課題を見つけ、自ら解決する能力・スキルを身に付けます。特筆すべき利点としては、思考力の強化・知識の定着率の向上・応用力や表現力の向上・情報リテラシーの高まりなどが挙げられます。
思考力・インプット・アウトプットの3つの能力を高めつつ、事業課題に則した能力・スキルの学習まで行えるため、研修成果を最大化するための有効な視点として参考にできます。例えば、DX推進を目的とする場合、架空のシナリオではなく自社の実際の業務プロセス改善をテーマにグループワークを行うことで、研修終了と同時に実務に直結する企画案が完成するような設計が効果的です。
7. 経験学習の実践
経験学習を受講者にしてもらうことも、研修成果を最大化するために有効です。
経験学習とは、自ら経験をすることによって学び、成長していく実践重視の学習プロセスを指します。人材育成の領域で研修を取り入れている企業は多いですが、経験学習は研修で採用されている座学ではなく、実務やロールプレイングを通して成長を促す取り組みです。
経験学習のサイクルは、以下の4つの流れになります。
・自身で考え行動・経験する「具体的経験」
・経験・体験したことを振り返る「内省的観察」
・内省を抽象化し、ルールとして理解する「抽象的概念化」
・これまでの気づきをもとに再び実践する「能動的実験」
このサイクルを繰り返すことで、学びが深化していきます。どんな物事でもそうですが、実践に勝る学習はありません。もちろん座学や知識の吸収も重要ですが、ビジネスにおいては実務ありきで考えるべきものです。その点では、経験学習はもっとも有効な学習方法の一つであると言えるでしょう。
成果のない研修が生まれる要因と現場のコミュニケーション課題
成果の出る研修があれば、成果のない研修も多く存在します。研修は不確定要素もありますが、成果のないものに陥りやすい落とし穴もあります。ここでは、研修などの人材育成において、成果のない状態を回避するために必要な視点についてお伝えします。
研修内容の記憶定着不足
研修での学習内容を受講者の記憶に定着させることは難しい課題です。実務において学習した能力・スキルを活かすためには記憶の定着は必須ですが、簡単ではありません。とくに、強制的に参加させられる形の研修であればなおさらで、どのような学習テクニックを用いたとしても、記憶定着の効果的な方法にはなりえないものです。
このような記憶の不定着を可能な限り回避するためには、研修プログラムの設計から自主性や難易度の調整を施し、研修中・研修後のフォローアップをしっかりと行うしかありません。例えば、研修後数週間にわたって定期的に確認テストをオンラインで配信するマイクロラーニングの仕組みなどが、記憶の定着には非常に有効です。
実践への動機付け不足
研修内容を覚えており、能力・スキルを習得していたとしても、実務の場で使う意思がなければ意味がありません。そのため、研修においては「研修で学んだ能力・スキルを実務の場で活用してみたい」と思わせる動機付けを行うことが重要になります。
動機付けには「内的モチベーション」を促す方法が有効です。「内的モチベーション」を噛み砕いて言うと、対象に寄せる興味や関心、そこから発生する達成感ややりがいといったものを指し、自分の内側から湧き上がってくる情熱や衝動と言い換えることもできる概念です。
目標や研修後の報酬、成長によるプラス面などを研修段階で伝達し、受講者に「内的モチベーション」を促しておくと、研修で学んだ能力・スキルを実務の場で使う意思を持ってくれるでしょう。また、人事評価制度を見直し、研修で得たスキルを使って新たな挑戦をしたプロセス自体を正当に評価する仕組みを整えることも、強力な動機付けとなります。
研修の振り返り不足
研修内容についての振り返りを行っていない場合も、成果のない研修に陥ってしまう原因になりえます。振り返りは経験と結果への洞察を意味しており、米国の教育学者・組織行動学者ディビッド・コルブの経験学習モデルによると、「内省的観察」「抽象的概念化」の2段階プロセスを指しています。
「内省的観察」は、研修であれば受けた講習の内容を振り返り、そこで得たものを次の講習や実務に活かせるようにする試みです。「抽象的概念化」は、「内省的観察」で得た気づきをベースに、経験を一般化・概念化・抽象化し、応用として使えるレベルに自身の知識・ノウハウとして定着化する段階です。
この2つの段階を経ることにより、経験・能力・スキルを実践に活かせる状態として身に付けることができます。つまり、どんなに内容の優れた研修であっても、「内省的観察」「抽象的概念化」のプロセス(振り返り)を行わなければ、実務の場で使える能力・スキルにはなりません。実務の場で使えない能力・スキルであれば、事業課題の解決・解消にもつながらず、成果のない研修だったということになってしまいます。
コミュニケーションの分断と現場マネジメントのばらつき
さらに、研修で学んだ内容が現場で実践されない(研修転移が起きない)背景には、組織構造やコミュニケーション環境そのものに根深い課題が潜んでいることが少なくありません。
弊社ソフィアの調査では、国内のインターナルコミュニケーション実態が明らかになっています。2024年に実施した調査(従業員数1,000人以上の企業の現場およびコーポレート部門496名対象、46問)および、2025年10月の調査(同対象、回答者数623名)の結果から、リモートワークなど働き方の多様化によって、従来の対面を前提とした情報共有手法が機能しづらくなっていることが確認されました。
弊社ソフィアの調査では、古くからの課題である「組織の多層化」や「部門間の分断」が依然として組織の壁となっており、それに加えて「ナレッジの分散や活用不足」が新たな課題として浮き彫りになっています。これらの組織的課題は、研修で得た知識を自部門以外に展開したり、新しいアイデアを組織全体で共有したりする際の大きな障壁となります。
また、同調査では、1on1などのマネジメントコミュニケーション施策やエンゲージメントサーベイが多くの企業で導入されているものの、現場での「運用や活用のあり方には大きなばらつきが見られる」という実態も明らかになりました。
この「上司による関わり方のばらつき」こそが、研修転移を阻害する最大の要因の一つです。研修から戻った部下が新しいスキルを試そうとしても、1on1を通じた支援や振り返りが不十分な上司の下では、実践の機会を失ってしまいます。研修の成果を生み出すためには、単一の教育施策だけでなく、全社的なコミュニケーションの再構築や、上司層への継続的な育成支援を並行して行うことが不可欠なのです。
階層教育での研修が成果を出しにくい理由と全社効果への波及
組織全体において、主任研修や10年目研修など、階層教育での研修は効果が出にくいものです。現代の企業は多様化したビジネスの影響を受け、組織全体が複雑化している傾向があります。複雑化した組織全体に対して同質の研修プログラムを適用することは、個別のビジネス・部署・チームの課題やニーズに対応することが難しいため、研修として結果を出しにくい問題があります。
大手企業の成功事例でも、近年は一律の階層教育から、部署の課題や本人のキャリアビジョンに合わせた「階層別と選択型を組み合わせた人材育成」へとシフトしています。
また、組織全体へ適用する同質の研修プログラムは、学習内容や方法、適用する時期などにより、個別の部署・チームに必要な学習要件とマッチしないことがよくあります。さらに、部署・チームから社員個人として見た場合においても、研修受講者の能力・スキル・知識量の違いなどがあります。
前提条件の違う社員全員に同質の研修プログラムを受講させることは、社員の成長や事業課題の解決・解消を目指す視点において、不合理であると言わざるを得ません。研修を含めた人材育成で成果・結果を出すためには、部署・チーム単位で最適化された研修プログラムや、社員の役職や現状の能力を含め個人単位でカスタマイズされた個別最適の研修を提供する必要があります。
また、研修成果を測定する際においても、個別のビジネスや部署・チームなどの単位で評価し、算定する必要があります。
事業部・部署単位の人的課題解決が全社効果へとつながる仕組み
企業内の特定の部署の人材の課題を解決した場合、その部署の業務成績やパフォーマンスだけに恩恵があるのではなく、結果として全社の業績に貢献することができます。前提として、研修は事業課題の解決・解消、つまり企業の経営の向上を目指して社員の育成を行うものですが、得られるものは目標としている結果だけではありません。
たとえば、ある部署で社員の能力・スキルが向上し、劇的に生産性が向上して商品やサービスの品質が良くなった場合、付随して向上した顧客満足度の影響で全社のイメージが良くなるといったことが起こりえます。また、研修を繰り返すことによって社員個人や各部署の能力・スキルが底上げされ、いつの間にか全社の業績アップにつながっていた、といった場合もあるでしょう。
このように、研修を含めた人材育成は、特定の部署・チームの人的課題を解決することが、全社に思わぬ好影響を及ぼしてくれる可能性を秘めています。
まとめ
企業における研修で成果を上げるためには、事業課題の解決・解消を前提とした研修内容の決定・研修プログラムの設計、そして研修前後の準備やフォローアップが重要です。また、研修途中においても、アンケートなどで受講者からフィードバックを得て、研修自体を改善していくことも大切でしょう。
受講者が研修でしっかりと能力・スキルを習得するには、研修に自主的に臨む動機付け「内的モチベーション」や、研修内容への振り返り、研修で得た能力・スキルを活用してみる経験学習も重要です。
要するに、研修は「実施することがゴールではない」ということです。学んだ内容が現場で実践され、行動が変わり、最終的に経営成果へとつながる「研修転移」を達成してはじめて意味を持ちます。スキルマップによる現状把握、eラーニングを用いた効率的なインプット、HRBP視点による現場と経営の橋渡し、そして何よりマネジメント層を巻き込んだ研修前後のフォローアップ体制の構築を推進し、人材投資のROIを最大化していきましょう。


